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遺伝性疾患の研究における実験動物の役割と課題〜筋ジストロフィーモデル動物を例に〜

 病気の仕組みを知ることや治療法の開発において、実験動物を用いた研究は不可欠です。1989年に胚性幹(ES)細胞を用いて作製されたノックアウトマウスを皮切りに、現在までに多くのモデル動物が人々の健康・福祉への貢献を目的に作製されてきました。特に、2013年春に誕生したゲノム編集技術CRISPR/Cas9法は、遺伝子レベルで制御された多くの疾患モデル動物の創出を可能にしてきました。さらに現在では、モデル動物の作製に用いられてきた様々な遺伝子工学技術が、遺伝性疾患の次世代治療法として応用が期待されています。今回は、筋ジストロフィーという遺伝性筋疾患を例に、モデル動物の病態研究と治療法開発への貢献、また今後の課題についてご紹介したいと思います。

1. 遺伝子変異の解析とモデル動物の作製

 筋ジストロフィーは、40種類以上の遺伝子のいずれかに変異が生じて発症する遺伝性筋疾患の総称です(1)。原因遺伝子によって違いはありますが、進行性の筋力低下と骨格筋の組織変性を主徴とする致死的な疾患です。患者数が最も多いデュシェンヌ型筋ジストロフィー(DMD)は、筋細胞膜の構造維持に不可欠な蛋白質をコードするジストロフィン(DMD)遺伝子の変異が原因で発症するX連鎖劣性遺伝疾患です(2)。DMD遺伝子は78個のエクソンから構成される全長2.4 Mbの巨大な遺伝子です。このような巨大な遺伝子上に多様な変異が様々な箇所に生じるため、診断や治療法の開発が困難となっています。

 DMD遺伝子の変異の型は、コドンの読み枠がずれる「アウト・オブ・フレーム型」と読み枠が維持される「イン・フレーム型」に大別されます。前者のアウト・オブ・フレーム型変異ではジストロフィン蛋白質が産生されないため重症のDMDとなりますが、後者のイン・フレーム型変異では短いジストロフィンが産生されるため、多くは軽症のベッカー型筋ジストロフィー(BMD)と診断されます。これらの型はさらに欠失や重複、点変異など様々な変異によって生じるだけでなく、現在では変異パターンに応じて予後が異なることが明らかとなりつつあります(3)。変異の種類に応じた病態を理解するためには、患者と同様な変異を持つ遺伝子改変動物が必要です。しかし、欠失だけでも500種類以上が報告されている変異に対して、それぞれのモデル動物を作製することは現実的ではありません。そこで活躍するのが、遺伝子変異の種類や頻度、症状などの様々な情報がまとめられているデータベースです。DMDを含む遺伝性筋疾患の分野においてもいくつかの国家規模または国際的規模のデータベースを利用することできます(3)。このような情報を利用することで、発生頻度の高い変異や重症度を調べることができます。すなわち、無数にある変異の中から「どのような変異を持つモデル動物を作製すべきか」の指針となる情報が得られる場合があります(図1)。

図1 遺伝性疾患の国際的open database(LOVD: https://www.lovd.nl/)を用いて解析されたDMD遺伝子の欠失変異の頻度と重症度スペクトラム。赤は重症のDMD、青は軽症のBMDを示す。Ex, エクソン(数字は欠失したエクソンの番号); IN, イン・フレーム変異(短縮型ジストロフィンの産生が可能な変異)。記載のない項目は全てジストロフィンを産生できないアウト・オブ・フレーム変異を示す。Echigoya Y, et al. J Pers Med. 2018, licensed under CC BY 4.0.

2. DMDモデル動物と治療法開発への応用

  DMDの研究分野では、マウスのみならずラットやウサギ、イヌ、ブタなど様々な動物種でジストロフィン欠損モデル動物の開発が進められています(4-8) 初期のDMDモデル動物は突然変異個体として発見され、その内のいくつかは現在でも系統として維持されています(9)。1984年にモデル動物として最初に公表されたのがDmd遺伝子エクソン23に点突然変異を持つmdxマウスです(10)。mdxマウスは、ジストロフィン欠損によって生じる骨格筋病態(ジストロフィノパチー)の解明だけでなく、治療法開発においても多大な貢献をしてきました(11, 12)。しかし、本マウスのDmd変異は患者DMD遺伝子では稀なナンセンス変異であることや、病気の進行が緩徐であることが課題でした。これらの課題を克服すべく、1997年に本邦において、患者で高頻度に見られる変異を模したDmdエクソン52欠失変異マウス(mdx52マウス)がジーンターゲッティング法により開発されました(13)。本mdx52マウスの大きな特徴の一つとして、エクソン・スキッピング療法*の開発に活用できることが挙げられます(*mRNA前駆体に配列特異的に結合するアンチセンス人工核酸[ASO]を用いて、標的エクソンの除去と遺伝子の読み枠の修正、機能的なタンパク質の発現回復を誘導する技術)。すなわち、mdx52マウスは、欠失変異を持つ患者の約19%を治療対象とできるエクソン51、または約14%を対象とするエクソン53・スキッピング療法の開発コンセプトを実証できるモデルとして活躍してきました(図2)。

図2 エクソン52欠失ジストロフィンmRNA(ピンク)に対するアンチセンス人工核酸(ASO)を用いたエクソン51・スキッピング療法の概念図。 エクソン52を欠くとエクソン53が正しいコドン(3つ組塩基)を形成できない(上図)。ASOによりエクソン51が除去されるとエクソン50と53の末端の塩基が新たなコドンを作り、以降の塩基配列は正常なアミノ酸の読み枠となり、短いジストロフィンの発現が可能となる(下図)。

 mdx52マウスの登場により、ASOによるエクソン51・スキッピングは生体においても短縮型ジストロフィンの発現を誘導し、治療学的な有効性を示すことが2010年に国立精神・神経医療研究センター神経研究所の武田伸一先生、青木吉嗣先生らによって報告されました(14)。このような疾患モデル動物における治療コンセプトの実証や、患者細胞におけるヒトDMD遺伝子に対するスキッピング効果を根拠として臨床試験が進められ、2016年に世界初のエクソン51・スキッピングASOが核酸医薬品としてアメリカ食品医薬品局(FDA)によって迅速承認されました(15)。現在(2022年3月26日時点)までに4種類のDMDに対する核酸医薬品が承認されています。その内の一つは日本新薬株式会社と国立精神・神経医療研究センターの共同開発による核酸医薬品です。筋ジストロフィー治療研究はモデル動物の開発と共に、日本がリードする分野の一つであると考えられます。

