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精子がオタマジャクシ状になる理由を求めて

酪農学園大学 獣医学群 獣医学類
嶋田 圭祐

1. はじめに:なぜ私たちは精子の「かたち」を知っているのか

生物学を専門的に学んでいない人であっても、「精子の絵を描いてみてください」と頼まれれば、多くの人が長い尾を持ったオタマジャクシのような姿を描くことができるでしょう。このコラムの読者であれば、なおさらそのイメージは鮮明であると推察されます。私たちがこれほどまでに精子の姿を認識している理由は、日本の教育水準による科学リテラシーの高さも一因ですが、それ以上に「精子が他の細胞とは一線を画す、極めて特徴的な形態をしている」という事実が最大の理由ではないかと考えられます。

精子はいわゆる「オタマジャクシ状」の形態を有しています。マウスの精子を例に見ると、その構造は大きく頭部と鞭毛(尾部)に分かれます(図1)。頭部には、次世代へと受け継がれるべき大切な遺伝情報が凝縮した「核」が収められています。また、核の前面にはアクロソーム(先体)と呼ばれる小胞が存在しており、受精の際には先体反応と呼ばれる開口分泌を起こすことで、精子は卵と融合する能力を獲得します。頭部からは、精子の推進力を生み出す「鞭毛」が伸びており、この中心には軸糸が存在します。鞭毛の中片部では、ミトコンドリアが軸糸の周囲にらせん状に配置され、ミトコンドリア鞘を形成しています。また、中片部と主部の境界にはアニュラスと呼ばれる構造が存在し、両領域を区画化しています。これらの構造を有する精子が、あたかも新幹線を彷彿とさせる「流線形」をしているのは、過酷な雌性生殖器内を進み、卵へと辿り着いて受精を果たすために、適した形態へと進化を遂げた結果であると考えられます(1)。

図1:マウス精子の模式図
マウス精子の構造を示す。(Miyata et al., 2024, Development of functional spermatozoa in mammalian spermiogenesis のFig. 2Aを改変)

2. 細胞としての異質さ

ここで改めて認識すべき点は、「精子も細胞の一つである」という事実です。精子は「減数分裂」を経て完成するため、染色体の数は通常の体細胞(ヒトの場合2n=46、マウスの場合2n=40)の半分である「半数体(ヒトの場合n=23、マウスの場合n=20)」となりますが、細胞としての本質的な定義からは外れません。

一般的に「細胞」と言えば、丸や四角の形状をしており、その中央付近に核が位置している姿をイメージされることでしょう。しかし、精子の姿はこうした一般的な細胞のそれとは全く異なります。細胞質は極限まで削ぎ落とされ、核は極度に濃縮し、さらには運動装置である鞭毛を備えています。私は、この不思議で精巧なかたちが、一体どのようなメカニズムによって生じているのかという点に興味を抱き、研究を続けています。

3. 精子形成のプロセス

精子は、最初からあの形をしているわけではありません。精巣内において、もともとは「精原細胞(spermatogonium)」と呼ばれる細胞が分化することでその歩みが始まります。分化が進み、減数分裂が開始されると「精母細胞(spermatocyte)」と呼ばれ、減数分裂が完了して半数体となった細胞は「精子細胞(spermatid)」と呼ばれます。この精子細胞が、劇的な形態変化を遂げることで、最終的に「精子(spermatozoon)」が完成します(2)。

マウスの精巣内における精子形成のタイムスケールを見ると、精原細胞から精子が完成するまでには約35日間という長い時間を要します。この過程は、精細管内での組織的な分化を経て進められます。例えば、マウスの精細管内での成長過程(図2)を見ると、細胞は規則正しく成長を進め(生殖細胞の分化については図2のキャプションを参考にしてください)、DNA複製を経て減数分裂を完了させます(図2,m2°m)。その後、16段階のステップ(Step 1-16)を経て精子細胞が成熟し、精細管の管腔へと放出されることで、ようやく精子が完成となります。ヒトを含めた春期発動を迎えた雄は、基本的に死ぬまでこの複雑かつ精密なプロセスを繰り返し、絶え間なく精子を供給し続けることになると言われています。

