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文献紹介:犬、猫におけるミノキシジル外用薬の暴露状況とその毒性:211症例(2001-2019)

コラム

Topical Minoxidil Exposures and Toxicoses in Dogs and Cats: 211 Cases (2001-2019)

Kathy C. Tater, MPH, DVM, DACVD, Sharon Gwaltney-Brant, DVM, PhD, DABVT, DABT, Tina Wismer, MS, DVM, DABVT, DABT 

 Am Anim Hosp Assoc. 2021 Sep 1;57(5):225-231.  doi: 10.5326/JAAHA-MS-7154.

ミノキシジルは、CM等で宣伝されている育毛剤の主要成分です。この研究は、データベースに登録されている過去の症例報告に基づき、疾患の要因と発症の関連を調べた後ろ向き研究(retrospective study)であるため、エビデンスレベルは高くありません。本当の意味で犬・猫におけるミノキシジルの毒性を調べるためには、実験的に犬猫にミノキシジルを摂取させる(動物実験)、あるいは育毛剤を使用している飼い主と、使用していない飼い主に飼育されている犬猫の中毒症状の発症率を調べる、前向き研究(prospective study)が必要です。しかしながら、ミノキシジルの毒性については、種差(人間には安全な濃度でも、犬猫には危険)があり、犬猫は少量摂取するだけで臨床症状を呈する可能性があるので、育毛剤の保管や廃棄には十分注意が必要でしょう。また、ミノキシジルは重度の中毒を起こす危険性があるため、犬や猫の脱毛症の治療には使用しない方が良さそうです。

(要旨)

 この論文では、犬と猫におけるミノキシジルへの曝露と中毒の疫学を明らかにするために、米国の動物虐待防止協会の動物毒物管理センターにおけるデータベースに登録されているミノキシジル外用薬に暴露した犬と猫211症例を調べました。臨床的に中毒症状を呈した87例(猫62例、犬25例)については、病歴を詳細に検討しています。猫の場合、最も一般的な暴露状況としては、飼い主が自分の脱毛のためにミノキシジルを塗布している間の、意図しない摂取(例:ペットが飼い主の皮膚や枕カバーを舐めた、薬をこぼしたときにペットが飛び散った)が、最も一般的な暴露状況でした。犬では、探索行動(例:ゴミ箱の中を探す)による暴露状況が最も多く認められました。臨床症状を呈した症例では、ほとんどが中等度または重度の疾患を発症し犬56.0%、猫59.7%)、猫の場合、飼い主がミノキシジルを使用した後に臨床症状を呈した62例中8例(12.9%)が死亡しています。因果関係については、検討の余地はありますが、ペットの飼い主は、ミノキシジルの偶発的な暴露による犬や猫の中毒のリスクについて知っておく必要があります。

JALAM学術集会委員会

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がんも遺伝する:モード・スライの功績

 現在では、化学物質、活性酸素、ウイルス感染、生活習慣や加齢など、さまざまな原因により複数の遺伝子に異常が生じ、がんが生ずることがわかってきている。本コラムでは、実験動物学の黎明期である1900年代初頭の化学発がん説やウイルス発がん説が優勢な頃、マウスを用い、がん遺伝説を提唱したモード・スライ(Maud Slye)を紹介します。

独楽鼠(こまねずみ)

 リンネが名付けたマウスの学名「Mus musculus(ラテン語)」のmusは古代サンスクリット語の「泥棒」を意味するmushaに由来している。ディズニーが自室に迷い込んだマウスを餌付けし、このマウスを参考にキャラクターを考案したというのは架空の話のようだが、招かれざる客が、歓迎すべき客となり、飼い慣らし繁殖したものが現在の愛玩用マウス(ファンシーマウス)になったとの説が有力である。他の愛玩動物と同様、古代より愛好家たちは、興味深い毛色や行動パターンを持つ珍しいタイプを選んで交配・維持してきたようだ。1920年代には、英米でマウス愛好家組織が結成されたほどポピュラーな存在になった。このムーブメントは1927年のミッキーマウスの誕生にも影響を与えたかもしれない。

