私観・日本実験動物医学会史(第1回)
ACLAM Diplomate (米国実験動物医学協会実験動物医学専門医)はサル、ブタ、イヌからマウスやラットに至るあらゆる実験動物の疾病や飼育に関する豊富な知識を持ち、個々の動物の健康状態や施設全体の獣医学的管理や施設の運営にも責任を持っている。大規模大学の施設には ACLAM Diplomate の資格をもつ 4~5 名の獣医師が教授や准教授、講師として配置されており、 獣医技術師とペアで定期的に飼育室を回診している。レジデントは教育施設として認定されている施設で 3 年間研修を受ける。この間、少なくとも 1 年間の動物実験を伴う研究と peer review の ある雑誌への発表、そして残りを臨床研修を行い、ACLAM Diplomate の試験を受けるシステムである。認定施設は毎年 2 名のレジデントを募集し、合計 6 名のレジデントが学んでいるのが典型的な ACLAM 研修施設である。レジデントは通常 30 代前半の年齢であるため、この間 NIH から 生活と学業への経済的支援があり、安心して学ぶことができる。教育は上記の教員があたってお り、疾患の標本やスライドが豊富に保存されており活用されていた。
これらのコースを終了し、資格試験を通ったものは ACLAM Diplomate となり、企業や大学、研究所等から高給で雇用されるため、レジデントになるための競争が厳しいとのことであった。 このような米国の状況をつぶさに見て、我が国においても実験動物医学専門医制度を早急に確立する必要性を痛感した。
次に訪れたエール大学は 3 日程の滞在であったが、私が 2 年半博士研究員として留学した場所であり、里帰りのような気分であった。ここでは施設サービスとして外来遺伝子導入トランスジ ェニック動物の作成システムがすでに確立されていた。私も当時北海道大学動物実験施設でのこ のようなサービスシステムを考えていた時期であり、大変参考になった。また、エール大学でも ACLAM Diplomate の教育制度を持っていた。
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私観・日本実験動物医学会史(第2回)
活動スタイルはほぼ現在のスタイルを当初から取った。つまり日本獣医学会の春秋の学術大会時に本会主催の教育セミナーや講演会、シンポジウムを開催し、会員の勉強の場とした。さらに 獣医学会に実験動物分科会と認められてからはオリジナル研究の発表の場を提供した。
また 1995 年(平成 7 年)11 月に開催された第 120 回日本獣医学会学術大会(鳥取)の折に当時鳥取大学の柴原寿行先生のご発案とご尽力で温泉に一泊して会員間の懇親を深めようと米子市皆生温泉にて第一回となるエクスカーションを開催した。これ以後毎年秋の獣医学会の折に近くの温泉や観光地で催しているが、これまで一度も欠けたことはない。昨年の盛岡繋温泉でのエク スカーションは 18 回目となる計算である。こういう活動はみんな大歓迎である。
さて、母体となる組織が日本実験動物研究会として設立され、いよいよ次なる目標の実験動物医学専門獣医師の資格認定システムの構築活動を開始した。
1995 年(平成 7 年)2 月の研究会理事会では会の長期的な方向性を探るためとして「活動方向検討委員会」が設置され、笠井理事が担当となった。その活動の手始めとして 3 月の獣医学会/ 実験動物医学研究会総会終了後、研究会の 14~5 名の有志で会合を持ち、ACLAM の制度を勉強するとともに我が国にも同様の教育と認定システムの必要性が議論された。そこでの発言のいくつかを抜粋してみる。
・実験動物医学研究会は他の類似の学会との違いを明らかにして、未開の分野を拓く活動を行うべきであり、専門領域を明確にする必要がある。
・医学部の動物実験施設利用者からはいろいろなことが聞かれる。獣医学的専門知識が求められる。麻酔の専門知識は獣医師でなければ持っていない。
・専門医制度を作って医学部では獣医師としての地位を上げることができるだろうか。
・専門知識を全て網羅する必要がある。しかし一人の獣医師が専門全てをマスターすることはできないから、それぞれの専門を把握して、研究者から問い合わせがあれば専門家に問い合わせられる制度をつくる。インターネット等のコンピュータネットワークを十分活用する。
・専門獣医師のための教育には実習トレーニングの場が必要である。
・ACLAM の制度は非常に良い。獣医学科での学生教育がまずキチンとなされなければならない。 何処に焦点を合わせるのか ACLAM 制度を参考に調べる必要がある。
・実験動物医学の専門医制度を作るのは良いが、しっかりした制度になるには時間がかかる。そ れまでの過渡期はどのようにするか。また第一期生はどのように作るのか。
本会の活動について、本会員が持つべき専門知識のこと、専門教育のこと、そして ACLAM のことから専門医制度の設立に関することまで幅広く議論された。そしてこの年、大阪大学黒沢努 先生のご尽力で研究会のメーリングリストが開設され、会員会の専門情報の交換が飛躍的に活発になった。
1996 年(平成 8 年)4 月総会にて「日本実験動物医学会」と会の名称を変更し、認定制度検討委員会発足させた。
……次号につづく
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平成4年9月29日に北海道大学学術交流会館でシンポジウム「実験動物医学の専門教育に期待するもの」を開催されたことを述べたが、ここでのシンポジストのご講演タイトルを記載して、当時の状況をご推察いただきたい。 (講演順)実験動物医学とは(笠井憲雪、北大医)、実験動物学教育の現場から(高橋和明、日獣 大)、医学部動物実験施設から(伊藤勇夫、千葉大医)、製薬会社研究所から(高頭廸明)、米国霊長類研究センターでの経験(山本博、富山医薬大)、獣医臨床教育の現場から(前出吉光、北大獣 医)、獣医師に求められているもの(鍵山直子、実中研)。
