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老化研究と実験動物

コラム

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2. 老化とは何か?

そもそも老化とはどのような状態を指すのでしょうか?代謝機能の低下や皮膚にシワができるなどがイメージしやすいことと思いますが、ここではまず細胞レベルに焦点を当てて考えてみましょう。

細胞の老化は、動物の正常な組織から取り出した細胞が培養を繰り返すと、テロメアの短縮によって、それ以上分裂できなくなる現象から発見されました(2)。いわゆるヘイフリック限界(Hayflick limit)です。この老化細胞はタンパク質群(炎症性サイトカインやケモカイン、増殖因子など)を分泌し、生体ネットワークに多彩な影響を示すことが知られています。この現象は細胞老化随伴分泌現象(senescence-associated secretory phenotype:SASP)と呼ばれ、分泌されるタンパク質はSASP因子と呼ばれます。

老化細胞が分泌するSASP因子はNK細胞を組織に誘導し、腫瘍組織を除去する機能を持っています(3)。他にもSASP因子は、周囲の細胞へ老化やアポトーシスを誘導させる機能を持ち、細胞増殖を抑制します(4)。がん遺伝子であるRasの活性化変異(5)によっても細胞老化が誘導され、過剰な細胞増殖を抑制します。こうした情報をまとめるとSASPはがんを抑制するプラスの面ばかりのようですが、マイナスの面もあります。SASP因子の分泌が短期的であれば、がんの発生は抑制されますが、長期にわたり分泌されると、周囲の組織に慢性炎症を引き起こし、逆に発がんを促進することが報告されています(6)

脂肪細胞はインスリンに応答してグルコースを取り込み、グルコースの恒常性を維持する機能を有していますが、加齢に伴うSASP因子の分泌によって、インスリンへの抵抗性や脂肪分解、脂肪酸への反応性低下が起きます。インスリン抵抗性を持つと、血中の糖分や脂肪が取り込まれにくくなるため高血糖・高脂血症を引き起こします(8)。高血糖・高脂血症はさらに老化細胞の増加を誘導し、負のスパイラルが続くことになります。つまり、「老化細胞の増加 → 高脂血症・高血糖→糖尿病」の経過をたどり、老化は糖尿病のリスク因子になるようです。また、発生工学的手法を用い、老化したマウスの体内から老化細胞の特徴であるp16発現細胞を選択的に取り除くと、腎臓や心臓、膵β細胞の機能低下、脂肪肝の形成、動脈硬化、発がんが抑制され、寿命が伸びることが報告されております(9,10,11,12)。老化細胞にはこういったマイナスの面があるため、蓄積した老化細胞を選択的に除去することで健康増進を図ろうとする研究が進んでおり、現在、老化細胞除去薬(Senolytics drug)が多数開発されてきています。

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北里大学獣医学部実験動物学研究室 宍戸晧也

関連記事

コットンラット〜全身に病気を併存する不思議な実験動物〜

 コットンラット(英名cotton rat, 学名Sigmodon hispidus)は南北アメリカ大陸に分布するキヌゲネズミ科に属する齧歯類で、ラットの名がついていますがハムスターと近縁です。成体のコットンラットは頭胴長125-200mm、尾長75-166mm、体重70-310gとマウスとラットの中間の大きさです。雑食で、草の生い茂った草原や沼地を好んで生息します(3)。コットンラットの実験動物としての歴史は古く、1930年代にポリオウイルス感染によりヒトに類似する神経麻痺症状を発症することが見出されました。その他にも、コロナウイルスを含む様々なヒトの呼吸器感染症ウイルスへの感受性を持つことが知られ、SARS(4)やCOVID-19(5)研究にも使われています。我が国には1951年に輸入され、主に東大伝染病研究所で維持され、その後多くの研究機関に分与されたようです(6)。現在の日本国内においては、北海道立衛生研究所(HIS/Hiphなど)および宮崎大学(HIS/Mzなど)で近交系コットンラットが維持されています。私たちは北海道立衛生研究所および宮崎大学との共同研究により、近交系コットンラットが頭(水頭症)から尾(皮膚の脆弱性による自切)に至るまで全身に様々な病気を持つことを見出し、その表現型を解析してきました。以下にコットンラットで私たちが新規に見出した「併存症」、「希少疾患」モデル動物としての特性について記載いたします。

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コラム 教育委員会

動物福祉の評価ツールのご紹介-1
〜AVMA主催の“学生動物福祉状況の評価コンテスト”〜

 さて、イリノイ大のニュースによると、このコンテストの目的は、「農業、研究、伴侶など、人間のために使用される動物に影響を与える福祉問題の理解と認識を高めるための教育ツールを経験することであり、倫理的推論に対する理解の上に、科学的理論とデータに基づいた動物福祉の客観的評価を促し、批判的思考を促進し、コミュニケーション能力を向上させる」ことです。参加対象は、3・4年学部生、獣医学部生、院生(1チーム3-5人)であり、動物看護師やAVMA会員の獣医師も少数に限り参加できます(ただし、コンテストの対象外)。参加者はいくつかのシナリオに沿って出題される動物とその福祉状況を分析して、その中から優れたシナリオを選び出し、発表するというものです。

