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コラム の記事一覧

新型コロナウイルス感染症研究における3Rs(in WC11)

The 11th World Congress on Alternatives and Animal Use in the Life Sciences(第11回 国際代替法学会;WC11)は2020年8月にオランダのマーストリヒトで開催する予定だったのですが、コロナの影響で2021年8月に順延されました。

2020年のWC11の開催は無くなりましたが、代わりにタイトルのウェビナー(https://wc11maastricht.org/webinar/)が無料で開催されることになりました。非常に興味深い内容ですし、YouTubeにアーカイブされており日本語(自動翻訳)の字幕を出すことも可能ですので、興味のある方は是非ご覧ください。個人的には2日目のジョンズホプキンス大学CATT(動物実験代替法センター)の方の講演が新型コロナ研究をゴールドラッシュのように例えていて面白かったです。

しかし代替法はあくまで他の試験を代替するものであり、今回の新型コロナウイルスなど試験自体が確立していないもの(動物実験もゴールドスタンダードと言われるものが確立していないもの)に対しては難しいということが明らかになってしまいました。もちろんiPS細胞などin vitroの試験を用いて研究していくことは必要ですが、スピード感が求められている中では動物実験と同時並行で進めていかざるを得ないのが現状です。この中でも私たちのような管理者が出来ることは、非常にシビアな感染実験などに対し、人道的エンドポイントを積極的に適用するなどのRefinementの実践だと考えています。

コラム

【Webinar】マウスの環境エンリッチメントと老齢モデルコロニーの維持(EPトレーディング株式会社提供)

実験動物の特殊飼料やエンリッチメント、水分・栄養補給用ジェルなどを取り扱っているEPトレーディング株式会社(https://www.eptrading.co.jp/index.html)に、JALAMのために日本語字幕付きWebinar動画をご提供いただきました。

AALAS(米国実験動物学会)2020で行った、ジャクソンラボラトリー Dr.Schile による「環境エンリッチメントと繁殖」、「老齢モデルコロニー の維持」の解説ビデオ(51分)

https://www.eptrading.co.jp/service/ssp/video.html

コラム

動物福祉の評価ツールのご紹介-1
〜AVMA主催の“学生動物福祉状況の評価コンテスト”〜

 さて、イリノイ大のニュースによると、このコンテストの目的は、「農業、研究、伴侶など、人間のために使用される動物に影響を与える福祉問題の理解と認識を高めるための教育ツールを経験することであり、倫理的推論に対する理解の上に、科学的理論とデータに基づいた動物福祉の客観的評価を促し、批判的思考を促進し、コミュニケーション能力を向上させる」ことです。参加対象は、3・4年学部生、獣医学部生、院生(1チーム3-5人)であり、動物看護師やAVMA会員の獣医師も少数に限り参加できます(ただし、コンテストの対象外)。参加者はいくつかのシナリオに沿って出題される動物とその福祉状況を分析して、その中から優れたシナリオを選び出し、発表するというものです。

 ニュースでは、“動物福祉のさまざまな事象をそのときどきの断片として客観的かつ定量的に評価することも可能ですが、福祉問題は連続したものであり、どのあたりで許容できるか、どのあたりが好ましいか、または許容できないかの判断は、多くの場合、倫理に基づく選択に帰着するものです。コンテストでは、問題解決へ学際的にアプローチするため、科学に基づく知識を倫理的価値観と統合することを学生に教えています”という風に審査の方法について説明しています。私たちが学生の動物福祉評価を審査するのであれば、北米でどのような基準やチェック方法に従って動物福祉が評価されているのかの具体例を知りたいところです。

 今回はこのくらいにさせていただいて、次は、動物福祉評価のツールについて整理していきたいと思います。

参考文献

1) Beaver B. V. and Bayne K, Chapter 4 – Animal Welfare Assessment Considerations, Laboratory Animal Welfare, 29-38 (2014)

2) Animal welfare judging team provides unique experiential learning for students. (cited 2022. Oct.28)

3) AVMA Animal Welfare Assessment Contest. (cited 2022. Dec. 05)

