logo

当サイトではサービス向上のためにCookieを取得します。同意いただける場合は、「同意する」ボタンをクリックしてください。
詳細は、Cookieポリシーのページをご覧ください。

蚊のぬれに着目した新しい蚊対策

花王株式会社 難波 綾

【はじめに】

 みなさんは、「最も多くの人のいのちを奪う生き物」は何だと思いますか?答えは「蚊」です。あの小さな体でどうやって?と思われるかもしれません。実は蚊は、人にとって危険な病気を媒介します。一番多くの人のいのちを奪うのは、マラリアです。2021年にはおよそ62万人が亡くなり、このうち48万人ほどがアフリカに住む5歳以下の子供でした。一番多くの人が感染するのは、デング熱です。デング熱は年間3.9億人が感染すると推定されています。

 蚊が媒介する病気の多くには、ワクチンや特効薬がありません。たとえ薬があったとしても、病院が遠かったり診断に時間がかかったり、すぐには手に入らないこともあります。そのため病気を防ぐ上で最も大事なことは、「蚊に刺されないこと」です。人が蚊に刺されないために、これまで多くの取り組みがなされてきました。たとえば東南アジアの行政は殺虫剤を噴霧したり、蚊の幼虫であるボウフラを駆除したりする取り組みを行っています(蚊の幼虫は、鉢やタイヤなどにたまった水の中にいます)。一方で、噴霧に用いられる殺虫成分に抵抗性を示す、つまりこれまでと同じ濃度の殺虫成分では死ななくなってしまった蚊が増えてきています。そのため、より多様な蚊に刺されないための方法の提案が必要だと、私たちは考えました。

 私たちの会社では、食品から洗剤、石鹸、化学品など、多様な製品を取り扱っています。多様な製品を取り扱っているということは、多様なバックグラウンドを持つ研究者がいるということです。ちなみに、今この文章を書いている私は分子生物学が専門です。さまざまな角度から蚊、そして蚊刺されを考えたことで、これまでとは少し視点の違う技術が生まれてきました。このコラムでは、私たちの技術を2つご紹介したいと思います。

コラム

老化研究と実験動物

北里大学獣医学部実験動物学研究室 宍戸晧也

1.はじめに

昨今、アンチエイジングの分野の注目度が高まっており、様々な分野で商品開発や研究がされています。多くの方が、一度は「年老いたくない!」と思ったことがあると思います。人類は古来より不老不死の追求や、死からの蘇りを切望してきました。秦の始皇帝が不死の薬として丹薬を飲んだり、来世の復活を願うエジプト王のミイラとして残したことが広く知られています。現代でも、未来の蘇生技術やクローン技術に期待して、遺体を冷凍保存するビジネスが複数存在します(1)。

我が国を含む先進国では医療(特に感染症分野)が発達したことで、平均寿命が飛躍的に延びました。一方、寿命の延伸によって、今度は新たにがんと生活習慣病、フレイル、ロコモティブシンドローム、認知症、骨疾患などが問題となってきました。2050年には65歳以上の高齢者が6人に1人を占めると推定されており、急速な高齢化が世界的に進むことが危惧されます。生活の質や健康の向上がないまま寿命を延ばすことには、問題があることは明らかです。

この将来直面する問題に先駆けて、わが国では老化の遅延による健康寿命の延長や老化制御、疾患予防、克服を目的としてAMEDでは老化研究の領域に対して支援を行っています。老化研究は国の研究支援機構にとどまらず、Googleは2013年に15億ドルをかけてCalicoというベンチャー子会社を立ち上げるなど、老化とその治療は今や世界的に大きなニーズとなっております。本コラムでは老化研究と実験動物の老化モデルについてご紹介します。

コラム

私観・日本実験動物医学会史(第4回)

第四回 創立認定獣医師と本学会の課題

(このコラムはJALAMニュースレターNo.42/2014.4に掲載された特集を転載しています)

 この特集も 4 回目を迎えた。第一回で「発足当時尽力した人々は私も含め第一線から退く時代 となり、創成期の出来事を残しておきたい・・」と言う初めの目的は、前回の「・・・初めての認定獣医師が誕生した」というところまでを描いたので、達成したと考え、今回は書き残した若干の事柄を記載して、「私観・日本実験動物医学会史」を終えたい。

創立認定獣医師

 暫定制度ながら、1999 年 3 月 25 日に初めての認定獣医師 32 名が誕生した。この後 2 回、合計 3 回で認定された獣医師は暫定制度のもと、筆記試験を経ずに資格認定試験のみで認定獣医師と認定された。