 ニュースでは、“動物福祉のさまざまな事象をそのときどきの断片として客観的かつ定量的に評価することも可能ですが、福祉問題は連続したものであり、どのあたりで許容できるか、どのあたりが好ましいか、または許容できないかの判断は、多くの場合、倫理に基づく選択に帰着するものです。コンテストでは、問題解決へ学際的にアプローチするため、科学に基づく知識を倫理的価値観と統合することを学生に教えています”という風に審査の方法について説明しています。私たちが学生の動物福祉評価を審査するのであれば、北米でどのような基準やチェック方法に従って動物福祉が評価されているのかの具体例を知りたいところです。

 今回はこのくらいにさせていただいて、次は、動物福祉評価のツールについて整理していきたいと思います。

参考文献

1) Beaver B. V. and Bayne K, Chapter 4 – Animal Welfare Assessment Considerations, Laboratory Animal Welfare, 29-38 (2014)

2) Animal welfare judging team provides unique experiential learning for students. (cited 2022. Oct.28)

3) AVMA Animal Welfare Assessment Contest. (cited 2022. Dec. 05)

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コラム

実験動物の里親制度

このように研究機関においては実験動物の健康と福祉を管轄する選任獣医師の承認が必須になっています。さらに演者が所属しているブラウン大学の譲渡動物の基準が説明されていますので併せて紹介します。

・譲渡される動物は健康で、行動に問題がないことが確認されていなければならない。

・FDAが承認した人用もしくは動物用医薬品、サプリメント、もしくは動物用医薬品の薬品グレード化合物以外の物質を投与されていないこと。

・感染性物質に曝露されていないこと。

・遺伝子組換え、もしくは免疫抑制動物ではないこと。

・職員もしくはその家族のペットとしてのみ許可され、販売されないこと。

・人用もしくは動物用の食料とされないこと。

・里親は将来に渡って獣医学的ケアが必要な場合は責任を持つこと。

大学と製薬企業では譲渡条件も異なるとは思いますが(製薬企業は承認前の化合物を投与しているため、この条件では譲渡できない)、基本的には各国の法律や規則、大学や企業の動物実験委員会での規程など厳格なルールのもとに動物を選定する必要があることが分かります。

先にも述べたように里親制度が出来たことで実験動物を譲渡することで救われる命がある一方、命の選別をしなければならない実験従事者がいるのも事実です。彼らの精神的負担を軽減するためにも譲渡動物選定における明快なルールの策定と、実験動物の里親制度の更なるブラッシュアップが求められています。

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コラム

動物福祉の評価ツールのご紹介-2
〜福祉を評価するツールを紹介するサイト1:USDAのNational Agricultural Library〜

Welfare Assessment Training and Resources動物福祉の評価のトレーニングとリソース

1)”CCAC Guidelines: Animal Welfare Assessment

 カナダ動物愛護協議会(CCAC, Canadian Council on Animal Care)が2021年に作成したガイドラインへのリンクです。このガイドは、なぜ福祉を評価するのか、福祉指標を特定し、福祉評価の文書化について説明しています。このガイドラインの要点を、極端に短くまとめれば、以下の5点に集約できます。

 ・評価の監督は委員会が担うが、評価そのものは評価実施者に任せる

 ・動物は健康であるべき

 ・福祉評価は定期的に実施する

 ・評価に用いた情報は研究者などが利用できるよう記録する

 ・評価の結果を動物実験委員会は利用する

2)“Welfare Assessment

 “動物実験の3Rsの推進”を図る、英国NC3Rs(The National Centre for the Replacement, Refinement & Reduction of Animals in Research)が作成した“Welfare Assessment”ガイドにリンクしています。このガイドでは、以下の情報を提供しています。

 ・福祉指標の特定

 ・実際上の侵襲性の評価と報告

 ・効果的な記録の保持とレビュー

 ・スタッフのトレーニング

 ・関連リソース

3)“Guide to Welfare Assessment Protocols

 苦痛の軽減(Refinement)に関する英国合同ワーキンググループ(JWGR)が2011年、Laboratory Animals誌に発表した“A guide to defining and implementing protocols for the welfare assessment of laboratory animals: eleventh report of the BVAAWF/FRAME/RSPCA/UFAW Joint Working Group on Refinement へのリンクです。このガイドには、動物の苦痛の軽減に関する事項がかなり細かく記載されています。

 ・効果的な福祉評価スキームのための一般原則

 ・チームアプローチ

 ・良好な福祉の定義

 ・適切な福祉指標の選択

 ・動物福祉指標の記録システム

 ・評価のタイミング・期間・頻度

 ・実践的な福祉評価(観察・潜在的な福祉問題の指摘)

 ・福祉記録の確認

 ・倫理・動物愛護委員会との連携

 ・さらなる情報へのアクセス

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コラム