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動物実験の記事一覧

文献紹介:リホームされた実験用ビーグルは、日常的な場面でどのような行動をとるのか?観察テストと新しい飼い主へのアンケート調査の結果

観察テストでは攻撃的な行動は見られませんでした。大多数の犬はリードをつけて行儀よく歩き、車やトラックが通りかかってもリラックスしていて、階段の上り下りも問題なくでき、犬たちはほとんどリラックスして望ましい行動をとっていました。これらの結果は、リホーミングされた実験犬の適応能力の高さを示すものであり、非常にポジティブな結果であったと著者らは考えています。

動物実験実施施設では実験動物福祉の考え方に基づき、それを実現するための管理をしています。少ない例ではありますが、寄稿:実験動物の印象革命<後編>でもご紹介いただき、こうした施設からリホーミングされた動物が、虐待を受けた動物のように人間に不信感をもっているということではなく、一般社会に上手く適応できるということであれば、動物実験実施者としての実験動物に対する気持ちは救われますし、嬉しくも感じるのではないでしょうか。

一方で、著者らは、ポジティブな結果については、研究施設の犬は刺激が少なかったことが理由でもあったのではないかとも考えています。全ての犬が良好な結果であったというものでもありませんでした。リホーミング実施の有無にかかわらず、動物実験実施者はより洗練した管理をしなければならないと、厳しく受け止める必要もあるのだと思います。

リホーミングを実施している施設は、実際のところ社会の期待よりも多くはないかもしれません。そうした施設がもっと多くなれば、実験動物の余生はより豊かになるでしょうし、安楽死を実施せざるを得ない場合の実施者の精神的負担も軽減されるでしょう。多くの実験動物が社会の目に触れることで、引き取られた実験動物を通じて一般社会が動物実験を知る機会も増えてゆくのではないでしょうか。そしてわが身を振り返るきっかけにもなるのではないでしょうか。

実験動物のリホーミングは、社会全体で適切な動物実験を考え遂行するために、鍵となる重要な手法かもしれません。

(本コラムの引用文献は、クリエイティブコモンズライセンスの下に提供されています。)

特集

文献紹介:実験動物獣医師の生物医学研究におけるマウスの福祉に対する調査

A Survey of Laboratory Animal Veterinarians Regarding Mouse Welfare in Biomedical Research.
Marx, James O ; Jacobsen, Kenneth O ; Petervary, Nicolette A ; Casebolt, Donald B
JAALAS, Volume 60, Number 2, March 2021, pp. 139-145(7)
doi.org/10.30802/AALAS-JAALAS-20-000063

【概要】
研究用動物の福祉の質は、その動物から生み出される科学的成果の質に否応なく結びついている。マウスは生物医学研究において最もよく用いられる哺乳動物種であるが、将来の進歩を促すためにどのような要素を考慮すべきかについては、ほとんど情報がない。この問題を解決するために、米国実験動物獣医師会(ASLAP)の動物福祉委員会は、実験動物獣医師を対象に、マウスの福祉に関する意見を聞き、生物医学研究における動物福祉に大きく影響する5つの要因(飼育、臨床ケア、実験使用、規制監督、訓練)の役割を検討するための調査を行った。調査の結果、95%の獣医師がマウスの福祉について「許容できる」から「素晴らしい」と評価しましたが、改善すべき点も残されていた。これらの分野には以下が含まれる。

1)実験を行う研究者のトレーニング
2)実験操作によって痛みや苦痛を感じる可能性のあるマウスのモニタリングの頻度
3)痛みや苦痛を感じる可能性のあるマウスのモニタリングに機関の獣医師スタッフを含めること
4)マウスに提供される環境エンリッチメントの継続的な改善
5)研究室内および機関内の他の研究グループでの再発を防止するために、IACUC(動物実験委員会)がコンプライアンス違反の事例に完全に対処する能力があること
6)病気や怪我をしたマウスの検査、病気の診断、治療の処方を獣医師以外の人に頼っていること

