花井幸次
島根大学 実験動物部門, JCLAM国際渉外委員会委員(IACLAM担当), IACLAM理事(前Secretary/Treasurer)
科学の進歩のために多くの国で動物実験が行われています。たとえ人間の生活をよりよくするという目的のためであっても、実験動物を命あるものと理解し、福祉的・倫理的、かつ、科学的にも適切に使用・飼養しなくてはならないことは、現在では疑いのないことです。そして、それを達成するために、実験動物の使用・飼養は、実験動物獣医師の責任の下に行われる必要があると世界的に考えられています(関連したコラム「JCLAMが果たす国際貢献」を参照してください)。こうした要求に応えるために日本では日本実験動物医学会(JALAM)と日本実験動物医学専門医協会(JCLAM)が協力して努力してきました。しかしながら、今なお日本では実験動物獣医師の重要性について、多くの人に十分に理解されていないように感じられます。
2023年9月にAsian Federation of Laboratory Animal Science Associations (AFLAS:アジアの国々の実験動物学会の連合会)の学会が韓国の済州島で開催され、その中で韓国の実験動物医学専門医協会(KCLAM)が共催するシンポジウム「アジアの国々における実験動物獣医師の役割」が行われました。このセッションには、日本を含む11の国と地域から実験動物獣医師の代表者が集まり、各国の動物実験や実験動物の使用・飼養に関する法令や国の指針、それらに記載された実験動物獣医師の役割、実験動物獣医師の研修制度などについてラウンドテーブルとして議論が行われました。この貴重な機会に、私はJCLAMの代表者として参加させていただきました。これからの日本の実験動物に関する規制や管理のあり方、そしてJALAM/JCLAMの活動を検討するための資料として、更に動物実験に関心のある一般の方に世界の現状を知っていただく機会として、このセッションでの議論の内容を簡単に紹介いたします。(なお、このコラムは、2023年12月にJALAM/JCLAM ウェブセミナーで、会員限定で紹介した内容を一般の方向けに紹介するものです。)
1)参加国
下表にラウンドテーブルに参加した団体とその所属する国と地域を示しました。11の国と地域の内、日本、韓国、インド、フィリピンの代表者は実験動物医学専門医協会からの参加でした。それらの協会はいずれも「実験動物医学専門医を通じて、世界中で実験動物獣医師の役割を広げ、それにより実験動物の福祉と健康を向上させる」ことを目的に活動を行っているIACLAM (The International Association of Colleges of Laboratory Animal Medicine)のメンバー協会です。台湾からも実験動物医学専門医協会(TCLAM)の代表者が参加しましたが、この団体は2023年に立ち上げられ、学会開催時には米国の実験動物医学専門医協会(ACLAM)のサポートを受けて活動準備中とのことで、まだ台湾には専門医制度は整備されていませんでした。インドネシアからは実験動物獣医師団体であるILAVA(Indonesian Laboratory Animal Veterinarians Association)の代表者が参加しました。この組織は、インドネシアの獣医学会の下部組織で、日本のJALAMに近い組織です。そのほかの参加国には、実験動物獣医師の団体はなく、各国の実験動物学会で獣医学的ケアに関する諸問題を取り扱っているとのことでした。以下、理解しやすくするために団体名の代わりに国や地域名を使用して説明します。
今回参加した国や地域では、実験動物の適切な使用・飼養に関して、上記の台湾の他にも欧米の考え方・システムを取り入れている、あるいは参考にしているところが多いことが窺われました。IACLAMメンバー4か国と台湾以外の6か国の組織のうち、ACLAMの認定専門医が活動の中心にいるのは4か国(中国、シンガポール、インドネシア、タイ)で、そのうち3か国(中国、タイ、シンガポール)は米国実験動物学会(AALAS)のGlobal Affiliate Memberになっています。また、タイとマレーシアはAALAS研修制度を自国の実験動物獣医師の研修として利用しています。スリランカの活動の中心人物は欧州の実験動物学会(FELASA)の実験動物科学のスペシャリスト認定を受けているとのことでした。
