動物の大きさに関する研究と実験動物
コラム
山口大学共同獣医学部発生学・実験動物学研究室
加納 聖
1. はじめに
動物の大きさはどのようなメカニズムで決まっているのでしょうか?
動物の体の大きさを決定するメカニズムは、未だ解明されていない魅力的な生物学的課題です。実験動物としてのほ乳動物においても、マウスのような小型の種からサルなどの霊長類まで、体の大きさには多様性が存在します。また、マウスの系統間でも顕著な大きさの違いがみられます。これらの大きさの違いは一体どのようなしくみで決まっているのでしょうか?
組織レベルで見ると、ほ乳動物の細胞1個のサイズは動物種による顕著な差はほとんどみられません。では、個体の大きさは体を構成する細胞数によって決まるようにも思えますが、その実態は想像するより複雑なようです。
「THE CELL 細胞の分子生物学 第6版」(1)には、「器官および個体の大きさは全体として恒常的に制御されており、重大な外的ストレスが加わっても適切なサイズを感知し、成長や縮小に関するシグナル伝達を調整する能力を有している」と記されています。すなわち、動物の体や器官の大きさは、器官あるいは体の大きさと細胞数の組合せによって、総合的に決定されると考えられています。
このようなシンプルかつ包括的な動物の体の大きさを制御するメカニズムの全貌を明らかにするには、様々な角度からの研究が求められます。実際にこれまで、多様な矮小マウスモデルを用いて、動物のサイズに関する研究が進められてきました。本稿では、私たちが変異マウスを用いて行った、動物の体の大きさに関する研究の一端を紹介したいと思います。
2. 矮小変異マウスを用いた解析
矮小化に関与する遺伝的変異は、成長が不十分とされる矮小マウスにおいてこれまで同定されています。矮小マウスの代表例であるSnellマウス(dw)(2-4)、Amesマウス(df)(4-6)、およびlittleマウス(lit)(4, 7)は、いずれも成長ホルモン(Gh: Growth Hormone)を中心とする、成長に関わる内分泌系の変化に起因する古典的な矮小モデルマウスです。もちろん、マウスに矮小の表現型をもたらすものは、それらの内分泌系を調節する下垂体や視床下部の機能の異常だけではなく、その他の内分泌機構の異常や遺伝的要因によっても引き起こされます。たとえば、染色体結合タンパク質のグループhigh-mobility group(HMG)DNA結合タンパク質の1つであるhmga2遺伝子の変異によるpygmy(pg)(8-13)や、iscoidin Domain受容体2(DDR2)遺伝子の変異によるsmallie(slie)(14)など、トランスジェニックマウスの作出過程で生じた、DNA断片の挿入変異による自然発生的な矮小マウスも確認されています。
さらに近年、N-エチル-N-ニトロソ尿素(ENU)を用いた変異誘発による表現型誘発マウスが注目を集めています(15)。遺伝子地図やDNAサテライトマーカーなどを用いて、特定の表現型の原因遺伝子の塩基配列を特定する方法であるポジショナルクローニングを含むフォワードジェネティックススクリーニング(図1, 2)は、私たちが知りたい体の大きさなどを決定づける因子の複雑な関係性を明らかにするため、表現型と関連する生物学的経路や遺伝的要素を同定するための有力な手段です。本稿では、これらの例として、私たちが解析した2つの矮小マウスモデルSmallie(slie)マウスとfertile peewee(fpw)マウスについて紹介します。