コラム

生殖細胞が持つポテンシャル -乾燥状態でも失われない受精能力-

精子をフリーズドライする方法

では、ここからはフリーズドライ精子の作製から産子作出までの方法について具体的に解説していきます。まず、フリーズドライ精子の作製はどのように行うのか。その方法は意外と簡単です。生体から採取した精子は、トリス-EDTAバッファーと呼ばれる溶液に混ぜます。その後ガラスアンプルに充填し、凍結乾燥機で乾燥させるだけで完成します(図1)10。トリス-EDTAバッファーは、分子生物学研究で一般的に用いられている溶液で細胞から抽出したDNAを長期に保存することができる溶液です。精子がフリーズドライ保存できることが分かった当初は、細胞の培養に使用する溶液を用いてフリーズドライされていました。しかし、この方法では保存期間が長くなるにつれて、精子がダメージを受けてしまうことが分かりました。そこで、どうしたら精子がダメージを受けずに受精能力を持ち続けるか検討が始まります。精子が卵子と受精するには、まず精子が卵子表面に到達するための運動性が必要になります。しかし、運動性は受精後の胚の発生には関係なく、最終的に産子が誕生するためには、精子の中のDNAが正常でなければならないということに行き着きました。その結果、精子のDNAをフリーズドライした後も正常に維持する溶液を長年検討する中でトリス-EDTAバッファーの利用を思いつきました。そして、実際にこの溶液を用いて精子をフリーズドライしたところ、高い受精能力を維持できることが明らかとなりました10。さらに、精子DNAを分解する酵素は、温度上昇により活性を高めることが分かったため、フリーズドライ精子を4℃で保存したところ、分解酵素の活性を抑制することができ長期間保存することに成功しました。細胞を保存するためには、細胞を破壊するあらゆる要素から守るために多くの試薬や細胞保護物質を混ぜた溶液を作らないといけないと思っていましたが、たった2種類の試薬を含むトリス-EDTAバッファーで精子のDNAが保存できてしまったことは驚きでした。このように、精子DNAを保護してフリーズドライすることに成功しましたが、現在のフリーズドライ法では運動性を維持することができないため、水で戻した精子は、その形はきれいに維持しているものの運動性は復活できないというのが現状です。

動かないフリーズドライ精子から産子は得られるのか?

精子を卵子と受精させるには、人工受精や体外受精が用いられます。この方法は精子に運動性がないと成立しない技術であるため、水に戻した後動かないフリーズドライ精子にこの受精方法は使えません。では、どのようにフリーズドライ精子を卵子と受精させるのか。その方法は顕微授精です。顕微授精は、微細なガラス管に精子を吸引し、そのガラス管を卵子内に挿入することで受精させる技術であり、別名ICSI(Intracytoplasmic Sperm Injection;イクシー)と呼ばれる動物だけでなくヒトの不妊症治療の主力技術として利用されている技術です(図2)。ICSIは、受精の概念を大きく変えた技術であり、これまで動かない精子や運動性が極端に低い精子は受精できない精子として認識されていたのが、ICSIにより産子が誕生したことで動かない精子でも受精能力を維持していることが証明されました。さらに、ICSIを用いることで形成過程の未熟な精子からも産子を誕生させることができるようになり、体外での受精技術は革新的に進化しました。現在、多くの動物種でフリーズドライ精子から産子が得られているのも、ICSIの技術開発が大きく影響しています。

我々はこれまで、冷蔵庫で3~5年間保存したマウス・ラットのフリーズドライ精子から産子を誕生させることに成功しており、フリーズドライ精子保存法は遺伝資源を保存する技術として十分活用することができます11-12。また、マウス・ラット以外にも上述した多くの動物で成功例が報告されていることから、今後ますます利用が多くなることが予想されます。

図1:フリーズドライ精子アンプル
精子はアンプルの底に粉状になる
図2:ICSIによるフリーズドライ精子の卵子との受精

卵子や受精卵はフリーズドライ保存できるの?

ここまで、精子のフリーズドライ保存法の実際についてご紹介してきましたが、卵子や受精卵はフリーズドライ保存できるのか疑問に思う方もいらっしゃると思います。現時点では、卵子や受精卵のフリーズドライ保存に成功したという報告はありません。卵子や受精卵は他の細胞と比べて非常に大きな細胞であるため、フリーズドライ保存が難しく成功に至っていませんが、今後の科学の進歩が期待されます。さらに、フリーズドライ精子も現在運動性を維持できていませんが、将来運動性を持つフリーズドライ精子が作製できるようになれば、顕微授精が難しい施設や動物種でも人工授精や体外受精を使って産子を誕生させられるようになるかもしれません。

最後に

フリーズドライ精子保存法は現在、動物において実用化レベルにまで開発することができていますが、まだ改良しなければならない課題もあります。しかし、これまで多くの動物種で成功例が報告されており、筆者らも精子フリーズドライ保存法の活躍の場を広げるために、この方法を絶滅危惧種の保全に応用しています13。これまでに約70種の野生動物の精子を保存しており、この中にはヤンバルクイナ、オオワシ、オジロワシ、ツシマヤマネコ、アマミノクロウサギといった国内の絶滅危惧種も含まれています。我々が開発した技術が動物を絶滅から守ることにつながってほしいと思います。

今回のコラムで、生物、細胞が持つポテンシャルを知り、少しでも興味を持っていただければ幸いです。詳しい研究内容は当研究室のHPをご覧ください1

参考文献

1. 大阪公立大学大学院獣医学研究科実験動物学教室 https://www.omu.ac.jp/vet/las

2. Kaneko T, Sakuma T, Yamamoto T, Mashimo T. Simple knockout by electroporation of engineered endonucleases into intact rat embryos. Sci Rep. 4: 6382, 2014. doi: 10.1038/srep06382.