3. 遺伝子ヒト化マウス

 モデル動物を用いた遺伝性疾患の研究において最も大きな障害は、当然のことですが「動物はヒトではない」ということです。動物はヒトと同じ遺伝子配列を持っていません。すなわち、ゲノム編集やエクソン・スキッピングなどのヒト遺伝子特有の「塩基配列」を標的とする治療法の開発には、種特有の遺伝子しか持たない疾患モデル動物は使用できないことになります。したがって、上述したモデル動物での治療実験は全て「コンセプト」の実証であり、他の医薬品のようにヒト患者に投与するための製剤を動物で試験することができない、という大きな課題があります。このような課題を克服する手段として、ヒト遺伝子を持つトランスジェニックマウス(遺伝子ヒト化マウス)が近年注目されています(16)。

 DMD研究分野では、ヒトの全長DMD遺伝子を持つマウス(hDMDマウス)が2004年にオランダのライデン大学のグループによって報告されてます(17)。このhDMDマウスは全身にヒトDMD mRNAを発現するため、ヒトDMD遺伝子を標的とするASOが生体内でエクソン・スキッピングを誘導可能かを評価できるモデルとして登場しました。しかし、このhDMDマウスには二つの問題点があります。一つ目は、ヒトDMD遺伝子を標的とするASOがマウスDmd遺伝子と交差反応し、適切な評価が妨げられる可能性です。この問題に対しては、hDMDマウスとDmd遺伝子全体が除去されたトランスジェニックマウス(Dmd-nullマウス)の交配により作製されたhDMD/Dmd-nullマウスが一つの解決案として報告されています(18)。二つ目の問題として、導入されたhDMD遺伝子は正常な遺伝子であるため、変異DMD遺伝子に対する有効性を評価できないことが挙げられます。本問題の解決案として、ゲノム編集技術を用いてヒトDMD遺伝子に患者と類似の欠失変異が導入されたhDMDdelマウスが報告されています(19)。このhDMDdelマウスはmdxマウスとの交配により、マウス由来のジストロフィンを発現しないhDMDdel/mdxマウスとして治療研究に利用されています。このようにいくつかのhDMDマウスの種類が報告されていますが、変異hDMD遺伝子が直接的な原因となり骨格筋病態を再現するモデルはまだ確立されていません。ヒト変異DMD遺伝子を標的とする治療薬の生体における有効性をより適切に評価するためには、例えばhDMDdel/Dmd-nullマウスのような、上記の問題を克服できるモデル動物の開発が今後必要になると考えられます。

4. おわりに

 今回は筋ジストロフィーにおけるモデル動物の開発の流れと核酸医薬品開発への貢献を中心に概説させていただきました。ゲノム編集やエクソン・スキッピングのように、今後も難治性疾患の克服に応用可能な革新的な遺伝子工学技術は様々開発されることと思います。新たな技術が治療コンセプトとして妥当であるか、安全な医薬品として実用化の可能性はあるかについては、適切なモデル動物と綿密な動物実験が今後ますます重要になることと思います。特に、遺伝性疾患におけるモデル動物と医薬品の開発では、動物とヒトで原因となる遺伝子は共通でもその配列や制御機構が異なるといった根本的な課題が提示されています。この観点からも実験動物学が遺伝性疾患の研究に貢献できることは、非常に多いと考えられます。

引用文献

1.  Mercuri E, Bönnemann CG, & Muntoni F (2019) Muscular dystrophies. Lancet 394(10213):2025-2038.

2. Duan D, Goemans N, Takeda S, Mercuri E, & Aartsma-Rus A (2021) Duchenne muscular dystrophy. Nature reviews. Disease primers 7(1):13.

3. Echigoya Y, Lim KRQ, Nakamura A, & Yokota T (2018) Multiple Exon Skipping in the Duchenne Muscular Dystrophy Hot Spots: Prospects and Challenges. J Pers Med 8(4):41.

4.  van Putten M, et al. (2020) Mouse models for muscular dystrophies: an overview. Disease models & mechanisms 13(2).

5. Teramoto N, et al. (2020) Pathological evaluation of rats carrying in-frame mutations in the dystrophin gene: a new model of Becker muscular dystrophy. Disease models & mechanisms 13(9).

6.  Sui T, et al. (2018) A novel rabbit model of Duchenne muscular dystrophy generated by CRISPR/Cas9. Disease models & mechanisms 11(6).

7. Amoasii L, et al. (2018) Gene editing restores dystrophin expression in a canine model of Duchenne muscular dystrophy. Science (New York, N.Y.) 362(6410):86-91.

8.  Echigoya Y, et al. (2021) A Dystrophin Exon-52 Deleted Miniature Pig Model of Duchenne Muscular Dystrophy and Evaluation of Exon Skipping. International journal of molecular sciences 22(23).

9. Yu X, Bao B, Echigoya Y, & Yokota T (2015) Dystrophin-deficient large animal models: translational research and exon skipping. American journal of translational research 7(8):1314-1331.

10. Bulfield G, Siller WG, Wight PA, & Moore KJ (1984) X chromosome-linked muscular dystrophy (mdx) in the mouse. Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America 81(4):1189-1192.

11. Lu QL, et al. (2003) Functional amounts of dystrophin produced by skipping the mutated exon in the mdx dystrophic mouse. Nature medicine9(8):1009-1014.

12. Echigoya Y, et al. (2013) Mutation types and aging differently affect revertant fiber expansion in dystrophic mdx and mdx52 mice. PloS one8(7):e69194.

13. Araki E, et al. (1997) Targeted disruption of exon 52 in the mouse dystrophin gene induced muscle degeneration similar to that observed in Duchenne muscular dystrophy. Biochemical and biophysical research communications 238(2):492-497.

14. Aoki Y, et al. (2010) In-frame dystrophin following exon 51-skipping improves muscle pathology and function in the exon 52-deficient mdx mouse. Molecular therapy : the journal of the American Society of Gene Therapy 18(11):1995-2005.

15. Takeda S, Clemens PR, & Hoffman EP (2021) Exon-Skipping in Duchenne Muscular Dystrophy. J Neuromuscul Dis.

16. Zhu F, Nair RR, Fisher EMC, & Cunningham TJ (2019) Humanising the mouse genome piece by piece. Nature communications 10(1):1845.

17. Bremmer-Bout M, et al. (2004) Targeted exon skipping in transgenic hDMD mice: A model for direct preclinical screening of human-specific antisense oligonucleotides. Molecular therapy : the journal of the American Society of Gene Therapy 10(2):232-240.

18. Echigoya Y, et al. (2017) Quantitative Antisense Screening and Optimization for Exon 51 Skipping in Duchenne Muscular Dystrophy. Molecular therapy : the journal of the American Society of Gene Therapy 25(11):2561-2572.

19. Aartsma-Rus A & van Putten M (2019) The use of genetically humanized animal models for personalized medicine approaches. Disease models & mechanisms 13(2).