 1890年代の米国では、ワルツを踊るようにくるくる回る、ジャパニーズワルチングマウス(Japanese waltzing mouse :JWM)がペットとして人気を博した。心理学者のロバート・ヤーキーズは、このマウスの由来や習性を調べ本にまとめている [1]。このワルツを踊るマウスは、紀元前の中国の漢の時代の文献に登場している。日本では独楽鼠または舞鼠と言われていた。JWMは、中国から日本を経て欧州に到着し、その後、米国に上陸したと思われる。ヤーキーズが所有したJWMは、白地に黒の斑点や縞模様が入っていたことから、JF1マウス(パンダマウス)と同様、エンドセリン受容体B型遺伝子(Ednrb)の変異をもっていたのかもしれない [2]。JWMは、旋回運動を示すほか難聴でもあり、これらの症状は、遺伝性の内耳の構造異常に起因する。平衡感覚がおかしいので、体勢を維持するために旋回するのである。JWMは、すでに絶滅したようなので真の原因は定かではない。

近交系黎明期

 以前のコラム(https://jalam.ne.jp/column/220202-2/)でクラレンス・リトルと共に登場したアビー・ラスロップは、1900年、マサチューセッツ州グランビーでペット用の小動物の繁殖会社を起業する。彼女が所有したJWMのペアなど様々な種類の小動物は、ペットとして飼われる他に、全米の多くの研究者から注文が相次いだ。1900年に、メンデルの法則の再発見に関連する論文が発表され、多くの研究者が、同法則の動物への適用に関心を持ったのも一因である。ラスロップが収集・生産したマウスは、すでに毛色などを指標に近親交配を繰り返しており血縁係数が高いものであったようだ。1908年には早くも、ラスロップは、生活環境はほぼ同じであるにもかかわらず、JWMを含むマウスの家系によって、腫瘍の発生部位や発生率が異なることに気づく。1918年までに(この年、彼女は他界)、病理学者のローブと共に、数世代に渡る遺伝実験を行い、マウスの癌の遺伝に複数の因子が関与している可能性を示した [3]。アーネスト・ティザー(ティザー病で有名)も、1907年、マウス家系によって自然発生する腫瘍の発生率が異なることを報告している [4]。

 前コラムの繰り返しになるが、リトルとティザーは、JWMに生じた肉腫の雑種への移植は成功するが、逆方向の移植は拒絶されるという発見をした [5]。この観察からリトルは、がんの研究を進めるためには、遺伝的に非常に近い近交系(純系)動物を作らねばならないと考え、1919年にDBAという純系のマウスを作出した。この発見は、1936年の主要組織適合性複合体およびH-2抗原の発見へと発展していくが、近交系動物が医学・生物学の進歩に及ぼした貢献は計り知れない。

 新しい概念の発見が、同時に複数の研究者によってなされることがある。最近では、免疫チェックポイント阻害薬の抗PD-1/ PD-L1抗体、抗CTLA-4抗体であろうか(本庶佑とジェームズ・アリソンが2018年ノーベル生理学医学賞)。ラスロップ、リトル、ティザー達と同時代に、ひっそりと純系マウスを育て研究している人がいた。

モード・スライ [6, 7, 8, 9]

