食品の検査に用いられる動物実験の推移(微生物編)
・豚丹毒菌病原性試験
本試験では、マウスの一方の耳の根元に近い部分の皮膚をメスで数か所傷をつけ、菌液を塗布します。接種した耳の付近が赤紫色に腫脹し、マウスは2~5日で斃死します。瀕死期のマウスを解剖し、心血の塗抹標本のグラム染色や培養による菌の発育を確認する方法です。
1990年版と2004年版には豚丹毒菌の病原性試験法として掲載されていましたが、2018年版では豚丹毒菌を含む人畜共通感染症起因菌の項目がすべて削除されています。
【まとめ】
1990年版、2004年版、2018年版と見てきましたが、時代とともに動物実験の掲載が減る傾向にあることが分かります。2018年発刊の最新版に掲載されている動物実験は、セレウス菌の下痢原性毒素検出法として、ウサギ皮膚毛細血管透過性亢進試験とマウス結紮腸管ループ試験、ボツリヌス毒素検出法としてのマウスのボツリヌス毒素毒性試験とボツリヌス毒素型別検査法としてのボツリヌス毒素毒性中和試験のみです。
毒素原性大腸菌の易熱性エンテロトキシンやウェルシュ菌の毒素型別については、最新版(2018年版)では、毒素遺伝子の検出、あるいは抗体を用いたラテックス凝集反応など、分子生物学的、免疫学的な手法へと置き換わっています。また、セレウス菌の下痢原性毒素についても、動物実験の記載は残っているものの、現在はラテックス凝集反応で行うのが一般的であると記載されています。
種々の分析技術の進歩に伴い、動物や細胞を用いる生物学的試験法は、徐々に免疫学的、分析化学的、分子生物学的試験法へと置き換えられています。動物実験を廃止し、代替法に移行する動きは化粧品を始めとして、化学物質、医薬品、医療機器、農薬などの分野で広がっており、食品衛生の分野も例外ではありません。しかし、生物学的試験法が毒の作用の強弱、つまり毒性を評価しているのに対して、免疫学的、分析化学的試験法では毒そのものの量を測定しており、分子生物学的試験法では毒を作る遺伝子を検出しているということは理解しておく必要があります。
ボツリヌス毒素は地球上で最も強い毒であることが知られており、その致死量(LD50)はマウスの体重1kgあたりわずか0.3ng(1ngは10億分の1g)とされています4)。体重20gのマウス1匹当たりだと6pg(1pgは1兆分の1g)です。このように、マウス毒性試験では数pgという極めて微量なボツリヌス毒素を検出することができますが、これに匹敵する代替法は、現在のところ開発・普及には至っていないのが実状です。現在、厚生労働省国立医薬品食品衛生研究所では、遺伝子検査を用いたボツリヌス毒素の定性検査法の検討が進められています5)。次に改訂・発刊される『食品衛生検査指針 微生物編』では、生物学的試験法(動物実験)がすべて代替法に置き換わっている可能性は十分にあります。
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ARRIVEガイドライン2.0が公開されました
7月14日にNC3Rs(英国3Rセンター)にてARRIVEガイドライン2.0が公開(https://arriveguidelines.org/)されました。2010年に初めて公開されたARRIVEガイドラインは、動物実験計画において最低限記載すべき項目をまとめたものであり、Natureをはじめ多くの学術雑誌に支持されているガイドラインです。
そもそもこのガイドラインが作成された背景には、動物実験の再現性があまりにも低い(一説には70%以上の実験が再現できない)と言われてきたことがあります。その一因として実験方法の詳細が述べられていないとの指摘がありました。
英国の機関が、動物実験の記載がある271報(1999-2005)の論文を精査したところ、研究の仮説・目的を記載し、かつ動物の数と特徴が記載されていたのは271報のうち、わずか59%であったことを報告(https://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371/journal.pone.0007824)しています。
これらの事を受けてNC3Rsは記載すべき20の項目を定めて2010年にARRIVEガイドラインとして発表しました。多くの研究機関や出版社から支持されてきたものの、記載項目が多いことからも問題の根本的な解決には至りませんでした。そこで改訂版であるARRIVEガイドライン2.0が新たに公開されました。
ARRIVEガイドライン2.0の主な変更点は以下のとおりです。
記載すべき最低限の項目を10項目に絞った「ARRIVE Essential 10」とそれらを補完する「Recommended Set」に分類した
ARRIVE Essential 10は以下のとおりです。なお正式な日本語訳は日本実験動物学会等、公的機関によるアナウンスをお待ちください。
1. Study design(研究計画)
2. Sample size(サンプルサイズ)
3. Inclusion and exclusion criteria(包含基準と除外基準)
4. Randomisation(ランダム化)
5. Blinding(盲検化)
6. Outcome measures(実験の帰結)
7. Statistical methods(統計学的方法)
8. Experimental animals(実験動物の情報)
9. Experimental procedures(実験処置)
10. Results(結果)
前回のガイドラインが20項目であったことからも項目数を絞って記載しやすくなっていることが分かります。通常の動物実験審査においては3~5の項目を審査することは少ないのですが、今後はこのあたりも審査することが求められてくるかもしれません。