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鳥取大学・研究推進機構 大林徹也の記事一覧

実験動物としての両生類を、いま改めて考える― イベリアトゲイモリとの出会いと、飼育・利用基盤の整備 ―

鳥取大学・研究推進機構
大林徹也

両生類というと、現在の生命科学では、再生や発生を専門とする一部の研究者が用いる特殊な動物、という印象をもたれやすいかもしれない。しかし歴史をたどると、両生類はむしろ、脊椎動物を用いた実験生物学のかなり早い時期から研究に使われてきた動物群である。イモリは古くから再生研究の対象となり、カエル類は発生学の材料として重要な役割を果たしてきた。イモリの再生現象は17世紀にはすでに実験生物学の対象となっており、イモリは最も長い歴史をもつ実験動物の一つと位置づけられている[1,2]。

両生類が基礎生物学だけでなく医学にも関わってきたことを示す分かりやすい例が、アフリカツメガエルである。1930年代には、妊婦の尿を用いた妊娠診断にツメガエルが使われていたことが知られている。妊婦尿中のホルモンに反応して排卵する性質を利用したもので、当時としては実用的な医学的検査法であった[3]。いまから見れば少し意外に感じられるかもしれないが、両生類は「基礎研究だけの動物」ではなく、かなり早い段階から医学とも接点をもっていたのである。この点を最初に確認しておくと、両生類がその後なぜ主流から外れていったのか、そして今なぜ見直す価値があるのかが見えやすくなる。

それにもかかわらず、20世紀後半以降、生命科学研究の中心は急速にマウスへ移っていった。もちろん、マウスが研究対象として優れていたことは間違いないが、より大きかったのは、近交系、安定供給、標準化された飼育条件、遺伝学的基盤、さらに分子生物学やゲノム情報の整備が、マウスでは非常に速く進んだことであろう[4,5]。一方、両生類では、面白い生命現象があることと、実験動物として使いやすいことが必ずしも一致していなかった。カエルと同様にイモリ研究には長い歴史がある一方で、飼育下繁殖、系統維持、標準化の面で難しさが残り、野外採集個体への依存も長く続いた[1,2]。その結果、両生類の利用が減ったというよりも、近代的な実験動物学が求めた条件への対応が、マウスのほうで先に進んだと考えるほうが実態に近いように思う。

私がイベリアトゲイモリと出会ったのは、2012年頃だったと思う。現在、広島大学両生類研究センター教授である林利憲先生から、「動物実験施設でイベリアトゲイモリを飼育したい」と相談されたことがきっかけであった。当時の私にとって、両生類は再生や発生の基礎研究で用いられる生き物という印象が強く、いわゆる実験動物という言葉とは少し距離があった。しかし林先生は、かなり早い時期から、イベリアトゲイモリが単に再生能力の高い有尾両生類というだけでなく、飼育下で安定して繁殖でき、将来的には遺伝学的解析にも使えるモデルになり得ることを見通しておられたのだと思う[1,2]。

イベリアトゲイモリは「大量繁殖できるイモリ」として、再生研究を分子・遺伝学レベルへと刷新するための必然的なモデル生物である[2]。イモリ研究は長い歴史をもち、レンズ再生に代表される古典的な再生現象で広く知られてきたが、繁殖が難しく、研究を大きく発展させにくいという弱点があった。ならば、大量繁殖できるイモリを導入すればよい、という発想である。この考え方はきわめて分かりやすい。しかもイベリアトゲイモリでは、四肢だけでなく、より複雑な器官の再生も研究対象となっている。たとえば心臓では、凍結損傷後の心筋組織が回復し、瘢痕組織の再構築や心筋細胞の増殖を伴う再生過程[6]が解析されている。また、生殖器官の面でも機能を失ったり除去されたりした精巣に代わって、新しい精巣が形成されるという特異な現象[7]がみられる。再生能力という古典的な魅力を保ちながら、実験動物として重要な繁殖性も備えているところに、本種の大きな価値がある。さらに近年は、非哺乳類による発生毒性試験にイベリアトゲイモリを用いる取り組み[8]も進んでおり、再生研究にとどまらない広がりを見せている。 実際に飼育に関わるようになると、イベリアトゲイモリは想像以上に「施設になじむ」動物であることが分かった。一般に両生類というと、特殊な環境を整えなければ維持できないような印象をもたれがちであるが、イベリアトゲイモリは、少なくとも実験室内での維持という点ではそうではない。林らは、プラスチック容器、簡易ろ過装置、水道水を基本とした低コストで簡便な飼育法を整え、雄は約6か月、雌は約9か月で性成熟し、1回150〜600個、年間では約5,000個にも及ぶ産卵が可能で、しかも通年産卵という大きな利点を示している[2]。私自身の感覚でも、実験用マウスを適切に管理できる施設環境があれば、イベリアトゲイモリの導入はそれほど難しくない。水棲動物としての配慮は必要であるものの、「マウス施設とはまったく別世界の生き物」ではないのである。

【図1:マウスの飼育ラックを改造したイベリアトゲイモリ飼育室システム】

この点は、イベリアトゲイモリ標準飼育プロトコルでもかなり具体的に示している[9]。室温は22〜26℃程度を基本とし、28℃以上の高温が数日続くことは避ける。照明は14時間明期・10時間暗期を基本とする。飼育水については、市販の魚類用フィルターろ過器を用いて緩やかにエアレーションを行うことで、水中の汚れの蓄積を抑え、水質を安定させやすくなる。一方で、イベリアトゲイモリの飼育においてエアレーションは必須ではなく、週3回程度の換水を行い、水質悪化を防ぐことができれば、無エアレーションでも飼育は可能である。重要なのは、エアレーションの有無そのものではなく、給餌量、個体密度、換水頻度を管理し、水質を悪化させないことである。幼生から幼体期にかけては、共食い防止のため低密度飼育を行い、底面積20×10 cm程度の容器に4〜6匹を目安とする。水深よりも底面積を重視し、水質悪化を避けるため、給餌と換水のタイミングをそろえる。幼生はブラインシュリンプを用い、変態期以降は配合飼料へ切り替える。変態期はとくに体表が脆弱で、水質悪化や感染の影響を受けやすいため、給餌内容と水環境の維持が重要である[9]。こうした条件を一つずつ整理していくと、イベリアトゲイモリは、両生類の中では比較的標準化しやすい種ではないかと感じる。

【図2:イベリアトゲイモリの幼生・幼体・成体】

コラム

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