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We think the future of laboratory animals.

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実験動物のより良い未来を模索する

実験動物のより良い未来を模索する

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2022.03.03
げっ歯類の胎児・新生児の鎮痛・麻酔および安楽死に関する声明(第2版、2015年)
2022.03.03
飼養保管苦痛軽減基準の解説書に関する要望書(平成28年7月8日)
2021.09.03
JALAMシンポジウムおよびJCLAMフォーラムの開催について

新着・人気コラム

実験動物のリホーミング

実験動物の飼養及び保管並びに苦痛の軽減に関する基準では、第4章実験等の実施上の配慮の項において、「実験に供する期間をできるだけ短くする等実験終了の時期に配慮すること」と記されています。そして、実験動物の飼養及び保管並びに苦痛の軽減に関する基準の解説によると、実験計画の立案においては、「実験や術後観察の終了の時期(人道的エンドポイント)等について、具体的な計画を立案する必要がある。(p. 114)」と解説されています。また、人道的エンドポイントとは、「実験動物を激しい苦痛から解放するために実験を終了あるいは途中で中止する時期(すなわち安楽死処置を施す時期)を意味する。(p. 142)」と解説されています。こうしたことから、動物実験の終了とは、主として安楽死処置を施すこととも捉えられます。

一方で、安楽死処置については、上述の通り実験動物を激しい苦痛から解放するための措置である反面、「安全性に加え、安楽死処置実施者が感じる精神的不安、不快感、あるいは苦痛に配慮し、科学的研究の目的を損なわない限り、心理的負担の少ない安全な方法を選択すべきである。(p. 159)」とも解説されており、実施者にとっては精神的不安、不快感、あるいは苦痛といった心理的負担を伴う措置であるということも理解されています。

このような安楽死における実施者の心理的負担に関しては、「安楽死にまつわる諸問題」についてのコラムですでに紹介されていますが、動物実験が遂行される中で、必ずしも動物は苦痛を被って実験を終えるものでもありません。こうした動物に対してはどのようにエンドポイントを考えたらよいでしょうか。これらの動物にも安楽死処置を施すのでしょうか。その心理的負担は苦痛から解放するための安楽死処置の場合よりも大きいものになるかもしれません。他に選択肢はないのでしょうか。

最近では、酪農学園大学から引き取られた実験犬「しょうゆ」の里親譲渡の話題もあり、こちらも「実験動物の里親制度」についてのコラムですでに紹介されていますが、国内でも少なからず実験動物を安楽死せずに余生を送らせるリホーミングの活動が行われています。リホーミングは動物の福祉を考えること、また実施者の心理的負担を軽減させるという点でとても有意義なことではありますが、同時に、実験動物が社会の目に触れ、動物実験に関心をもつきっかけとなるということは、社会的に適正な動物実験を考える上でもとても重要なことでもあるのではないでしょうか。

ここでは実験動物のエンドポイントとして安楽死に代わる選択肢としての可能性があるリホーミングについて、実際にリホーミングをされた方からの寄稿を交えて、文献を紹介します。多くの方が実験動物に関心を持ち、適正な動物実験を考えるきっかけとなればと思います。

文献紹介:リホームされた実験用ビーグルは、日常的な場面でどのような行動をとるのか?

製薬企業から引き取られた実験犬の、その後に関するドイツでの調査です。

文献紹介:英国で行われた実験動物のリホーミング実践に関する調査

実験動物のリホーミングに関する英国での実態調査です。

文献紹介:フィンランドにおける実験用ビーグルの最初のリホーミング:社会化訓練からフォローアップまでの完全なプロセス

フィンランドで行われた実験用ビーグルの最初のリホーミングと社会化プログラムの紹介です。

特集

遺伝性疾患の研究における実験動物の役割と課題〜筋ジストロフィーモデル動物を例に〜

 病気の仕組みを知ることや治療法の開発において、実験動物を用いた研究は不可欠です。1989年に胚性幹(ES)細胞を用いて作製されたノックアウトマウスを皮切りに、現在までに多くのモデル動物が人々の健康・福祉への貢献を目的に作製されてきました。特に、2013年春に誕生したゲノム編集技術CRISPR/Cas9法は、遺伝子レベルで制御された多くの疾患モデル動物の創出を可能にしてきました。さらに現在では、モデル動物の作製に用いられてきた様々な遺伝子工学技術が、遺伝性疾患の次世代治療法として応用が期待されています。今回は、筋ジストロフィーという遺伝性筋疾患を例に、モデル動物の病態研究と治療法開発への貢献、また今後の課題についてご紹介したいと思います。

1. 遺伝子変異の解析とモデル動物の作製

 筋ジストロフィーは、40種類以上の遺伝子のいずれかに変異が生じて発症する遺伝性筋疾患の総称です(1)。原因遺伝子によって違いはありますが、進行性の筋力低下と骨格筋の組織変性を主徴とする致死的な疾患です。患者数が最も多いデュシェンヌ型筋ジストロフィー(DMD)は、筋細胞膜の構造維持に不可欠な蛋白質をコードするジストロフィン(DMD)遺伝子の変異が原因で発症するX連鎖劣性遺伝疾患です(2)。DMD遺伝子は78個のエクソンから構成される全長2.4 Mbの巨大な遺伝子です。このような巨大な遺伝子上に多様な変異が様々な箇所に生じるため、診断や治療法の開発が困難となっています。

 DMD遺伝子の変異の型は、コドンの読み枠がずれる「アウト・オブ・フレーム型」と読み枠が維持される「イン・フレーム型」に大別されます。前者のアウト・オブ・フレーム型変異ではジストロフィン蛋白質が産生されないため重症のDMDとなりますが、後者のイン・フレーム型変異では短いジストロフィンが産生されるため、多くは軽症のベッカー型筋ジストロフィー(BMD)と診断されます。これらの型はさらに欠失や重複、点変異など様々な変異によって生じるだけでなく、現在では変異パターンに応じて予後が異なることが明らかとなりつつあります(3)。変異の種類に応じた病態を理解するためには、患者と同様な変異を持つ遺伝子改変動物が必要です。しかし、欠失だけでも500種類以上が報告されている変異に対して、それぞれのモデル動物を作製することは現実的ではありません。そこで活躍するのが、遺伝子変異の種類や頻度、症状などの様々な情報がまとめられているデータベースです。DMDを含む遺伝性筋疾患の分野においてもいくつかの国家規模または国際的規模のデータベースを利用することできます(3)。このような情報を利用することで、発生頻度の高い変異や重症度を調べることができます。すなわち、無数にある変異の中から「どのような変異を持つモデル動物を作製すべきか」の指針となる情報が得られる場合があります(図1)。

図1 遺伝性疾患の国際的open database(LOVD: https://www.lovd.nl/)を用いて解析されたDMD遺伝子の欠失変異の頻度と重症度スペクトラム。赤は重症のDMD、青は軽症のBMDを示す。Ex, エクソン(数字は欠失したエクソンの番号); IN, イン・フレーム変異(短縮型ジストロフィンの産生が可能な変異)。記載のない項目は全てジストロフィンを産生できないアウト・オブ・フレーム変異を示す。Echigoya Y, et al. J Pers Med. 2018, licensed under CC BY 4.0.