 スライは、1869年、ミネソタ州ミネアポリスで生まれた。シカゴ大に入学後、裕福ではなかったこと、また、当時、女性向けの奨学金はほとんどなかったことから、学費と食費を稼ぐためのアルバイトと勉学の多忙な大学生活を送る。その結果、体調を崩し、シカゴ大学を中退する。1899年、編入したブラウン大学で学士号を取得した。その後、師範学校の心理学の教職につき、遺伝学や精神医学に触れることになる。1908年、教師の仕事を辞め、シカゴ大学の動物学教授のもとで助手を務めることになった。病気の遺伝に興味を持っていた彼女は、6匹のJWMを使って研究を始め、JWMが、がん好発系でもあったことから、旋回運動の遺伝様式ではなく、がんの遺伝様式を調べることにした。がんを発症するマウスと、がんにならないマウスを交配させ、その子孫がどうなるかを観察した。彼女は、シカゴ大学構内の家に、数多くのマウスと暮すことになる。1911年にシカゴ大学の正規職員になるまでは、自費でマウスや餌、床敷を購入し、1日18時間、一人で多くのマウスの世話と観察を行った。マウスのために食事をしないことも度々あった。晩年の講演で述べているが、ケージを滅菌するなど衛生状態に非常に気を使っていたため、常時、数千匹のマウスを収容する実験室では、30年間、感染症の発生は無かった。飼育の状態や食事などの環境因子を極力同一にし、表現型のばらつきが生じないようにした。すべてのマウスの背後には、彼女が書き続けた100世代以上の先祖からの遺伝記録、臨床記録、剖検記録、組織学的記録が存在する。そのため、すべてのマウスの背景情報がわかり、どんな病気にかかりやすいか、何歳まで生きるか、どのような原因で死ぬかも予想できたようだ。彼女は、30年以上の研究生活で15万匹のマウスを交配・飼育して、マウスの表現型を詳細に観察し、そのうち3万匹に様々ながんが発生したことを記録している。1914年までに、5000匹にも及ぶ質量共に膨大な遺伝実験と剖検によって遺伝性腫瘍の存在を確認し、さらにがん抵抗性は優性形質、がん感受性は劣性形質であるとの説や、がん発生には特定の部位に継続的な刺激が必要であると提唱した。この結果をアメリカ癌学会や論文で発表し、脚光を浴びることになる。彼女の説は、上述のリトルから、がんにおける遺伝が果たす役割を単純化しすぎており、実際に起こっていることは、単一遺伝子のメンデル遺伝で説明されることよりも複雑であるという批判を受けた。しかし彼女の説は、今では当たり前となった遺伝性がんの概念を初めて発見したという点で極めて重要だったと筆者は思う。その後、彼女は研究を進めるうちに、がんの発生は遺伝の関与だけでは説明できないことを認識するようになる。後年、彼女は、がんの発生には、「遺伝的な感受性」と「がんになりやすい組織への長期的な刺激」という2つの条件が必要であると考えた。現在、遺伝性がんは、がん全体の10%程度であり、環境要因がどのように遺伝子を変化させ最終的にがんを引き起こすか、という研究が盛んに行われている。スライの研究はその端緒となった。1922年には助教授に、1926年に准教授に昇進した。1936年、欧州で開催された国際がん対策会議に出席のために、彼女はマウスを助手に任せ、26年ぶりに休暇を取った。それ以前には、カリフォルニアで病気療養中の母親を訪ねる際には、トレーラーを借りてマウス達を連れて行った。彼女は、1914年に米国医学協会から、1922年に米国放射線学会から金メダルを授与された。1923年にノーベル賞の候補にもなったが、受賞には至らなかった。また、1915年にシカゴ大学からリケッツ賞を、1937年にブラウン大学から名誉博士号を授与された。1944年にシカゴ大学を定年退職した後、余生をデータ解析に費やし、1954年に心臓発作で亡くなった。

 彼女の楽しみは詩を書くことだった。1934年と1936年の2冊の詩集を出版し、約700編の詩を発表した。一部の詩は彼女の科学への献身的な取り組みを物語っている。

I pace the world because I am storm-driven, By this compelling of creation.

「私が世界を歩むのは、この創造の説得力によって駆り立てられているからである」

The robin does not wait to ask you like his song, He sings because he must.

