マウスの系統間、亜系統間にみられる遺伝子型、表現型の違い〜 C57BL/6JとC57BL/6Nとの比較を中心に
C57BL/6JとC57BL/6Nの間にはタンパク質のアミノ酸置換を伴うSNPが存在しますが、それ以外にも一部の遺伝子において欠失の有無に差がみられます。例えば、ミトコンドリア内膜に存在し、抗酸化反応に関与する酵素タンパク質NADトランスヒドロゲナーゼタンパク質をコードするNnt遺伝子は、C57BL/6Jグループの亜系統ではexon 7-11が欠失しており、遺伝子機能が喪失しています [4]。
C57BL/6JとC57BL/6Nとの間にある遺伝子上の差違は、結果として表現型にも違いとして現れることは十分に予想されます。そして実際、数多くの表現型の差違がこれまでに報告されています。中には、表現型の違いが実験成績の解釈にまで影響を及ぼした例もあります。例えば、一般的に広く普及している解熱鎮静薬であるアセトアミノフェンは、過剰摂取により肝障害が起こることがあります。アメリカNIHのある研究グループが、MAPキナーゼカスケードに属するc-Jun N-terminal kinase 2 (JNK2)のノックアウトマウスを用いて、アセトアミノフェン誘導性肝障害に対するJNK2の役割について解析していました。彼らはジャクソン研究所からJNK2ノックアウトマウスを「C57BL/6Jを用いて作製された」マウスとして入手しました。そして、JNK2ノックアウトマウスは野生型マウス(C57BL/6J)よりも肝障害の程度が高かったことから、JNK2は肝障害に対して保護的な作用をもたらすと考えました [5]。ところが、他の研究グループからJNK2ノックアウトマウスは野生型マウスよりも肝障害の程度が低くなることが報告されました [6]。そこで、使用したJNK2ノックアウトマウスのNnt遺伝子を調べてみると、C57BL/6J系統に見られる欠失が存在しなかったそうです。さらに、C57BL/6J、C57BL/6N、および彼らが使用したJNK2ノックアウトマウスをそれぞれアセトアミノフェンを投与すると、下記の順序で肝障害の程度に有意差がみられたそうです。
C57BL/6J < JNK2ノックアウトマウス < C57BL/6N
すなわち、彼らが用いたJNK2ノックアウトマウスはC57BL/6JではなくC57BL/6Nを背景に持ち、コントロール系統としてC57BL/6Jを使用していたために、JNK2ノックアウトマウスはアセトアミノフェン誘導性肝障害がコントロールマウスより増悪していたように見えていたのです。従って、はじめは「JNK2はアセトアミノフェン誘導性肝障害に対して保護的な作用をもたらす」という結論を得たものの、実際のところは「JNK2は肝障害に対して増悪的な作用をもたらす」という結論が正しく、これは他の研究グループと一致したということです [7]。