2. DMDモデル動物と治療法開発への応用

  DMDの研究分野では、マウスのみならずラットやウサギ、イヌ、ブタなど様々な動物種でジストロフィン欠損モデル動物の開発が進められています(4-8) 初期のDMDモデル動物は突然変異個体として発見され、その内のいくつかは現在でも系統として維持されています(9)。1984年にモデル動物として最初に公表されたのがDmd遺伝子エクソン23に点突然変異を持つmdxマウスです(10)。mdxマウスは、ジストロフィン欠損によって生じる骨格筋病態(ジストロフィノパチー)の解明だけでなく、治療法開発においても多大な貢献をしてきました(11, 12)。しかし、本マウスのDmd変異は患者DMD遺伝子では稀なナンセンス変異であることや、病気の進行が緩徐であることが課題でした。これらの課題を克服すべく、1997年に本邦において、患者で高頻度に見られる変異を模したDmdエクソン52欠失変異マウス(mdx52マウス)がジーンターゲッティング法により開発されました(13)。本mdx52マウスの大きな特徴の一つとして、エクソン・スキッピング療法*の開発に活用できることが挙げられます(*mRNA前駆体に配列特異的に結合するアンチセンス人工核酸[ASO]を用いて、標的エクソンの除去と遺伝子の読み枠の修正、機能的なタンパク質の発現回復を誘導する技術)。すなわち、mdx52マウスは、欠失変異を持つ患者の約19%を治療対象とできるエクソン51、または約14%を対象とするエクソン53・スキッピング療法の開発コンセプトを実証できるモデルとして活躍してきました(図2)。

図2 エクソン52欠失ジストロフィンmRNA(ピンク)に対するアンチセンス人工核酸(ASO)を用いたエクソン51・スキッピング療法の概念図。 エクソン52を欠くとエクソン53が正しいコドン(3つ組塩基)を形成できない(上図)。ASOによりエクソン51が除去されるとエクソン50と53の末端の塩基が新たなコドンを作り、以降の塩基配列は正常なアミノ酸の読み枠となり、短いジストロフィンの発現が可能となる(下図)。

 mdx52マウスの登場により、ASOによるエクソン51・スキッピングは生体においても短縮型ジストロフィンの発現を誘導し、治療学的な有効性を示すことが2010年に国立精神・神経医療研究センター神経研究所の武田伸一先生、青木吉嗣先生らによって報告されました(14)。このような疾患モデル動物における治療コンセプトの実証や、患者細胞におけるヒトDMD遺伝子に対するスキッピング効果を根拠として臨床試験が進められ、2016年に世界初のエクソン51・スキッピングASOが核酸医薬品としてアメリカ食品医薬品局(FDA)によって迅速承認されました(15)。現在(2022年3月26日時点)までに4種類のDMDに対する核酸医薬品が承認されています。その内の一つは日本新薬株式会社と国立精神・神経医療研究センターの共同開発による核酸医薬品です。筋ジストロフィー治療研究はモデル動物の開発と共に、日本がリードする分野の一つであると考えられます。

3. 遺伝子ヒト化マウス

 モデル動物を用いた遺伝性疾患の研究において最も大きな障害は、当然のことですが「動物はヒトではない」ということです。動物はヒトと同じ遺伝子配列を持っていません。すなわち、ゲノム編集やエクソン・スキッピングなどのヒト遺伝子特有の「塩基配列」を標的とする治療法の開発には、種特有の遺伝子しか持たない疾患モデル動物は使用できないことになります。したがって、上述したモデル動物での治療実験は全て「コンセプト」の実証であり、他の医薬品のようにヒト患者に投与するための製剤を動物で試験することができない、という大きな課題があります。このような課題を克服する手段として、ヒト遺伝子を持つトランスジェニックマウス(遺伝子ヒト化マウス)が近年注目されています(16)。

 DMD研究分野では、ヒトの全長DMD遺伝子を持つマウス(hDMDマウス)が2004年にオランダのライデン大学のグループによって報告されてます(17)。このhDMDマウスは全身にヒトDMD mRNAを発現するため、ヒトDMD遺伝子を標的とするASOが生体内でエクソン・スキッピングを誘導可能かを評価できるモデルとして登場しました。しかし、このhDMDマウスには二つの問題点があります。一つ目は、ヒトDMD遺伝子を標的とするASOがマウスDmd遺伝子と交差反応し、適切な評価が妨げられる可能性です。この問題に対しては、hDMDマウスとDmd遺伝子全体が除去されたトランスジェニックマウス(Dmd-nullマウス)の交配により作製されたhDMD/Dmd-nullマウスが一つの解決案として報告されています(18)。二つ目の問題として、導入されたhDMD遺伝子は正常な遺伝子であるため、変異DMD遺伝子に対する有効性を評価できないことが挙げられます。本問題の解決案として、ゲノム編集技術を用いてヒトDMD遺伝子に患者と類似の欠失変異が導入されたhDMDdelマウスが報告されています(19)。このhDMDdelマウスはmdxマウスとの交配により、マウス由来のジストロフィンを発現しないhDMDdel/mdxマウスとして治療研究に利用されています。このようにいくつかのhDMDマウスの種類が報告されていますが、変異hDMD遺伝子が直接的な原因となり骨格筋病態を再現するモデルはまだ確立されていません。ヒト変異DMD遺伝子を標的とする治療薬の生体における有効性をより適切に評価するためには、例えばhDMDdel/Dmd-nullマウスのような、上記の問題を克服できるモデル動物の開発が今後必要になると考えられます。

4. おわりに

 今回は筋ジストロフィーにおけるモデル動物の開発の流れと核酸医薬品開発への貢献を中心に概説させていただきました。ゲノム編集やエクソン・スキッピングのように、今後も難治性疾患の克服に応用可能な革新的な遺伝子工学技術は様々開発されることと思います。新たな技術が治療コンセプトとして妥当であるか、安全な医薬品として実用化の可能性はあるかについては、適切なモデル動物と綿密な動物実験が今後ますます重要になることと思います。特に、遺伝性疾患におけるモデル動物と医薬品の開発では、動物とヒトで原因となる遺伝子は共通でもその配列や制御機構が異なるといった根本的な課題が提示されています。この観点からも実験動物学が遺伝性疾患の研究に貢献できることは、非常に多いと考えられます。

引用文献

1.  Mercuri E, Bönnemann CG, & Muntoni F (2019) Muscular dystrophies. Lancet 394(10213):2025-2038.

2. Duan D, Goemans N, Takeda S, Mercuri E, & Aartsma-Rus A (2021) Duchenne muscular dystrophy. Nature reviews. Disease primers 7(1):13.

3. Echigoya Y, Lim KRQ, Nakamura A, & Yokota T (2018) Multiple Exon Skipping in the Duchenne Muscular Dystrophy Hot Spots: Prospects and Challenges. J Pers Med 8(4):41.

4.  van Putten M, et al. (2020) Mouse models for muscular dystrophies: an overview. Disease models & mechanisms 13(2).

5. Teramoto N, et al. (2020) Pathological evaluation of rats carrying in-frame mutations in the dystrophin gene: a new model of Becker muscular dystrophy. Disease models & mechanisms 13(9).

6.  Sui T, et al. (2018) A novel rabbit model of Duchenne muscular dystrophy generated by CRISPR/Cas9. Disease models & mechanisms 11(6).

7. Amoasii L, et al. (2018) Gene editing restores dystrophin expression in a canine model of Duchenne muscular dystrophy. Science (New York, N.Y.) 362(6410):86-91.

8.  Echigoya Y, et al. (2021) A Dystrophin Exon-52 Deleted Miniature Pig Model of Duchenne Muscular Dystrophy and Evaluation of Exon Skipping. International journal of molecular sciences 22(23).

9. Yu X, Bao B, Echigoya Y, & Yokota T (2015) Dystrophin-deficient large animal models: translational research and exon skipping. American journal of translational research 7(8):1314-1331.

10. Bulfield G, Siller WG, Wight PA, & Moore KJ (1984) X chromosome-linked muscular dystrophy (mdx) in the mouse. Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America 81(4):1189-1192.

11. Lu QL, et al. (2003) Functional amounts of dystrophin produced by skipping the mutated exon in the mdx dystrophic mouse. Nature medicine9(8):1009-1014.

12. Echigoya Y, et al. (2013) Mutation types and aging differently affect revertant fiber expansion in dystrophic mdx and mdx52 mice. PloS one8(7):e69194.

13. Araki E, et al. (1997) Targeted disruption of exon 52 in the mouse dystrophin gene induced muscle degeneration similar to that observed in Duchenne muscular dystrophy. Biochemical and biophysical research communications 238(2):492-497.