「コマドリは自分の歌が好きかどうかを聞くために待つのではなく、必要だから歌うのだ」

 スライの時代には、解析手法がなかったこともあり、がんの遺伝様式の観察に留まり、がんの原因や発症メカニズムを見出すことはできなかった。がんの発生機序は、がん遺伝子SRC(1976年)やRASの発見(1982年)、がん抑制遺伝子RBの発見(1986年)をきっかけに解明されていくのは周知の通りである。また、多数の遺伝子が作用し、さらに環境要因が加わって起こる病気のことを多因子疾患というが、がんの多くは正に多因子疾患である。多因子疾患の原因遺伝子の同定が可能になるには、2000年代まで待たなければならなかった。

 本コラムでは、あまり語られることはありませんが、重要な発見し、かつ心に残る研究者を取り上げました。彼女の根気よく真実に迫る執念や持続性を是非見習いたいものです。また、古のマウス研究者達の努力と功績に感謝しつつ、この分野の発展に微力ながら貢献したいと思いながら、筆を置かせて頂きます。

参考文献

[1] Robert Yerkes, The Dancing Mouse: A Study in Animal Behavior. 1907.

[2] Ruihua DANG et al, Anatomic modifications in the enteric nervous system of JF1 mice with the 

classic piebald mutation. The Journal of Veterinary Medical Science 74(3): 391-394. 2012.

[3] Abbie Lathrop & Leo Loeb, Further investigations on the origin of tumors in mice : v. the tumor

 rate in hybrid strains. Journal of Experimental Medicine. 28(4): 475-500. 1918.

[4] Ernest Tyzzer. A study of heredity in relation to the development of tumors in mice.

The Journal of Medical Research. 17(2):199-211. 1907.

[5] Clarence Little & Ernest Tyzzer. Further experimental studies on the inheritance of susceptibility 

to a transplantable tumor, carcinoma (J.W.A.) of the Japanese waltzing mouse. 

The Journal of Medical Research. 33(3): 393-453. 1916.

[6] Maud Slye, The incidence and inheritability of spontaneous cancer in mice. 

The Journal of Medical Research 32: 159–172. 1915.

[7] https://mag.uchicago.edu/science-medicine/storm-driven

[8] https://www.lib.uchicago.edu/ead/rlg/ICU.SPCL.SLYEM.pdf 

Guide to the Maud Slye Papers 1910s-1930s, University of Chicago Library.

[9] Maud Slye, Proceedings. The genetics of cancer in mice. Forty-first annual meeting of the United States livestock sanitary association. 241-257. 1937

コラム

文献紹介:SDラットにおけるアルファキサロン及びアルファキサロン-デクスメデトミジン混合麻酔の腹腔内投与

Intraperitoneal Alfaxalone and Alfaxalone–Dexmedetomidine Anesthesia in Sprague–Dawley Rats (Rattus norvegicus)
Authors: West, Sylvia E; Lee, Jonathan C; Johns, Tinika N; Nunamaker, Elizabeth A
Source: Journal of the American Association for Laboratory Animal Science
Publisher: American Association for Laboratory Animal Science
DOI: https://doi.org/10.30802/AALAS-JAALAS-19-000161
Appeared or available online: 2020/08/05

【概要】
予測不可能性や効果の変化があるため、実験用げっ歯類における注射麻酔薬のレジメンは洗練されたものとなっている。本研究では,近年獣医学的に人気が高まっているアルファキサロンを単独およびデクスメデトミジンと併用して,SDラットに腹腔内投与した場合の麻酔能を評価することを試みた。アルファキサロンのみの3用量と、アルファキサロン-デクスメデトミジンの4用量の組み合わせを雄ラットと雌ラットで試験した。誘導までの時間、麻酔時間、脈拍数、呼吸数、体温、回復までの時間を盲検化された観察者によって記録した。様々な麻酔プロトコルによって誘導された麻酔のレベルは、有害な刺激に対するペダル離脱反射を用いて評価し、反応に応じてスコア化した。処置群に依存して、アティパメゾールまたは生理食塩水を、動物が麻酔の60分に達した時点で腹腔内投与した。投与量にかかわらず、アルファキサロン単独では鎮静レベルの麻酔しか達成できなかったのに対し、アルファキサロン-デクスメデトミジンの組み合わせはすべての動物において外科レベルの麻酔をもたらした。アルファキサロン単独およびデクスメデトミジンとの併用による麻酔レジメンは性差を示し、雌ラットは雄ラットよりも長時間の鎮静または麻酔を維持した。雌雄ともに、デクスメデトミジンの効果と一致する生理的パラメータの減少を示した。以上の結果から、雌ラットの手術麻酔には、鎮静には20mg/kgのアルファキサロンを、手術麻酔には30mg/kgのアルファキサロンと0.05mg/kgのデクスメデトミジンを併用することを推奨する。雄性ラットに対するアルファキサロンのみおよびアルファキサロン-デクスメデトミジンの適切な用量は、本研究では決定されておらず、さらなる評価が必要である。