 認定制度を確立するためのプロセスとして、次のようなステップをとることとした。まず暫定制度を制定し、この制度の下で厳しい基準の資格審査により「創立認定獣医師」を認定すること。 つぎに本制度を制定し、創立認定獣医師により試験問題を作成し、筆記試験と若干緩められた基準による資格審査により認定獣医師を認定する。暫定制度は施行後 3 年以内に廃止し、本制度に移行する、というものである。

 暫定制度により認定された創立認定獣医師は 3 年間で 58 名誕生した。筆記試験を課さずに認定し た「創立認定獣医師」に批判もあろうかと思うが、この制度を少しでも早く社会に認知されるため には、早急に一定の数の認定獣医師を作る必要があるという判断があった。また、すでに各研究教育機関等で責任ある立場で活躍している獣医師は、それなりの評価を既にそれぞれの所属する研究機関等や実験動物界から受けており、厳しい資格審査でその事を評価する事で、十分に認定獣医師の認定を受けるにふさわしいという判断もあった。結果として制度設立への長い助走の時期や設立後もほとんど社会に認知されていない時期に頑張っていただいた認定獣医師はまさに創立認定獣医師(Founder)という称号を受領するにふさわしいと思う。創立認定獣医師は、2013 年 3 月 25 日現在の名簿では 33 名に減っており、すでに 25 名 43%の方々が専門医をリタイヤされ た。今後も多くの専門医の方々が第一線から引退されるが、実験動物医学会から専門医制度を引き継いだ日本実験動物医学専門医協会は、創立認定獣医師のみならず専門医をリタイヤされた 方々のお名前を何らかの形で永久に名簿に残していただきたいものである。この場をお借りして 特に創設認定獣医師の方々に対して心から敬意と感謝の意を表したい。

 本制度は 2001 年にスタートしたが、暫定制度が当時第一線で活躍しているベテランの獣医師 を認定して、この制度の基礎を築く性格が大きかったのに対し、本制度はこれから活躍する若手 の専門獣医師を育て認定することが目的となった。2002 年 3 月に初めての資格審査と筆記試験に よる認定獣医師が3名誕生した。未知の新制度に果敢に挑戦して初認定された阿部敏男氏(認定第 59 号) 、梶原典子氏(認定第 60 号)、中井伸子氏(認定第 61 号)にも敬意を表したい。

 難しい筆記試験が加わった理由からか、その後も受験者の数は少なく、6-7 年間はわずか 2-4 名の認定がつづいた。受験者がゼロの年もあり、さすが制度そのものの可否、さらには存続を懸念することもあったが、我慢我慢の時期である。しかし近年は多くの会員非会員が本会主催の教育セミナーやウェットハンド研修に参加し、また受験者も増え、2013 年 3 月に認定された専門医 は 2 桁となり、当時を知るものとして、さらにはこの制度の設立に関わったものとしては、考え深いものがある。

コラム

私観・日本実験動物医学会史(第3回)

第三回 日本実験動物医学会認定獣医師制度の設立

(このコラムはJALAMニュースレターNo.41/2013.8に掲載された特集を転載しています)

教育セミナーのスタート

 実験動物医学会は専門獣医師の育成をめざして発足したため、学会開催毎に教育セミナーを開催することが大きな事業であった。前回にも記載した様に第一回教育セミナーは 1994 年(平成 6 年)3 月 31 日の実験動物医学研究会第一回総会とともに開催した。そしてほぼ同時に、同セミナ ー参加者の登録を開始し、参加証の発行を行なった。また、このセミナーを効果的に行ない、実験動物医学の基礎を網羅するために基本方針を決めた。そこでは、実験動物の遺伝と育種、実験 動物の特性、実験動物の疾病、動物実験技術、動物実験管理学の 5 項目をあげ、これをもとにして講演テーマを決めることとした。

 私もいくつかのセミナーを企画したが、その中で印象的なものを紹介すると、第 122 回日本獣医学会(1996 年・平成 8 年、帯広畜産大学)では東大農学部実験動物学教室の板垣慎一助教授と ともに「実験動物の麻酔について考える」を企画した。この時は板垣先生と大阪大学医学部助教授黒澤努先生の司会で、私がイントロダクションを行ない、東北大学医学部麻酔科学講座加藤正人助教授の「ヒトの麻酔科学:最近の話題」、東大農学部外科学研究室西村亮平助教授の「犬および猫の臨床麻酔」というタイトルで講演をいただいた。ヒトの先進的な麻酔学を紹介していただき、現在の獣医麻酔の先端を紹介してもらう狙いであった。このセミナー会場は実験動物分科会 (日本実験動物医学会)メンバーのみならず他分科会のメンバーも大勢集まり、聴衆で満員にな った。このときまで私は、実験動物分科会は獣医学会では後発のマイナーな分科会であると思っていたが、獣医学会会員の実験動物医学に対する感心の大きさがわかり、企画がよければ多くの 聴衆が集まることを認識した。以後の獣医学会でも我々の分科会の企画には多くの聴衆が集まることはご存知の通りであり、企画者の努力の結果であろう。