アメリカの動物実験規制は自主管理を柱とする体制であり、日本の動物実験に関する法制度の基本的な枠組みもこの自主管理制度を参考にしているとされています。しかし、これらの法的根拠となる動物福祉法(Animal Welfare Act; AWA)の対象動物には動物実験で多く用いられるマウスやラットなどが含まれておらず、どのように動物福祉が担保されているか外からは分かりづらい問題がありました。そこでASLAPはマウスの福祉が実際にはどうなっているか、会員にアンケートを実施したのがこの論文の趣旨です。

今回の調査では、95%の獣医師がマウスの福祉全般を「許容できる」から「優れている」と評価した一方で、半数の獣医師が、ケアの水準向上を正当化する科学的データがないことが、研究用マウスの福祉向上の主な制約になっていると考えているとのことです。特に、環境エンリッチメントの評価にばらつきがあるのは、環境エンリッチメントの基準を裏付ける実験データがないことが原因と考えられています。

また、実験手順によって痛みや苦痛を感じる可能性のある動物の観察頻度にも懸念があることが報告されました。動物福祉に満足していると回答した獣医師の多くは、観察頻度を1日あたり3回以上に設定しているのに対し、動物福祉が不十分であると回答した獣医師の多くは、観察頻度が1日1回以下であると回答しています(下表)。満足度は必ずしもケアの回数に比例するわけではありませんが、獣医師の満足度が高い施設では相対的に観察頻度が高くなっているようです。このように、動物に対して単にケアするだけではなく、どれだけ手厚くケアができるかということも動物福祉の重要な要素になっています。

観察頻度に対する回答(上記論文から引用)

日本国内では比較的小規模施設の多くが、マウスやラットのみを飼育している施設であり、実験動物獣医師などの専門家を配置することが出来ずにいます。これらの施設にどうやって動物福祉の考え方を浸透させることができるか、関係者は知恵を絞って考える必要がありそうです。

コラム

実験動物の微生物検査

このような考えから、試験に用いる動物は病原体の影響をできるだけ排除したSPF動物を用いることが一般的です。しかし、施設に入ってきた際には確かに病原体がいないかもしれませんが、人や動物の出入りが多い施設において、試験期間が長い動物実験などでは試験の最後まで病原体がいないとは限りません。これを担保するのが「微生物モニタリング」という手法です。

微生物モニタリングは定期的(通常3か月に1回)に飼育されている動物や施設の微生物調査を行うものですが、従来は「おとり動物」を用いた方法(下図)が主体でした。

おとり動物の「おとり」は漢字で書くと囮となり、英語だとSentinel(センチネル)とも言います。まさに言葉のとおりで、他の動物の感染をいち早く察知し、被害を拡大させないための動物です。かつて使われていた、炭鉱におけるカナリアのような存在とも言えますね(カナリアは有毒ガスに敏感なため、炭鉱で発生する可能性のある有毒ガスから身の危険を知らせてくれたそうです)。

また、おとり動物は検査の際に採血・解剖され、人の目ですみずみまで検査することで検査項目以外の病原体が思いがけず発見されるなど正確性が担保されているのですが、病原体の培養に時間がかかったり、最近導入が進んできた個別換気システム(IVC)を用いたラックやケージなどでは検出率が低い問題がありました。

そこで最近用いられ始めているのがPCRを用いた手法です。動物を解剖するのではなく、実際に試験に用いた動物を拭った綿棒や、糞からDNAを抽出して病原体を検出する方法なのですが、最近ではそれらに加え、部屋やケージのホコリから病原体を検出することが可能になってきました。おとり動物を使用しない、動物福祉にかなった方法で今後導入が進んでいくことと思われますが、PCRの特性上、検査項目以外のものは検出することが出来ないので、おとり動物を用いた方法とは一長一短の間柄になっています。

(本コラムの引用文献は、クリエイティブコモンズライセンスの下に提供されています。)

コラム

文献紹介(特別編):動物実験に関する一般の方々とのコミュニケーション

その中で2014年にイギリスで締結された「動物実験に関する情報開示のための協定(Concordat for Openness on Animal Research in UK)」は非常に画期的なものであり、署名している機関は現在120を超え、署名機関は以下の4項目の遵守が求められています。