コラム

マウスバイオリソースの源流 ~ラスロップ、リトルそしてジャクソン研究所

 本ホームページに「マウスの系統間、亜系統間にみられる遺伝子型、表現型の違い〜C57BL/6JとC57BL/6Nとの比較を中心に」というコラムが登載されています。その中に、「C57BL/6は、C. C. リトルがA. E. ラスロップから1921年に入手したマウスから樹立したC57BL系統に由来します。C57BL/6系統は、1948年にアメリカのジャクソン研究所に導入され維持されてきました」という記載があります。リトルとジャクソン研究所については、実験動物に関わっている方や実験動物学の講義を受講した経験のある方なら一度は耳にしたことがあると思いますが、ラスロップについてはあまり馴染みの無い読者がいるかも知れません。今回は、ラスロップとリトル、リトルとジャクソン研究所の関係についてお話させていただきます。

1. ネズミ愛好家、ラスロップ

“Abbie Lathrop, the “Mouse Woman of Granby”: Rodent Fancier and Accidental Genetics Pioneer”

 これは、C57BL/6Jの元となった「マウス#57」をリトルに提供したラスロップ(Abbie E. C. Lathrop:1868-1918)の生涯と業績を短くまとめた論文のタイトルです[1]。タイトルが示すように、彼女は米国マサチューセッツ州クランビー(生まれはイリノイ州)に生活の拠点を置いていたマウス・ラットの愛好家でした。また、当時としては珍しく動物繁殖業者として研究者にも動物の販売を行っていました。ラスロップは、マウス・ラットの他にもモルモット、ウサギ、フェレットなども飼育していました。そのうちモルモットは、米国政府の要請を受けて第1次世界大戦の戦場での有毒ガス検出に使用されていたそうです。もちろん、最初からこれら小動物の繁殖事業で成功したのでは無く、最初は家禽事業から始めたのですが上手くいかなかったようです。お父さんは教師だったようで(幼少期についての詳細は不明だそうです)、その影響もあって、小さい頃から勉学に優れ、生まれ故郷イリノイ州の教育資格も持っていました。この勤勉な性格が注意深い近親交配によるマウスの繁殖記録とその保存を生むことになり、後のリトルによる近交系の樹立に繋がることになります(その結果、“図らずも” 実験動物学の歴史にその名を残すことになるわけです)。

 ラスロップが繁殖したマウスは、C57BL/6Jの他、C3H/He、CBA、DBA/1, DBA/2など現在の主要な近交系マウスのもとにもなっています。そのため、論文や本に掲載されている近交系マウスの系統樹をみると、C57BL、DBA、C3Hなどの最上流に“Lathropのマウス”という記載を見ることが出来ます [2. 3]。ラスロップの凄いところは、単なるネズミ愛好家・動物繁殖業に留まること無く、その類い希な観察力を研究にまで昇華させたところだと思います。ラスロップは、飼育しているいくつかの動物が異常な皮膚病変を発症していることに気づき、大学の病理学者と共に研究を進めて科学論文を出すまでに至っています。その具体例については論文[1]を参照して頂きたいと思いますが、日々の弛まない動物観察が新しい発見に繋がるのだと彼女の生涯を知ることで改めて思いました。

 なお、参考文献[3]にはラスロップのイラストが掲載されています。もし、学校や大学の図書館、あるいは会社の資料室で蔵書を見つけたら閲覧してみて下さい。

2. リトルとジャクソン研究所の誕生

 次に、実験動物学を学んだ経験がある方なら誰でも一度はその名前を聞いたことのあるリトルとジャクソン研究所の誕生についてです。

 リトル(Clarence Cook Little;1888-1971)は、米国マサチューセッツ州のブルックリン生まれでハーバード大学に学んでいます。そこで出会った高名な動物学・遺伝学者のキャッスル(William Ernest Castle 1867 -1962) に師事し、キャッスルの指示によりマウスの毛色の遺伝に関する研究を始めました。この研究を進めるために、キャッスルは近親交配によって形質が安定している動物をラスロップから提供を受けていました。リトルは、このマウスをもとにして科学的目的のためにより厳密な近親交配を行いました。そして、薄い茶色の野生色では無い毛色のマウス(Dilute, Brown and non-Agouti)が世界最初の近交系として樹立されました(これがDBAです)。リトルはその後、遺伝と癌に関する研究に進むことになり遺伝的要因とマウスの癌の発生率に興味を持つようになりました。リトルは、ラスロップから「マウス#57」の提供を受けて新しい近交系マウスを確立させました。それが、本コラム執筆の切っ掛けとなったマウスで、“the most popular laboratory mouse”として紹介されることが多いC57BL/6(ニックネーム:Black 6)です[3]。DBAやC57BL/6の系統樹立についての詳細は参考文献[3]および他の専門書に譲ることにして、リトル個人についてもう少しだけお話しさせていただきます。

 その後リトルは、1922年に何と33歳の若さでメイン大学(University of Maine:米国メイン州の州立大学)の学長に就任しました。リトルは学長になっても研究を続け、同州の観光地であるバーハーバー(Bar harbor)にマウスの実験室を作り、夏休みにはここで研究を行いました。1925年からはミシガン大学(University of Michigan:米国ミシガン州の州立大学)の学長に就任しましたが、バーハーバーでの研究に専念するために1929年にミシガンを去りました。リトルが大学を離れてバーハーバーで研究に専念出来るための資金援助を行った一人が、ミシガン州デトロイトの自動車メーカー・ハドソンモーターカンパニー(Hudson Motor Company)の当時の責任者であったジャクソン(Roscoe B. Jackson)だったそうです(ジャクソン研究所のホームページより)。米国では、大学の建物、研究所や病院などを設立する際にその資金提供者の名前を組織名や建物名に冠することが良くありますが、リトルも資金援助者であるジャクソンに敬意を示してバーハーバーの研究所にJackson Memorial Laboratory(ジャクソン記念研究所)という名前を付けました。これが、教科書などで説明されている「リトルは1929年にマウスの研究開発と系統保存を行うジャクソン研究所を設立した」の起源となるのです。

 リトルの研究業績についてもう少しだけ触れたいと思います。前述したように、リトルの腫瘍に関する研究はジャクソン記念研究所の設立以前から始まっています。リトルは、F1、F2とマウスの世代が進むにつれて移植した腫瘍の生着率が低くなることに気が付きました。そして、同種異個体からの移植組織の生着性を決定しているは遺伝子であると主張しました(これが、後の主要組織適合遺伝子複合体の発見に結びつきます)。これらの研究は1914年から1916年にかけて行われ、その後、非悪性組織の移植に関する研究論文も発表しています[4]。リトル自身による移植に関する研究は1924年(36歳)の時点で終わりますが、リトルの腫瘍および移植に関する研究が大きな背景となり、実験動物の遺伝的均一性の重要性が生まれ、それがジャクソン研究所の設立につながり、その後の多様な“近交系”実験動物の系統開発・維持に繋がるわけです。