3.  Kaneko T, Mashimo T. Simple Genome Editing of Rodent Intact Embryos by Electroporation. PLoS One. 10: e0142755, 2015. doi: 10.1371/journal.pone.0142755.

4. Kaneko T.Genome Editing in Mouse and Rat by Electroporation. Methods Mol Biol. 2637: 125-134, 2023. doi: 10.1007/978-1-0716-3016-7_10.

5. Kaneko T, Endo M, Tsunoda S, Nakagawa Y, Abe H. Simple induction of pseudopregnancy by artificial stimulation using a sonic vibration in rats. Sci Rep. 10: 2729, 2020. doi: 10.1038/s41598-020-59611-1.

6. Endo M, Tsunoda S, Tawara H, Abe H, Kaneko T. Successful pseudopregnancy of rats by short period artificial stimulation using sonic vibration. Sci Rep. 12: 1187, 2022. doi: 10.1038/s41598-022-05293-w.

7. Wake Y, Endo M, Tsunoda S, Tawara H, Abe H, Nakagawa Y, Kaneko T.Successful induction of pseudopregnancy using sonic vibration in mice. Sci Rep. 13: 3604, 2023. doi: 10.1038/s41598-023-30774-x.

8. Kaneko T. Simple gamete preservation and artificial reproduction of mammals using micro-insemination techniques. Reprod Med Biol. 14, 99-105, 2015. doi: 10.1007/s12522-014-0202-4.

9. Kaneko T. Sperm freeze-drying and micro-insemination for biobanking and maintenance of genetic diversity in mammals. Reprod Fertil Dev. 28, 1079-1087, 2016. doi: 10.1071/RD15386.

10. Kaneko T. Simple sperm preservation by freeze-drying for conserving animal strains. Methods Mol Biol. 1239, 317-329, 2015. doi: 10.1007/978-1-4939-1862-1_19.

11. Kaneko T, Serikawa T. Long-term preservation of freeze-dried mouse spermatozoa. Cryobiology 64, 211-214, 2012. doi: 10.1016/j.cryobiol.2012.01.010.

12. Kaneko T, Serikawa T. Successful long-term preservation of rat sperm by freeze-drying. PLoS One 7, e35043, 2012. doi: 10.1371/journal.pone.0035043.

13. Kaneko T, Ito H, Sakamoto H, Onuma M, Inoue-Murayama M. Sperm preservation by freeze-drying for the conservation of wild animals. PLOS ONE. 9, e113381, 2014. doi: 10.1371/journal.pone.0113381.

コラム

動物実験従事者におけるCompassion Fatigueの分類(ProQOLを用いた分類)

Compassion Fatigueに対処する上で、最も重要なのは自分が今どのような状態にあるかを認識することです。その認識を手助けする分類方法として、Professional Quality of Life (ProQOL)というものがあります。

ProQOLは、相手と自らの職務との関連で感じるQOLの事と定義されており、ネガティブ・ポジティブの両側面を含むものとして概念化されています。つまり、相手がいる仕事において、ポジティブな方向に振れればそれはCompassion Satisfaction(共感満足:CS)であるし、ネガティブな方向に振れればそれはCompassion Fatigue(共感疲労、思いやり疲労:CF)であるとしています。さらにCFを2つに分類することができ、一般的にその仕事を続けられないと思えばそれはバーンアウト(燃え尽き症候群)であるし、その仕事を続けたいと思えば二次的外傷性ストレスだとされています。このようなProQOLを模式図化したものが以下の図です。

ProQOLは現在第5版が発行されていますが、日本語訳されたものは第4版が最新のものになっています(https://img1.wsimg.com/blobby/go/dfc1e1a0-a1db-4456-9391-18746725179b/downloads/Japanese.pdf)。第4版では30項目の問いから構成されており、その問いに対して0~5の6段階(0=まったくない、1=めったにない、2=たまにある、3=ときどきある、4=よくある、5=とてもよくある)でどの頻度で当てはまるかを数値化していき、その合計点で判断するといったものです。では具体的に項目を見ていきましょう。なお、項目は私の方で実験動物従事者用(特に飼育管理の方向け)にアレンジがしてありますので、公式なものではないことを申し添えておきます。

