実験動物と伴侶動物の二刀流獣医師
コラム
とちぎ うさぎ・ことり・ちびっこ動物の病院 早稲田大研究推進部 獨協医科大薬理学講座 寺田節
はじめに
獣医師として活躍できる場は多く、小動物臨床、大動物臨床、公務員、研究職などの選択肢を挙げることができる。その選択肢の中には実験動物の管理に携わる獣医師もある。さらに深く掘り下げると、その獣医師のなかには実験動物医学専門医の資格を有し、より専門的な見地から携わっている獣医師もいる。実験動物医学専門医の資格の有無に関わらず実験動物の管理に携わる獣医師は不足しがちなのが現状である。個人的な意見として、獣医師を目指して大学に入学する学生の多くは、「動物の命を救う」という目標を胸に勉学に励んでおり、動物実験はその志と相反するものであると認識している学生が多いと思われる。そのため、動物実験に携わる獣医師の道に進む学生が少ないのではないかと推察する。私自身もそんな学生のひとりであったが、実験動物学教室の門をくぐることになるのである。
なぜ二刀流獣医師になったのか
将来、競走馬の獣医師になりたいと大学に入学したのだが、研究室配属の際に、学生のうちにしかできない勉強をしたいと思い、当時「動物行動学」を研究していた実験動物学教室の斎藤徹先生に師事したのがはじめの一歩であった。斎藤徹先生は㈶残留農薬研究所毒性部室長の経歴を持つ実験動物学の専門家であり、厳しい指導の下実験動物学及び研究の基礎を学ぶこととなるのである。さらに私の運命を決定づけたのが、私が大学院生の時に斎藤徹先生が大学附属病院にて特殊動物診療科を立ち上げたことであった。これは今で言うエキゾチックペット(犬猫及び野生動物以外の動物)の診療科であり、私はそこの立ち上げメンバーに選ばれたのである。卒業後、医科大学実験動物センターの教員及びセンター長の傍ら、外勤制度を利用してエキゾチックペットの臨床獣医師の非常勤を12年間経験した後、動物病院を開業し実験動物医学専門医と小動物臨床獣医師の二足の草鞋を履き活動することとなる。現代で言う二刀流である。
二刀流の根底は動物への苦痛軽減
実際、動物実験では実験に用いられる動物の多くは最終的に安楽死処置される。したがって初心で抱いていた「動物の命を救う」という考えに反するのではとジレンマに陥る。しかしながら、医学・獣医学研究において動物実験は必要である。そこには獣医師が不可欠であり、特に実験動物医学専門医の存在が重要となる。二刀流で活躍する中で、見えてくる境地がある。実際には私自身、動物実験も臨床も動物に対しての考え方は根底では同じであると理解している。この理解があるからこそ、二刀流が成り立ち、そんな私だからこそできるアプローチで動物実験及び臨床と活躍の場を広げているのだと考えている。
基本的に動物実験は法律、ガイドライン、規程等に則り実施されている。その中でも獣医学的ケアは重要な位置づけとなっており、実験動物医学専門医の活躍の場となっている。動物実験に携わる研究者たちは、必ずしも実験動物に精通しているわけでもなく、ましてや獣医学的ケアが全ての実験動物に行き届くとは限らない。動物実験の一部では苦痛度の高い研究も行われるため、これら実験動物において苦痛の緩和に配慮することが求められる。臨床においては伴侶動物たちには飼い主がいて、多くの愛情を注いでもらいながら暮らしている。そんな伴侶動物では飼い主の意識が高く、病気や傷害からの苦痛を取り除くことを求められ、獣医師として積極的に苦痛軽減を行うこととなる。苦痛軽減の方法は多岐にわたり鎮痛薬等の種類も多い。これら知識は実験動物における苦痛軽減にも活かされている。もちろん動物実験において人道的エンドポイントが存在し、鎮痛薬等を使用しても軽減できない苦痛を呈している実験動物には安楽死処置が行われる。一方で我が国の伴侶動物医療において、この「安楽死」は一般的に受け入れられているとは限らない。しかしながら、私は各国、各学会等の動物実験のガイドライン等を参照し、飼い主に安楽死の重要性を説明することもある。これは実験動物医学専門医である知識が活かされているが、根拠なく飼い主に安楽死を勧めることは望ましいとは思えず、伴侶動物の苦痛軽減を最大限に考慮して説明している。
私が考える二刀流獣医師の考えの根底は動物の苦痛軽減を最大限に追求することと考える。それは治療することはもちろんのこと、治療困難な動物においても積極的に苦痛軽減を行い、動物の福祉を守ることに集約される。
二刀流の利点
現在は、臨床獣医師に主軸を置き、特にエキゾチックアニマルを専門で診察を行っている。動物実験に携わる期間が長かったことから、マウス、ラット、ハムスター、ウサギと小さい動物の扱いは慣れていて、また手術も実施することができる。実験動物医学専門医からの視点では当然のことであるが、臨床獣医師からの視点では、げっ歯類等の小型動物に麻酔を施し手術をすることの難易度は並大抵ではない。多くの臨床獣医師は、これら動物の扱い方、麻酔方法及び手術が不慣れもしくは不可能なことから敬遠する傾向が強い。そのため現在では近隣の動物病院より症例を紹介していただく機会が多く、近隣のエキゾチックアニマル、飼い主及び動物病院に貢献できていると自負している。また、動物実験は医科大学で経験を積んでいたため、医師の友人が多くでき、その医師たちから医学のスキルを学ぶ機会を得ることが、今の臨床獣医師としての糧となっている。当然、診療で困ったときも相談できるため、重宝しているのも事実である。
実験動物医学専門医としては、企業等の管理獣医師及び大学関連の動物実験委員等の役職をいただいている。そこでは動物実験が適切に実施されているか、動物福祉・倫理が遵守されているか目を光らせている。臨床獣医師の肩書もあるせいか、麻酔方法、鎮痛剤等の苦痛軽減方法及び治療等の問い合わせでは説得力のある様々な方法を提案することができる。また、疾病に対して早期に診断することも可能である。近年の実験動物は非常に清浄度の高い環境で飼育繁殖されているため、感染性の疾病を見る機会が少ない。一方で、小動物臨床の現場では感染症を含む様々な疾病と遭遇する。そのため小動物臨床での経験が動物実験で活かされるのは疾病の診断治療によるところが大きいと思う。
おわりに 二刀流獣医師ならではのアプローチで相反すると思われる分野でも、お互いの経験を活用し、それぞれのスキルを高めることは可能であり、逆にそれぞれの分野での信頼を得られる機会でもあると考える。この二刀流獣医師は何も私だけができることではなく、多くの獣医師でも活躍は可能であり機会を得ることができると考える。ひとつの分野に縛られることなく、多くの機会、経験を得て、スキルを高め、多種の分野で活躍できる獣医師が今後誕生することを切に願う。