注射用麻酔でどこまで外科手術をするかという事がありますが、現在、実験動物で多く使用されている三種混合麻酔(メデトミジン、ミダゾラム、ブトルファノール)は血糖値の上昇や体温の低下などの副作用があり若干使いづらい印象があるので、代替麻酔の開発には大いに賛成。でも今回の結果はかなり性差があることが示唆されているため、その点についてはフォローが必要かなという印象です。

ちなみに代替麻酔の話で、日本国内では2020年8月7日にムンディファーマが超短時間作用型の静脈麻酔薬アネレム(一般名:レミマゾラムベシル酸塩)を発売しました。レミマゾラムは日経メディカルの記事にこういった記載があります。

レミマゾラムは、既存のミダゾラムと同じベンゾジアゼピン系全身麻酔薬である。循環抑制作用が少なく、投与時の注射部位反応が少ないこと、拮抗薬フルマゼニルによって拮抗されることなど、既存のミダゾラムと同様の利点もある。ミダゾラムと類似した構造を有しているが、レミマゾラムはジアゼピン環にエステル結合の側鎖を持ち、主に肝臓の組織エステラーゼによって速かに代謝される超短時間作用型静注製剤となっている。また、代謝に肝薬物代謝酵素CYPが関与しておらず、代謝物に活性がないことも、ミダゾラムとの大きな相違点となっている。レミマゾラムはこうした特徴から、高齢者や循環動態が不安定な患者を含め、全身麻酔を施行する幅広い患者に対して有効かつ安全性の高い薬剤として期待されている。

2020/03/13 北村 正樹(東京慈恵会医科⼤学附属病院薬剤部)CYPを介さず代謝される超短時間作用型ベンゾジアゼピン系全身麻酔薬
https://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/all/series/drug/update/202003/564675.html

代謝にCYPが関与していないのは良いですね。ミダゾラムは3A4によって代謝されるため併用注意が結構ありましたし。加えて、日本人の全身麻酔施行手術患者を対象とした国内第2/3相実薬対照無作為化単盲検比較試験(対照薬:プロポフォール)において、プロポフォールに対する本薬の非劣性が検証されたとの記載もありますので、むしろプロポの代替麻酔として臨床の方が使用されるのも良いのかもしれませんね。

(本コラムの引用文献、図は、クリエイティブコモンズライセンスの下に提供されています。)

コラム

文献紹介:実験用ラットにおける穴掘り、昇り降り、背伸びの重要性

The importance of burrowing, climbing and standing upright for laboratory rats
I. Joanna Makowska and Daniel M. Weary
Royal Society Open Science, June 2016, Vol. 3, Issue 6
https://doi.org/10.1098/rsos.160136

【概要】
標準的な実験用ケージはラット(Rattus norvegicus)が野生で行う多くの行動を妨げていますが、これがラットの福祉にどのような影響を与えるかについてはほとんど知られていません。本研究の目的は、(i)半自然的な環境で飼育された生後3ヶ月、8ヶ月、13ヶ月の実験室用ラットを対象に、穴を掘ったり、登ったり、直立したりする傾向を記録し、(ii)半自然的な環境で飼育されたラットと標準的な環境で飼育されたラットの横方向へのストレッチの頻度を比較することにあります。また、ラットの穴掘りの傾向は加齢とともに一定しており(1日約30回、合計20~30分)、穴掘りがラットにとって重要であることが示唆された。昇り降りは3ヶ月時の76回から13ヶ月時の7回に減少したが、これは身体能力が低下しているためであろう。背伸びは1日あたり178回から73回に減少したが、高齢ラットでも頻繁に発現し続けた。標準飼育ラットは半自然環境での飼育ラットよりもはるかに頻繁にストレッチを行っていた(13ヶ月時点で1日53回対6回)が、おそらく直立姿勢でのストレッチができないことの代償として、また標準的な飼育に関連した運動能力の低下によって引き起こされる硬直を緩和するためであろう。これらの知見は、標準的な実験室のケージは、ラットの福祉を損なう可能性が高い重要な自然な行動を妨害することを示唆している。