3.  現在のジャクソン研究所とホームページ

 ジャクソン研究所(以下、JAX)のホームページ(https://www.jax.org/)には「2019年に設立90周年を迎えた」旨の記述が見られます。これは、1929年のリトルによる「ジャクソン記念研究所」設立からの年数と一致します。ホームページによると、設立当初8人だった従業員は現在では約3,000人を擁しているとのことです。現在のJAXは、リトルが最初に研究室を作ったバーハーバーのマウス研究所(ヒトの病気の遺伝的な原因を研究している)の他、同じくメイン州のエルズワース(Ellsworth)にマウスの生産所、オーガスタ(Augusta)にガン研究所、カリフォルニア州サクラメント(Sacramento)にマウスの生産所と幹細胞などの提供サービス行う研究所、コネチカット州ファーミントン(Farmington)にゲノム研究所があります。また、日本(旧・日本チャールス・リバー)や中国(上海と北京)には子会社を持ち、実験動物の生産や微生物モニタリングサービスなど実験動物に関連したサービスを提供しています。このように、リトルがマウスの研究所としてスタートさせたジャクソン記念研究所は、現在ではC57BL/6Jを初め12,000以上の実験動物の系統を維持・生産するまでに成長しています(JAXのホームページより)。しかし、大きな組織となった現在でも米国JAXはあくまで非営利のバイオメディカルの研究機関であり、マウスの供給(バイオリソース)およびマウスを通じてのヒトのゲノミクス研究のデータリソースとしての立ち位置を保っています。米国JAXは世界初のバイオリソースセンターのモデルになったわけで、まさに「ラスロップ〜リトル〜ジャクソン研究所」という流れは、「マウスバイオリソースの源流」と言えるでしょう。

 以下は余談です。今回のコラム執筆にあたりJAXのホームページの教育コンテンツにもアクセスしてみました。EDUCATION & LEARNINGのONLINE LEARNINGに進むと実験動物に関する教育コンテンツを見ることが出来ます(https://www.jax.org/education-and-learning)。対象者の幅はとても広く、高校生や学部学生を対象とした基礎的なものから、大学院生やポスドク、医療関係者向けの教育コンテンツまで用意されています。例えば、「Online MicroLessons & MiniCourses」という初級のオンライン講習では、「マウスが持つどのような特性が人間の生命科学や病気を理解するための研究モデルになっているのか」等について10分ほどのビデオ講義で解説され、講義の終了後にはクイズ画面で講義内容の理解を確認することが出来ます。その他、近交系やハイブリッドマウスの系統、命名法などについての講義もあります。興味を持たれた方は、先ずは無料の初級教育コンテンツを閲覧してみるのは如何でしょうか。

4.最後に

 今回のコラムは、学術面からは外れた話題でしたが楽しんで頂けたでしょうか? C57BL/6Jの元となったマウスを育てたラスロップの生涯を読んで、私は江戸時代の珍玩鼠育草(ちんがんそだてぐさ)の存在を思い出しました[5]。この書物は、1787年(天明7年)に京都で発行された愛玩ネズミの飼育書です。その中には、森脇和郎先生らのグループが系統樹立させたJF1/Ms(JF: Japanese fancy)と非常に良く似た白黒ブチ模様(いわゆるパンダ柄)のネズミの挿絵が見られます。実は、JF1/Msはデンマークの蚤の市で売られていたパンダ柄のペットマウスを日本に持ち帰り、国立遺伝研で近交系として樹立させたものです。さらに面白い事実があります。C57BL/6など世界的に使用されている代表的な近交系マウスとJF1/Msの遺伝子を比べると、類似度の高い配列があちこちに散在していることが判ったのです[6]。すなわち、江戸時代に日本で育てられた愛玩用マウスがヨーロッパに渡り、そこでヨーロッパ産の愛玩用マウスと交雑され、さらに米国でリトルらの手によって実験動物化されるのに寄与し(ゲノム中のSNPの10%程度)、それが現在世界で使用されている主要な近交系マウスになったのです。

 ラスロップと珍玩鼠育草は国も年代も異なりますが、ネズミに魅せられた“アマチュア”の優れた洞察力が生み出した偉業という共通点を感じます。彼らが育てたネズミたちが、生命科学研究に欠かせない実験動物として世界中で利用されていることに時空を超えた感動を覚えると同時に、動物実験には動物への深い愛情としっかりとした観察力が大切なのだと改めて感じました。

参考文献

[1] Steensma DP, Kyle RA, Shampo MA. Abbie Lathrop, the “Mouse Woman of Granby”: Rodent Fancier and Accidental Genetics Pioneer. Mayo Clin Proc. 2010. 85: e83. DOI: 10.4065/mcp.2010.0647

[2] Hugenholtz F and de Vos WM. Mouse models for human intestinal microbiota research: a critical evaluation. Cell. Mol. Life Sci. 2018. 75: 149–160. DOI: 10.1007/s00018-017-2693-8

[3] Morse HC III. Origins of inbred mice. Academic Press, Bethesda. 1978.

[4] Auchincloss Jr H. and Winn HJ. Clarence Cook Little (1888–1971): The Genetic Basis of Transplant Immunology. Am J Transplant.2003. 4: 155–159. https://doi.org/10.1046/j.1600-6143.2003.00324.x

[5] 米川博通、森脇和郎. 実験用マウスの過去と未来.蛋白質核酸酵素1986. 31: 1151-1170.

