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モデル動物の記事一覧

遺伝性疾患の研究における実験動物の役割と課題〜筋ジストロフィーモデル動物を例に〜

 病気の仕組みを知ることや治療法の開発において、実験動物を用いた研究は不可欠です。1989年に胚性幹(ES)細胞を用いて作製されたノックアウトマウスを皮切りに、現在までに多くのモデル動物が人々の健康・福祉への貢献を目的に作製されてきました。特に、2013年春に誕生したゲノム編集技術CRISPR/Cas9法は、遺伝子レベルで制御された多くの疾患モデル動物の創出を可能にしてきました。さらに現在では、モデル動物の作製に用いられてきた様々な遺伝子工学技術が、遺伝性疾患の次世代治療法として応用が期待されています。今回は、筋ジストロフィーという遺伝性筋疾患を例に、モデル動物の病態研究と治療法開発への貢献、また今後の課題についてご紹介したいと思います。

1. 遺伝子変異の解析とモデル動物の作製

 筋ジストロフィーは、40種類以上の遺伝子のいずれかに変異が生じて発症する遺伝性筋疾患の総称です(1)。原因遺伝子によって違いはありますが、進行性の筋力低下と骨格筋の組織変性を主徴とする致死的な疾患です。患者数が最も多いデュシェンヌ型筋ジストロフィー(DMD)は、筋細胞膜の構造維持に不可欠な蛋白質をコードするジストロフィン(DMD)遺伝子の変異が原因で発症するX連鎖劣性遺伝疾患です(2)。DMD遺伝子は78個のエクソンから構成される全長2.4 Mbの巨大な遺伝子です。このような巨大な遺伝子上に多様な変異が様々な箇所に生じるため、診断や治療法の開発が困難となっています。

 DMD遺伝子の変異の型は、コドンの読み枠がずれる「アウト・オブ・フレーム型」と読み枠が維持される「イン・フレーム型」に大別されます。前者のアウト・オブ・フレーム型変異ではジストロフィン蛋白質が産生されないため重症のDMDとなりますが、後者のイン・フレーム型変異では短いジストロフィンが産生されるため、多くは軽症のベッカー型筋ジストロフィー(BMD)と診断されます。これらの型はさらに欠失や重複、点変異など様々な変異によって生じるだけでなく、現在では変異パターンに応じて予後が異なることが明らかとなりつつあります(3)。変異の種類に応じた病態を理解するためには、患者と同様な変異を持つ遺伝子改変動物が必要です。しかし、欠失だけでも500種類以上が報告されている変異に対して、それぞれのモデル動物を作製することは現実的ではありません。そこで活躍するのが、遺伝子変異の種類や頻度、症状などの様々な情報がまとめられているデータベースです。DMDを含む遺伝性筋疾患の分野においてもいくつかの国家規模または国際的規模のデータベースを利用することできます(3)。このような情報を利用することで、発生頻度の高い変異や重症度を調べることができます。すなわち、無数にある変異の中から「どのような変異を持つモデル動物を作製すべきか」の指針となる情報が得られる場合があります(図1)。

図1 遺伝性疾患の国際的open database(LOVD: https://www.lovd.nl/)を用いて解析されたDMD遺伝子の欠失変異の頻度と重症度スペクトラム。赤は重症のDMD、青は軽症のBMDを示す。Ex, エクソン(数字は欠失したエクソンの番号); IN, イン・フレーム変異(短縮型ジストロフィンの産生が可能な変異)。記載のない項目は全てジストロフィンを産生できないアウト・オブ・フレーム変異を示す。Echigoya Y, et al. J Pers Med. 2018, licensed under CC BY 4.0.

2. DMDモデル動物と治療法開発への応用

  DMDの研究分野では、マウスのみならずラットやウサギ、イヌ、ブタなど様々な動物種でジストロフィン欠損モデル動物の開発が進められています(4-8) 初期のDMDモデル動物は突然変異個体として発見され、その内のいくつかは現在でも系統として維持されています(9)。1984年にモデル動物として最初に公表されたのがDmd遺伝子エクソン23に点突然変異を持つmdxマウスです(10)。mdxマウスは、ジストロフィン欠損によって生じる骨格筋病態(ジストロフィノパチー)の解明だけでなく、治療法開発においても多大な貢献をしてきました(11, 12)。しかし、本マウスのDmd変異は患者DMD遺伝子では稀なナンセンス変異であることや、病気の進行が緩徐であることが課題でした。これらの課題を克服すべく、1997年に本邦において、患者で高頻度に見られる変異を模したDmdエクソン52欠失変異マウス(mdx52マウス)がジーンターゲッティング法により開発されました(13)。本mdx52マウスの大きな特徴の一つとして、エクソン・スキッピング療法*の開発に活用できることが挙げられます(*mRNA前駆体に配列特異的に結合するアンチセンス人工核酸[ASO]を用いて、標的エクソンの除去と遺伝子の読み枠の修正、機能的なタンパク質の発現回復を誘導する技術)。すなわち、mdx52マウスは、欠失変異を持つ患者の約19%を治療対象とできるエクソン51、または約14%を対象とするエクソン53・スキッピング療法の開発コンセプトを実証できるモデルとして活躍してきました(図2)。