要約だけ見ると、へーそうなんだで終わってしまう内容ですが、半自然的な環境を作り出すためのケージ(下図)が凄すぎです…

上記論文から引用

背伸びが出来るような非常に広いスペース、昇り降りのためのハシゴの設置、そして穴掘りのためにオートクレーブで滅菌した実際の土を使用する徹底ぶり。写真にもあるようにトンネル状のエンリッチメントを入れていても穴掘り行動は続いたとのことです。そのため、本能的に重要な行動であることが示唆されるのですが、いかんせん動物実験施設で土を準備するのはハードルが高いので、これを代用するにはWool wood(下図)などを使用するなどの工夫をすべきと述べられています。

Amazon.co.ukから引用

また、半自然的な環境では直立方向の背伸びが加齢に関わらず一定であったのに対し、標準的な環境では代償的にストレッチをする回数が多かったことから、直立方向の背伸びが動物福祉には重要であることが示唆されました。このことからラットの飼育には現在使用されているような標準的なケージでは高さが足りず、いわゆるダブルデッカーと呼ばれる2階建て構造(下図)が望ましいことを裏付ける結果にもなりそうです。

NC3Rs HPから引用
https://nc3rs.org.uk/crackit/double-decker-rodent-telemetry

ラットを飼育していると横方向へ体を伸ばすしぐさをよく見かけるのですが、あれは縦方向への背伸びが出来ないゆえの代償的な行動だったのですね。そう言われると5つの自由にもある、動物の正常な行動の発現にはヨーロッパでの導入が進んでいるダブルデッカーの導入を真剣に考えなければならないかもしれませんね。

また、今回の3つの行動では穴掘りも重要だということが示唆されましたが、上述のように土を準備するのはハードルも高いですし、ひとつのケージだとケージの下方向への展開が必要で、ケージサイズが非常に大きなものになってしまうため現実的ではありません。そうやって考えると複数のケージを連結できるようにして、なおかつ同一のケージをただ連結するのではなく、ここは寝る場所、ここはエサを食べる場所、ここは穴掘りが出来る場所みたいな感じでケージ内でも出来ることを分けた方が良いのかもしれません。でもそのような運用方法で飼育することになったら飼育管理は今よりずっと大変になりそうですね・・・

(本コラムの引用文献、図は、クリエイティブコモンズライセンスの下に提供されています。)

コラム

文献紹介:実験動物の福祉と人間の態度 異種特異的な遊びや「ラットのくすぐり」に関する横断的調査

Laboratory animal welfare and human attitudes: A cross-sectional survey on heterospecific play or “rat tickling”.
LaFollette MR, Cloutier S, Brady C, Gaskill BN, O’Haire ME
PLoS ONE 14(8): e0220580 (2019).
https://doi.org/10.1371/journal.pone.0220580

