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コットンラットの記事一覧

コットンラット〜全身に病気を併存する不思議な実験動物〜

中村鉄平 獣医師、博士(獣医学)、北海道大学大学院獣医学研究院実験動物学教室 准教授

 皆さまの多くは実験動物と聞くとマウスやラットが頭に浮かぶのではないかと拝察いたします。実際には実験動物は多岐にわたり、私たちは目的に最も適う特性を持つ動物種を選択いたします。実験動物の特性に関する説明は成書に譲りますが、実験動物の新規特性は次々に明らかとなっています。近年では、ハダカデバネズミが老化やがんに抵抗性を持つこと(1)やハムスターがSARS-CoV-2に感受性が高いこと(2)はご記憶にある方もいらっしゃるのではないでしょうか。このコラムでは、ユニークな特性を持つコットンラットという実験動物について紹介させていただきます。

 コットンラット(英名cotton rat, 学名Sigmodon hispidus)は南北アメリカ大陸に分布するキヌゲネズミ科に属する齧歯類で、ラットの名がついていますがハムスターと近縁です。成体のコットンラットは頭胴長125-200mm、尾長75-166mm、体重70-310gとマウスとラットの中間の大きさです。雑食で、草の生い茂った草原や沼地を好んで生息します(3)。コットンラットの実験動物としての歴史は古く、1930年代にポリオウイルス感染によりヒトに類似する神経麻痺症状を発症することが見出されました。その他にも、コロナウイルスを含む様々なヒトの呼吸器感染症ウイルスへの感受性を持つことが知られ、SARS(4)やCOVID-19(5)研究にも使われています。我が国には1951年に輸入され、主に東大伝染病研究所で維持され、その後多くの研究機関に分与されたようです(6)。現在の日本国内においては、北海道立衛生研究所(HIS/Hiphなど)および宮崎大学(HIS/Mzなど)で近交系コットンラットが維持されています。私たちは北海道立衛生研究所および宮崎大学との共同研究により、近交系コットンラットが頭(水頭症)から尾(皮膚の脆弱性による自切)に至るまで全身に様々な病気を持つことを見出し、その表現型を解析してきました。以下にコットンラットで私たちが新規に見出した「併存症」、「希少疾患」モデル動物としての特性について記載いたします。

1)併存症モデル-慢性腎臓病を例に-

 私たちは、雌のHIS/Hiphが加齢性に腎臓の尿細管間質病変を主徴とする慢性腎臓病を呈すること、赤血球産生を促進するホルモンであるエリスロポエチン量が腎臓内で有意に低下し、腎性貧血に至ることを発見しました(7)。別途、雌のHIS/Hiphでは加齢性に骨盤結合が開離し、子宮頸部が肥厚することも見出しました(8)。興味深いことに、骨盤結合が開離した個体は高頻度に子宮蓄膿症を発症し、子宮蓄膿症は慢性腎臓病を増悪させました。骨盤結合開離と慢性腎臓病は卵巣摘出により抑制され、腎臓の病変部ではエストロゲン受容体が発現しました。まとめると、一見無関係と思われる骨盤結合の開離と慢性腎臓病を同時に発症すると、前者は後者の病態を間接的に増悪させ、両者の発症には性ホルモンが関与することが明らかとなりました。

以上のように、コットンラットは複数疾患を併存した際の相互作用やそれらを結びつける因子を解明できる「併存症モデル」となると考えます。

2)希少疾患モデル-下咽頭梨状窩瘻を例に-

 私たちは偶然、HIS/HiphおよびHIS/Mz系コットンラットにおいて、咽頭の梨状陥凹(ヒトだと魚の骨が引っかかりやすい部位)から甲状腺に向かって伸びる管状構造を発見しました(9)。管状構造の詳細は系統間で異なり、HIS/Hiphでは管状構造が甲状腺内部に終わり化膿性甲状腺炎を発症したのに対し、HIS/Mzでは管状構造は甲状腺の外側を走行し炎症反応はみられませんでした。これら管状構造は、ヒトの下咽頭梨状窩瘻(PSF)という稀な先天性疾患に酷似することがわかりました(10)。ここからは発生の話になります。哺乳類では胎児期の梨状陥凹から①胸腺と上皮小体、そして②甲状腺C細胞が発生し甲状腺周囲から胸腔へ移動します。これらは管状構造を形成しますが、移動後消失すべき管状構造が遺残した疾患がPSFであり、頸部膿瘍や化膿性甲状腺炎に至ります。コットンラットをさらに調べると、HIS/HiphはPSFにカルシトニン陽性のC細胞を含むので②に由来し、HIS/MzのPSFにはC細胞が存在しないので①に由来すると示唆されました。

 私が知る限りコットンラットは唯一のPSFモデル動物で、希少疾患であるヒトPSFの由来推定に極めて有用と考えられます。

 結語として、コットンラットはヒト病原体への感受性だけではなく、多臓器に多様な疾患を併存するユニークな特性を持つことが明らかとなりました。今後はコットンラットを利用し、個々の疾患の成因、疾患間の相互作用や根幹を成す因子の解明につながることを期待いたします。

[引用文献]

1. Oka K, Fujioka S, Kawamura Y, et al. Resistance to chemical carcinogenesis induction via a dampened inflammatory response in naked mole-rats. Commun Biol. 2022; 5: 287.

2. Sia SF, Yan LM, Chin AWH, et al. Pathogenesis and transmission of SARS-CoV-2 in golden hamsters. Nature. 2020; 583: 834-838.

3. Curlee JF, Cooper DM. Cotton Rat. In: The Laboratory Rabbit, Guinea Pig, Hamster, and Other Rodents. Cambridge: Academic Press; 2012. pp. 1105-1113.

4. Watts DM, Peters CJ, Newman P, et al. Evaluation of cotton rats as a model for severe acute respiratory syndrome. Vector Borne Zoonotic Dis. 2008; 8: 339-344.

5. Espeseth AS, Yuan M, Citron M, et al. Preclinical immunogenicity and efficacy of a candidate COVID-19 vaccine based on a vesicular stomatitis virus-SARS-CoV-2 chimera. EBioMedicine. 2022; 82: 104203.

6. 今道友則、高橋和明、信永利馬 実験動物の飼育管理と手技 東京ソフトサイエンス社; 1979. pp. 323.  

7. Ichii O, Nakamura T, Irie T, et al. Female cotton rats (Sigmodon hispidus) develop chronic anemia with renal inflammation and cystic changes. Histochem Cell Biol. 2016; 146: 351-362.

8. Ichii O, Nakamura T, Irie T, et al. Close pathological correlations between chronic kidney disease and reproductive organ-associated abnormalities in female cotton rats. Exp Biol Med (Maywood). 2018; 243: 418-427.

9. Nakamura T, Ichii O, Irie T, et al. Cotton rats (Sigmodon hispidus) possess pharyngeal pouch remnants originating from different primordia. Histol Histopathol. 2018; 33: 555-565.

10. Sheng Q, Lv Z, Xu W, Liu J. Differences in the diagnosis and management of pyriform sinus fistula between newborns and children. Sci Rep. 2019; 9: 18497.

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