 この時のエクスカーションは大雪山の麓の「トムラウシ温泉東大雪荘」であり、今は亡き国立感染研究所の内貴正治獣医科学部長と酒を酌み交わしたのは楽しい思い出である。

 また、板垣先生は本会の理事はもとより学術集会委員会委員長や認定制度検討委員会委員もしていただき、本学会の中心メンバーとして今後の活躍を大いに期待されていたが、1997年・平成 9 年 8 月 8 日に早世された。30 代半ばの一番脂ののった時期であり、大変惜しまれた。

コラム

私観・日本実験動物医学会史(第2回)

第二回 実験動物懇話会と実験動物研究会の設立

(このコラムはJALAMニュースレターNo.40/2013.2に掲載されている特集を転載しています)

実験動物懇話会の設立

 1991 年(平成 3 年)4 月に「実験動物懇話会」が慶応大学前島一淑教授を始め 10 名の呼びかけで日本獣医畜産大学にて設立会が開催された。この時の講演会では「実験動物界における欧米諸国の獣医師の役割」のタイトルで、黒澤努先生のイギリスとフランスの状況、前島先生からアメリカの状況が紹介された。

 また、前号にも述べた様に私はこの年の 10 月 5 日から 11 月 4 日まで米国のミシガン大学等六つの大学研究機関の動物実験施設を訪問したが、この時の経験を基に帰国早々の11 月に「実験動物(動物実験)専門獣医師制度の確立に向けて―私見—」という文章を公表した。そこには当時の状況下で実現可能と思われるシミュレーションを示したものである。そこでは実験動物専門獣医師制度及び専門医育成制度の早急な確立に向けて、第一にこれらの制度によって立つべき組織として、日本獣医学会や日本獣医師会、日本実験動物学会等を上げ、第二に教育制度として2 つの制度、すなわちレジデント制度と講習会制度を提案した。もちろん前者は ACLAM の制度を模してわが国に適用した場合、後者は現状をにらんで可能な方法を示した。そして最後に当時私が在籍していた北海道大学を例として上記制度の設立の可能性をシミュレートしたものであった。

 翌年の 1992 年(平成4年)4 月には実験動物懇話会の小シンポジウムとして私が「実験動物医学に関する卒後教育」のタイトルで前回紹介した ACLAM の制度を紹介した。そして 1992 年(平 成 4 年)9 月には北海道大学学術交流会館で前島先生をはじめ鍵山先生や私により周到な企画立 案と準備を行ない、「実験動物医学の専門教育に期待するもの」とのタイトルで、午後の 4 時間 をかけて懇話会として最大のシンポジウムを開催した。そこでは私を始め、高橋和明、浦野徹、 高頭廸明、山本博、前出吉光、鍵山直子の各博士がそれぞれの立場から意見を述べ、議論した。

コラム

私観・日本実験動物医学会史(第1回) 

第一回 実験動物医学の創成期

(このコラムはJALAMニュースレターNo.39/2012.8に掲載された特集を転載しています)

 先頃、本会情報・編集委員会委員矢野一男君から私の会長辞任を機に、任期中の事柄について、 何か一文を書くように仰せつかった。考えてみると、本学会は 1993 年(平成 5 年)4 月 1 日に「実験動物医学研究会」として発足し、明年 4 月 1 日で創立 20 周年を迎えることになる。また、発足当時尽力した人々は私も含め第一線から退く時代となり、創成期の出来事を残しておきたいと言う年寄りの懐古趣味から、私観・実験動物医学会史なるものを書いてみることとした。これから 2~3 回に分けて書いてみたい。「私観」と冠した実験動物医学会史はあくまでも私から見た学会の歴史であり、この文を私が 実験動物の世界に入った頃から始めたい。

実験動物界へのデビュー

 1985 年(昭和 60 年)4 月16 日付けで、私は北海道大学医学部附属動物実験施設に配置替えになったが、この時が、私が本格的に実験動物界へ足を踏み入れた時である。この後に日本獣医学会や日本実験動物学会に参加し始め、そこで前島一淑先生や波岡茂郎先生、黒澤努君(あえて君つけする)に出会うこととなった。そして皆さんと実験動物や動物実験と獣医師の役割について熱心に議論した。その中で、日本の獣医師は実験動物界ではあまり重視されていないこと、さらには実験動物に携わる獣医師が集い議論する場がないことが明らかになった。  

