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熊本大学 大学院生命科学研究部 老化・健康長寿学講座 河村佳見の記事一覧

最長寿齧歯類ハダカデバネズミの発がん・老化耐性機構の解明に向けて

熊本大学 大学院生命科学研究部 老化・健康長寿学講座
河村佳見

はじめに

キモかわいい動物として一部の層に人気を博しているハダカデバネズミ、皆さんは実際に見たことがあるでしょうか。上野動物園や埼玉県こども動物自然公園、最近私たちの研究室から個体を譲渡した熊本市動植物園などで見ることができます。体長8−10 cm、体重35 g程度と小柄で、両手で餌をもってかじったり、仰向けで眠ったり、見ていて飽きない多彩な行動をとるからでしょうか。実際にハダカデバネズミを見た多くの人は、写真や動画で見るよりかわいらしいと感じるようです。

そんなハダカデバネズミは近年、医学研究においても注目されるようになってきました。なぜならハダカデバネズミは、上述のように実験用マウスと同程度の大きさの小型齧歯類であるにも関わらず、最大寿命が40年と、体重から推定される5倍以上の長寿を誇るからです。しかも、その生存期間の大部分の間、老化の兆候を示さず、さらにこれまで、発がんがほとんど確認されていません。このような特徴から、老化やがんを含む様々な加齢性疾患の「予防法」の開発につながる新たな実験動物として、大きく注目を集めています。本稿では、ハダカデバネズミの特徴や発がん耐性・老化耐性に関与する最近の知見について、私たちの研究の成果を交えながら紹介します。

ハダカデバネズミとは

ハダカデバネズミ(図1左、デバ、英名naked mole-rat、学名 Heterocephalus glaber)はその名の通り無毛(完全に無毛ではなく、感覚毛がまばらに生えています)で、歯の突出したネズミです。デバは19世紀頃に初めて発見され、その見た目から当初は他の動物の赤ちゃんか、もしくは病気の動物ではないかと考えられたそうです1。分類上は齧歯目のヤマアラシ亜目デバネズミ上科のハダカデバネズミ科に属し、本種のみでハダカデバネズミ属を構成します。英名でラットと名前がついていますが、実験に用いられる齧歯類の中では、比較的モルモットに近い種です。野生ではアフリカの角(エチオピア・ケニア・ソマリア)と呼ばれる地域の乾燥地帯の地下にトンネルを掘り、アリの巣のような巣を作って住んでいます。住処だけでなく、その社会構造もアリに似ています。デバは哺乳類では極めて珍しい分業制の社会(真社会性)を作り(図1右)、数十から100匹以上の集団(コロニー)で生活しています2。1つのコロニーの中では1匹の女王と1−3匹の繁殖オスのみが繁殖し、その他のメンバー(女王と繁殖オスの子どもたち)は雌雄ともに性成熟が抑制されていて、働きデバとして餌集めやトンネル掘り、女王が生んだ子供の世話など様々な仕事を行います。女王は働きデバの性成熟を抑制していますが、そのメカニズムの詳細はまだよくわかっていません。女王から働きデバを隔離すると性成熟が開始すること、隔離した働きデバを女王の糞尿がついた床敷に曝露しても性成熟は抑制されないことなどから3、女王との物理的な接触(小突き行動などの攻撃的な接触)が重要ではないかと考えられています4

このようなデバの特殊な生態は、研究者たちの関心を集め、1970年代頃から地下性哺乳類の生態学的研究の一環として、実験室で飼育されるようになりました。その後、実験室での飼育によって、さらに驚くべき事実が明らかになりました。野生から捕獲されたデバが、20年を経過してもなお生存していたのです。さらに個体老化の指標として重要な加齢に伴う死亡率の上昇が認められず、加齢による各種生理機能(活動量・繁殖能力・心臓拡張機能・血管機能など)の低下もほとんど見られませんでした。加えて2000例以上の観察において腫瘍形成がほとんど認められないという、顕著な発がん耐性を示すことが判明しました5。このような老化やがんをはじめとする加齢性疾患耐性の分子メカニズムを解明することは、ヒトにおける老化やがんの予防方法の開発につながる可能性があるため、デバを用いた分子生物学的研究が近年盛んに行われるようになってきました。