シンガポールにおける動物研究施設の運用
【NACLAR Guidelines: Training】
本セクションでは、実験従事者、ケアテーカー、獣医、IACUCメンバーなど役割に応じて、必須もしくは推奨されるトレーニングが細かく定められております。細かい部分は機会がありましたらガイドライン自体を見ていただきたいのですが、ここでは特に重要度の高いResponsible Care and Use of Laboratory Animals Course (通称RCULAC) とSALAS Basic IACUC Trainingについて取り上げます。
RCULACはNParks/AVSが認定した施設から提供されるトレーニングで、多くの役割に対して必須という位置づけになっています。動物実験に関する法律・倫理・手技等の基礎を学ぶ研修で、座学パートと実際に動物を使用する手技パートで構成されており、手技パートは動物種ごとにコースが分かれています。座学パートは試験をパスすることで、手技パートは実習を完了することで受講証が発行され、それぞれの役割に従事できるようになります。座学パートはかなり細かい部分までNACLAR Guidelinesを理解する必要があったため、英語というハンデも加わり、試験に合格するか、とても緊張したのを覚えています。
2022年の改訂から座学は5年ごとrefresher courseの受講を、手技は2年以上のブランクがあれば再受講を推奨する、という文言が加わり、認定施設からもrefresherに合わせたトレーニングの提供が開始されました。
SALAS Basic IACUC Trainingは、NParks/AVSが認定したSALASという機関から提供されるトレーニングプログラムです。ガイドラインでは半数以上のIACUC委員が、IACUCに関する正式なトレーニングを受講することを義務付けており、SALAS Basic IACUC Trainingはガイドライン中にも紹介されている、シンガポールで最もメジャーなトレーニングという位置づけです。IACUCの運営に特化した内容で、前半に法規制・研究倫理・動物施設運用を学ぶ座学パートを受講したのち、後半では5-6人のグループに分かれた模擬IACUC委員会を行うという二部構成となっています。模擬IACUC委員会では、AVSの方や有識者が議長となり、事前に用意された研究計画書をもとに議論を実施します。
実際に私が参加した際は、議長から「研究目的と実験方法が合致していると思う?」「3Rsがちゃんと考えられている?」「使用匹数の計算は適切?」といった点について矢継ぎ早に意見を求められた他、「あなたなら実験従事者に対してどのような確認をする?そしてその意図は?」といった形の問いかけもあり、「IACUCとして重要なポイントは何か」を学ぶだけでなく、「自分で考える力」の育成も重視しているのだと感じました(その分、トレーニングはタフでしたが・・・)。また議長より、「科学者だけでなく、一般の人々も理解・納得できるか、という視点を忘れないように」というアドバイスもいただきました。
【NACLAR Guidelines: Occupational Health and Safety】
従事者の安全を守るために、Occupational Health and Safetyについて、改訂前のガイドラインでも触れられておりましたが、2022年の改訂より1つのセクションとして独立しました。本セクションでは、全ての動物研究施設においてoccupational health and safety program (OHSP) の確立・維持を義務付けており、OHSPについての具体的な項目と考慮すべき点が定められています。OHSPの例として、以下が挙げられています。 危険源の特定とリスクアセスメントの実施と、特定したリスクの低減策の実施事故発生時の報告ルートの確立緊急時の対応プランの確立従事者の健康チェックと予防措置の実施施設や設備の設計及びモニタリングを通した安全策の実施
いずれの項目も、動物研究施設に限らず、職場の安全性を確保するために当たり前のことですが、明文化することで抜け漏れなく対応することが容易になりました。またガイドラインは動物施設の関係者だけではなく、安全衛生や研究倫理等に関わる様々な部門と協働することを求めており、より効果的なOHSPの確立を意識した内容となっています。
【さいごに】
以上、簡単にシンガポールの動物研究施設の運用について紹介させていただきましたが、いかがでしたでしょうか? 当然日本と共通するところもありますが、少し違った部分もあったかと思います。本コラムが、動物福祉や動物研究施設の運用を考えるうえで、少しでも参考になりましたら幸いです。
<参考>
Animals and Birds Act 1965 (2020 Revised edition), https://sso.agc.gov.sg/Act/ABA1965 (Accessed: 27 October 2023).
Animals and Birds (Care and Use of Animals for Scientific Purposes) Rules (2007 Revised Edition), https://sso.agc.gov.sg/SL/ABA1965-R10 (Accessed: 27 October 2023).
Guidelines on the Care and Use of Animals for Scientific Purposes Second Edition 2022, https://www.nparks.gov.sg/-/media/naclar-guidelines-(second-edition)_v2.ashx (Accessed: 27 October 2023).