[6] Takada T, Ebata T, Noguchi H, Keane TM, Adams DJ, Narita T, Shin-I T, Fujisawa H, Toyoda A, Abe K, Obata Y, Sakaki Y, Moriwaki K, Fujiyama A, Kohara Y and Shiroishi T. The ancestor of extant Japanese fancy mice contributed to the mosaic genomes of classical inbred strains. Genome Res. 2013. 23: 1329-1338. DOI: 10.1101/gr.156497.113

コラム

【Webinar】2022年2月19日(土)13:00~16:30「動物実験の明日をつなぐ ~動物実験を伝え、理解してもらうために~」第17回技術交流会(実技協東海北陸支部・本部共催)

(関連団体からのWebinar情報です)

【企画概要】 
私たちの日常生活において、動物実験は多大なる貢献をしています。しかし必ずしも正しく理解されておらず、ネガティブなイメージを持たれることもあります。動物実験に関わる人々が一般の方々に向けて情報発信を行い、正しく理解してもらおうと働きかけることは、ネガティブなイメージの払拭だけでなく、責任ある立場として誇りを持って業務を行う一助になります。そこで今回、東海北陸支部では動物実験の情報発信について考えたく、「動物実験の明日をつなぐ ~動物実験を伝え、理解してもらうために~」をテーマとし、講演会を企画しました。

 テーマ「動物実験の明日をつなぐ ~動物実験を伝え、理解してもらうために~」
 開催日時 : 2022年2月19日(土)13:00~16:30(予定)
 開催方法 : ミーティングアプリZoomを用いたオンライン形式
 定  員 : 75名
 参 加 費 : 会員 無料、非会員 2,000円

【プログラム】
 1. はじめに
   中野洋子 先生(帝京科学大学生命環境学部)
 2. Understanding Animal Research: How and why we explain animal research 
   through public engagement in the UK.
   (ご講演は英語ですが日本語字幕が表示されます。)
   Wendy Jarrett 先生(Understanding Animal Research)
 3. 多様な映像コンテンツによる動物実験教育への活用(仮)
   三浦竜一 先生(東京大学ライフサイエンス研究倫理支援室)
 4. それぞれの立場から動物実験を正しく伝えるために(仮)
    中野洋子 先生(帝京科学大学生命環境学部)

詳細はこちらをご覧下さい。

コラム

文献紹介:フィンランドにおける実験用ビーグルの最初のリホーミング:社会化訓練からフォローアップまでの完全なプロセス

The First Rehoming of Laboratory Beagles in Finland: The Complete Process from Socialisation Training to Follow-up

Laura Hänninen, Marianna Norring

Altern Lab Anim. 2020 May; 48(3): 116-126. doi: 10.1177/0261192920942135

概要
実験動物の運命は、倫理的なジレンマであり、社会的な関心事でもある。EUでは、指令2010/63/EUにより、安楽死ではなく、元実験動物のリホーミングが認められている。しかし、我々の知る限り、フィンランドでビーグルのリホーミングが行われたという報告は過去にない。本研究は、ヘルシンキ大学で初めて行われた実験用ビーグルのリホーミングの過程を説明し、その成功を評価することを目的としている。動物保護団体とヘルシンキ大学の協力のもと、合計16頭の元実験用ビーグルが里親として迎えられた。これらの犬は、動物の認知に関する研究に参加したり、動物用医薬品の開発中に小さな処置を受けたりした経験があります。犬たちがまだ実験室にいた頃、数ヶ月に及ぶ社会化トレーニングプログラムが実施された。里親へのアンケート調査、関係者(研究者、動物保護団体、動物管理者)へのインタビューを通じて、社会化トレーニングプログラム、若い犬と高齢の犬の再導入の比較成功、里親の選定基準、新しい飼い主への再導入の成功など、全体のプロセスが評価された。大半の犬は新しい家庭環境によく適応した。実験的な使用を終えた時点で安楽死させることは不必要であり、欧州指令の目的に反する可能性があった。

フィンランドでは、科学的または教育的目的のための動物の使用を対象とする国内法(Act 497/2013)があり、科学的目的のために使用される動物の保護に関する欧州指令2010/63/EUに基づいています。
EU指令は実験動物の運命に関わり、すべての欧州機関に実験犬が実験用途に不要になった後にリホーミングする機会を与えています。
Article 19では、実験に使用された動物は、動物の健康状態がそれを許し、公衆衛生、動物の健康、環境に対する危険がない場合、一定の条件を満たせば、リホーミングすることができるとしています。また、EU指令の前文26には、「手続きの最後に、動物の将来に関して、動物福祉と環境への潜在的なリスクに基づいて、最も適切な決定がなされるべきである。福祉が損なわれるような動物は、殺処分されるべきである」との記述もあります。
したがって著者らは、暗黙の了解として福祉が損なわれない動物は殺処分されるべきではないと考えています。
本研究は、フィンランドで行われた実験用ビーグルの最初のリホーミングと社会化プログラムについて述べたものです。

対象となった実験用ビーグル犬はヘルシンキ大学が所有する16頭で、すべての犬は商業ブリーダー(オランダのハーラン社)から購入したもので、高齢グループは生後6カ月から8歳まで、若年グループは生後4カ月から2歳まで研究施設で飼養されました。どちらも避妊・去勢済みの8頭(雌2頭、雄6頭)でした。
これらの犬は、犬での実験が必要な動物用医薬品の開発研究として、非侵襲的動物認知研究と犬用の新しい鎮静剤に関する臨床獣医学研究に使用されていました。実験処置としては、前者の研究では、ポジティブオペラント条件付け法によって、コンピュータ画面上の視覚刺激をじっと観察し、脳波や眼球運動を非侵襲的に記録するように訓練されました。後者の研究では、数回の鎮静処置が行なわれ、血液の採取、呼吸と心臓の機能のモニターが実施されました。

社会化トレーニングは、犬を研究施設の外に連れ出しさまざまな路面やリードでの歩行に慣れさせること、屋外での排便・排尿を促すこと、犬不慣れな人を施設に迎え入れることから構成されていました。
高齢犬は1回あたり約1時間、半年間で25〜35回散歩させました。若齢犬には、4ヶ月の準備期間を設け、研究施設に隣接するフェンス付きのパドックで監視下での遊びや休憩も含めて個別にトレーニングが実施されました。また、犬の反応や初対面の人に対する心構えも評価しています。
このトレーニングには、アニマルケアテイカー、研究者、動物保護団体のスタッフ、犬の訓練士など、多くの人が関わりました。また、動物保護団体とその地域会員組織がヘルシンキ大学とともに新しい里親探しを行い、それぞれの犬の所有権を大学から動物保護団体に、そして動物保護団体から新しい所有者に譲渡する契約が結ばれました。残念ながら、最後の1頭となった老犬には不安な行動が見られたことから、慣れ親しんだ8頭の群れがないまま施設にとどまることになりました。

アンケートはリホーミング後1ヶ月、半年〜1年、4年の3回実施され、回答したすべての飼い主が圧倒的に新しい犬を溺愛し、その性格の良さを賞賛していました。人間から攻撃されたとの報告はありませんでした。しかし中には、初めての人や状況、音、知らない犬、飼い主との別れ、車での移動などに対して恐怖心を示す犬もおり、リホーミングから4年後の最終アンケートでは、ほぼすべての犬が分離不安を抱えていることが明らかになりました。

全体的な結果としては、行動上の問題はほとんど報告されず、親しい人や家族の他の犬に対して攻撃的であったり、遊びの最中に噛みついたりする犬もいませんでした。また、爪切りなど、犬の扱いに困難はなかったと報告されています。ただし、最終的なアンケートでは、ほとんどの飼い主がトイレのしつけが不十分であると答えていました。

