実験動物としての両生類を、いま改めて考える― イベリアトゲイモリとの出会いと、飼育・利用基盤の整備 ―
コラム 実験動物

一方で、イベリアトゲイモリがマウスほど広く利用されるまでに時間を要した背景もある。その大きな要因の一つが、巨大なゲノムサイズである。Pleurodeles waltl のゲノムは約20 Gbに達し、ヒトの約7倍、マウスの約7.4倍にも相当する。この巨大ゲノムは、主として反復配列、とくにトランスポゾンの蓄積によるものであり、比較ゲノム解析や遺伝学的基盤の整備を容易でないものにしてきた。ただし近年、その状況は大きく変わりつつある。2017年にはトランスクリプトーム[10]が、2025年には20.3 Gbの染色体スケールゲノムが公表[11]されるなど、本種を分子・遺伝学的に扱うための基盤は急速に整いつつある。また、イベリアトゲイモリは現在NBRPツメガエル・イモリから入手可能であり、少なくとも国内では共通資源として利用できる体制が整いつつある。私たちが扱っている系統でも、兄妹交配は14世代以上まで進んでいる。こうした流れを見ると、イベリアトゲイモリは、従来の「研究材料としてのイモリ」から、少しずつ「実験動物としてのイモリ」へ近づいてきていると感じる。