 1988 年(昭和 63 年)春の日本獣医学会の折りに都市会館の一室に光岡知足先生(東大)、波岡先生(北大)、前島先生(慶大)、黒澤君(大阪大)、伊藤勇夫先生(千葉大)と私が集まり、昼食 を共にして獣医学会の中に実験動物分科会の設立の可能性について議論した。これが、日本実験 動物医学会発足への活動の始まりであると、私は認識している。

 翌年、1989 年(平成元年)11 月には私たちは前島先生を通して日本獣医学会に「実験動物分科 会設立に関する要望書」を提出した。

 そして私は 1990 年(平成 2 年)と 1991 年(平成 3 年)の 2 回にわたって米国の実験動物や動物実験の事情を視察する機会をえた。この 2 回の米国訪問はその後の私の本会活動に大きな影響を与えた。

コラム

[学会情報]日本動物実験代替法学会第 36 回大会開催のご案内

日本実験動物医学会が後援している日本代替法学会が下記の日程で開催されます。JALAM会員は、代替法学会会員価格で大会に参加できますので、ぜひご参加下さい。

大会長 伊藤 晃成(千葉大学大学院薬学研究院)

開催日:2023 年 11 月 27 日(月)〜29 日(水) 

会場:千葉大学 西千葉キャンパス(千葉市稲毛区弥生町 1-33) 

テーマ: 動物実験代替法の終わりなき挑戦 

ホームページ:https://jsaae36.secand.net/index.html

大会事務局:日本実験動物代替法学会第 36 回大会事務局 

千葉大学大学院薬学研究院 生物薬剤学研究室 

〒260-8675 千葉市中央区亥鼻 1-8-1 

TEL: 043-226-2887、FAX: 043-226-2887

E-mail: jsaae36@gmail.com 

運営事務局: 株式会社 JBE 

〒140-0004 東京都品川区南品川三丁目6番地51号 NK南品川301 

TEL: 03-6718-4952、FAX: 03-6718-4952

E-mail: jsaae36@jbe.co.j

コラム

非アルコール性脂肪性肝疾患のモデルマウス

酪農学園大学獣医学類 疾患モデル学 教授 北村 浩

 肝臓に中性脂肪が蓄積した状態を脂肪肝と呼びます。アルコールの多量な摂取により脂肪肝が生じることは古くから知られていますが、飲酒歴がない人やほとんど飲酒しない人も脂肪肝を生じることがあります。このようにアルコールを除くいろいろな原因で起こる脂肪肝の総称を非アルコール性脂肪性肝疾患(non-alcoholic fatty liver disease, NAFLD)といいます。NAFLDは肥満やメタボリックシンドロームが関与する一種の生活習慣病であり、2型糖尿病を併発することが多い疾患です。先進国における肝障害の中では最も頻度が高く、世界で4人に一人はNAFLDに罹患しているという報告もあります[17]。近年、“エネルギー代謝異常が引き起こす肝疾患”という視点に立ち、NAFLDに代わる、MAFLD(metabolic-associated fatty liver disease)という呼び方も一般的になってきています[10]。NAFLDには、比較的軽症な非アルコール性脂肪肝(non-alcoholic fatty liver, NAFL)と、炎症を伴い重症な非アルコール性脂肪性肝炎(non-alcoholic steatohepatitis, NASH)の2つの病態が知られています[15]。特にNASHは肝硬変や肝がんに進行する可能性があり、危険度の高い疾患といえます。私たち酪農学園大学獣医学類疾患モデル学ユニットでは、NAFLD克服のための新たな治療標的分子としてタンパク質の安定性を制御するユビキチン特異的プロテアーゼという酵素に注目しています。この酵素の遺伝子改変マウスがNAFLDやNASHの進行に果たす役割を調べています。このコラムではこれまで試みられたマウスの代表的なNAFLD/NASHモデルについて概説します。

 