14. Aoki Y, et al. (2010) In-frame dystrophin following exon 51-skipping improves muscle pathology and function in the exon 52-deficient mdx mouse. Molecular therapy : the journal of the American Society of Gene Therapy 18(11):1995-2005.

15. Takeda S, Clemens PR, & Hoffman EP (2021) Exon-Skipping in Duchenne Muscular Dystrophy. J Neuromuscul Dis.

16. Zhu F, Nair RR, Fisher EMC, & Cunningham TJ (2019) Humanising the mouse genome piece by piece. Nature communications 10(1):1845.

17. Bremmer-Bout M, et al. (2004) Targeted exon skipping in transgenic hDMD mice: A model for direct preclinical screening of human-specific antisense oligonucleotides. Molecular therapy : the journal of the American Society of Gene Therapy 10(2):232-240.

18. Echigoya Y, et al. (2017) Quantitative Antisense Screening and Optimization for Exon 51 Skipping in Duchenne Muscular Dystrophy. Molecular therapy : the journal of the American Society of Gene Therapy 25(11):2561-2572.

19. Aartsma-Rus A & van Putten M (2019) The use of genetically humanized animal models for personalized medicine approaches. Disease models & mechanisms 13(2).

コラム

マウスバイオリソースの源流 ~ラスロップ、リトルそしてジャクソン研究所

 本ホームページに「マウスの系統間、亜系統間にみられる遺伝子型、表現型の違い〜C57BL/6JとC57BL/6Nとの比較を中心に」というコラムが登載されています。その中に、「C57BL/6は、C. C. リトルがA. E. ラスロップから1921年に入手したマウスから樹立したC57BL系統に由来します。C57BL/6系統は、1948年にアメリカのジャクソン研究所に導入され維持されてきました」という記載があります。リトルとジャクソン研究所については、実験動物に関わっている方や実験動物学の講義を受講した経験のある方なら一度は耳にしたことがあると思いますが、ラスロップについてはあまり馴染みの無い読者がいるかも知れません。今回は、ラスロップとリトル、リトルとジャクソン研究所の関係についてお話させていただきます。

1. ネズミ愛好家、ラスロップ

“Abbie Lathrop, the “Mouse Woman of Granby”: Rodent Fancier and Accidental Genetics Pioneer”

 これは、C57BL/6Jの元となった「マウス#57」をリトルに提供したラスロップ(Abbie E. C. Lathrop:1868-1918)の生涯と業績を短くまとめた論文のタイトルです[1]。タイトルが示すように、彼女は米国マサチューセッツ州クランビー(生まれはイリノイ州)に生活の拠点を置いていたマウス・ラットの愛好家でした。また、当時としては珍しく動物繁殖業者として研究者にも動物の販売を行っていました。ラスロップは、マウス・ラットの他にもモルモット、ウサギ、フェレットなども飼育していました。そのうちモルモットは、米国政府の要請を受けて第1次世界大戦の戦場での有毒ガス検出に使用されていたそうです。もちろん、最初からこれら小動物の繁殖事業で成功したのでは無く、最初は家禽事業から始めたのですが上手くいかなかったようです。お父さんは教師だったようで(幼少期についての詳細は不明だそうです)、その影響もあって、小さい頃から勉学に優れ、生まれ故郷イリノイ州の教育資格も持っていました。この勤勉な性格が注意深い近親交配によるマウスの繁殖記録とその保存を生むことになり、後のリトルによる近交系の樹立に繋がることになります(その結果、“図らずも” 実験動物学の歴史にその名を残すことになるわけです)。

 ラスロップが繁殖したマウスは、C57BL/6Jの他、C3H/He、CBA、DBA/1, DBA/2など現在の主要な近交系マウスのもとにもなっています。そのため、論文や本に掲載されている近交系マウスの系統樹をみると、C57BL、DBA、C3Hなどの最上流に“Lathropのマウス”という記載を見ることが出来ます [2. 3]。ラスロップの凄いところは、単なるネズミ愛好家・動物繁殖業に留まること無く、その類い希な観察力を研究にまで昇華させたところだと思います。ラスロップは、飼育しているいくつかの動物が異常な皮膚病変を発症していることに気づき、大学の病理学者と共に研究を進めて科学論文を出すまでに至っています。その具体例については論文[1]を参照して頂きたいと思いますが、日々の弛まない動物観察が新しい発見に繋がるのだと彼女の生涯を知ることで改めて思いました。

 なお、参考文献[3]にはラスロップのイラストが掲載されています。もし、学校や大学の図書館、あるいは会社の資料室で蔵書を見つけたら閲覧してみて下さい。

2. リトルとジャクソン研究所の誕生

 次に、実験動物学を学んだ経験がある方なら誰でも一度はその名前を聞いたことのあるリトルとジャクソン研究所の誕生についてです。

 リトル(Clarence Cook Little;1888-1971)は、米国マサチューセッツ州のブルックリン生まれでハーバード大学に学んでいます。そこで出会った高名な動物学・遺伝学者のキャッスル(William Ernest Castle 1867 -1962) に師事し、キャッスルの指示によりマウスの毛色の遺伝に関する研究を始めました。この研究を進めるために、キャッスルは近親交配によって形質が安定している動物をラスロップから提供を受けていました。リトルは、このマウスをもとにして科学的目的のためにより厳密な近親交配を行いました。そして、薄い茶色の野生色では無い毛色のマウス(Dilute, Brown and non-Agouti)が世界最初の近交系として樹立されました(これがDBAです)。リトルはその後、遺伝と癌に関する研究に進むことになり遺伝的要因とマウスの癌の発生率に興味を持つようになりました。リトルは、ラスロップから「マウス#57」の提供を受けて新しい近交系マウスを確立させました。それが、本コラム執筆の切っ掛けとなったマウスで、“the most popular laboratory mouse”として紹介されることが多いC57BL/6(ニックネーム:Black 6)です[3]。DBAやC57BL/6の系統樹立についての詳細は参考文献[3]および他の専門書に譲ることにして、リトル個人についてもう少しだけお話しさせていただきます。

 その後リトルは、1922年に何と33歳の若さでメイン大学(University of Maine:米国メイン州の州立大学)の学長に就任しました。リトルは学長になっても研究を続け、同州の観光地であるバーハーバー(Bar harbor)にマウスの実験室を作り、夏休みにはここで研究を行いました。1925年からはミシガン大学(University of Michigan:米国ミシガン州の州立大学)の学長に就任しましたが、バーハーバーでの研究に専念するために1929年にミシガンを去りました。リトルが大学を離れてバーハーバーで研究に専念出来るための資金援助を行った一人が、ミシガン州デトロイトの自動車メーカー・ハドソンモーターカンパニー(Hudson Motor Company)の当時の責任者であったジャクソン(Roscoe B. Jackson)だったそうです(ジャクソン研究所のホームページより)。米国では、大学の建物、研究所や病院などを設立する際にその資金提供者の名前を組織名や建物名に冠することが良くありますが、リトルも資金援助者であるジャクソンに敬意を示してバーハーバーの研究所にJackson Memorial Laboratory(ジャクソン記念研究所)という名前を付けました。これが、教科書などで説明されている「リトルは1929年にマウスの研究開発と系統保存を行うジャクソン研究所を設立した」の起源となるのです。

 リトルの研究業績についてもう少しだけ触れたいと思います。前述したように、リトルの腫瘍に関する研究はジャクソン記念研究所の設立以前から始まっています。リトルは、F1、F2とマウスの世代が進むにつれて移植した腫瘍の生着率が低くなることに気が付きました。そして、同種異個体からの移植組織の生着性を決定しているは遺伝子であると主張しました(これが、後の主要組織適合遺伝子複合体の発見に結びつきます)。これらの研究は1914年から1916年にかけて行われ、その後、非悪性組織の移植に関する研究論文も発表しています[4]。リトル自身による移植に関する研究は1924年(36歳)の時点で終わりますが、リトルの腫瘍および移植に関する研究が大きな背景となり、実験動物の遺伝的均一性の重要性が生まれ、それがジャクソン研究所の設立につながり、その後の多様な“近交系”実験動物の系統開発・維持に繋がるわけです。