動物保護団体への聞き取り調査によると、これらの犬は小型で穏やかで扱いやすいため比較的容易にリホーミングできると考えていたようです。ところが、その後は無事に再飼育されましたが、若齢犬のうち3頭(2件の里親から)は動物保護団体に戻されました。また、4年間の期間中には老齢犬4頭、若齢犬1頭が安楽死されました。4頭は健康上の理由、1頭は行動上の問題が続いたことが理由でした。

   

リホーミング後のビーグルの生活において、トイレのしつけに問題があるようでしたが、リホーミングの結果は他の文献紹介にもあるように良好な結果でした。
リホーミングに向けて半年から10カ月のトレーニングが実施され、万全な準備がなされたのではないかと推察できますし、元々非侵襲的な動物認知研究に用いられておりトレーニングに慣れているビーグルであったようにも推察されました。しかし、残念ながら1頭がリホーミングを断念されたこと、3頭が一度里親から返却されたことからは、リホーミングの難しさも垣間見えるのではないかと思います。
分離不安には里親での飼育方法も関連しているとは思いますが、新たな環境においてもストレスを溜め込んでしまう状況もあるのかもしれません。さらに、文化の違いもあるとは思われますし、理由もありますが、リホーミングから4年の間に5頭のビーグルに安楽死が選択されたことも憂慮される点かもしれません。
著者らはさらに家畜など他の多くの動物種のリホーミングの機会もあったことを述べていますが、回答としては、リホーミングのアイデアは気に入っているものの、他の動物にとっては今回のケースで使用された社会化プログラムは、あまりにも計画が不十分で、性急かつ無秩序であったとの見解が示されたと述べています。

リホーミングは実験動物の余生を考える素晴らしい方法ではありますし、著者らもリホーミングを推奨してはいますが、この文献では課題として憂慮されるプロセスも赤裸々に示されており、安易に進めることがまた新たな問題を生じさせてしまう可能性も示唆されます。リホーミングにおいては各動物種に最適な方法を慎重に選択することが必要でしょう。ある意味リホーミングではなくとも、残された1頭のように、実験施設や研究者自身が最初の飼養者としての責任を持ち、アニマルサンクチュアリのように実験施設や自宅での終生飼育を考えるといったことも実験動物の余生を考える選択肢の一つとなるようにも思います。

また 大変興味深いことに、今回リホーミングの対象となった認知研究について、著者らはビーグルを用いて実施していた実験法を家庭犬に用いることで、その後実験用ビーグルの必要性がなくなったと報告していました。動物実験とは通常実験動物を用いて行われるものではありますが、実験法を確立した後の実験には実験動物が必要なくなったということです。こうした動物実験の代替の可能性もあるのかもしれません。

もちろん研究対象は目的に拠るものですが、実際に動物用医薬品の開発でも医薬品の開発でも、ボランティアによる治験や臨床試験が行われます。動物実験とは実験動物を用いて実験をするという側面だけではなく、動物のことを研究して理解を深めてゆくことでもあります。動物の余生についても研究を重ね、多様な選択肢の中で考えを巡らせてみることは、改めて社会として適切な動物実験を実施するとは何かということを考える材料にもなるかもしれません。

(本コラムの引用文献は、クリエイティブコモンズライセンスの下に提供されています。)

コラム

マウスの系統間、亜系統間にみられる遺伝子型、表現型の違い〜 C57BL/6JとC57BL/6Nとの比較を中心に

 マウスは世界で最も多く用いられている実験動物です。実験用マウスには数多くの系統が樹立されており、なかでも20代以上兄妹交配を繰り返して作出された「近交系」と総称される系統は、個体間の遺伝的背景が均一であるため、実験成績にばらつきがないと予想されるので優れた実験動物であると考えられます。近交系マウスのうち最も多用される系統の一つがC57BL/6です。C57BL/6系統は樹立後の早い段階で異なる2施設で維持されはじめ、現在では2つの亜系統グループを形成しています。それぞれの亜系統グループの間では外見上の区別はつきませんが、詳しく比較すると遺伝子型や表現型に違いが見られるため、「似て非なる」「独立した」系統であるとも言えます。今回はいくつかの事例を引用しつつ、C57BL/6由来の亜系統に関してご紹介したいと思います。

 C57BL/6は、C. C. リトルがA. E. ラスロップから1921年に入手したマウスから樹立したC57BL系統に由来します[1]。C57BL/6系統は、1948年にアメリカのジャクソン研究所に導入され維持されてきましたが、1951年にはアメリカNIHに導入され、それぞれC57BL/6J, C57BL/6Nとして系統樹立されました。その後様々な施設に導入されて育成・維持された結果、現在ではC57BL/6JおよびC57BL/6Nからそれぞれ数多くの亜系統が派生しました(図1)。C57BL/6Jはマウス全ゲノム配列の決定に最初に用いられた系統であり、C57BL/6Nとともに一般的な動物実験のみならずトランスジェニック動物やノックアウト動物を作製する際にも頻繁に用いられています。

 種々の施設で独立して維持されているC57BL/6亜系統の間では、年月とともにゲノム配列の多型が蓄積されていると予想されます。岡山理科大学の目加田和之先生らは、イルミナ社のマウスSNPジェノタイピングアレイを用いたり、マウスゲノムの一塩基多型(SNP)データベースを比較することによってC57BL/6Jグループの亜系統とC57BL/6Nグループの亜系統の間に存在するSNPを検索し、さらに一部はゲノムシーケンスを行いSNPの存在を明らかにしました [2, 3]。その結果、C57BL/6J(ジャクソン研究所で維持されてきたC57BL/6J系統)とC57BL/6NJ(ジャクソン研究所で維持されてきたC57BL/6N系統)の間に存在するSNPのうち、277箇所を同定しました。その中には翻訳されるタンパク質のアミノ酸置換を伴う10箇所のSNPが含まれていました。さらに、これらのSNPはC57BL/6J亜系統の間においても、さらにはC57BL/6N亜系統間においてもそれぞれ保存の程度に差が見られ、亜系統の分岐の年代等によってSNPの蓄積度に違いがあることが明らかになったとのことです。

 C57BL/6JとC57BL/6Nの間にはタンパク質のアミノ酸置換を伴うSNPが存在しますが、それ以外にも一部の遺伝子において欠失の有無に差がみられます。例えば、ミトコンドリア内膜に存在し、抗酸化反応に関与する酵素タンパク質NADトランスヒドロゲナーゼタンパク質をコードするNnt遺伝子は、C57BL/6Jグループの亜系統ではexon 7-11が欠失しており、遺伝子機能が喪失しています [4]。 