図2:マウス精細管内における雄性生殖細胞の分化
マウスの精子形成過程を示す。図に示された有性生殖細胞は左から右に成長し,一番右の細胞は、その次に一段上の一番左の細胞へと成長する。縦に並んだ生殖細胞は、そのステージの精細管内に認められる生殖細胞を示す。例えば一番左のStage Iの精細管にはパキテン期(P)の精母細胞とStep 1及び13の精子細胞が認められる。同様にStage VIIIの精細管にはプレレプトテン期(Pl)及びパキテン期の精母細胞とStep 8及び16の精子細胞が認められる。
精原細胞(spermatogonium): 緑色の枠内。実際にはmIn前にはタイプAの精原細胞(AやAm)が存在し、他のStageでも認められる。
精母細胞(spermatocyte): 黄色の枠内、PI(プレレプトテン期)、L(レプトテン期)、Z(ザイゴテン期)、P(パキテン期)、D(ディプロテン期)からなる。
減数分裂は「m2°m」の段階で完了し、一番右上の精子細胞(16)は精子として管腔内へ放出され、やがて精巣上体へと移動する。
精子細胞(精細胞、spermatid): 水色の枠内(Step 1-16)、1から16の番号はそれぞれ精子細胞のStepを示す。Step 16の精子細胞は精子として精細管の管腔内に放出されて、精巣上体へ移動する。(Russell et al., 1990, Histological and histopathological evaluation of the testis のFig. 4-2を改変)

コラム

実験動物としての両生類を、いま改めて考える― イベリアトゲイモリとの出会いと、飼育・利用基盤の整備 ―

鳥取大学・研究推進機構
大林徹也

両生類というと、現在の生命科学では、再生や発生を専門とする一部の研究者が用いる特殊な動物、という印象をもたれやすいかもしれない。しかし歴史をたどると、両生類はむしろ、脊椎動物を用いた実験生物学のかなり早い時期から研究に使われてきた動物群である。イモリは古くから再生研究の対象となり、カエル類は発生学の材料として重要な役割を果たしてきた。イモリの再生現象は17世紀にはすでに実験生物学の対象となっており、イモリは最も長い歴史をもつ実験動物の一つと位置づけられている[1,2]。

両生類が基礎生物学だけでなく医学にも関わってきたことを示す分かりやすい例が、アフリカツメガエルである。1930年代には、妊婦の尿を用いた妊娠診断にツメガエルが使われていたことが知られている。妊婦尿中のホルモンに反応して排卵する性質を利用したもので、当時としては実用的な医学的検査法であった[3]。いまから見れば少し意外に感じられるかもしれないが、両生類は「基礎研究だけの動物」ではなく、かなり早い段階から医学とも接点をもっていたのである。この点を最初に確認しておくと、両生類がその後なぜ主流から外れていったのか、そして今なぜ見直す価値があるのかが見えやすくなる。

それにもかかわらず、20世紀後半以降、生命科学研究の中心は急速にマウスへ移っていった。もちろん、マウスが研究対象として優れていたことは間違いないが、より大きかったのは、近交系、安定供給、標準化された飼育条件、遺伝学的基盤、さらに分子生物学やゲノム情報の整備が、マウスでは非常に速く進んだことであろう[4,5]。一方、両生類では、面白い生命現象があることと、実験動物として使いやすいことが必ずしも一致していなかった。カエルと同様にイモリ研究には長い歴史がある一方で、飼育下繁殖、系統維持、標準化の面で難しさが残り、野外採集個体への依存も長く続いた[1,2]。その結果、両生類の利用が減ったというよりも、近代的な実験動物学が求めた条件への対応が、マウスのほうで先に進んだと考えるほうが実態に近いように思う。