3.  現在のジャクソン研究所とホームページ

 ジャクソン研究所(以下、JAX)のホームページ(https://www.jax.org/)には「2019年に設立90周年を迎えた」旨の記述が見られます。これは、1929年のリトルによる「ジャクソン記念研究所」設立からの年数と一致します。ホームページによると、設立当初8人だった従業員は現在では約3,000人を擁しているとのことです。現在のJAXは、リトルが最初に研究室を作ったバーハーバーのマウス研究所(ヒトの病気の遺伝的な原因を研究している)の他、同じくメイン州のエルズワース(Ellsworth)にマウスの生産所、オーガスタ(Augusta)にガン研究所、カリフォルニア州サクラメント(Sacramento)にマウスの生産所と幹細胞などの提供サービス行う研究所、コネチカット州ファーミントン(Farmington)にゲノム研究所があります。また、日本(旧・日本チャールス・リバー)や中国(上海と北京)には子会社を持ち、実験動物の生産や微生物モニタリングサービスなど実験動物に関連したサービスを提供しています。このように、リトルがマウスの研究所としてスタートさせたジャクソン記念研究所は、現在ではC57BL/6Jを初め12,000以上の実験動物の系統を維持・生産するまでに成長しています(JAXのホームページより)。しかし、大きな組織となった現在でも米国JAXはあくまで非営利のバイオメディカルの研究機関であり、マウスの供給(バイオリソース)およびマウスを通じてのヒトのゲノミクス研究のデータリソースとしての立ち位置を保っています。米国JAXは世界初のバイオリソースセンターのモデルになったわけで、まさに「ラスロップ〜リトル〜ジャクソン研究所」という流れは、「マウスバイオリソースの源流」と言えるでしょう。

 以下は余談です。今回のコラム執筆にあたりJAXのホームページの教育コンテンツにもアクセスしてみました。EDUCATION & LEARNINGのONLINE LEARNINGに進むと実験動物に関する教育コンテンツを見ることが出来ます(https://www.jax.org/education-and-learning)。対象者の幅はとても広く、高校生や学部学生を対象とした基礎的なものから、大学院生やポスドク、医療関係者向けの教育コンテンツまで用意されています。例えば、「Online MicroLessons & MiniCourses」という初級のオンライン講習では、「マウスが持つどのような特性が人間の生命科学や病気を理解するための研究モデルになっているのか」等について10分ほどのビデオ講義で解説され、講義の終了後にはクイズ画面で講義内容の理解を確認することが出来ます。その他、近交系やハイブリッドマウスの系統、命名法などについての講義もあります。興味を持たれた方は、先ずは無料の初級教育コンテンツを閲覧してみるのは如何でしょうか。

4.最後に

 今回のコラムは、学術面からは外れた話題でしたが楽しんで頂けたでしょうか? C57BL/6Jの元となったマウスを育てたラスロップの生涯を読んで、私は江戸時代の珍玩鼠育草(ちんがんそだてぐさ)の存在を思い出しました[5]。この書物は、1787年(天明7年)に京都で発行された愛玩ネズミの飼育書です。その中には、森脇和郎先生らのグループが系統樹立させたJF1/Ms(JF: Japanese fancy)と非常に良く似た白黒ブチ模様(いわゆるパンダ柄)のネズミの挿絵が見られます。実は、JF1/Msはデンマークの蚤の市で売られていたパンダ柄のペットマウスを日本に持ち帰り、国立遺伝研で近交系として樹立させたものです。さらに面白い事実があります。C57BL/6など世界的に使用されている代表的な近交系マウスとJF1/Msの遺伝子を比べると、類似度の高い配列があちこちに散在していることが判ったのです[6]。すなわち、江戸時代に日本で育てられた愛玩用マウスがヨーロッパに渡り、そこでヨーロッパ産の愛玩用マウスと交雑され、さらに米国でリトルらの手によって実験動物化されるのに寄与し(ゲノム中のSNPの10%程度)、それが現在世界で使用されている主要な近交系マウスになったのです。

 ラスロップと珍玩鼠育草は国も年代も異なりますが、ネズミに魅せられた“アマチュア”の優れた洞察力が生み出した偉業という共通点を感じます。彼らが育てたネズミたちが、生命科学研究に欠かせない実験動物として世界中で利用されていることに時空を超えた感動を覚えると同時に、動物実験には動物への深い愛情としっかりとした観察力が大切なのだと改めて感じました。

参考文献

[1] Steensma DP, Kyle RA, Shampo MA. Abbie Lathrop, the “Mouse Woman of Granby”: Rodent Fancier and Accidental Genetics Pioneer. Mayo Clin Proc. 2010. 85: e83. DOI: 10.4065/mcp.2010.0647

[2] Hugenholtz F and de Vos WM. Mouse models for human intestinal microbiota research: a critical evaluation. Cell. Mol. Life Sci. 2018. 75: 149–160. DOI: 10.1007/s00018-017-2693-8

[3] Morse HC III. Origins of inbred mice. Academic Press, Bethesda. 1978.

[4] Auchincloss Jr H. and Winn HJ. Clarence Cook Little (1888–1971): The Genetic Basis of Transplant Immunology. Am J Transplant.2003. 4: 155–159. https://doi.org/10.1046/j.1600-6143.2003.00324.x

[5] 米川博通、森脇和郎. 実験用マウスの過去と未来.蛋白質核酸酵素1986. 31: 1151-1170.

[6] Takada T, Ebata T, Noguchi H, Keane TM, Adams DJ, Narita T, Shin-I T, Fujisawa H, Toyoda A, Abe K, Obata Y, Sakaki Y, Moriwaki K, Fujiyama A, Kohara Y and Shiroishi T. The ancestor of extant Japanese fancy mice contributed to the mosaic genomes of classical inbred strains. Genome Res. 2013. 23: 1329-1338. DOI: 10.1101/gr.156497.113

コラム

【Webinar】2022年2月19日(土)13:00~16:30「動物実験の明日をつなぐ ~動物実験を伝え、理解してもらうために~」第17回技術交流会(実技協東海北陸支部・本部共催)

(関連団体からのWebinar情報です)

【企画概要】 
私たちの日常生活において、動物実験は多大なる貢献をしています。しかし必ずしも正しく理解されておらず、ネガティブなイメージを持たれることもあります。動物実験に関わる人々が一般の方々に向けて情報発信を行い、正しく理解してもらおうと働きかけることは、ネガティブなイメージの払拭だけでなく、責任ある立場として誇りを持って業務を行う一助になります。そこで今回、東海北陸支部では動物実験の情報発信について考えたく、「動物実験の明日をつなぐ ~動物実験を伝え、理解してもらうために~」をテーマとし、講演会を企画しました。

 テーマ「動物実験の明日をつなぐ ~動物実験を伝え、理解してもらうために~」
 開催日時 : 2022年2月19日(土)13:00~16:30(予定)
 開催方法 : ミーティングアプリZoomを用いたオンライン形式
 定  員 : 75名
 参 加 費 : 会員 無料、非会員 2,000円

【プログラム】
 1. はじめに
   中野洋子 先生(帝京科学大学生命環境学部)
 2. Understanding Animal Research: How and why we explain animal research 
   through public engagement in the UK.
   (ご講演は英語ですが日本語字幕が表示されます。)
   Wendy Jarrett 先生(Understanding Animal Research)
 3. 多様な映像コンテンツによる動物実験教育への活用(仮)
   三浦竜一 先生(東京大学ライフサイエンス研究倫理支援室)
 4. それぞれの立場から動物実験を正しく伝えるために(仮)
    中野洋子 先生(帝京科学大学生命環境学部)

詳細はこちらをご覧下さい。

コラム

ちゃんと向き合いたい、
実験動物のこと。

実験動物というとどんなイメージがあるでしょうか。
動物を実験に活用することへの抵抗感をお持ちの方もいらっしゃるかもしれません。
しかし、実験動物に携わる関係者の間では実験動物を科学的合理性だけでなく、
動物福祉の観点からも向き合い、飼育環境の改善、実験方法や規制の見直しといった工夫を
日々行っております。