 C57BL/6JとC57BL/6Nとの間にある遺伝子上の差違は、結果として表現型にも違いとして現れることは十分に予想されます。そして実際、数多くの表現型の差違がこれまでに報告されています。中には、表現型の違いが実験成績の解釈にまで影響を及ぼした例もあります。例えば、一般的に広く普及している解熱鎮静薬であるアセトアミノフェンは、過剰摂取により肝障害が起こることがあります。アメリカNIHのある研究グループが、MAPキナーゼカスケードに属するc-Jun N-terminal kinase 2 (JNK2)のノックアウトマウスを用いて、アセトアミノフェン誘導性肝障害に対するJNK2の役割について解析していました。彼らはジャクソン研究所からJNK2ノックアウトマウスを「C57BL/6Jを用いて作製された」マウスとして入手しました。そして、JNK2ノックアウトマウスは野生型マウス(C57BL/6J)よりも肝障害の程度が高かったことから、JNK2は肝障害に対して保護的な作用をもたらすと考えました [5]。ところが、他の研究グループからJNK2ノックアウトマウスは野生型マウスよりも肝障害の程度が低くなることが報告されました [6]。そこで、使用したJNK2ノックアウトマウスのNnt遺伝子を調べてみると、C57BL/6J系統に見られる欠失が存在しなかったそうです。さらに、C57BL/6J、C57BL/6N、および彼らが使用したJNK2ノックアウトマウスをそれぞれアセトアミノフェンを投与すると、下記の順序で肝障害の程度に有意差がみられたそうです。

           C57BL/6J < JNK2ノックアウトマウス < C57BL/6N

 すなわち、彼らが用いたJNK2ノックアウトマウスはC57BL/6JではなくC57BL/6Nを背景に持ち、コントロール系統としてC57BL/6Jを使用していたために、JNK2ノックアウトマウスはアセトアミノフェン誘導性肝障害がコントロールマウスより増悪していたように見えていたのです。従って、はじめは「JNK2はアセトアミノフェン誘導性肝障害に対して保護的な作用をもたらす」という結論を得たものの、実際のところは「JNK2は肝障害に対して増悪的な作用をもたらす」という結論が正しく、これは他の研究グループと一致したということです [7]。

 以上、C57BL/6JとC57BL/6Nの遺伝子型・表現型の違いについて簡単にご紹介致しました。C57BL/6JとC57BL/6Nはともに多くの亜系統があり、それぞれのグループの間に遺伝子型、表現型の違いが見られることがあります。C57BL/6JとC57BL/6Nは非常に多くの動物実験に使用されており、遺伝子改変動物の作製にも頻繁に利用されています。由来も同一で系統名もほとんど同じマウスですので、2つの系統を混同してしまうことが起こり得るかと思います。コントロール(野生型)マウスとして異なる亜系統のマウスを使用してしまい、そのことが結果として研究の結論にまで影響を及ぼす可能性があることなどは、頭の片隅に置いておいても良いのではないかと思います。また、過去の研究報告と自らの実験成績を比較・検討する際にも、用いた実験動物の系統については十分注意する必要があるでしょう。本webサイトのコラムに動物研究の報告のための指針である「ARRIVEガイドライン」に関する記事が掲載されております。ARRIVEガイドラインでは、実験動物の種・系統・亜系統・性別・年齢・体重などの情報を研究報告に記載することが推奨されております(項目8:実験動物)。用いた実験動物の詳細を明示しておくことは、研究データの有益性や利用性を向上させ、世界中の多くの研究者にとって多大な利益につながることが期待されることでしょう。

 (本コラムの引用文献、図は、クリエイティブコモンズライセンスの下に提供されています。)

参考文献

[1] Russell ES. Genetic origins and some research used of C57BL/6, DBA/2, and B6D2F1 mice. in: Gibson DC, Adelman RC, Finch C. editors. Development of the rodent as a model system of aging. Bethesda: DHEW Publ No. (NIH) 79–161; 1978. pp. 37–44.

[2] Mekada K and Yoshiki A. Substrains matter in phenotyping of C57BL/6 mice. Exp Anim. 2021. 70:145-160. doi: 10.1538/expanim.20-0158.

[3] Mekada K, Hirose M, Murakami A, Yoshiki A. Development of SNP markers for C57BL/6N-derived mouse inbred strains. Exp Anim. 2015. 64: 91–100. doi: 10.1538/expanim.14-0061.

[4] Huang TT, Naeemuddin M, Elchuri S, Yamaguchi M, Kozy HM, Carlson EJ, Epstein CJ. Genetic modifiers of the phenotype of mice deficient in mitochondrial superoxide dismutase. Hum. Mol. Genet. 2006. 15: 1187–1194. doi: 10.1093/hmg/ddl034.

[5] Bourdi M, Korrapati MC, Chakraborty M, Yee SB, Pohl LR. Protective role of c-Jun N-terminal kinase 2 in acetaminophen-induced liver injury. Biochem Biophys Res Commun. 2008. 374(1):6-10. doi: 10.1016/j.bbrc.2008.06.065.

[6] Nakagawa H, Maeda S, Hikiba Y, Ohmae T, Shibata W, Yanai A, Sakamoto K, Ogura K, Noguchi T, Karin M, Ichijo H, Omata M. Deletion of apoptosis signal-regulating kinase 1 attenuates acetaminophen-induced liver injury by inhibiting c-Jun N-terminal kinase activation. Gastroenterology. 2008. 135(4):1311-21. doi: 10.1053/j.gastro.2008.07.006.

[7] Bourdi M, Davies JS, Pohl LR. Mispairing C57BL/6 substrains of genetically engineered mice and wild-type controls can lead to confounding results as it did in studies of JNK2 in acetaminophen and concanavalin A liver injury. Chem Res Toxicol. 2011. 24(6):794-6. doi: 10.1021/tx200143x.

コラム

今後のイベント、ウェビナー

◆:ハイブリッド開催

2022年1月

第4回 BMSA 公開セミナー ◆沖縄科学技術大学院大学(恩納村) 1月18日
日本実験動物技術者協会 関東支部 中動物部会 第35回講演会 オンライン 1月22日

2022年2月

Laboratory Animal Sciences 2022 (labroots) オンライン 2月10日
日本実験動物技術者協会 関東支部 第47回懇話会 川崎市産業振興会館(川崎市) 2月26日

2022年3月

第95回日本薬理学会年会 福岡国際会議場・福岡サンパレス(福岡市) 3月7日~9日
Meeting the Requirements of the Animal Welfare Act オンライン 3月9日、11日
第28回ヒトと動物の関係学会 学術大会 ◆慶應義塾大学日吉キャンパス(横浜市) 3月12~13日
第99回日本生理学会大会 ◆東北大学川内北キャンパス(仙台市) 3月16日~18日
日本薬学会第142年会 名古屋国際会議場(名古屋市) 3月25日~28日

2022年5月

第69回日本実験動物学会総会 仙台国際センター(仙台市) 5月18~20日

2022年6月

日本ゲノム編集学会第7回大会 オンライン 6月6日~8日
15th FELASA congress: Communication in Animal Research マルセイユ 6月13日~16日
第49回日本毒性学会学術年会 札幌コンベンションセンター(札幌市) 6月30日~7月2日

コラム

ミノキシジルの中毒リスクはどれくらいなのか?