この協定を結んでいる機関は積極的に情報を発信しており、大学などでは使用した動物種や動物数を公開し、大手の製薬企業では従業員全員(動物実験を実施するしない関わらず)に対してなぜ動物実験が必要なのかなど説明責任を果たしているとのことです。

こちらの取り組みに比べて、日本は以下のようにだけ記載されています。

日本では、動物実験関係者連絡協議会が中心となって、動物研究に関するよくある質問を掲載したウェブサイトを開設したり、動物をモデルとした研究の必要性を説明したパンフレットを発行しています。動物実験関係者連絡協議会を支援している団体には、日本生理学会、神経生理学会などがあります。日本実験動物学会でも一般向けのパンフレットを作成しています。また、日本の大手公共放送であるNHKの番組では、医学の進歩を紹介する番組があり、その中で実験動物が科学の発展に果たす役割を紹介することが多いです。

また、終盤のセクションで非常に興味深いフレーズがあります。

科学界は、研究動物に依存している研究の価値を平易な言葉で公に共有するのが遅れている。さらに、その研究がどのようにして達成されているのか、また実験動物を使って仕事をしている人たちの思いやりの文化を説明することにも抵抗感を持っている。このような抵抗感は、これまで述べてきたオープン性と透明性を 促進する取り組みに支えられて、変化しつつあります。しかし、米国や他の国では、現在の変化の速度は遅すぎます。

そうなんです、科学の進歩に対してそれらを一般の方々に説明できる人間が少なすぎると個人的には思うのです。もっと自分たちの行っていることに対して誇りをもって積極的に分かりやすく開示していけば良いのですが、それがイギリス以外の国々ではなかなか出来ていないのが現状です。現在はこのような現状を受けて科学コミュニケーターの育成が国内でも進みつつあります。このあたりの話はまたどこかで出来ればいいと思っています。

長々と書いてきましたが、最後に文末の部分を引用して終えたいと思います。

国民の信頼を得て、動物を必要とする生物医学科学への支持が明らかに低下しているのを逆転させるためには、 築き上げなければならないことがたくさんある。実験動物は、医学の進歩に不可欠な資源であることに変わりはない。研究機関は、透明性を求める動きを受け入れ、研究室を開放し、将来の有権者と誠実に関わっていかなければならない。そうでなければ、不必要に制限的な法律が後を絶たず、医学の進歩を妨げることになる。

(本コラムの引用文献、図は、クリエイティブコモンズライセンスの下に提供されています。)

コラム

実験動物のための水分補給・栄養補給用ジェル

通常の動物実験では、マウス・ラットなどの小動物は自由にエサや水を摂取することが出来るようになっています。

ScienceNewsから引用
https://www.sciencenews.org/article/sex-differences-bias-male-female-lab-animals

しかし疾患モデルだったり、手術後の回復期などでは立ち上がってエサや水を摂取することが難しい場合があります。そのような場合には動物福祉の観点から水分補給・栄養補給を目的としたジェルをケージの中に置くことがあり、その際に良く利用される市販品がClearH2O社(https://www.clearh2o.com/)のHydroGelなどです。

ClearH2O社HPから引用

個人的にも実験の際に使用していましたが、滅菌された状態で個別になっているので、蓋のシールを剥がしてやってケージの中に入れれば済むといったお手軽さが非常に良かった印象です。また、動物の状態によっても様々なタイプのジェルを使い分けることが出来ます。

水分補給のみだったらHydrogel、術後の回復には電解質バランスを整えるためのDietgelのRecovery、立ち上がるのが難しいような疾患モデルにはエサと水の要素を兼ね備えたDietgelの76Aといった感じで使い分けていました。HPを見るとサルなどの大動物にも薬の苦みなどをマスキングして使えるようですね。

以前は術後鎮痛のために鎮痛剤(カルプロフェン)が含まれていたジェルもあったのですが、FDA(アメリカ食品医薬品局)が厳しくなったとかで製造が中止になってしまいました。手術直後にオピオイドを打って、あとは鎮痛剤入りのジェルで2~3日様子見が出来ただけに無くなってしまったことが悔やまれます。とはいえ今販売されているジェルにも薬を混ぜ込んで投与できるとのことですので、事前準備に十分な時間がかけられる場合には試してみるのも良さそうです。