当団体では、そういった日々進化する実験動物に関する情報を
様々なコンテンツを通じて発信しております。
当サイトが、実験動物に関心のある方々の理解を促進し、
よりよい動物と人間の共存関係を実現する一助となれば幸いに存じます。

学会案内を見る

About Laboratory Animals実験動物とは

主な実験動物の種類、実験動物の飼育環境などについて説明します。

詳しくはこちら

Mechanism動物実験のしくみ

動物実験がどのように活かされるのか、また、実験環境を取り巻く規制などについて説明します。

詳しくはこちら

実験動物のリホーミング

実験動物の飼養及び保管並びに苦痛の軽減に関する基準では、第4章実験等の実施上の配慮の項において、「実験に供する期間をできるだけ短くする等実験終了の時期に配慮すること」と記されています。そして、実験動物の飼養及び保管並びに苦痛の軽減に関する基準の解説によると、実験計画の立案においては、「実験や術後観察の終了の時期(人道的エンドポイント)等について、具体的な計画を立案する必要がある。(p. 114)」と解説されています。また、人道的エンドポイントとは、「実験動物を激しい苦痛から解放するために実験を終了あるいは途中で中止する時期(すなわち安楽死処置を施す時期)を意味する。(p. 142)」と解説されています。こうしたことから、動物実験の終了とは、主として安楽死処置を施すこととも捉えられます。

一方で、安楽死処置については、上述の通り実験動物を激しい苦痛から解放するための措置である反面、「安全性に加え、安楽死処置実施者が感じる精神的不安、不快感、あるいは苦痛に配慮し、科学的研究の目的を損なわない限り、心理的負担の少ない安全な方法を選択すべきである。(p. 159)」とも解説されており、実施者にとっては精神的不安、不快感、あるいは苦痛といった心理的負担を伴う措置であるということも理解されています。

このような安楽死における実施者の心理的負担に関しては、「安楽死にまつわる諸問題」についてのコラムですでに紹介されていますが、動物実験が遂行される中で、必ずしも動物は苦痛を被って実験を終えるものでもありません。こうした動物に対してはどのようにエンドポイントを考えたらよいでしょうか。これらの動物にも安楽死処置を施すのでしょうか。その心理的負担は苦痛から解放するための安楽死処置の場合よりも大きいものになるかもしれません。他に選択肢はないのでしょうか。

最近では、酪農学園大学から引き取られた実験犬「しょうゆ」の里親譲渡の話題もあり、こちらも「実験動物の里親制度」についてのコラムですでに紹介されていますが、国内でも少なからず実験動物を安楽死せずに余生を送らせるリホーミングの活動が行われています。リホーミングは動物の福祉を考えること、また実施者の心理的負担を軽減させるという点でとても有意義なことではありますが、同時に、実験動物が社会の目に触れ、動物実験に関心をもつきっかけとなるということは、社会的に適正な動物実験を考える上でもとても重要なことでもあるのではないでしょうか。

ここでは実験動物のエンドポイントとして安楽死に代わる選択肢としての可能性があるリホーミングについて、実際にリホーミングをされた方からの寄稿を交えて、文献を紹介します。多くの方が実験動物に関心を持ち、適正な動物実験を考えるきっかけとなればと思います。

文献紹介:リホームされた実験用ビーグルは、日常的な場面でどのような行動をとるのか?

製薬企業から引き取られた実験犬の、その後に関するドイツでの調査です。

文献紹介:英国で行われた実験動物のリホーミング実践に関する調査

実験動物のリホーミングに関する英国での実態調査です。

文献紹介:フィンランドにおける実験用ビーグルの最初のリホーミング:社会化訓練からフォローアップまでの完全なプロセス

フィンランドで行われた実験用ビーグルの最初のリホーミングと社会化プログラムの紹介です。

特集

遺伝性疾患の研究における実験動物の役割と課題〜筋ジストロフィーモデル動物を例に〜

 病気の仕組みを知ることや治療法の開発において、実験動物を用いた研究は不可欠です。1989年に胚性幹(ES)細胞を用いて作製されたノックアウトマウスを皮切りに、現在までに多くのモデル動物が人々の健康・福祉への貢献を目的に作製されてきました。特に、2013年春に誕生したゲノム編集技術CRISPR/Cas9法は、遺伝子レベルで制御された多くの疾患モデル動物の創出を可能にしてきました。さらに現在では、モデル動物の作製に用いられてきた様々な遺伝子工学技術が、遺伝性疾患の次世代治療法として応用が期待されています。今回は、筋ジストロフィーという遺伝性筋疾患を例に、モデル動物の病態研究と治療法開発への貢献、また今後の課題についてご紹介したいと思います。

1. 遺伝子変異の解析とモデル動物の作製

 筋ジストロフィーは、40種類以上の遺伝子のいずれかに変異が生じて発症する遺伝性筋疾患の総称です(1)。原因遺伝子によって違いはありますが、進行性の筋力低下と骨格筋の組織変性を主徴とする致死的な疾患です。患者数が最も多いデュシェンヌ型筋ジストロフィー(DMD)は、筋細胞膜の構造維持に不可欠な蛋白質をコードするジストロフィン(DMD)遺伝子の変異が原因で発症するX連鎖劣性遺伝疾患です(2)。DMD遺伝子は78個のエクソンから構成される全長2.4 Mbの巨大な遺伝子です。このような巨大な遺伝子上に多様な変異が様々な箇所に生じるため、診断や治療法の開発が困難となっています。

 DMD遺伝子の変異の型は、コドンの読み枠がずれる「アウト・オブ・フレーム型」と読み枠が維持される「イン・フレーム型」に大別されます。前者のアウト・オブ・フレーム型変異ではジストロフィン蛋白質が産生されないため重症のDMDとなりますが、後者のイン・フレーム型変異では短いジストロフィンが産生されるため、多くは軽症のベッカー型筋ジストロフィー(BMD)と診断されます。これらの型はさらに欠失や重複、点変異など様々な変異によって生じるだけでなく、現在では変異パターンに応じて予後が異なることが明らかとなりつつあります(3)。変異の種類に応じた病態を理解するためには、患者と同様な変異を持つ遺伝子改変動物が必要です。しかし、欠失だけでも500種類以上が報告されている変異に対して、それぞれのモデル動物を作製することは現実的ではありません。そこで活躍するのが、遺伝子変異の種類や頻度、症状などの様々な情報がまとめられているデータベースです。DMDを含む遺伝性筋疾患の分野においてもいくつかの国家規模または国際的規模のデータベースを利用することできます(3)。このような情報を利用することで、発生頻度の高い変異や重症度を調べることができます。すなわち、無数にある変異の中から「どのような変異を持つモデル動物を作製すべきか」の指針となる情報が得られる場合があります(図1)。

図1 遺伝性疾患の国際的open database(LOVD: https://www.lovd.nl/)を用いて解析されたDMD遺伝子の欠失変異の頻度と重症度スペクトラム。赤は重症のDMD、青は軽症のBMDを示す。Ex, エクソン(数字は欠失したエクソンの番号); IN, イン・フレーム変異(短縮型ジストロフィンの産生が可能な変異)。記載のない項目は全てジストロフィンを産生できないアウト・オブ・フレーム変異を示す。Echigoya Y, et al. J Pers Med. 2018, licensed under CC BY 4.0.