1. NAFLD/NASHの典型的な病態

 中性脂肪が肝細胞に蓄積する脂肪肝はNAFLD患者で共通にみられる病態です。NAFLの状態から更に病状が深刻なNASHへ移行するかは様々な要因により決定されます。NAFLD患者の肝臓では酸化ストレスが蓄積し、脂質代謝異常が生じますが、これがトリガーになり炎症性細胞が肝臓に集積するという考え方は古くからあります[8, 18]。これに加えて、内臓脂肪組織からの悪玉アディポカインや、腸内細菌叢から門脈を介して伝わるエンドトキシンなどの成分もNAFLからNASHへの移行に影響を与えます[8, 18]。NAFLからNASHへの移行を組織学的に見ると、初期の肝細胞に脂肪滴が観察される脂肪肝、その後、血管周囲から肝実質へ広がる白血球の浸潤(炎症)、肝細胞の空胞変性、さらにはコラーゲン線維の蓄積による線維化(硬化)病変へと進行します。げっ歯類でNAFLDを誘導する際、特に問題となるのは、肝細胞の空胞化や血球の浸潤などNASHに特徴的な肝炎病変をなかなか惹起できない点が挙げられます[10, 15]。そこでNASHに進行させるための様々な工夫がこれまでなされてきました。大きく分けて特殊飼料を給餌させるモデル、特定の遺伝子を改変したモデル、それらの組み合わせモデルが知られています。

2.食餌性NAFLD/NASHモデル

 NAFLDは生活習慣病であることから、げっ歯類にも栄養学的に誘導することが試みられました。例えば71%脂質、11%炭水化物、18%のタンパク質からなる高脂肪餌をラットに3週間給餌するとインスリンの効きが悪くなるインスリン抵抗性の誘導と共にNASHの病態を示します[14]。マウスの場合はラットよりNASHを起こしにくいとされ、通常の高脂肪餌の場合1年近くの時間を要することもあります[7]。また、マウスでは食餌性NAFLD誘導における病理変化も比較的弱く、炎症像や線維化像は限定的です。一方で、マウスの場合、系統差が顕著で、例えばC57BL/6系統でもC57BL/6JマウスはC57BL/6Nマウスとくらべて、高脂肪餌給餌後の肝臓へ中性脂肪の蓄積は顕著ですが、肝障害は小さいという報告があります[9]。

 洋食に豊富に含まれるコレステロールはヒトでは脂肪性肝炎の主要な原因となります。マウスの場合、1%のコレステロールを給餌するとインスリン抵抗性になりますが、肝重量の増加や血中の脂質量の増加は限定的であり、NASHを含む肝障害には至らないと言われています[14]。一方でコレステロール(例えば1.25%)に一次胆汁酸であるコール酸(例えば0.5%)を加えた餌を与えることもあります。この場合、24週後の肝臓では脂肪の蓄積のみならず肝炎や線維化が認められます[14]。また高コレステロール・コール酸餌に40-75%の中性脂肪を加えることで病状を悪化させることが可能であり、早ければ12週目にはNASHの病態をマウスで観察できます[14]。高コレステロール餌給餌で注意しなければいけないのはコレステロールの量です。1%を超えるコレステロールを与えると、たとえ高脂肪餌を与えても、むしろ内臓脂肪量の減少や体重の減少をもたらすので、ヒトのNASHモデルとは言い難い状態になります[5, 18]。

コラム

食品の検査に用いられる動物実験の推移(微生物編)

茨城大学農学部   鈴木 穂高

【はじめに】

 私達が普段口にする食品には様々な規格や基準が定められており、その安全性が守られています。『食品衛生検査指針』という本には、食品の安全を守るために必要となる、食品保健行政に関わる公定試験法とそれに準じる標準試験法がまとめられています。いわば食品衛生試験法のバイブルともいえる本です。公定試験法とは、食品衛生法や厚生労働省の通知などで定められた検査法のことです。成分規格のある食品は公定試験法に従って試験を行わなければなりません。公定法とも言われます。

 『食品衛生検査指針Ⅰ(検査法別)』は昭和48(1973)年、『食品衛生検査指針Ⅱ(食品別)』は昭和53(1978)年に厚生省監修で発刊されており、その後は約10数年ごとに改訂されています。平成元~3(1989~1991)年の第一次改訂からは、微生物編、理化学編等に分けて発刊されており、改訂を重ねるごとに総ページ数は増しています。

 今、私の手元には『食品衛生検査指針 微生物編 1990』1)(1990年発刊)、『食品衛生検査指針 微生物編 2004』2)(2004年発刊)、そして最新版の『食品衛生検査指針 微生物編 改訂第2版 2018』3)(2018年発刊)という3冊の『食品衛生検査指針 微生物編』があります*。食品の微生物検査法は、培養によるもの(細菌や真菌など)、顕微鏡観察によるもの(寄生虫など)、遺伝子検査によるもの(ウイルスなど)が大部分を占めていますが、一部に実験動物を用いた検査法も存在します。本稿では、これら3冊の『食品衛生検査指針 微生物編』に掲載されている動物実験に着目し、その実験内容と改訂に伴う推移についてご紹介したいと思います。

コラム