2)各国の法令・指針における実験動物獣医師
参加した団体のすべての国と地域で実験動物の適切な使用・飼養に関する法令あるいは国の指針が整備されていることが示されました。また、ほとんどの国と地域で法令又は国の指針として実験動物獣医師の関与や役割を定めており、定められていないのは日本とスリランカだけのようでした。タイやシンガポールでは、動物実験施設は必ず獣医師を設置しなくてはならないと法令で定めています。しかし、いずれの国あるいは地域も実験動物獣医師の人数が十分というわけではないので、獣医師の存在が法令により必須と規定されたタイやシンガポールのほかは、条件によって必ずしも実験動物獣医師が存在しなくとも動物実験は行えるようです。例えば、動物実験施設の規模や扱う動物種によって扱いを変えるような事例も紹介されました。
シンガポールには獣医師の養成を行う大学がなく、海外からの獣医師に頼った運用ですが、動物実験施設は登録制で実験動物獣医師が必須であるため、パートタイムでいくつもの施設を受け持つ方もいるようです。
3)日本(JCLAM)の指導力への期待
JCLAMは、IACLAMの設立メンバーで韓国(KCLAM)とともに実験動物医学専門医の組織として長年活動しており経験が豊富です。また、IACLAMメンバーの中でも米国(ACLAM)に次いで実験動物医学専門医の資格を有する実験動物獣医師が多くいます(2023年12月現在;欧州全体よりも多い)。また、日本では世界の中でもトップクラスと言えるほど動物実験が多く実施されています(Addict Biol. 2021; 26(6): e12991)。こうした背景からと思われますが、今回、日本の動物実験に関する現状やJCLAMの紹介を行った後、多くの質問や期待を示すコメントがあり、アジアの国々で実験動物獣医師が一層活躍できる環境づくりに、日本やJCLAMが期待されていると感じました。特に、実験動物獣医師の技能レベルの向上・研修制度は各国の課題となっており、KCLAMやJCLAMを中心として今回参加した団体が協力して相互に向上できる仕組みが得られればとの意見もありました。
国際的には、国際獣疫事務局(WOAH; World Organization for Animal Health)の Terrestrial Code, Chapter 7.8や米国ILAR guide (第8版)など主要な指針や規則として、「動物実験施設における実験動物の福祉・健康に関して責任を有するのは獣医師である」とされています。上述のとおり、今回のほとんどの参加国でこの要求に準拠した法令や指針が作成されていました。一方、日本は多くの国と異なり、法令や国の指針として動物実験施設に獣医師が必要とは明記されておらず、その代わりに「実験動物に関して優れた識見を有する者」を動物実験委員会の委員とすること、および実験動物管理者を設置することが必要とされています。今回のセッションでは、この日本の仕組みにも関心が寄せられました。獣医師の数が十分でない中で、動物実験施設で必要とされる獣医学的ケアを満たす方法としてよい一例として受け止めてもらえたようです。
動物実験の成果を一定のレベルで達成するためには、世界的に認められた基準で実験動物を飼養し、適切な方法で動物実験を実施する必要があります。しかしその一方で、動物実験の管理についても各国の文化・歴史的背景を考慮した独自性を尊重することは重要で、全てを米国のスタイルに統一させる必要はないと思われます。こうした考えからも日本の仕組みに共感を得たのかもしれません。
とは言え、今の日本の法令や指針では、先に述べたような国際的な獣医師への期待・要求に応えられていません。今後日本が国際社会の中で「適切な動物実験を実施している」と認め続けてもらうために、そしてアジアや世界のリーダーとして日本型システムを示し続けていくためにも、日本の法令や国の指針の中に実験動物獣医師の定義と役割について明記するとともに、現在の仕組みを昇華させていく必要があると考えられました。そしてJALAMやJCLAMはその仕組みにふさわしい高いレベルの実験動物獣医師を育成し、行政とも協力して日本型システムの完成度を高めていく原動力になるべきと考えます。