図2 エクソン52欠失ジストロフィンmRNA(ピンク)に対するアンチセンス人工核酸(ASO)を用いたエクソン51・スキッピング療法の概念図。 エクソン52を欠くとエクソン53が正しいコドン(3つ組塩基)を形成できない(上図)。ASOによりエクソン51が除去されるとエクソン50と53の末端の塩基が新たなコドンを作り、以降の塩基配列は正常なアミノ酸の読み枠となり、短いジストロフィンの発現が可能となる(下図)。

 mdx52マウスの登場により、ASOによるエクソン51・スキッピングは生体においても短縮型ジストロフィンの発現を誘導し、治療学的な有効性を示すことが2010年に国立精神・神経医療研究センター神経研究所の武田伸一先生、青木吉嗣先生らによって報告されました(14)。このような疾患モデル動物における治療コンセプトの実証や、患者細胞におけるヒトDMD遺伝子に対するスキッピング効果を根拠として臨床試験が進められ、2016年に世界初のエクソン51・スキッピングASOが核酸医薬品としてアメリカ食品医薬品局(FDA)によって迅速承認されました(15)。現在(2022年3月26日時点)までに4種類のDMDに対する核酸医薬品が承認されています。その内の一つは日本新薬株式会社と国立精神・神経医療研究センターの共同開発による核酸医薬品です。筋ジストロフィー治療研究はモデル動物の開発と共に、日本がリードする分野の一つであると考えられます。

3. 遺伝子ヒト化マウス

 モデル動物を用いた遺伝性疾患の研究において最も大きな障害は、当然のことですが「動物はヒトではない」ということです。動物はヒトと同じ遺伝子配列を持っていません。すなわち、ゲノム編集やエクソン・スキッピングなどのヒト遺伝子特有の「塩基配列」を標的とする治療法の開発には、種特有の遺伝子しか持たない疾患モデル動物は使用できないことになります。したがって、上述したモデル動物での治療実験は全て「コンセプト」の実証であり、他の医薬品のようにヒト患者に投与するための製剤を動物で試験することができない、という大きな課題があります。このような課題を克服する手段として、ヒト遺伝子を持つトランスジェニックマウス(遺伝子ヒト化マウス)が近年注目されています(16)。

 DMD研究分野では、ヒトの全長DMD遺伝子を持つマウス(hDMDマウス)が2004年にオランダのライデン大学のグループによって報告されてます(17)。このhDMDマウスは全身にヒトDMD mRNAを発現するため、ヒトDMD遺伝子を標的とするASOが生体内でエクソン・スキッピングを誘導可能かを評価できるモデルとして登場しました。しかし、このhDMDマウスには二つの問題点があります。一つ目は、ヒトDMD遺伝子を標的とするASOがマウスDmd遺伝子と交差反応し、適切な評価が妨げられる可能性です。この問題に対しては、hDMDマウスとDmd遺伝子全体が除去されたトランスジェニックマウス(Dmd-nullマウス)の交配により作製されたhDMD/Dmd-nullマウスが一つの解決案として報告されています(18)。二つ目の問題として、導入されたhDMD遺伝子は正常な遺伝子であるため、変異DMD遺伝子に対する有効性を評価できないことが挙げられます。本問題の解決案として、ゲノム編集技術を用いてヒトDMD遺伝子に患者と類似の欠失変異が導入されたhDMDdelマウスが報告されています(19)。このhDMDdelマウスはmdxマウスとの交配により、マウス由来のジストロフィンを発現しないhDMDdel/mdxマウスとして治療研究に利用されています。このようにいくつかのhDMDマウスの種類が報告されていますが、変異hDMD遺伝子が直接的な原因となり骨格筋病態を再現するモデルはまだ確立されていません。ヒト変異DMD遺伝子を標的とする治療薬の生体における有効性をより適切に評価するためには、例えばhDMDdel/Dmd-nullマウスのような、上記の問題を克服できるモデル動物の開発が今後必要になると考えられます。