続いて自己採点方法です。

CSの平均点は37点です。上位約25%の人が42点以上、また下位25%は33点以下の得点です。42点以上であれば現在の仕事によってかなりの職業的満足感が得られていると考えられますが、33点以下であれば現在の仕事に問題を抱えているか、もしくは仕事以外の活動から満足感を得ているなど、他に理由がある場合も有ります。

バーンアウトの平均点は22点です。上位25%の人が27点以上、また下位25%は18点以下の得点です。18点以下であれば自身の業務遂行能力に関して肯定的な気持ちを持っていることを反映していますが、27点以上であれば効果的に自分の役割を果たせないのは仕事のどういった部分であるかについて省みたくなるかもしれません。

二次的外傷性ストレスの平均値は13点です。上位25%の人が17点以上、また下位25%は8点以下の得点です。17点以上の場合、仕事のどういう部分が恐怖感を与えているのかについてじっくり考える時間を持つことも良いかもしれません。高得点が必ずしも問題があることを意味するわけではありませんが、今の仕事や職場環境についてどう感じているのかを考察してみる方が良いのではないかという事を示唆しています。

今回の平均値などの得点はあくまでProQOLの基準であり、動物実験従事者に対してチューニングされたものではありません。ちなみに私はどの項目も平均点付近でしたので、どれにも合致しないといったごく普通の感じでしょうか。こちらは日本人と外国人である場合も結果が異なるでしょうし、飼育管理業務が主体的なのか、実験作業が主体的なのかによっても異なるかもしれません。いずれにせよ、このProQOLの概念が広がり、多くの方が実施することで信頼性が高まっていくと考えられますので、是非みなさんも実践して頂ければと思います。

コラム

文献紹介:犬、猫におけるミノキシジル外用薬の暴露状況とその毒性:211症例(2001-2019)

Topical Minoxidil Exposures and Toxicoses in Dogs and Cats: 211 Cases (2001-2019)

Kathy C. Tater, MPH, DVM, DACVD, Sharon Gwaltney-Brant, DVM, PhD, DABVT, DABT, Tina Wismer, MS, DVM, DABVT, DABT 

 Am Anim Hosp Assoc. 2021 Sep 1;57(5):225-231.  doi: 10.5326/JAAHA-MS-7154.

ミノキシジルは、CM等で宣伝されている育毛剤の主要成分です。この研究は、データベースに登録されている過去の症例報告に基づき、疾患の要因と発症の関連を調べた後ろ向き研究(retrospective study)であるため、エビデンスレベルは高くありません。本当の意味で犬・猫におけるミノキシジルの毒性を調べるためには、実験的に犬猫にミノキシジルを摂取させる(動物実験)、あるいは育毛剤を使用している飼い主と、使用していない飼い主に飼育されている犬猫の中毒症状の発症率を調べる、前向き研究(prospective study)が必要です。しかしながら、ミノキシジルの毒性については、種差(人間には安全な濃度でも、犬猫には危険)があり、犬猫は少量摂取するだけで臨床症状を呈する可能性があるので、育毛剤の保管や廃棄には十分注意が必要でしょう。また、ミノキシジルは重度の中毒を起こす危険性があるため、犬や猫の脱毛症の治療には使用しない方が良さそうです。

(要旨)

 この論文では、犬と猫におけるミノキシジルへの曝露と中毒の疫学を明らかにするために、米国の動物虐待防止協会の動物毒物管理センターにおけるデータベースに登録されているミノキシジル外用薬に暴露した犬と猫211症例を調べました。臨床的に中毒症状を呈した87例(猫62例、犬25例)については、病歴を詳細に検討しています。猫の場合、最も一般的な暴露状況としては、飼い主が自分の脱毛のためにミノキシジルを塗布している間の、意図しない摂取(例:ペットが飼い主の皮膚や枕カバーを舐めた、薬をこぼしたときにペットが飛び散った)が、最も一般的な暴露状況でした。犬では、探索行動(例:ゴミ箱の中を探す)による暴露状況が最も多く認められました。臨床症状を呈した症例では、ほとんどが中等度または重度の疾患を発症し犬56.0%、猫59.7%)、猫の場合、飼い主がミノキシジルを使用した後に臨床症状を呈した62例中8例(12.9%)が死亡しています。因果関係については、検討の余地はありますが、ペットの飼い主は、ミノキシジルの偶発的な暴露による犬や猫の中毒のリスクについて知っておく必要があります。