文献紹介:犬、猫におけるミノキシジル外用薬の暴露状況とその毒性:211症例(2001-2019)の中で、ミノキシジルの偶発的な暴露による犬や猫の中毒のリスクについて紹介されました。

医薬品の開発においては非臨床試験(動物実験)により、その薬の安全性や毒性が確認されていると考えられますが、動物に対する影響はどのようなものだったのでしょうか。

先のコラムでは後ろ向き研究であることが注意喚起されていますが、調べてみると、微量の暴露が重篤な中毒の危険性を引き起こすということは過剰な結論であるようにも考えられました。

私自身、ミノキシジルは育毛剤としての認識が先行してしまっていましたが、そもそも経口降圧剤として開発されたものであり、本邦では経口薬の承認はされていませんが、現在はファイザー社によってLoniten®として販売されています。その使用において、多毛の副作用が認められたことから、外用発毛剤として開発されたものであるということでした。
したがって、ミノキシジル外用薬を経口摂取した場合の中毒症状というのは、そもそもミノキシジルがもつ主作用である可能性が考えられます。

一方で、医療用医薬品として開発された後に一般用医薬品となっています。その安全性については経口薬の開発段階では十分に調べられていたかもしれませんが、適応を変更した際には改めて詳しくは調べられていないかもしれません。既に必要な安全性が確認されているものであれば再試験をしないということは開発戦略としては妥当と考えられますし、不要な試験をしないということは3Rsの観点からも適切と考えられるところです。

しかし、Loniten®の添付文書ではBoxed Warningが掲載されています。これはFDA(米国食品医薬品局)の指示により記載される警告文で、重篤な副作用を起こす危険性を最も強く警告するものです。 外用薬としての開発にはこの非常に強い主作用と副作用とを逆転させ開発された経緯が伺えます。先の文献のような報告があると、動物を用いた試験をしていないことは、後々こうして人と動物の社会にとってリスクにもなるということも言えるかもしれません。

国内承認されている外用ミノキシジルの申請情報によると、用量変更による申請の内容からですが、非臨床安全性試験に関しては、モルモット皮膚感作性試験、ウサギ皮膚一次刺激性試験、累積刺激性試験、眼刺激性試験、ラット経皮反復毒性試験、サル経皮反復毒性試験が実施されており、イヌを用いた安全性試験は実施されていませんでした。外用薬としての申請ですので、経口投与毒性に関しては試験されていなくてもおかしくありません。妥当なものと考えられますし、心臓に対する作用が最も重要であることも認識されていました。
薬物動態に関する試験としてはイヌの持続静注試験が行われ、0.14mg/kgの用量で静脈内に投与されていましたが、病理組織学的な変化はないということでした。

経口ミノキシジルではどうでしょうか。ラット、イヌ、ミニブタ、サルでの経口投与試験と、ウサギの経皮局所投与試験が行われていました。こちらのイヌへの経口投与量は0.5~20mg/kgでした。この用量では、数日以内の乳頭筋/心内膜下壊死、出血性病変(右心房)、限局性心外膜炎が起こりますが、他のβアドレナリン受容体作動薬、末梢拡張薬でも同様に起こる病変と考えられていました。また長期の投与によって、慢性増殖性心外膜炎、漿液血性心膜液、心肥大および心拡大が起こりますが、慢性的な影響と考えられています。

臨床用量は大人の体重を60kgとすると0.17~1.67mg/kgの投与量なので、動物に投与されていた用量はこの用量と比べると高くなっています。経口治療とされていますので効力試験として実施されたものだと推察されますが、上記のようなリスクは臨床試験へ進める上では効力に比べて大きな問題にならなかったのではないかと考えられます。

ミノキシジル外用薬は患者さんの切実な要望もあり、より濃度の高い製剤が開発されてきたという経緯があります。現在では1%から5%の製剤として多くの国で承認されています。この濃度では、1ml中に10mgから50mgを含むことになりますので、錠剤と比べると高濃度になります。ですが、1滴を0.05mLとすると0.5~2.5mg/滴なので、体重5kgのイヌ・ネコが1~2滴を舐めたとしても体重当たりでみればそれほど高濃度でもありません。先の文献では、ミノキシジル暴露で臨床症状が現れた最低投与量は0.79mg/kgであったとされています。臨床使用では大人も子供も慎重使用が喚起されています。同様の初回投与のリスクは動物に対してもあると考えられますが、元来の主作用を考えれば、中毒とは言え想定内の作用であったとも考えられます。

経皮投与の情報からは、皮膚からの吸収は種差が大きく、ヒトでは吸収され難いものであることが推察されます。吸収され難いということは、継続した使用で髪の毛や寝具に濃縮されて残る可能性は高くなるかもしれません。患者さんの想いからちょっと多めに使用してしまうこともあるかも分かりません。
また、ミノキシジルは経口投与でおよそ90%が吸収されると書かれています。経口摂取した場合は血中濃度が上がりやすいことがリスクになることは推察されますが、文献ではミノキシジル外用薬に晒された後でも動物の57~63%が臨床症状を発現しなかったとされています。実際にどれだけの量に継続暴露されて中毒が引き起こされたのかといったところは、危険性を正しく理解するためにも議論の余地がありそうです。

ネコでは非臨床試験のデータはありませんが、調べられた多種の動物で同様の傾向がありますし、薬物代謝の関係からもイヌに比べても危険性は高くなると考えられます。
また、中毒の臨床症状にはプロピレングリコールなどの溶媒やその他の添加剤も関連している可能性もあります。化学物質のリスク評価については保健や環境面で広く調査されているところですが、人の健康や生態系に加えて、伴侶動物の健康も考慮されるとよいのかもしれません。

もちろん適応外使用は獣医師としての責任や力量が問われるところですので、問題のある使用となってはいけません。正確に、詳しく、くすりのことを理解し、使用により起こる現象に適切に対処する必要があります。開発の経緯を知っていれば著者らの研究背景の認識も違ったものとなっていたかもしれません。

イヌやネコへの影響について、3RSに基づいた必要な前向き研究も実施され、適正で、誤解のない成果が得られ、人と動物が安心して共生できる社会へと繋がる情報がアウトリーチされてゆくとよいと思います。

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