4. おわりに

 今回は筋ジストロフィーにおけるモデル動物の開発の流れと核酸医薬品開発への貢献を中心に概説させていただきました。ゲノム編集やエクソン・スキッピングのように、今後も難治性疾患の克服に応用可能な革新的な遺伝子工学技術は様々開発されることと思います。新たな技術が治療コンセプトとして妥当であるか、安全な医薬品として実用化の可能性はあるかについては、適切なモデル動物と綿密な動物実験が今後ますます重要になることと思います。特に、遺伝性疾患におけるモデル動物と医薬品の開発では、動物とヒトで原因となる遺伝子は共通でもその配列や制御機構が異なるといった根本的な課題が提示されています。この観点からも実験動物学が遺伝性疾患の研究に貢献できることは、非常に多いと考えられます。

引用文献

1.  Mercuri E, Bönnemann CG, & Muntoni F (2019) Muscular dystrophies. Lancet 394(10213):2025-2038.

2. Duan D, Goemans N, Takeda S, Mercuri E, & Aartsma-Rus A (2021) Duchenne muscular dystrophy. Nature reviews. Disease primers 7(1):13.

3. Echigoya Y, Lim KRQ, Nakamura A, & Yokota T (2018) Multiple Exon Skipping in the Duchenne Muscular Dystrophy Hot Spots: Prospects and Challenges. J Pers Med 8(4):41.

4.  van Putten M, et al. (2020) Mouse models for muscular dystrophies: an overview. Disease models & mechanisms 13(2).

5. Teramoto N, et al. (2020) Pathological evaluation of rats carrying in-frame mutations in the dystrophin gene: a new model of Becker muscular dystrophy. Disease models & mechanisms 13(9).

6.  Sui T, et al. (2018) A novel rabbit model of Duchenne muscular dystrophy generated by CRISPR/Cas9. Disease models & mechanisms 11(6).

7. Amoasii L, et al. (2018) Gene editing restores dystrophin expression in a canine model of Duchenne muscular dystrophy. Science (New York, N.Y.) 362(6410):86-91.

8.  Echigoya Y, et al. (2021) A Dystrophin Exon-52 Deleted Miniature Pig Model of Duchenne Muscular Dystrophy and Evaluation of Exon Skipping. International journal of molecular sciences 22(23).

9. Yu X, Bao B, Echigoya Y, & Yokota T (2015) Dystrophin-deficient large animal models: translational research and exon skipping. American journal of translational research 7(8):1314-1331.

10. Bulfield G, Siller WG, Wight PA, & Moore KJ (1984) X chromosome-linked muscular dystrophy (mdx) in the mouse. Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America 81(4):1189-1192.

11. Lu QL, et al. (2003) Functional amounts of dystrophin produced by skipping the mutated exon in the mdx dystrophic mouse. Nature medicine9(8):1009-1014.

12. Echigoya Y, et al. (2013) Mutation types and aging differently affect revertant fiber expansion in dystrophic mdx and mdx52 mice. PloS one8(7):e69194.

13. Araki E, et al. (1997) Targeted disruption of exon 52 in the mouse dystrophin gene induced muscle degeneration similar to that observed in Duchenne muscular dystrophy. Biochemical and biophysical research communications 238(2):492-497.

14. Aoki Y, et al. (2010) In-frame dystrophin following exon 51-skipping improves muscle pathology and function in the exon 52-deficient mdx mouse. Molecular therapy : the journal of the American Society of Gene Therapy 18(11):1995-2005.

15. Takeda S, Clemens PR, & Hoffman EP (2021) Exon-Skipping in Duchenne Muscular Dystrophy. J Neuromuscul Dis.

16. Zhu F, Nair RR, Fisher EMC, & Cunningham TJ (2019) Humanising the mouse genome piece by piece. Nature communications 10(1):1845.

17. Bremmer-Bout M, et al. (2004) Targeted exon skipping in transgenic hDMD mice: A model for direct preclinical screening of human-specific antisense oligonucleotides. Molecular therapy : the journal of the American Society of Gene Therapy 10(2):232-240.

18. Echigoya Y, et al. (2017) Quantitative Antisense Screening and Optimization for Exon 51 Skipping in Duchenne Muscular Dystrophy. Molecular therapy : the journal of the American Society of Gene Therapy 25(11):2561-2572.

19. Aartsma-Rus A & van Putten M (2019) The use of genetically humanized animal models for personalized medicine approaches. Disease models & mechanisms 13(2).

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