コラム

動物福祉の評価ツールのご紹介-2
〜福祉を評価するツールを紹介するサイト1:USDAのNational Agricultural Library〜

“Literature on Welfare Assessment and Indicators” 動物福祉の評価と指標に関する文献へのリンク集

 福祉評価と福祉指標に関する文献を検索できるよう、産業動物用にPubAg、そして実験動物用にPubMedへのリンクが検索式とともに配置されています。検索式や検索文字列作成の詳細についても触れていて、丁寧です。

“Grimace Scale”

 Grimace Scaleは「実験動物の飼養及び保管並びに苦痛の軽減に関する基準の解説」(平成29年10月)に記載があり、実験動物種ではいまや標準的な福祉指標になっていますが、典型的な実験動物種以外の動物について詳しく調べようとすると案外骨が折れるので、このページを知っていると便利です。Grimace Scaleは、顔の様々な部位や体の姿勢を評価することで、動物の痛みを評価するために用いられるスコアリングシステムです。このパートでは典型的な実験動物種や家畜以外の情報にもリンクが貼られています。

“その他の Web リソース”

 最後のパートでは、マカクや動物園動物の福祉アセスメントにも対応できるようリンクが貼られています。

今回はこのくらいにして、次回は、英国NC3Rsの“Welfare Assessment”を扱いたいと思います。

 なお、米国USDAの”Animal Welfare Assessments“を閲覧される際には、ぜひ一度は、National Agricultural LibraryのトップサイトのTopicsメニューを開いて”Animal Health and Welfare”のページにも寄ってみて下さい。いろいろな情報があることにお気づきになることと思います。

コラム

動物の難治性疾病に対する創薬研究 〜動物の免疫療法について〜

4. ウシの難治性感染症に対する創薬研究

 牛伝染性リンパ腫(旧名:牛白血病)の発生原因は、牛伝染性リンパ腫ウイルス(Bovine leukemia virus: BLV)が原因となる地方病性がほとんどを占め、増加の一途をたどっています。原因ウイルスであるBLVは、牛のB細胞に感染し、細胞のゲノムにプロウイルスとして組み込まれ持続感染します。多くの感染牛は無症状ですが、約1~5%の感染牛では潜伏期間を経て感染細胞が腫瘍化し、リンパ腫を発症して、死に至ります。日本ではBLV感染が広がっており、2009〜2011年の全国調査では乳牛の40.9%、肉牛の28.7%がBLVに感染していると報告されています。牛伝染性リンパ腫は、家畜伝染病予防法で監視伝染病(家畜の重要疾病)に指定され、発症牛の届出が義務づけられています。2024年には4,423頭の発症が報告されており、1998年(99頭)と比べて44倍以上に増加しています。この発生頭数は、過去17年間にわたって、牛の監視伝染病37種のなかで最多となっています。現在のところBLVに対するワクチンや治療法はなく、農場の衛生管理やウイルス検査、感染牛の隔離・淘汰によって感染拡大防止が試みられています。しかし、日本国内ではリンパ腫発生増加に歯止めがかかっておらず、現状の対策だけでは十分ではないことが浮き彫りになってきています。一方で、市場を見ると、牛肉の価格は世界的な需要の増加と飼育費用の上昇により高騰しています。リンパ腫発症牛は食肉として売却できないだけでなく、それまでに費やした膨大な費用や時間が無駄になってしまうため、畜産業に大きな経済的損失をもたらしています。このため、感染拡大防止策に加えて、リンパ腫発生を未然に防ぐことが求められています。

 北海道大学大学院獣医学研究院感染症学教室(旧伝染病学教室)は、1976年から牛伝染性リンパ腫の研究を行っております。年間数千頭のBLV感染症の迅速診断や感染防疫対策の指導・助言を行ってきました。その一方、臨床検体を用いた牛伝染性リンパ腫の病態発生機序および制御法に関する研究を行ってきました。BLV感染牛を病態別に比較解析した結果、血中ウイルス量が多いウシ(いわゆるハイリスク牛)は、発症リスクが高く水平感染源になりやすいことや垂直感染のリスクが高いことに加え、免疫能が低下し、他の感染症への感受性が高まっていることも明らかとなりました。さらに病態が進むに伴いPD-1やPD-L1などの免疫チェックポイント因子の発現が亢進し、その発現量はプロウイルス量などと有意な正の相関を示す一方、免疫抑制の指標であるIFN-γ発現量とは有意に負の相関を示し、PD-1/PD-L1経路などが牛伝染性リンパ腫における免疫抑制機序の一端であることが明らかとなりました。そこで、ウシ用の免疫チェックポイント阻害薬(PD-1およびPD-L1抗体)を作製し、牛伝染性リンパ腫ウイルス感染牛に対する臨床研究を行った結果、ともに抗体投与後に抗ウイルス免疫応答が活性化され、感染牛体内のウイルス量を減少させることに成功しました。