また、消費期限は常温で製造日から24カ月とのことですので、災害などで断水が起きた際の緊急用としてストックしておくのも良いと思います。実際、とある製薬会社では東日本大震災で研究所が被災し、断水になった際にこちらのジェルで動物を維持したと伺っています。このように動物福祉の観点からだけではなく、防災に備えるためのBCPの一環としても、いつでも使用できるように備えておくのが望ましいと考えています。

コラム

文献紹介:実験動物の福祉と人間の態度 異種特異的な遊びや「ラットのくすぐり」に関する横断的調査

Laboratory animal welfare and human attitudes: A cross-sectional survey on heterospecific play or “rat tickling”.
LaFollette MR, Cloutier S, Brady C, Gaskill BN, O’Haire ME
PLoS ONE 14(8): e0220580 (2019).
https://doi.org/10.1371/journal.pone.0220580

【概要】
導入
実験室のラットの福祉は様々なエンリッチメント技術の実装、または実装の欠如を通じて、実験動物の担当者によって影響を受けています。そのような有望な技術の一つが異種特異的な遊び、つまり「ラットのくすぐり」であり、これはラットの“けんかごっこ”を模倣したもので、福祉の向上に貢献することができますが、実施されることは少ないかもしれません。計画行動理論を用いて、行動態度(良いか悪いか)、主観的規範(提供することに対する社会的・職業的要望があるかどうか)、コントロール信念(提供することに対してコントロールされていると感じているかどうか)など、ラットのくすぐりに対する意図や信念を測定することで、実施の検討を行うことができます。そこで、本研究の目的は、米国とカナダの実験動物従事者の間で、現在のラットのくすぐりの実施率と予測因子を特定することでした。我々の仮説では、ラットのくすぐりの実施率は低く、その実践、エンリッチメント、実験動物全般に関する信念と関連しているとしました。
方法
実験動物関係者は、広範なオンラインプロモーションから募集した。合計794名(平均=40±11歳、白人80%、女性80%)が混合法オンライン調査の少なくとも50%を完了し、現在米国またはカナダで実験用ラットを使って仕事をしているという包含基準を満たした。調査には、人口統計学、豊かになるための実践と信念、ラットに対する態度、一般的な肯定的な行動(実験動物との会話など)、ラットのくすぐりに関する実践と信念に関する質問が含まれていました。質的データは、テーマ別分析を用いてコード化した。量的データは一般的な線形モデルを用いて分析した。
結果
実験室の職員はラットのくすぐりの実施レベルが低く、89%の参加者がラットのくすぐりを実施したことがない、またはめったに実施しないと報告しています。研究室関係者は、定性的分析を用いて、ラットのくすぐりに対する2つの重要な利点(ハンドリング:61%、福祉:55%)と3つの重要な障壁(時間:59%、人員:22%、研究:22%)を報告しています。現在のラットのくすぐり行為と計画的なくすぐり行為は、よりポジティブな信念(社会的/専門家の要望 p<0.0001、くすぐり行為を提供することのコントロール p<0.0001)とくすぐり行為への親しみやすさ(p<0.0001)と正の関連がありました。また、現在のラットのくすぐりは、動物に名前をつけるなど、実験動物に対するより積極的な一般行動と正の相関がありました(p<0.0001)。今後のラットのくすぐりは、くすぐりに対する肯定的な態度(p<0.0001)と、より豊かにしたいという願望(p<0.01)と正の関連があった。
結論
その結果、ラットのくすぐりは、現在のところ実施率が低いにもかかわらず、職員の信念、親しみやすさ、一般的な態度、そしてもっと充実したものにしたいという欲求と正の関係があることが示されました。つまり、実験動物の担当者は、ラットのくすぐりを提供することに慣れていて、提供することは良いことであり、自分の管理下にあると考えていて、社会的・職業的な要望を受けていると感じている場合には、ラットのくすぐりを提供する可能性が高く、また、より豊かにしたいと考えている場合や、実験動物に対してより積極的な行動をとっている場合には、実験動物の担当者はラットのくすぐりを提供する可能性が高いことがわかりました。トレーニングを行うことで、スタッフの手順への親しみやすさを高め、必要な時間を短縮し、スタッフの信念を変えることで、ラットのくすぐりを増やすことができる可能性があり、それによってラットの福祉を向上させることができます。