私がイベリアトゲイモリと出会ったのは、2012年頃だったと思う。現在、広島大学両生類研究センター教授である林利憲先生から、「動物実験施設でイベリアトゲイモリを飼育したい」と相談されたことがきっかけであった。当時の私にとって、両生類は再生や発生の基礎研究で用いられる生き物という印象が強く、いわゆる実験動物という言葉とは少し距離があった。しかし林先生は、かなり早い時期から、イベリアトゲイモリが単に再生能力の高い有尾両生類というだけでなく、飼育下で安定して繁殖でき、将来的には遺伝学的解析にも使えるモデルになり得ることを見通しておられたのだと思う[1,2]。

イベリアトゲイモリは「大量繁殖できるイモリ」として、再生研究を分子・遺伝学レベルへと刷新するための必然的なモデル生物である[2]。イモリ研究は長い歴史をもち、レンズ再生に代表される古典的な再生現象で広く知られてきたが、繁殖が難しく、研究を大きく発展させにくいという弱点があった。ならば、大量繁殖できるイモリを導入すればよい、という発想である。この考え方はきわめて分かりやすい。しかもイベリアトゲイモリでは、四肢だけでなく、より複雑な器官の再生も研究対象となっている。たとえば心臓では、凍結損傷後の心筋組織が回復し、瘢痕組織の再構築や心筋細胞の増殖を伴う再生過程[6]が解析されている。また、生殖器官の面でも機能を失ったり除去されたりした精巣に代わって、新しい精巣が形成されるという特異な現象[7]がみられる。再生能力という古典的な魅力を保ちながら、実験動物として重要な繁殖性も備えているところに、本種の大きな価値がある。さらに近年は、非哺乳類による発生毒性試験にイベリアトゲイモリを用いる取り組み[8]も進んでおり、再生研究にとどまらない広がりを見せている。 実際に飼育に関わるようになると、イベリアトゲイモリは想像以上に「施設になじむ」動物であることが分かった。一般に両生類というと、特殊な環境を整えなければ維持できないような印象をもたれがちであるが、イベリアトゲイモリは、少なくとも実験室内での維持という点ではそうではない。林らは、プラスチック容器、簡易ろ過装置、水道水を基本とした低コストで簡便な飼育法を整え、雄は約6か月、雌は約9か月で性成熟し、1回150〜600個、年間では約5,000個にも及ぶ産卵が可能で、しかも通年産卵という大きな利点を示している[2]。私自身の感覚でも、実験用マウスを適切に管理できる施設環境があれば、イベリアトゲイモリの導入はそれほど難しくない。水棲動物としての配慮は必要であるものの、「マウス施設とはまったく別世界の生き物」ではないのである。

【図1:マウスの飼育ラックを改造したイベリアトゲイモリ飼育室システム】

この点は、イベリアトゲイモリ標準飼育プロトコルでもかなり具体的に示している[9]。室温は22〜26℃程度を基本とし、28℃以上の高温が数日続くことは避ける。照明は14時間明期・10時間暗期を基本とする。飼育水については、市販の魚類用フィルターろ過器を用いて緩やかにエアレーションを行うことで、水中の汚れの蓄積を抑え、水質を安定させやすくなる。一方で、イベリアトゲイモリの飼育においてエアレーションは必須ではなく、週3回程度の換水を行い、水質悪化を防ぐことができれば、無エアレーションでも飼育は可能である。重要なのは、エアレーションの有無そのものではなく、給餌量、個体密度、換水頻度を管理し、水質を悪化させないことである。幼生から幼体期にかけては、共食い防止のため低密度飼育を行い、底面積20×10 cm程度の容器に4〜6匹を目安とする。水深よりも底面積を重視し、水質悪化を避けるため、給餌と換水のタイミングをそろえる。幼生はブラインシュリンプを用い、変態期以降は配合飼料へ切り替える。変態期はとくに体表が脆弱で、水質悪化や感染の影響を受けやすいため、給餌内容と水環境の維持が重要である[9]。こうした条件を一つずつ整理していくと、イベリアトゲイモリは、両生類の中では比較的標準化しやすい種ではないかと感じる。