 ● 2017年4月27日:牛難治性疾病の制御に応用できる免疫チェックポイント阻害薬(抗 PD-L1 抗体)の開発にはじめて成功

(https://lab-inf.vetmed.hokudai.ac.jp/content/files/Research/2017.4.27_pr.pdf)

 ● 2017年6月7日:牛難治性疾病の制御に応用できる免疫チェックポイント阻害薬(抗 PD-1 抗体)を,抗 PD-L1 抗体薬に続き開発

(https://lab-inf.vetmed.hokudai.ac.jp/content/files/Research/2017.6.7_pr.pdf)

 ● Overcoming immune suppression to fight against bovine leukemia

(https://www.global.hokudai.ac.jp/blog/overcoming-immune-suppression-to-fight-against-bovine-leukemia/)

 ● 2019年8月7日:ウシの疾病に有効となる抗ウイルス効果の確認に成功~牛白血病などの新規制御法への応用に期待~

(https://www.hokudai.ac.jp/news/190807_pr2.pdf)

 ● The drug combination effective against bovine leukemia

(https://www.global.hokudai.ac.jp/blog/the-drug-combination-effective-against-bovine-leukemia/)

 ● 2019年12月25日:2019年農業技術10大ニュース選出「牛白血病の新たな制御方法、抗ウイルス効果の確認に成功-牛の難治性疾病に対する応用に期待-」

(https://www.hokudai.ac.jp/researchtimes/2019/12/-201910.html)

 ヨーネ病はヨーネ菌の経口感染によるウシなどの反芻動物の慢性肉芽腫性腸炎で、難治性の慢性下痢と重度の削痩により衰弱死を引き起こします。ヨーネ病は家畜伝染病予防法により法定伝染病に指定されており、ウシの法定伝染病15種のうち唯一、日本国内で毎年発生が認められます。日本国内における2024年のヨーネ病届出数(牛)は1,198頭(速報値)で、北海道をはじめとして国内での発生が近年増加傾向にあります。 国内の農場でひとたびヨーネ病が発生すると、蔓延を防止するために、感染家畜の淘汰はもちろんのこと、決められた期間(年)、同居牛の検査義務、家畜の移動制限、畜舎の消毒義務などが課せられています。そのため、ヨーネ病は全国の酪農家にとって大きな経済的損失の原因となっており、様々な防疫対策が講じられているものの発生防止には至っていません。ヨーネ病の病態や免疫応答に関しては、未だに不明な点が多く、有効なワクチンや制御法がない極めて重要な家畜感染症の一つです。我々は、ヨーネ病の病態や免疫応答を詳細に解明し、より有効な対策法の樹立へ繋げるために研究を行ってきました。その結果、ヨーネ病の病態進行にもPD-1/PD-L1経路等を介した T 細胞の機能抑制(免疫疲弊化[仁山1] )が深く関与することが明らかとなり、これらの因子は、感染細胞からのプロスタグランジンE2によって誘導されていることを突き止めました。

 さらに農研機構・動物衛生研究部門との共同研究で、免疫チェックポイント阻害薬(ウシ用PD-L1抗体)をヨーネ病罹患牛に投与する臨床研究を行った結果、抗体投与後に糞便に排出される菌量を減少させることに成功しました(Sajiki et al., J Vet Med Sci. 2021. 83(2):162-166.)。

 ● 2018年4月2日:ヨーネ病の病態発生メカニズムを解明 ~家畜法定伝染病ヨーネ病に対する制御法への応用に期待~

(https://www.hokudai.ac.jp/news/180402_pr.pdf)

 ● Unraveling the immunopathogenesis of Johne’s disease

(https://www.global.hokudai.ac.jp/blog/unraveling-the-immunopathogenesis-of-johnes-disease/)