動物実験で実際の実験操作をする前には、動物を十分ハンドリングしておく必要があります。これは人に触られるのを慣れさせておくことで、その後の実験操作をスムースに行えるとのメリットがあります。しかし今回の調査の目的はそうではなく、ラットをくすぐるスタッフはどういった環境で働いているかを調査したものです。

この文献でいうラットのくすぐりですが、こんな感じで実施しているところだそうです。

上記文献から引用

結論だけ見てみると当たり前かもしれませんが、時間的余裕が無いとこれらの行動をとることは出来ないという事が明らかになりました。実験動物従事者は動物の状態がより良いものにすることで様々な研究に貢献しています。日々の飼育管理だけではなく、これらプラスアルファの活動こそが彼らの糧になるものであり、やりがいを自覚するものでもあります。管理側には適切な人数配置が求められますが、最低限賄えるといったギリギリの環境にするのではなく、こういった時間的余裕を生み出せる職場環境づくりが今後は必要なようです。

(本コラムの引用文献、図は、クリエイティブコモンズライセンスの下に提供されています。)

コラム

動物実験におけるPAM(Post Approval Monitoring)

動物実験は申請後に動物実験委員会等で承認され、実験を実施し、終了報告によって終了するといった一連の流れがあります。終了報告では申請時から逸脱した操作は無かったとか、申請時の使用予定匹数を超過するものではなかったなどの報告をしますが、それらが実際に報告通り行われていたかを知るすべが少ないのが現状です。そこで考えられたのがPAM(承認後モニタリング)という、実験が走っている最中に本当に申請通り行われているかを確かめるための仕組みです。

PAMは通常、動物実験委員会のメンバーや管理獣医師が行いますが、様々なタイプのものがあります。動物実験施設にふらっと入って、その場に居合わせた研究者に軽く質問をしながら何か困ったこと無い?と聞いてやりとりをするのもありますし、実験や手術などに立ち会って最初から最後まで手技についてチェックするのもあります。私は経験がありませんが、事前通告なしの抜き打ちによるPAMも存在するとのことです。

PAMを実施する際には苦痛度の高い試験や、中大動物の大規模手術、PAMを受けた経験のない人を優先して実施するところが多いようです。もちろん動物実験を実施する際には教育訓練を受講してもらいますが、何事もよくある話で、ある一定の割合で内容を理解していない人が必ず出てきます。そう言った意味でもPAMは現場でのセーフティネットの役割を果たしていると考えています。またPAMとセットで多いのが匿名の通報制度です。動物実験をする際に動物虐待があってはなりませんが、疑わしい場合があった際には匿名で通報できるようなシステムを採っています。これらの通報を受けて緊急のPAMを実施することもあります。研究の進捗はもちろん重要ですが、動物の命を扱っている以上、科学的根拠もなしに3Rsや5Freedomsを侵害してはならないからです。

PAMを実施する際には研究員からの反発も予想されますが、こと製薬企業においては品質保証、QA(Quality Assurance)の考えが根付いており、他者からチェックを受けることが日常茶飯事ですので案外スムースに実施できるといった印象です。個人で動くことの多いアカデミアなどではこう上手くはいかないかもしれません。

コラム

動物実験従事者におけるCompassion Fatigueの分類(ProQOLを用いた分類)

Compassion Fatigueに対処する上で、最も重要なのは自分が今どのような状態にあるかを認識することです。その認識を手助けする分類方法として、Professional Quality of Life (ProQOL)というものがあります。

ProQOLは、相手と自らの職務との関連で感じるQOLの事と定義されており、ネガティブ・ポジティブの両側面を含むものとして概念化されています。つまり、相手がいる仕事において、ポジティブな方向に振れればそれはCompassion Satisfaction(共感満足:CS)であるし、ネガティブな方向に振れればそれはCompassion Fatigue(共感疲労、思いやり疲労:CF)であるとしています。さらにCFを2つに分類することができ、一般的にその仕事を続けられないと思えばそれはバーンアウト(燃え尽き症候群)であるし、その仕事を続けたいと思えば二次的外傷性ストレスだとされています。このようなProQOLを模式図化したものが以下の図です。