2. DMDモデル動物と治療法開発への応用

  DMDの研究分野では、マウスのみならずラットやウサギ、イヌ、ブタなど様々な動物種でジストロフィン欠損モデル動物の開発が進められています(4-8) 初期のDMDモデル動物は突然変異個体として発見され、その内のいくつかは現在でも系統として維持されています(9)。1984年にモデル動物として最初に公表されたのがDmd遺伝子エクソン23に点突然変異を持つmdxマウスです(10)。mdxマウスは、ジストロフィン欠損によって生じる骨格筋病態(ジストロフィノパチー)の解明だけでなく、治療法開発においても多大な貢献をしてきました(11, 12)。しかし、本マウスのDmd変異は患者DMD遺伝子では稀なナンセンス変異であることや、病気の進行が緩徐であることが課題でした。これらの課題を克服すべく、1997年に本邦において、患者で高頻度に見られる変異を模したDmdエクソン52欠失変異マウス(mdx52マウス)がジーンターゲッティング法により開発されました(13)。本mdx52マウスの大きな特徴の一つとして、エクソン・スキッピング療法*の開発に活用できることが挙げられます(*mRNA前駆体に配列特異的に結合するアンチセンス人工核酸[ASO]を用いて、標的エクソンの除去と遺伝子の読み枠の修正、機能的なタンパク質の発現回復を誘導する技術)。すなわち、mdx52マウスは、欠失変異を持つ患者の約19%を治療対象とできるエクソン51、または約14%を対象とするエクソン53・スキッピング療法の開発コンセプトを実証できるモデルとして活躍してきました(図2)。

図2 エクソン52欠失ジストロフィンmRNA(ピンク)に対するアンチセンス人工核酸(ASO)を用いたエクソン51・スキッピング療法の概念図。 エクソン52を欠くとエクソン53が正しいコドン(3つ組塩基)を形成できない(上図)。ASOによりエクソン51が除去されるとエクソン50と53の末端の塩基が新たなコドンを作り、以降の塩基配列は正常なアミノ酸の読み枠となり、短いジストロフィンの発現が可能となる(下図)。

 mdx52マウスの登場により、ASOによるエクソン51・スキッピングは生体においても短縮型ジストロフィンの発現を誘導し、治療学的な有効性を示すことが2010年に国立精神・神経医療研究センター神経研究所の武田伸一先生、青木吉嗣先生らによって報告されました(14)。このような疾患モデル動物における治療コンセプトの実証や、患者細胞におけるヒトDMD遺伝子に対するスキッピング効果を根拠として臨床試験が進められ、2016年に世界初のエクソン51・スキッピングASOが核酸医薬品としてアメリカ食品医薬品局(FDA)によって迅速承認されました(15)。現在(2022年3月26日時点)までに4種類のDMDに対する核酸医薬品が承認されています。その内の一つは日本新薬株式会社と国立精神・神経医療研究センターの共同開発による核酸医薬品です。筋ジストロフィー治療研究はモデル動物の開発と共に、日本がリードする分野の一つであると考えられます。

3. 遺伝子ヒト化マウス

 モデル動物を用いた遺伝性疾患の研究において最も大きな障害は、当然のことですが「動物はヒトではない」ということです。動物はヒトと同じ遺伝子配列を持っていません。すなわち、ゲノム編集やエクソン・スキッピングなどのヒト遺伝子特有の「塩基配列」を標的とする治療法の開発には、種特有の遺伝子しか持たない疾患モデル動物は使用できないことになります。したがって、上述したモデル動物での治療実験は全て「コンセプト」の実証であり、他の医薬品のようにヒト患者に投与するための製剤を動物で試験することができない、という大きな課題があります。このような課題を克服する手段として、ヒト遺伝子を持つトランスジェニックマウス(遺伝子ヒト化マウス)が近年注目されています(16)。

 DMD研究分野では、ヒトの全長DMD遺伝子を持つマウス(hDMDマウス)が2004年にオランダのライデン大学のグループによって報告されてます(17)。このhDMDマウスは全身にヒトDMD mRNAを発現するため、ヒトDMD遺伝子を標的とするASOが生体内でエクソン・スキッピングを誘導可能かを評価できるモデルとして登場しました。しかし、このhDMDマウスには二つの問題点があります。一つ目は、ヒトDMD遺伝子を標的とするASOがマウスDmd遺伝子と交差反応し、適切な評価が妨げられる可能性です。この問題に対しては、hDMDマウスとDmd遺伝子全体が除去されたトランスジェニックマウス(Dmd-nullマウス)の交配により作製されたhDMD/Dmd-nullマウスが一つの解決案として報告されています(18)。二つ目の問題として、導入されたhDMD遺伝子は正常な遺伝子であるため、変異DMD遺伝子に対する有効性を評価できないことが挙げられます。本問題の解決案として、ゲノム編集技術を用いてヒトDMD遺伝子に患者と類似の欠失変異が導入されたhDMDdelマウスが報告されています(19)。このhDMDdelマウスはmdxマウスとの交配により、マウス由来のジストロフィンを発現しないhDMDdel/mdxマウスとして治療研究に利用されています。このようにいくつかのhDMDマウスの種類が報告されていますが、変異hDMD遺伝子が直接的な原因となり骨格筋病態を再現するモデルはまだ確立されていません。ヒト変異DMD遺伝子を標的とする治療薬の生体における有効性をより適切に評価するためには、例えばhDMDdel/Dmd-nullマウスのような、上記の問題を克服できるモデル動物の開発が今後必要になると考えられます。

4. おわりに

 今回は筋ジストロフィーにおけるモデル動物の開発の流れと核酸医薬品開発への貢献を中心に概説させていただきました。ゲノム編集やエクソン・スキッピングのように、今後も難治性疾患の克服に応用可能な革新的な遺伝子工学技術は様々開発されることと思います。新たな技術が治療コンセプトとして妥当であるか、安全な医薬品として実用化の可能性はあるかについては、適切なモデル動物と綿密な動物実験が今後ますます重要になることと思います。特に、遺伝性疾患におけるモデル動物と医薬品の開発では、動物とヒトで原因となる遺伝子は共通でもその配列や制御機構が異なるといった根本的な課題が提示されています。この観点からも実験動物学が遺伝性疾患の研究に貢献できることは、非常に多いと考えられます。

引用文献

1.  Mercuri E, Bönnemann CG, & Muntoni F (2019) Muscular dystrophies. Lancet 394(10213):2025-2038.

2. Duan D, Goemans N, Takeda S, Mercuri E, & Aartsma-Rus A (2021) Duchenne muscular dystrophy. Nature reviews. Disease primers 7(1):13.

3. Echigoya Y, Lim KRQ, Nakamura A, & Yokota T (2018) Multiple Exon Skipping in the Duchenne Muscular Dystrophy Hot Spots: Prospects and Challenges. J Pers Med 8(4):41.

4.  van Putten M, et al. (2020) Mouse models for muscular dystrophies: an overview. Disease models & mechanisms 13(2).

5. Teramoto N, et al. (2020) Pathological evaluation of rats carrying in-frame mutations in the dystrophin gene: a new model of Becker muscular dystrophy. Disease models & mechanisms 13(9).

6.  Sui T, et al. (2018) A novel rabbit model of Duchenne muscular dystrophy generated by CRISPR/Cas9. Disease models & mechanisms 11(6).

7. Amoasii L, et al. (2018) Gene editing restores dystrophin expression in a canine model of Duchenne muscular dystrophy. Science (New York, N.Y.) 362(6410):86-91.

8.  Echigoya Y, et al. (2021) A Dystrophin Exon-52 Deleted Miniature Pig Model of Duchenne Muscular Dystrophy and Evaluation of Exon Skipping. International journal of molecular sciences 22(23).

9. Yu X, Bao B, Echigoya Y, & Yokota T (2015) Dystrophin-deficient large animal models: translational research and exon skipping. American journal of translational research 7(8):1314-1331.

10. Bulfield G, Siller WG, Wight PA, & Moore KJ (1984) X chromosome-linked muscular dystrophy (mdx) in the mouse. Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America 81(4):1189-1192.

11. Lu QL, et al. (2003) Functional amounts of dystrophin produced by skipping the mutated exon in the mdx dystrophic mouse. Nature medicine9(8):1009-1014.

12. Echigoya Y, et al. (2013) Mutation types and aging differently affect revertant fiber expansion in dystrophic mdx and mdx52 mice. PloS one8(7):e69194.