【図2:イベリアトゲイモリの幼生・幼体・成体】

コラム

完全長マウスゲノムの完成

大阪大学 大学院医学系研究科
廣瀬 直毅

生物の体の設計図は、A・T・G・Cの4種類の塩基の配列としてゲノムに刻まれています。ヒトゲノムの塩基配列の大部分は、今から約20年前に初めて解読1–3されました。そして2022年、米国の国立ヒトゲノム研究所、カリフォルニア大学サンタクルーズ校、ワシントン大学を中心とするテロメアtoテロメア・コンソーシアムにより、ついに短腕テロメアから長腕テロメアまでの完全長(telomere-to-telomere、T2T)ゲノムが、すべての常染色体とX染色体について解読されました4。さらに翌年にはY染色体の完全長ゲノムも解読5され、ヒトの完全長ゲノムの参照配列が完成しました。従来のヒトゲノムの参照配列にあった341箇所の塩基配列の未決定領域(「ギャップ」)も解消されたため、疾患の発症に関わるゲノム異常を探索する研究が加速すると期待されています。

 ヒトゲノムの解読に並行して、医学・生物学の研究に供されているさまざまな実験動物のゲノムの塩基配列も解読されてきました。代表的な実験動物であるマウス(ハツカネズミ;Mus musculus)については、C57BL/6J系統のゲノムがマウスゲノム・シークエンシング・コンソーシアムによって2002年に初めて解読6されました。それ以降も追加解読が重ねられてきたものの、依然として塩基配列の未決定領域が約7,350万塩基対ほど残っていました。しかし2024年12月に中国のYu博士が率いる研究チームによってC57BL/6系統7、そして2025年11月に英国のKeane博士が率いる研究チームによってC57BL/6J系統およびCAST/EiJ系統の完全長ゲノムの解読結果が、それぞれ報告されました8。本稿では、まずこれらのマウスの完全長ゲノムについて概説したあと、克服された問題と背景にある技術革新にふれ、最後に将来の展望に言及します。

マウスの完全長ゲノムの解読
C57BL/6系統の完全長ゲノムは、半数体(haploid)の雄核発生性の胚性幹細胞(mouse haploid androgenetic embryonic stem cell、mhaESC)を使って解読されました7。この研究では19個の常染色体とX染色体の完全長ゲノムについて報告されましたが、Y染色体の完全長ゲノムの解析結果も2025年6月に公開されました。中国の研究チームによって解析されたこともあり、完全長ゲノムのデータは独自のウェブサイトにて維持・管理されています(
データ保存場所)。

 C57BL/6J系統とCAST/EiJ系統の完全長ゲノムは、オスのC57BL/6J系統とメスのCAST/EiJ系統を交配させたF1オス個体の胚性幹細胞(ES細胞)を用いて解読されました8。解読されたC57BL/6Jの完全長ゲノム(2.638 Gbp、約26億塩基対)は常染色体のみであり、X・Y染色体は未解読です。一方、解読されたCAST/EiJの完全長ゲノム(2.665 Gbp)は常染色体およびX染色体から構成され、Y染色体が未解読です。ミトコンドリアのゲノムはすでに解読されているため、今回新しく公開されたデータには含まれていません。完全長ゲノムの情報はC57BL/6J系統(GCA_964188535)とCAST/EiJ系統(GCA_964188545)それぞれについて公開されており、一般的なゲノムブラウザUCSC Genome Browserにて閲覧できます(C57BL/6JCAST/EiJ)。さらにFASTAファイル(.fa)を扱えば、ゲノムの塩基配列をより詳細に検索できます(C57BL/6JCAST/EiJそれぞれについてダウンロード可能)。また、The Allied Genetics Conferenceでの完全長ゲノムに関する講演の資料も、公開されています(英語資料)。ヒトの完全長ゲノムや他のさまざまな生物のゲノムのデータと同様に、C57BL/6J系統とCAST/EiJ系統の完全長ゲノムのデータは米国の国立生物工学情報センター(NCBI)のデータベースに集積されています。
(※リンク先は入稿した2026年4月末日現在にて有効)