ProQOLは現在第5版が発行されていますが、日本語訳されたものは第4版が最新のものになっています(https://img1.wsimg.com/blobby/go/dfc1e1a0-a1db-4456-9391-18746725179b/downloads/Japanese.pdf)。第4版では30項目の問いから構成されており、その問いに対して0~5の6段階(0=まったくない、1=めったにない、2=たまにある、3=ときどきある、4=よくある、5=とてもよくある)でどの頻度で当てはまるかを数値化していき、その合計点で判断するといったものです。では具体的に項目を見ていきましょう。なお、項目は私の方で実験動物従事者用(特に飼育管理の方向け)にアレンジがしてありますので、公式なものではないことを申し添えておきます。

続いて自己採点方法です。

CSの平均点は37点です。上位約25%の人が42点以上、また下位25%は33点以下の得点です。42点以上であれば現在の仕事によってかなりの職業的満足感が得られていると考えられますが、33点以下であれば現在の仕事に問題を抱えているか、もしくは仕事以外の活動から満足感を得ているなど、他に理由がある場合も有ります。

バーンアウトの平均点は22点です。上位25%の人が27点以上、また下位25%は18点以下の得点です。18点以下であれば自身の業務遂行能力に関して肯定的な気持ちを持っていることを反映していますが、27点以上であれば効果的に自分の役割を果たせないのは仕事のどういった部分であるかについて省みたくなるかもしれません。

二次的外傷性ストレスの平均値は13点です。上位25%の人が17点以上、また下位25%は8点以下の得点です。17点以上の場合、仕事のどういう部分が恐怖感を与えているのかについてじっくり考える時間を持つことも良いかもしれません。高得点が必ずしも問題があることを意味するわけではありませんが、今の仕事や職場環境についてどう感じているのかを考察してみる方が良いのではないかという事を示唆しています。

今回の平均値などの得点はあくまでProQOLの基準であり、動物実験従事者に対してチューニングされたものではありません。ちなみに私はどの項目も平均点付近でしたので、どれにも合致しないといったごく普通の感じでしょうか。こちらは日本人と外国人である場合も結果が異なるでしょうし、飼育管理業務が主体的なのか、実験作業が主体的なのかによっても異なるかもしれません。いずれにせよ、このProQOLの概念が広がり、多くの方が実施することで信頼性が高まっていくと考えられますので、是非みなさんも実践して頂ければと思います。

コラム

新型コロナウイルス感染症研究における3Rs(in WC11)

The 11th World Congress on Alternatives and Animal Use in the Life Sciences(第11回 国際代替法学会;WC11)は2020年8月にオランダのマーストリヒトで開催する予定だったのですが、コロナの影響で2021年8月に順延されました。

2020年のWC11の開催は無くなりましたが、代わりにタイトルのウェビナー(https://wc11maastricht.org/webinar/)が無料で開催されることになりました。非常に興味深い内容ですし、YouTubeにアーカイブされており日本語(自動翻訳)の字幕を出すことも可能ですので、興味のある方は是非ご覧ください。個人的には2日目のジョンズホプキンス大学CATT(動物実験代替法センター)の方の講演が新型コロナ研究をゴールドラッシュのように例えていて面白かったです。

しかし代替法はあくまで他の試験を代替するものであり、今回の新型コロナウイルスなど試験自体が確立していないもの(動物実験もゴールドスタンダードと言われるものが確立していないもの)に対しては難しいということが明らかになってしまいました。もちろんiPS細胞などin vitroの試験を用いて研究していくことは必要ですが、スピード感が求められている中では動物実験と同時並行で進めていかざるを得ないのが現状です。この中でも私たちのような管理者が出来ることは、非常にシビアな感染実験などに対し、人道的エンドポイントを積極的に適用するなどのRefinementの実践だと考えています。

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