13. Araki E, et al. (1997) Targeted disruption of exon 52 in the mouse dystrophin gene induced muscle degeneration similar to that observed in Duchenne muscular dystrophy. Biochemical and biophysical research communications 238(2):492-497.

14. Aoki Y, et al. (2010) In-frame dystrophin following exon 51-skipping improves muscle pathology and function in the exon 52-deficient mdx mouse. Molecular therapy : the journal of the American Society of Gene Therapy 18(11):1995-2005.

15. Takeda S, Clemens PR, & Hoffman EP (2021) Exon-Skipping in Duchenne Muscular Dystrophy. J Neuromuscul Dis.

16. Zhu F, Nair RR, Fisher EMC, & Cunningham TJ (2019) Humanising the mouse genome piece by piece. Nature communications 10(1):1845.

17. Bremmer-Bout M, et al. (2004) Targeted exon skipping in transgenic hDMD mice: A model for direct preclinical screening of human-specific antisense oligonucleotides. Molecular therapy : the journal of the American Society of Gene Therapy 10(2):232-240.

18. Echigoya Y, et al. (2017) Quantitative Antisense Screening and Optimization for Exon 51 Skipping in Duchenne Muscular Dystrophy. Molecular therapy : the journal of the American Society of Gene Therapy 25(11):2561-2572.

19. Aartsma-Rus A & van Putten M (2019) The use of genetically humanized animal models for personalized medicine approaches. Disease models & mechanisms 13(2).

コラム

マウスバイオリソースの源流 ~ラスロップ、リトルそしてジャクソン研究所

 本ホームページに「マウスの系統間、亜系統間にみられる遺伝子型、表現型の違い〜C57BL/6JとC57BL/6Nとの比較を中心に」というコラムが登載されています。その中に、「C57BL/6は、C. C. リトルがA. E. ラスロップから1921年に入手したマウスから樹立したC57BL系統に由来します。C57BL/6系統は、1948年にアメリカのジャクソン研究所に導入され維持されてきました」という記載があります。リトルとジャクソン研究所については、実験動物に関わっている方や実験動物学の講義を受講した経験のある方なら一度は耳にしたことがあると思いますが、ラスロップについてはあまり馴染みの無い読者がいるかも知れません。今回は、ラスロップとリトル、リトルとジャクソン研究所の関係についてお話させていただきます。

1. ネズミ愛好家、ラスロップ

“Abbie Lathrop, the “Mouse Woman of Granby”: Rodent Fancier and Accidental Genetics Pioneer”

 これは、C57BL/6Jの元となった「マウス#57」をリトルに提供したラスロップ(Abbie E. C. Lathrop:1868-1918)の生涯と業績を短くまとめた論文のタイトルです[1]。タイトルが示すように、彼女は米国マサチューセッツ州クランビー(生まれはイリノイ州)に生活の拠点を置いていたマウス・ラットの愛好家でした。また、当時としては珍しく動物繁殖業者として研究者にも動物の販売を行っていました。ラスロップは、マウス・ラットの他にもモルモット、ウサギ、フェレットなども飼育していました。そのうちモルモットは、米国政府の要請を受けて第1次世界大戦の戦場での有毒ガス検出に使用されていたそうです。もちろん、最初からこれら小動物の繁殖事業で成功したのでは無く、最初は家禽事業から始めたのですが上手くいかなかったようです。お父さんは教師だったようで(幼少期についての詳細は不明だそうです)、その影響もあって、小さい頃から勉学に優れ、生まれ故郷イリノイ州の教育資格も持っていました。この勤勉な性格が注意深い近親交配によるマウスの繁殖記録とその保存を生むことになり、後のリトルによる近交系の樹立に繋がることになります(その結果、“図らずも” 実験動物学の歴史にその名を残すことになるわけです)。

 ラスロップが繁殖したマウスは、C57BL/6Jの他、C3H/He、CBA、DBA/1, DBA/2など現在の主要な近交系マウスのもとにもなっています。そのため、論文や本に掲載されている近交系マウスの系統樹をみると、C57BL、DBA、C3Hなどの最上流に“Lathropのマウス”という記載を見ることが出来ます [2. 3]。ラスロップの凄いところは、単なるネズミ愛好家・動物繁殖業に留まること無く、その類い希な観察力を研究にまで昇華させたところだと思います。ラスロップは、飼育しているいくつかの動物が異常な皮膚病変を発症していることに気づき、大学の病理学者と共に研究を進めて科学論文を出すまでに至っています。その具体例については論文[1]を参照して頂きたいと思いますが、日々の弛まない動物観察が新しい発見に繋がるのだと彼女の生涯を知ることで改めて思いました。

 なお、参考文献[3]にはラスロップのイラストが掲載されています。もし、学校や大学の図書館、あるいは会社の資料室で蔵書を見つけたら閲覧してみて下さい。

2. リトルとジャクソン研究所の誕生

 次に、実験動物学を学んだ経験がある方なら誰でも一度はその名前を聞いたことのあるリトルとジャクソン研究所の誕生についてです。

 リトル(Clarence Cook Little;1888-1971)は、米国マサチューセッツ州のブルックリン生まれでハーバード大学に学んでいます。そこで出会った高名な動物学・遺伝学者のキャッスル(William Ernest Castle 1867 -1962) に師事し、キャッスルの指示によりマウスの毛色の遺伝に関する研究を始めました。この研究を進めるために、キャッスルは近親交配によって形質が安定している動物をラスロップから提供を受けていました。リトルは、このマウスをもとにして科学的目的のためにより厳密な近親交配を行いました。そして、薄い茶色の野生色では無い毛色のマウス(Dilute, Brown and non-Agouti)が世界最初の近交系として樹立されました(これがDBAです)。リトルはその後、遺伝と癌に関する研究に進むことになり遺伝的要因とマウスの癌の発生率に興味を持つようになりました。リトルは、ラスロップから「マウス#57」の提供を受けて新しい近交系マウスを確立させました。それが、本コラム執筆の切っ掛けとなったマウスで、“the most popular laboratory mouse”として紹介されることが多いC57BL/6(ニックネーム:Black 6)です[3]。DBAやC57BL/6の系統樹立についての詳細は参考文献[3]および他の専門書に譲ることにして、リトル個人についてもう少しだけお話しさせていただきます。

 その後リトルは、1922年に何と33歳の若さでメイン大学(University of Maine:米国メイン州の州立大学)の学長に就任しました。リトルは学長になっても研究を続け、同州の観光地であるバーハーバー(Bar harbor)にマウスの実験室を作り、夏休みにはここで研究を行いました。1925年からはミシガン大学(University of Michigan:米国ミシガン州の州立大学)の学長に就任しましたが、バーハーバーでの研究に専念するために1929年にミシガンを去りました。リトルが大学を離れてバーハーバーで研究に専念出来るための資金援助を行った一人が、ミシガン州デトロイトの自動車メーカー・ハドソンモーターカンパニー(Hudson Motor Company)の当時の責任者であったジャクソン(Roscoe B. Jackson)だったそうです(ジャクソン研究所のホームページより)。米国では、大学の建物、研究所や病院などを設立する際にその資金提供者の名前を組織名や建物名に冠することが良くありますが、リトルも資金援助者であるジャクソンに敬意を示してバーハーバーの研究所にJackson Memorial Laboratory(ジャクソン記念研究所)という名前を付けました。これが、教科書などで説明されている「リトルは1929年にマウスの研究開発と系統保存を行うジャクソン研究所を設立した」の起源となるのです。

 リトルの研究業績についてもう少しだけ触れたいと思います。前述したように、リトルの腫瘍に関する研究はジャクソン記念研究所の設立以前から始まっています。リトルは、F1、F2とマウスの世代が進むにつれて移植した腫瘍の生着率が低くなることに気が付きました。そして、同種異個体からの移植組織の生着性を決定しているは遺伝子であると主張しました(これが、後の主要組織適合遺伝子複合体の発見に結びつきます)。これらの研究は1914年から1916年にかけて行われ、その後、非悪性組織の移植に関する研究論文も発表しています[4]。リトル自身による移植に関する研究は1924年(36歳)の時点で終わりますが、リトルの腫瘍および移植に関する研究が大きな背景となり、実験動物の遺伝的均一性の重要性が生まれ、それがジャクソン研究所の設立につながり、その後の多様な“近交系”実験動物の系統開発・維持に繋がるわけです。