コラム

動物の難治性疾病に対する創薬研究 〜動物の免疫療法について〜

北海道大学大学院獣医学研究院
今内 覚

1. はじめに

 近年、動物も衛生環境の改善、飼育環境や食事の改善から急速に長寿化が進んでいます。『家庭どうぶつ白書 2023』(https://www.anicom-page.com/hakusho/)によると、2021年度のイヌの平均寿命は14.2歳、ネコの平均寿命は14.7歳とのことです。2008年度の報告時では、イヌの平均寿命は13.2歳、ネコの平均寿命は13.9歳でしたので、イヌでは+1.0歳、ネコでは+0.8歳寿命が伸びたことになります。驚くことに、急速に延びたイヌのこの寿命の期間は、ヒトの約4歳以上に相当するそうです。

 一方で、長寿命化に伴い悪性腫瘍(がん)によって命を落とす動物が増えており、既存の治療法(手術、抗がん剤療法、放射線療法)に加えて新たな治療戦略の開発が望まれています。ヒトの医療では、2014年に登場した抗Programmed death 1(PD-1)抗体「オプジーボ」(ニボルマブ)に代表される免疫チェックポイント阻害薬を用いた免疫療法が次々臨床応用され、悪性黒色腫をはじめとした多くのがん種において著効を示し、現在は免疫療法が第4の治療戦略として確立されています。本免疫療法の特徴の一つは、免疫チェックポイント因子によるがんに対する免疫の抑制機序が同じであれば、異なるがん種であっても同じアプローチ(同じ医薬品)で治療が横断的に可能なところにあります。ヒトの新たながん治療法として道を切り開いた免疫チェックポイント阻害薬開発者の京都大学・本庶 佑先生には、2018年にノーベル生理学・医学賞が授与されています。

 我々の研究グループはこれまでに、様々な動物の免疫チェックポイント因子を同定し、がんや慢性感染症などの難治性疾病の発症の原因に免疫チェックポイント因子が関与していることを明らかにしてきました。さらには動物用の免疫チェックポイント阻害薬を開発し、実際の動物の患者に投与することによりその効果を検証してきました。本コラムでは北海道大学大学院獣医学研究院が取り組んできた動物の難治性疾病に対する創薬研究の中から、動物の免疫療法について紹介します。

2.  動物の難治性疾病における宿主免疫回避機序

 慢性感染症や腫瘍疾患などの難治性疾病において、種々の免疫チェックポイント因子がその病態進行および維持に関連することが明らかとなり、感染細胞や腫瘍細胞を排除することができない免疫回避機序の一因であることが示されています。このような慢性感染症や腫瘍疾患ではPD-1 に代表される免疫チェックポイント因子が、エフェクター細胞(感染細胞や腫瘍細胞を排除するリンパ球などの免疫細胞)上で発現が上昇し、それぞれのリガンドと結合することでエフェクター細胞の免疫疲弊化を誘発し、細胞増殖能、サイトカイン産生能、細胞傷害機能などが著しく低下することが明らかとなっています(図1)。

 一方、この反応は可逆的であることから、抗体を用いてその機能を阻害する免疫学研究や臨床試験研究が活発に行われました。例えば、PD-1のシグナルを抑制する抗Programmed death-ligand 1(PD-L1)抗体や抗PD-1抗体を投与すると、病原体または腫瘍特異的T細胞の増殖能やサイトカイン産生能などのエフェクター機能が、見事に回復することが明らかとなりました。この知見が基盤となり、免疫を抑制する免疫チェックポイント因子の機能を阻害することにより、免疫疲弊に陥ったエフェクター細胞を再活性化するという免疫療法がヒトの悪性黒色腫に対する新規治療として2014年に最初に実用化に至りました(図2)。