【概要】
導入
実験室のラットの福祉は様々なエンリッチメント技術の実装、または実装の欠如を通じて、実験動物の担当者によって影響を受けています。そのような有望な技術の一つが異種特異的な遊び、つまり「ラットのくすぐり」であり、これはラットの“けんかごっこ”を模倣したもので、福祉の向上に貢献することができますが、実施されることは少ないかもしれません。計画行動理論を用いて、行動態度(良いか悪いか)、主観的規範(提供することに対する社会的・職業的要望があるかどうか)、コントロール信念(提供することに対してコントロールされていると感じているかどうか)など、ラットのくすぐりに対する意図や信念を測定することで、実施の検討を行うことができます。そこで、本研究の目的は、米国とカナダの実験動物従事者の間で、現在のラットのくすぐりの実施率と予測因子を特定することでした。我々の仮説では、ラットのくすぐりの実施率は低く、その実践、エンリッチメント、実験動物全般に関する信念と関連しているとしました。
方法
実験動物関係者は、広範なオンラインプロモーションから募集した。合計794名(平均=40±11歳、白人80%、女性80%)が混合法オンライン調査の少なくとも50%を完了し、現在米国またはカナダで実験用ラットを使って仕事をしているという包含基準を満たした。調査には、人口統計学、豊かになるための実践と信念、ラットに対する態度、一般的な肯定的な行動(実験動物との会話など)、ラットのくすぐりに関する実践と信念に関する質問が含まれていました。質的データは、テーマ別分析を用いてコード化した。量的データは一般的な線形モデルを用いて分析した。
結果
実験室の職員はラットのくすぐりの実施レベルが低く、89%の参加者がラットのくすぐりを実施したことがない、またはめったに実施しないと報告しています。研究室関係者は、定性的分析を用いて、ラットのくすぐりに対する2つの重要な利点(ハンドリング:61%、福祉:55%)と3つの重要な障壁(時間:59%、人員:22%、研究:22%)を報告しています。現在のラットのくすぐり行為と計画的なくすぐり行為は、よりポジティブな信念(社会的/専門家の要望 p<0.0001、くすぐり行為を提供することのコントロール p<0.0001)とくすぐり行為への親しみやすさ(p<0.0001)と正の関連がありました。また、現在のラットのくすぐりは、動物に名前をつけるなど、実験動物に対するより積極的な一般行動と正の相関がありました(p<0.0001)。今後のラットのくすぐりは、くすぐりに対する肯定的な態度(p<0.0001)と、より豊かにしたいという願望(p<0.01)と正の関連があった。
結論
その結果、ラットのくすぐりは、現在のところ実施率が低いにもかかわらず、職員の信念、親しみやすさ、一般的な態度、そしてもっと充実したものにしたいという欲求と正の関係があることが示されました。つまり、実験動物の担当者は、ラットのくすぐりを提供することに慣れていて、提供することは良いことであり、自分の管理下にあると考えていて、社会的・職業的な要望を受けていると感じている場合には、ラットのくすぐりを提供する可能性が高く、また、より豊かにしたいと考えている場合や、実験動物に対してより積極的な行動をとっている場合には、実験動物の担当者はラットのくすぐりを提供する可能性が高いことがわかりました。トレーニングを行うことで、スタッフの手順への親しみやすさを高め、必要な時間を短縮し、スタッフの信念を変えることで、ラットのくすぐりを増やすことができる可能性があり、それによってラットの福祉を向上させることができます。

動物実験で実際の実験操作をする前には、動物を十分ハンドリングしておく必要があります。これは人に触られるのを慣れさせておくことで、その後の実験操作をスムースに行えるとのメリットがあります。しかし今回の調査の目的はそうではなく、ラットをくすぐるスタッフはどういった環境で働いているかを調査したものです。

この文献でいうラットのくすぐりですが、こんな感じで実施しているところだそうです。

上記文献から引用

結論だけ見てみると当たり前かもしれませんが、時間的余裕が無いとこれらの行動をとることは出来ないという事が明らかになりました。実験動物従事者は動物の状態がより良いものにすることで様々な研究に貢献しています。日々の飼育管理だけではなく、これらプラスアルファの活動こそが彼らの糧になるものであり、やりがいを自覚するものでもあります。管理側には適切な人数配置が求められますが、最低限賄えるといったギリギリの環境にするのではなく、こういった時間的余裕を生み出せる職場環境づくりが今後は必要なようです。

(本コラムの引用文献、図は、クリエイティブコモンズライセンスの下に提供されています。)

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