デバ個体における発がん耐性メカニズム

観察研究によりデバの発がん耐性が明らかになって以来、そのメカニズムを解明するために、主に培養細胞を用いた研究が行われてきました。これまでに、デバの線維芽細胞にがん遺伝子である恒常活性化型Ras(HRAS-V12)およびSimian Virus 40 Large T(SV40LT)抗原を導入してがん化への形質転換を試みたところ、これらの細胞は形質転換に対して抵抗性を示し6、その耐性機構には高分子量ヒアルロン酸の存在が必要であることが報告されています7。一方で、近年では他の研究グループから、HRAS-V12とSV40LTの導入のみでデバ線維芽細胞ががん化形質転換するという、先行研究と異なる報告もなされており、デバの細胞がこのような遺伝子導入によるがん化誘導にどの程度耐性を持つのかについては現在も議論が続いています8,9

一方、デバの発がん耐性を評価するためには、自然発がんの発生率の観察や細胞レベルでの解析に加えて、生体内で実験的に発がんを誘導し、組織の応答を評価することが重要です。そこで私たちは、デバ個体に対して、発がん剤である3-メチルコラントレン(3-MC)または7,12-dimethylbenz[a]anthracene (DMBA)/ 12-O-tetradecanoylphorbol-13-acetate (TPA)を用いた、2種類の化学発がんモデルによるがん誘導実験を行いました10。その結果、マウスでは両方の誘導法において30週以内にすべての個体で腫瘍が形成されたのに対し、デバでは2年以上にわたる長期観察の中で、いずれの個体にも腫瘍の発生は認められませんでした。つまり、デバは化学的な発がん誘導に対しても極めて高い耐性を示すことが明らかとなりました。

発がんの過程では一般的に、DNA損傷や配列変異により変異細胞の出現(イニシエーション)が起こり、続いて免疫細胞の浸潤を伴う炎症の亢進などの組織微小環境の変化(プロモーション)が生じて発がんが促進されます。デバでは、発がん剤によるDNA損傷や細胞死は起こるものの、マウスと比べて免疫細胞の浸潤が少なく、炎症応答が弱まっていると考えられました。この炎症応答の減弱のメカニズムを解析するために、発がん誘導時の遺伝子発現変化をマウスとデバで比較しました。その結果、マウスでは“ネクロプトーシス”と呼ばれる細胞死を引き起こす遺伝子発現変化が生じていた一方で、デバではそのような変化は見られませんでした。ネクロプトーシスはプログラムされた細胞死の一種で、細胞膜の破裂とDNAなどの細胞内物質の放出を伴うため、強い炎症応答を引き起こします。デバでネクロプトーシス経路の活性化が見られない原因を探索したところ、ネクロプトーシスの制御遺伝子であるRIPK3およびMLKLにフレームシフト変異が生じており、ネクロプトーシスを誘導する機能を失っていることが判明しました。

そこで、マウスにおいてRipk3を阻害または欠損させ、3-MCによる発がん誘導を行ったところ、3-MC投与後の免疫細胞の浸潤が抑えられ、さらに腫瘍の発生も遅くなることが明らかとなりました。これらの結果から、デバにおけるネクロプトーシス誘導能の喪失は、発がんプロモーションとして働く炎症を抑えることで、発がん耐性の一因として機能していると考えられます(図2)。とはいえ、この変異のみではデバの強い発がん耐性を完全には再現できません。発がんの過程は、変異細胞とそれを取り巻く微小環境との相互作用によって進行すると考えられているため、未解明の発がん抑制機構を明らかにするには、今後さらに個体および組織レベルでの詳細な解析が重要となります。

コラム

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