 現在、抗PD-1抗体「オプジーボ」(ニボルマブ)に代表される免疫チェックポイント阻害薬が次々登場し、悪性黒色腫をはじめとした多くのがん種において著効を示しています。先述したとおり、本免疫療法の特徴の一つは、免疫チェックポイント因子による免疫抑制機序が同じであれば、異なる病原体や異なるがん種であっても一つの薬(免疫チェックポイント阻害薬)で横断的な治療が可能なところにあります。このことは、まだ多くの予防・治療法や疾病対策が確立されていない獣医療向きとも言えます。我々はこれまでに、腫瘍疾患や慢性感染症などを対象とした創薬研究を行い、それらの解析結果を基盤とした免疫療法による臨床研究を行ってきました。

コラム

生殖細胞が持つポテンシャル -乾燥状態でも失われない受精能力-

大阪公立大学大学院獣医学研究科
金子 武人

はじめに

我々の研究室では、動物を中心とした受精メカニズムの解明、体外での受精技術の開発、細胞の長期保存法の開発、遺伝子改変動物の作製法の開発など生殖学に関連した多岐にわたる研究を行っています1。これまで、電気の力で細胞に穴をあけ遺伝子を細胞内に導入するエレクトロポレーション法を用いた遺伝子改変動物作製法(テイク法)の開発2-4、音波を用いて雌の妊娠環境を構築する方法(EGET)の開発5-7など、これまで用いられていた方法とは異なる新しい生殖技術の開発を行っています。

細胞の長期保存法の開発では、研究に用いられる動物の種や系統を生殖細胞である精子、卵子、そして受精卵の形で保存することで動物の利用を最小限にすることができます。精子、卵子、受精卵の保存で、最初に思い浮かべるのは液体窒素や冷凍庫で保存する凍結保存だと思います。ここでは、凍結保存とは異なる我々の研究室で開発したフリーズドライによる精子保存法について紹介したいと思います。

フリーズドライとは

「フリーズドライ」という言葉は聞いたことがあると思います。スーパーマーケットに行くとスープやコーヒーなどのラベルに書かれていることもあり、食品保存の分野ではよく用いられている技術です。フリーズドライは和訳すると凍結乾燥、つまり凍結してから乾燥させる技術です。水分を含んだサンプルを急速に凍結した後、真空状態にすることでサンプル中の水分を固体から気体へと昇華させながら乾燥状態にしていきます。フリーズドライ後のサンプルは、栄養成分や風味の劣化が少ないだけでなく、長期保存が可能になります。このことから、食品の保存だけでなく、医薬品の製造などにも利用されています。使用するときは、水を加えるだけで元の状態に戻すことができます。長期保存ができ、水分も少なく重量が軽くなるため非常食や携行食にも有効です。国際宇宙ステーションで活動する宇宙飛行士の食事(宇宙食)としても活用されています。フリーズドライ技術は、我々の生活のみならず、科学研究をも強力にサポートしているのです。

精子をフリーズドライ技術で保存する

 このフリーズドライ技術を用いて精子を乾燥させたらどうなるでしょうか。一度乾燥してしまった精子は受精する能力を失ってしまったように見えます。ですが、哺乳動物の多くの精子は、フリーズドライしても受精能力は維持されています。マウス、ラット、ウサギ、ハムスター、ウマ、ウシの精子はフリーズドライ後も受精能力が維持され、これらの精子と受精した卵子から正常な産子が誕生することが報告されています8-9

フリーズドライ保存は、凍結保存と何が違うのか。精子を凍結した場合は、保存するのに必ず液体窒素が必要になります。一方、フリーズドライした精子は、その保存に液体窒素は必要なく、冷蔵庫(4℃)での長期保存が可能です。「液体窒素不要の長期保存の実現」、これがフリーズドライ保存法の最大の利点です。そのほかにも、多くの利点があり表1に示してみました。

