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完全長マウスゲノムの完成
大阪大学 大学院医学系研究科
廣瀬 直毅
生物の体の設計図は、A・T・G・Cの4種類の塩基の配列としてゲノムに刻まれています。ヒトゲノムの塩基配列の大部分は、今から約20年前に初めて解読1–3されました。そして2022年、米国の国立ヒトゲノム研究所、カリフォルニア大学サンタクルーズ校、ワシントン大学を中心とするテロメアtoテロメア・コンソーシアムにより、ついに短腕テロメアから長腕テロメアまでの完全長(telomere-to-telomere、T2T)ゲノムが、すべての常染色体とX染色体について解読されました4。さらに翌年にはY染色体の完全長ゲノムも解読5され、ヒトの完全長ゲノムの参照配列が完成しました。従来のヒトゲノムの参照配列にあった341箇所の塩基配列の未決定領域(「ギャップ」)も解消されたため、疾患の発症に関わるゲノム異常を探索する研究が加速すると期待されています。
ヒトゲノムの解読に並行して、医学・生物学の研究に供されているさまざまな実験動物のゲノムの塩基配列も解読されてきました。代表的な実験動物であるマウス(ハツカネズミ;Mus musculus)については、C57BL/6J系統のゲノムがマウスゲノム・シークエンシング・コンソーシアムによって2002年に初めて解読6されました。それ以降も追加解読が重ねられてきたものの、依然として塩基配列の未決定領域が約7,350万塩基対ほど残っていました。しかし2024年12月に中国のYu博士が率いる研究チームによってC57BL/6系統7、そして2025年11月に英国のKeane博士が率いる研究チームによってC57BL/6J系統およびCAST/EiJ系統の完全長ゲノムの解読結果が、それぞれ報告されました8。本稿では、まずこれらのマウスの完全長ゲノムについて概説したあと、克服された問題と背景にある技術革新にふれ、最後に将来の展望に言及します。
マウスの完全長ゲノムの解読
C57BL/6系統の完全長ゲノムは、半数体(haploid)の雄核発生性の胚性幹細胞(mouse haploid androgenetic embryonic stem cell、mhaESC)を使って解読されました7。この研究では19個の常染色体とX染色体の完全長ゲノムについて報告されましたが、Y染色体の完全長ゲノムの解析結果も2025年6月に公開されました。中国の研究チームによって解析されたこともあり、完全長ゲノムのデータは独自のウェブサイトにて維持・管理されています(データ保存場所)。
C57BL/6J系統とCAST/EiJ系統の完全長ゲノムは、オスのC57BL/6J系統とメスのCAST/EiJ系統を交配させたF1オス個体の胚性幹細胞(ES細胞)を用いて解読されました8。解読されたC57BL/6Jの完全長ゲノム(2.638 Gbp、約26億塩基対)は常染色体のみであり、X・Y染色体は未解読です。一方、解読されたCAST/EiJの完全長ゲノム(2.665 Gbp)は常染色体およびX染色体から構成され、Y染色体が未解読です。ミトコンドリアのゲノムはすでに解読されているため、今回新しく公開されたデータには含まれていません。完全長ゲノムの情報はC57BL/6J系統(GCA_964188535)とCAST/EiJ系統(GCA_964188545)それぞれについて公開されており、一般的なゲノムブラウザUCSC Genome Browserにて閲覧できます(C57BL/6J、CAST/EiJ)。さらにFASTAファイル(.fa)を扱えば、ゲノムの塩基配列をより詳細に検索できます(C57BL/6JとCAST/EiJそれぞれについてダウンロード可能)。また、The Allied Genetics Conferenceでの完全長ゲノムに関する講演の資料も、公開されています(英語資料)。ヒトの完全長ゲノムや他のさまざまな生物のゲノムのデータと同様に、C57BL/6J系統とCAST/EiJ系統の完全長ゲノムのデータは米国の国立生物工学情報センター(NCBI)のデータベースに集積されています。
(※リンク先は入稿した2026年4月末日現在にて有効)
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実験動物の飼育環境
東京大学大学院農学生命科学研究科獣医学専攻 准教授 角田 茂
1. とても綺麗な環境で飼育されている実験動物
コロナ禍が始まって以来、マスク、手洗いが欠かせない生活になってから、あらゆる感染症が減っていますよね。人間は普段、いかに感染性微生物にさらされて生きているのか痛感する今日この頃です。
さて、みなさんは実験動物業界の専門用語である“SPF”という言葉、ご存知ですか。
スーパーやレストランで、SPFブタ肉など、目にしたことがあるかもしれません。
“SPF”とは「Specific Pathogen Free」の略語であり、”特定の病原性微生物を持たないことが保証されている”ということで、言うなれば微生物学的にきれい、あるいは安全であるということになります。ヒトに感染する病原体を排除して飼育すれば、抗生物質やワクチンの投与が不要になり、健康な動物を飼育することができます。1990年頃に日本に初めてSPFブタの飼育技術を導入したのは、本学会の発起人である波岡茂郎先生(1929-2014, 北大名誉教授)で、企業との共同で日本初のSPFブタを開発されました。当時、貴重な第一号のSPFブタの焼肉を、現在の本学会・会長である佐々木先生ら学生にふるまったようです。
さて、医学系の動物実験施設では、基本的にはSPF状態を保つための環境で動物が飼育されています。このSPF環境を維持するためには、バリア施設が必要であり、動物室内を陽圧に保つことにより外からの病原体の侵入をブロックするような特殊な構造の建物に、実験従事者および動物の厳密な入退室管理、滅菌・消毒した飼料や水、ケージの供給・使用など、大変なコストと労力を掛けて管理運営が行われています。
ちなみに、SPF環境維持が適切に行われていることを保証するために、定期的な微生物モニタリングが実施されています。例えば、実験動物中央研究所ICLASモニタリングセンターに検査をお願いした場合、12〜19項目のSPF対象微生物検査セットで14,500〜25,000円/匹となっていることからも、SPF維持が高コストであることがおわかりいただけるかと思います。
では、なぜ研究にSPF環境で飼育したクリーン動物を用いるのでしょうか。