【表1:イベリアトゲイモリ、アカハライモリ、マウスの特徴比較表】
私がいま特に重要だと感じているのは、イベリアトゲイモリを本当の意味で実験動物として活用していくための基盤整備である。第一に挙げられるのは、遺伝的コントロールと安定した供給体制である。遺伝的背景のそろった個体群を継続的に利用できることは、研究の再現性を支える基本条件である。これはマウスでは当然の前提となっているが、有尾両生類では長く実現が難しかった。
その背景には、有尾両生類に特有の繁殖上の制約がある。表に示すように、例えばアカハライモリでは性成熟までに時間を要し、繁殖も季節に依存するため、計画的に世代を進めることが難しい。また、一度に得られる卵数も限られるため、多数の同腹個体を安定して確保することも容易ではない。こうした点が、近交系の樹立や、遺伝的背景をそろえた実験群の作出を妨げてきた。
これに対して、イベリアトゲイモリは実験室内での繁殖性が高く、体外受精によって多数の胚を計画的に得ることができる。そのため、同じ親に由来する胚や幼生を用いた実験設計が可能となり、発生段階や飼育条件をそろえた解析を行いやすい。この点は、本種を実験動物として発展させるうえで大きな利点である[1,2,10,11]。
ただし、実験動物化というと、遺伝子や系統の話だけに目が向きがちだが、実際にはそれだけでは足りない。日常の飼育管理そのものを整えることが必要である。飼育密度、共食い防止、水質管理、変態期の管理、採卵メスへの負担軽減、餌の標準化、逃亡防止といったことは、一見地味ではあるが、どれも再現性と福祉の両方に関わる。イベリアトゲイモリ標準飼育プロトコルでも、共食い防止のための低密度飼育、給餌後の速やかな換水、変態期の清潔な水環境、生き餌や生肉を標準系では避けることなどを、実験動物学的配慮として重視している[9]。両生類の“Refinement”を考えるというのは、麻酔や安楽死だけでなく、こうした日常管理を含めて見直すことだと思う。
そのなかでも、麻酔法と安楽死法の整備は避けて通れない。両生類では、同じ種であっても発生・成長段階によって反応が大きく異なり、哺乳類のように一律には考えにくい[12]。緩衝化されたトリカインメタンスルホネート(MS-222)への浸漬は、両生類の麻酔に広く用いられる方法である。MS-222は水溶液中で酸性を示すことが知られており、AVMA 安楽死ガイドライン2020[13]や海外の複数のIACUC手順書[14,15]において、生きた水棲動物にMS-222を使用する場合には、pH 7.0〜7.5に緩衝することが求められている。私も、MS-222を通常の飼育水(水道水)に溶かしただけでは強酸性(pH3付近)を示すことを確認しているため、炭酸水素ナトリウムで中和して利用している。成体のイベリアトゲイモリでは、中和したMS-222 0.1%に約10分浸漬することで深い麻酔状態に到達する。一方、この条件は変態前の幼生には濃すぎ、不適切である。つまり、同じ種であっても成長段階に応じた条件設定が必要になる。こうした点は、両生類を実験動物として扱ううえで、今後さらに整理していくべき部分である。なお、MS-222は、米国、カナダ、英国等において、魚類を中心とする水棲動物用の麻酔・鎮静薬として承認・流通しているが、日本では未承認なので純度の高い試薬を適切に調製して用いる。
さらに難しいのは死亡確認である。両生類では、呼吸が止まっていても、それだけで死を確認したことにはならない。見かけ上の不動化と、不可逆的な死亡とは分けて考える必要がある。AVMA 安楽死ガイドライン2020では、両生類について二段階あるいは三段階法が重視され、麻酔薬浸漬の後に物理的処置を加えることが例示されている。また、例外として認められる場合があるが、単独での凍結は受け入れられない方法とされている[13]。私自身は、MS-222浸漬による意識消失を確認した後、12時間以上の凍結を加えることで確実に安楽死に至ることを確認している。今後はAVMA安楽死ガイドラインを参考にイベリアトゲイモリにより適した方法について整理していきたいと考えている。このように、細かな検討はまだ必要であるが、少なくとも両生類では、麻酔も安楽死も「一般論」だけでは済ませられない。
今後さらに重要になるのは、病原微生物管理と個体識別である。遺伝的背景がそろっていても、微生物学的背景が不明であれば、研究の再現性は揺らぐ。しかも両生類では、単に施設内の飼育管理の問題にとどまらず、ツボカビやラナウイルスのように、野外個体群や環境にも影響しうる感染症を意識する必要がある[14]。したがって、病原微生物モニタリング、クリーニング法、隔離導入、排水管理などを、今後しっかり整えていく必要がある。また、長期飼育、繁殖管理、実験追跡のすべてに関わる個体識別法の確立も欠かせない。こうした項目は派手ではないが、実験動物として使っていくためには避けて通れない基盤である。
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動物福祉の評価ツールのご紹介-1
〜AVMA主催の“学生動物福祉状況の評価コンテスト”〜
さて、イリノイ大のニュースによると、このコンテストの目的は、「農業、研究、伴侶など、人間のために使用される動物に影響を与える福祉問題の理解と認識を高めるための教育ツールを経験することであり、倫理的推論に対する理解の上に、科学的理論とデータに基づいた動物福祉の客観的評価を促し、批判的思考を促進し、コミュニケーション能力を向上させる」ことです。参加対象は、3・4年学部生、獣医学部生、院生(1チーム3-5人)であり、動物看護師やAVMA会員の獣医師も少数に限り参加できます(ただし、コンテストの対象外)。参加者はいくつかのシナリオに沿って出題される動物とその福祉状況を分析して、その中から優れたシナリオを選び出し、発表するというものです。
ニュースでは、“動物福祉のさまざまな事象をそのときどきの断片として客観的かつ定量的に評価することも可能ですが、福祉問題は連続したものであり、どのあたりで許容できるか、どのあたりが好ましいか、または許容できないかの判断は、多くの場合、倫理に基づく選択に帰着するものです。コンテストでは、問題解決へ学際的にアプローチするため、科学に基づく知識を倫理的価値観と統合することを学生に教えています”という風に審査の方法について説明しています。私たちが学生の動物福祉評価を審査するのであれば、北米でどのような基準やチェック方法に従って動物福祉が評価されているのかの具体例を知りたいところです。
今回はこのくらいにさせていただいて、次は、動物福祉評価のツールについて整理していきたいと思います。
参考文献
1) Beaver B. V. and Bayne K, Chapter 4 – Animal Welfare Assessment Considerations, Laboratory Animal Welfare, 29-38 (2014)
2) Animal welfare judging team provides unique experiential learning for students. (cited 2022. Oct.28)
3) AVMA Animal Welfare Assessment Contest. (cited 2022. Dec. 05)
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動物福祉の評価ツールのご紹介-2
〜福祉を評価するツールを紹介するサイト1:USDAのNational Agricultural Library〜
Welfare Assessment Training and Resources(動物福祉の評価のトレーニングとリソース)
1)”CCAC Guidelines: Animal Welfare Assessment“
カナダ動物愛護協議会(CCAC, Canadian Council on Animal Care)が2021年に作成したガイドラインへのリンクです。このガイドは、なぜ福祉を評価するのか、福祉指標を特定し、福祉評価の文書化について説明しています。このガイドラインの要点を、極端に短くまとめれば、以下の5点に集約できます。
・評価の監督は委員会が担うが、評価そのものは評価実施者に任せる
・動物は健康であるべき
・福祉評価は定期的に実施する
・評価に用いた情報は研究者などが利用できるよう記録する
・評価の結果を動物実験委員会は利用する
2)“Welfare Assessment”
“動物実験の3Rsの推進”を図る、英国NC3Rs(The National Centre for the Replacement, Refinement & Reduction of Animals in Research)が作成した“Welfare Assessment”ガイドにリンクしています。このガイドでは、以下の情報を提供しています。
・福祉指標の特定
・実際上の侵襲性の評価と報告
・効果的な記録の保持とレビュー
・スタッフのトレーニング
・関連リソース
3)“Guide to Welfare Assessment Protocols”
苦痛の軽減(Refinement)に関する英国合同ワーキンググループ(JWGR)が2011年、Laboratory Animals誌に発表した“A guide to defining and implementing protocols for the welfare assessment of laboratory animals: eleventh report of the BVAAWF/FRAME/RSPCA/UFAW Joint Working Group on Refinement” へのリンクです。このガイドには、動物の苦痛の軽減に関する事項がかなり細かく記載されています。
・効果的な福祉評価スキームのための一般原則
・チームアプローチ
・良好な福祉の定義
・適切な福祉指標の選択
・動物福祉指標の記録システム
・評価のタイミング・期間・頻度
・実践的な福祉評価(観察・潜在的な福祉問題の指摘)
・福祉記録の確認
・倫理・動物愛護委員会との連携
・さらなる情報へのアクセス

鳥取大学・研究推進機構 大林徹也 