表1:フリーズドライ保存法と凍結保存法の比較

 フリーズドライ保存法凍結保存法
保存方法冷蔵庫(4℃)液体窒素保管容器(液体窒素)
保存液トリス-EDTAバッファー凍結保護物質
輸送方法常温・簡易包装液体窒素輸送器(ドライシッパー)
緊急時保存可能期間常温で3ヶ月2週間程度

液体窒素や電気などの供給が途絶した状況でサンプルを保存できる期間

液体窒素での凍結保存は、専用の液体窒素保管容器を用意し、さらに液体窒素は容器内で蒸発するため定期的に補充しなければなりません。液体窒素の補充は、重労働で酸欠を伴う危険な作業であるだけでなく、うっかり補充を忘れて液体窒素保管容器内の液体窒素を空にしてしまい、大事なサンプルを全滅させてしまったと言う話も聞きます。その点、冷蔵庫で長期保存できるフリーズドライ精子はそのような心配もなく、サンプルの国内外の施設間移動も容易にできます。実際に筆者は、日本-アメリカ間を簡易な包装で常温輸送したフリーズドライ精子から正常な産子の作出に成功しています10。これにより、生体で輸送することなく、簡易で安全に遺伝資源を移動させることが可能となりました。

震災や災害による貴重な研究生物試料の喪失

研究に用いられる生物試料は、様々な形で長期間保管されています。これらの中には、同じものを復元することが難しい貴重な試料も存在します。特に動物は、有効な形質を残す育種により長期間飼育されて現在に至っており、復元にも長い年月を要します。災害は、これまで蓄積してきた貴重な研究試料を一瞬で奪っていきます。近年は、気候変動により多くの地域で災害が起こっており、喪失の危険性は年々増加しているのが現状です。国内でも風水害による長期停電や浸水、地震による道路の寸断や建物崩壊が多くのところで起きています。液体窒素容器保管施設が地下に設置されている場合、大雨による浸水は致命的であり、地震により長期停電や液体窒素を補充できずに、ディープフリーザーや液体窒素保管容器で保存されていた貴重な研究試料の多くが失われたことも実際に国内外で報告されています。

筆者がフリーズドライ保存法の研究を始めた理由は、「インスタントコーヒーのように精子を保存しよう!」という知的好奇心でした。しかし、そのころ同時に大規模な自然災害が国内外で起きていたことから、その考えは安全な遺伝資源保存法としてフリーズドライ保存法を確立することに変わっていきました。表1に示した通り、フリーズドライ精子は冷蔵庫の電源が喪失しても3ヶ月程度は常温で保存できるため、試料さえ救出できれば簡易な梱包で安全な場所に移動させることが可能です。このことからも、フリーズドライ精子保存法は、これまでの液体窒素による凍結保存法と並行して、貴重な遺伝資源を安全に保存する上で極めて有効な方法であるといえます。

コラム

希少疾患の治療法開発と実験動物

信州大学基盤研究支援センター動物実験支援部門
吉沢 隆浩

 私達は様々な場面で薬を飲む。頭痛や風邪や花粉症など、薬を飲んで症状が和らいだ経験がある人は多いだろう。厚生労働省によれば、現在我が国では約1万3千品目の医療用医薬品が用いられている[1]。これらの医薬品は様々な病気の治療に幅広く対応し、私達の生活を支えている。その一方で、医療の発展した現代においても、治療法が確立されていない病気が数多く存在している。特に希少疾患は、そのうち95%の疾患で有効な治療法が確立されていないとされる[2]。一般的に希少疾患は、患者数が人口1万人当り1~5人未満の病気とされる。疾患ごとの患者数は少ないが、これまでに6千種類以上の希少疾患が報告され、世界全体の患者数は3億人以上と推定されている[3]。それぞれの希少疾患では患者数が少ないために、適切な診断が可能な医療機関が限られる、自然歴に関するデータの収集が難しい、研究に必要な人手や予算が集まりにくいなどの問題がある。さらに、古くから研究が進んでいる患者数が多い他の疾患と比べると、病気のメカニズム解明から治療法開発までを手探りで進める必要があるなど、全ての研究開発段階において困難を要するといった、希少疾患特有の課題がある。