3.  現在のジャクソン研究所とホームページ

 ジャクソン研究所(以下、JAX)のホームページ(https://www.jax.org/)には「2019年に設立90周年を迎えた」旨の記述が見られます。これは、1929年のリトルによる「ジャクソン記念研究所」設立からの年数と一致します。ホームページによると、設立当初8人だった従業員は現在では約3,000人を擁しているとのことです。現在のJAXは、リトルが最初に研究室を作ったバーハーバーのマウス研究所(ヒトの病気の遺伝的な原因を研究している)の他、同じくメイン州のエルズワース(Ellsworth)にマウスの生産所、オーガスタ(Augusta)にガン研究所、カリフォルニア州サクラメント(Sacramento)にマウスの生産所と幹細胞などの提供サービス行う研究所、コネチカット州ファーミントン(Farmington)にゲノム研究所があります。また、日本(旧・日本チャールス・リバー)や中国(上海と北京)には子会社を持ち、実験動物の生産や微生物モニタリングサービスなど実験動物に関連したサービスを提供しています。このように、リトルがマウスの研究所としてスタートさせたジャクソン記念研究所は、現在ではC57BL/6Jを初め12,000以上の実験動物の系統を維持・生産するまでに成長しています(JAXのホームページより)。しかし、大きな組織となった現在でも米国JAXはあくまで非営利のバイオメディカルの研究機関であり、マウスの供給(バイオリソース)およびマウスを通じてのヒトのゲノミクス研究のデータリソースとしての立ち位置を保っています。米国JAXは世界初のバイオリソースセンターのモデルになったわけで、まさに「ラスロップ〜リトル〜ジャクソン研究所」という流れは、「マウスバイオリソースの源流」と言えるでしょう。

 以下は余談です。今回のコラム執筆にあたりJAXのホームページの教育コンテンツにもアクセスしてみました。EDUCATION & LEARNINGのONLINE LEARNINGに進むと実験動物に関する教育コンテンツを見ることが出来ます(https://www.jax.org/education-and-learning)。対象者の幅はとても広く、高校生や学部学生を対象とした基礎的なものから、大学院生やポスドク、医療関係者向けの教育コンテンツまで用意されています。例えば、「Online MicroLessons & MiniCourses」という初級のオンライン講習では、「マウスが持つどのような特性が人間の生命科学や病気を理解するための研究モデルになっているのか」等について10分ほどのビデオ講義で解説され、講義の終了後にはクイズ画面で講義内容の理解を確認することが出来ます。その他、近交系やハイブリッドマウスの系統、命名法などについての講義もあります。興味を持たれた方は、先ずは無料の初級教育コンテンツを閲覧してみるのは如何でしょうか。

4.最後に

 今回のコラムは、学術面からは外れた話題でしたが楽しんで頂けたでしょうか? C57BL/6Jの元となったマウスを育てたラスロップの生涯を読んで、私は江戸時代の珍玩鼠育草(ちんがんそだてぐさ)の存在を思い出しました[5]。この書物は、1787年(天明7年)に京都で発行された愛玩ネズミの飼育書です。その中には、森脇和郎先生らのグループが系統樹立させたJF1/Ms(JF: Japanese fancy)と非常に良く似た白黒ブチ模様(いわゆるパンダ柄)のネズミの挿絵が見られます。実は、JF1/Msはデンマークの蚤の市で売られていたパンダ柄のペットマウスを日本に持ち帰り、国立遺伝研で近交系として樹立させたものです。さらに面白い事実があります。C57BL/6など世界的に使用されている代表的な近交系マウスとJF1/Msの遺伝子を比べると、類似度の高い配列があちこちに散在していることが判ったのです[6]。すなわち、江戸時代に日本で育てられた愛玩用マウスがヨーロッパに渡り、そこでヨーロッパ産の愛玩用マウスと交雑され、さらに米国でリトルらの手によって実験動物化されるのに寄与し(ゲノム中のSNPの10%程度)、それが現在世界で使用されている主要な近交系マウスになったのです。

 ラスロップと珍玩鼠育草は国も年代も異なりますが、ネズミに魅せられた“アマチュア”の優れた洞察力が生み出した偉業という共通点を感じます。彼らが育てたネズミたちが、生命科学研究に欠かせない実験動物として世界中で利用されていることに時空を超えた感動を覚えると同時に、動物実験には動物への深い愛情としっかりとした観察力が大切なのだと改めて感じました。

参考文献

[1] Steensma DP, Kyle RA, Shampo MA. Abbie Lathrop, the “Mouse Woman of Granby”: Rodent Fancier and Accidental Genetics Pioneer. Mayo Clin Proc. 2010. 85: e83. DOI: 10.4065/mcp.2010.0647

[2] Hugenholtz F and de Vos WM. Mouse models for human intestinal microbiota research: a critical evaluation. Cell. Mol. Life Sci. 2018. 75: 149–160. DOI: 10.1007/s00018-017-2693-8

[3] Morse HC III. Origins of inbred mice. Academic Press, Bethesda. 1978.

[4] Auchincloss Jr H. and Winn HJ. Clarence Cook Little (1888–1971): The Genetic Basis of Transplant Immunology. Am J Transplant.2003. 4: 155–159. https://doi.org/10.1046/j.1600-6143.2003.00324.x

[5] 米川博通、森脇和郎. 実験用マウスの過去と未来.蛋白質核酸酵素1986. 31: 1151-1170.

[6] Takada T, Ebata T, Noguchi H, Keane TM, Adams DJ, Narita T, Shin-I T, Fujisawa H, Toyoda A, Abe K, Obata Y, Sakaki Y, Moriwaki K, Fujiyama A, Kohara Y and Shiroishi T. The ancestor of extant Japanese fancy mice contributed to the mosaic genomes of classical inbred strains. Genome Res. 2013. 23: 1329-1338. DOI: 10.1101/gr.156497.113

コラム

【Webinar】2022年2月19日(土)13:00~16:30「動物実験の明日をつなぐ ~動物実験を伝え、理解してもらうために~」第17回技術交流会(実技協東海北陸支部・本部共催)

(関連団体からのWebinar情報です)

【企画概要】 
私たちの日常生活において、動物実験は多大なる貢献をしています。しかし必ずしも正しく理解されておらず、ネガティブなイメージを持たれることもあります。動物実験に関わる人々が一般の方々に向けて情報発信を行い、正しく理解してもらおうと働きかけることは、ネガティブなイメージの払拭だけでなく、責任ある立場として誇りを持って業務を行う一助になります。そこで今回、東海北陸支部では動物実験の情報発信について考えたく、「動物実験の明日をつなぐ ~動物実験を伝え、理解してもらうために~」をテーマとし、講演会を企画しました。

 テーマ「動物実験の明日をつなぐ ~動物実験を伝え、理解してもらうために~」
 開催日時 : 2022年2月19日(土)13:00~16:30(予定)
 開催方法 : ミーティングアプリZoomを用いたオンライン形式
 定  員 : 75名
 参 加 費 : 会員 無料、非会員 2,000円

【プログラム】
 1. はじめに
   中野洋子 先生(帝京科学大学生命環境学部)
 2. Understanding Animal Research: How and why we explain animal research 
   through public engagement in the UK.
   (ご講演は英語ですが日本語字幕が表示されます。)
   Wendy Jarrett 先生(Understanding Animal Research)
 3. 多様な映像コンテンツによる動物実験教育への活用(仮)
   三浦竜一 先生(東京大学ライフサイエンス研究倫理支援室)
 4. それぞれの立場から動物実験を正しく伝えるために(仮)
    中野洋子 先生(帝京科学大学生命環境学部)

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コラム