 マダニによって媒介されるAnaplasma marginaleはウシの赤血球に感染するリケッチアで、急性期に重度の貧血を引き起こし、感染牛の30%を死に至らしめる悪性感染症です。世界中で最も罹患率が高いマダニ媒介性疾患とされ、今なお世界中で甚大な被害を与え続けている感染症です。現在、日本での発生は認められておりませんが、法定伝染病に指定され、日本への侵入に注意が払われています。このアナプラズマ症でも抗原特異的CD4+ T細胞が急激に疲弊化することが知られていましたが、詳細な機序については不明でした。そこで米国ワシントン州立大学と共同で感染実験を行いT細胞疲弊化の分子機序を解析しました。その結果、この免疫疲弊には、PD-1やLymphocyte activation gene-3(LAG-3)といった免疫チェックポイント因子が関与していることが明らかとなりました(Okagawa et al., Infect Immun. 2016. 84(10):2779-90.)。一方でワクチン候補抗原とこれらの阻害抗体の併用により、疲弊化したCD4+ T細胞応答が再活性化されることも明らかとなり、現在新規制御法樹立として可能性を検証しています。

 牛マイコプラズマ感染症は、肺炎や乳房炎、関節炎などを呈するウシの伝染性疾病で、特にMycoplasma bovisは病原性が高く、問題となっています。近年、本症の報告は世界的に増加傾向にあり、本症を発症すると、慢性に経過し極めて難治性に至ることから畜産業に甚大な経済的被害を与え続けています。牛マイコプラズマ症の病態形成にはマイコプラズマがもつ宿主免疫抑制作用の関与が示唆されますが、未だ解明には至っておりませんでした。そこで、酪農学園大学と共同でM. bovis感染牛の宿主免疫抑制の分子機序を解析した結果、M. bovis感染によって単球やマクロファージ上のPD-L1が誘導され、免疫を抑制していることが明らかとなりました。一方でPD-L1阻害抗体により、疲弊化した T細胞応答が再活性化されることも明らかとなりました(Goto et al., Immun. Inflamm. Dis. 2017. 5:355-363., Goto et al., Front Vet Sci. 2020. 7:12.)。さらに北海道立総合研究機構・畜産試験場との共同研究で、免疫チェックポイント阻害薬(ウシ用PD-L1抗体)をM. bovis感染牛に投与する臨床研究を行った結果、抗体投与後に肺中の菌量を減少させることに成功しました(Goto et al., Jpn. J. Vet. Res., 2020. 68(2):77-90.)。

<番外編>

 オウシマダニは、主にウシに寄生する一宿主性のマダニで、亜熱帯及び熱帯地域を中心として世界的に分布しています。吸血被害だけでなくバベシア症や上記のアナプラズマ症など様々なマダニ媒介性感染症を伝播し、畜産の生産に深刻な被害を与えています。現在、殺ダニ剤を用いた制御法が主流であるものの、殺ダニ剤に抵抗を持ったオウシマダニの出現等により新規制御法の確立が強く求められています。

 我々は、ブラジル連邦共和国のリオグランデドスール連邦大学及びリオデジャネイロ連邦大学と国際共同研究グループを形成し、免疫チェックポイント因子である PD-1 及び PD-L1に着目してオウシマダニ由来唾液が引き起こす免疫抑制との関連を解析しました。まず、試験管内(in vitro)においてウシの免疫細胞とオウシマダニ由来の唾液を培養したところ、PD-1 及び PD-L1 の発現が誘導されることを発見しました。さらに解析した結果、マダニの唾液が T 細胞の活性化及びサイトカインの産生を抑制すること、抗 PD-L1 抗体を用いて PD-1/PD-L1 経路を阻害するとマダニの唾液によるサイトカイン産生の抑制が観察されなくなることを明らかにしました。また、マダニ唾液を性状解析した結果、免疫チェックポイント因子の発現上昇に関与することが知られている生理活性物質プロスタグランジンE2が高濃度に含まれていることが明らかとなりました。オウシマダニの唾液の免疫学的解析により、マダニが PD-1/PD-L1 経路を介して宿主の免疫応答を抑制していることを証明した初めての研究であり、本研究で得られた知見は、マダニ媒介性病原体の伝播機序の解明やマダニに対する新規制御法への応用が期待されます。  

● 2021年1月14日:マダニ唾液が免疫チェックポイント因子の発現を誘導 ~マダニ媒介性病原体の伝播機序の解明に期待~

(https://www.hokudai.ac.jp/news/pdf/210114_pr3.pdf)