 安全で効果的な医薬品を効率的に開発するためには、様々な解析手法の組み合わせが必要になる。治療薬開発(創薬)に取り組むためにまず必要なのは、臨床と基礎両方の視点から、病気の原因や発症および進行のメカニズム(病態メカニズム)を明らかにすることである。病態メカニズムの解明は、患者の診療データの収集から始まり、遺伝学的検査や培養細胞、疾患モデル動物を用いた解析など、多面的なアプローチがとられる。病態メカニズムが分かってきたら、次に、病気の原因や発症に関わる分子(治療標的分子)に作用する物質を探し出す作業(スクリーニング)が行われる。スクリーニングの対象になる物質は、低分子化合物、ペプチド、抗体、または核酸などがあり、治療標的分子に応じた様々な選択肢がある。低分子化合物での創薬の場合、莫大な数の化合物(化合物ライブラリ)から治療標的分子に作用する物質(ヒット化合物)を探し出す必要がある。そのため、まずはAIによるin silicoの解析でヒット化合物の構造式を予測し、スクリーニング対象を数千化合物程度に絞り込む場合が多い。次に、多種類の化合物を迅速に解析可能な、培養細胞などを用いたin vitroの方法でスクリーニングを行い、ヒット化合物を見つけ出す。ヒット化合物が見つかれば、その化学構造をヒントに構造最適化が行われるのが一般的である。次に、多くの場合では、実験動物を用いたin vivoでの安全性試験や薬理試験などが行われる。そして、これらの基礎研究~前臨床試験で積み重ねた知見を基に、健常者や患者への投薬実験(治験)が行われ、ヒトでの安全性と有効性が確認された物が、各種承認を経て患者の治療に使われるようになる。

 ここで少し話が逸れるが、in vivo試験の必要性について考えたい。私達の体は多種類の細胞によって構成され、さらに複数の臓器や組織が複雑に影響し合い協調することで、生命活動が維持されている。そのため、生きた体への病気や薬の影響は、生きた体でなければ分からないことが多い。その一例として薬物動態について考えると、薬の効きは消化管からの吸収率や、肝臓や腎臓での代謝や排泄、腸内細菌叢による影響、血液中のタンパク質への吸着、血管透過性、各種臓器への分布や蓄積など、全身の様々な要因の影響を受けることが知られている。また、病態メカニズムの解明やヒット化合物の安全性や効果の検証においても、病変が生じる臓器や細胞を解析するだけでは不十分で、全身にどのような影響があるのか包括的に評価する必要がある。また、多臓器連関として知られるような生体臓器同士の相互作用を慎重に解析し、病態メカニズムや薬の安全性・効果を俯瞰的に見極めることが求められる。そうしたことから、現時点で、病気の研究や治療法の開発に動物実験は欠かすことができない。

 さて、話を元に戻して、私の研究テーマについて紹介したい。前述の通り、創薬のスタートラインに立つためには、対象となる疾患の病態メカニズムの解明が必要になる。また、前臨床試験で薬の安全性や効き目を評価する手段も必要になる。そのためには、適切な疾患モデル動物が必要である。私は、日々試行錯誤しながら、希少疾患のモデル動物の研究に取り組んでいる。このコラムでは、筋拘縮型エーラス・ダンロス症候群(mcEDS)と、顔面肩甲上腕型筋ジストロフィー(FSHD)の疾患モデルマウスを用いた最近の研究について紹介したい。

コラム