おわりに

 獣医免疫学を基盤とする研究は、ヒトやマウスの研究に比べかなりの後進研究で、研究者も少ないのが現状です。学会での発表数も他分野に比べ圧倒的に少ないです。動物疾病を対象とするワクチン・治療薬の開発研究も、決して活発であるとは言いがたく、多くの動物疾病は制御不能な状態です。動物を対象とする新規ワクチン・治療薬の開発は、ヒト以上に臨床応用時の生産コスト面を常に考慮せねばならなく、積極的な研究開発・応用が進んでおりません。その結果、未だ摘発・淘汰が多く、時には安楽死に頼ることもあります。しかし、淘汰一辺倒の制御法からの打開も必要であり、その為には免疫学を含めた様々な角度からのアプローチによる予防法や治療法の開発は必要です。世界中には種々な動物の疾病が存在し、今なお家畜生産性低下の一因や大切な伴侶動物との別れの原因となっています。それら疾病の原因は様々ですが、その原因に対する宿主の免疫応答もさらに様々です。E.ジェンナー氏の天然痘ワクチン開発の基礎に牛痘(正確には馬痘)が用いられたことは有名ですが、種々の動物疾病が今日のヒトのワクチン研究のモデルとなってきました。しかし、現状は既述の通りです。肝心の動物疾病もまた、今後さらなる病態発症機序の解明がなされ、新たな制御法確立への道が開かれることが望まれます。今回は限られたごく一部の動物疾病に対する創薬研究を紹介しました。北海道大学大学院獣医学研究院は、今後も生産者や飼い主様の願いに資する創薬研究を行って行きたいと思っております。また、動物の自然発生腫瘍や感染症はヒトの疾病と類似点が多く、ヒト疾病の治療モデルとして様々な臨床研究を行うことも可能であると考えられます。北海道大学大学院獣医学研究院では,今後も免疫療法の研究開発およびヒト用医薬品開発への橋渡し研究を目指した応用研究を展開していく予定です(図4)。

 本研究成果の一部は、文部科学省科学研究費補助金、農林水産業・食品産業科学技術研究推進事業、国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構生物系特定産業技術研究支援センター革新的技術開発・緊急展開事業(うち地域戦略プロジェクト)および農林水産省委託プロジェクト研究・薬剤耐性問題に対応した家畜疾病防除技術の開発によって実施されたものであり、扶桑薬品工業株式会社、ノースラボ、細胞工学研究所、北海道農業共済組合、動物衛生研究所、国立感染症研究所、北海道立総合研究機構農業研究本部畜産試験場、東北大学、酪農学園大学、宮崎大学、北里大学、麻布大学などとの共同研究成果です。多くの共同研究者およびご協力頂きました皆様に深謝いたします。

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安楽死にまつわる諸問題

安楽死にまつわる諸問題 part1

欧米と異なる日本独自の宗教観と言う観点から、日本人に特有の安楽死に抱いている感情や作法を振り返る

安楽死にまつわる諸問題 part2

動物実験従事者におけるCompassion Fatigueについて解説する

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動物実験におけるPAM(Post Approval Monitoring)

動物実験は申請後に動物実験委員会等で承認され、実験を実施し、終了報告によって終了するといった一連の流れがあります。終了報告では申請時から逸脱した操作は無かったとか、申請時の使用予定匹数を超過するものではなかったなどの報告をしますが、それらが実際に報告通り行われていたかを知るすべが少ないのが現状です。そこで考えられたのがPAM(承認後モニタリング)という、実験が走っている最中に本当に申請通り行われているかを確かめるための仕組みです。

PAMは通常、動物実験委員会のメンバーや管理獣医師が行いますが、様々なタイプのものがあります。動物実験施設にふらっと入って、その場に居合わせた研究者に軽く質問をしながら何か困ったこと無い?と聞いてやりとりをするのもありますし、実験や手術などに立ち会って最初から最後まで手技についてチェックするのもあります。私は経験がありませんが、事前通告なしの抜き打ちによるPAMも存在するとのことです。

PAMを実施する際には苦痛度の高い試験や、中大動物の大規模手術、PAMを受けた経験のない人を優先して実施するところが多いようです。もちろん動物実験を実施する際には教育訓練を受講してもらいますが、何事もよくある話で、ある一定の割合で内容を理解していない人が必ず出てきます。そう言った意味でもPAMは現場でのセーフティネットの役割を果たしていると考えています。またPAMとセットで多いのが匿名の通報制度です。動物実験をする際に動物虐待があってはなりませんが、疑わしい場合があった際には匿名で通報できるようなシステムを採っています。これらの通報を受けて緊急のPAMを実施することもあります。研究の進捗はもちろん重要ですが、動物の命を扱っている以上、科学的根拠もなしに3Rsや5Freedomsを侵害してはならないからです。

PAMを実施する際には研究員からの反発も予想されますが、こと製薬企業においては品質保証、QA(Quality Assurance)の考えが根付いており、他者からチェックを受けることが日常茶飯事ですので案外スムースに実施できるといった印象です。個人で動くことの多いアカデミアなどではこう上手くはいかないかもしれません。

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