研究者が実践するサイエンスコミュニケーション(後編)
コラム サイエンスコミュニケーション
大谷祐紀 獣医師、博士(獣医学)、サイエンスコミュニケーター
(北海道大学大学院獣医学研究院、エジンバラ大学獣医学部)
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前編に続き、科学知見や専門的な情報を社会に伝える際に考慮すべき事項等について、獣医科学研究者として自身の研究の傍ら、サイエンスコミュニケーション活動に取り組んでいる科学研究者に概説していただきました。
JALAM学術集会委員会
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前編では、サイエンスコミュニケーションの背景や基本的な考え方について述べました。後編では、私自身の経験をもとに、研究者がサイエンスコミュニケーションをおこなう際の実践的な手法をご紹介します。
サイエンスコミュニケーションの実践
実際に、研究者がサイエンスコミュニケーション活動をする機会として、プレスリリースやインタビュー、ワークショップ、出張授業、または自身のウェブサイトやSNSを通じた研究の紹介が挙げられます。そのような情報発信活動のとき、より双方向性で中立的なコミュニケーションとするためにできることをみてみます。
伝えたい相手をイメージする
他のコミュニケーションと同様、情報の受け手側の立場に立つことが重要です。科学論文を書く際や学会で発表するとき、その相手は自分と近い専門性を持った人であり、共通認識事項の説明は省略し、端的に結果や考察を伝えることが、より効率の良いコミュニケーションの形です。一方、例えば大学広報から出されるプレスリリースは、大学1年生程度の教養を持っている人を受け手と仮定して、理解を促進するのに必要な情報を十分に付加しながら作成します。また、「その問題に関心がある人により理解を深めてもらうこと」を目的とするのか、もしくは「関心がない人に興味を持ってもらうこと」を目的とするのかにより、手法や内容が異なります。すなわち、伝える対象を漠然と「社会」とするのではなく「この問題に関心のある社会人」といった、一定の絞り込みをすることで、相手に届きやすい情報となります。
具体的な数値や単位を用いる
「急激な」や「若年層」など、抽象的な言葉ではなく、「40%の増加」や「30歳未満」といった科学知見に基づくデータを数値で示すことは、情報を正確に伝えるという点で重要です。
自分の研究、そして自身を俯瞰する
自分の研究や関連する科学を“正確に理解してほしい”と思うほど、専門用語が増えたり、説明が冗長的になってしまうことがあります。「本当にこの情報は必要なのか」、「自分が高校生だったときに、この説明で理解できたか」といった視点で情報を客観的にみることで、より届きやすい表現を見出すことができます。ときに、平易な言葉を用いると正確性を欠くと感じる場合もあるかもしれません。情報の正確さと伝わりやすさのバランスは、サイエンスコミュニケーターも悩みながら取り組んでいるところです。「一番伝えたいことは何なのか」を自分の中で定め、それを軸とすることで、情報の取捨選択がしやすくなります。
自分自身の色や思いを出すことも効果的な場合があります。どこか遠い大学の医学部教授が言っていることより、人柄知ったかかりつけのお医者さんの言葉が患者さんの心に届いたりするように、「伝え手がどんな人なのか」を知ることは、親近感を高め、受け手の関心が高まったり、情報を受け入れやすくなる効果が期待できます。そのため、研究者インタビューでは研究内容だけでなく、研究者の人柄が垣間見えるような質問を設定することが多くあります。
自分ごととして捉えやすい表現を用いる
例えばサイエンスカフェの来場者は、一般にその話題に関心がある人が大部分を占めることが報告されています(1)。しかし多くの場合、社会課題の解決には、これまで関心がなかった人に、理解し、考えてもらうことが出発点です。無関心層への働きかけのため、アートなど他の領域とコラボレーションする手法も近年よくみられます。一般に、人が科学について考えるときの多くは、その技術が自分の生活に関係していると感じるとき、すなわちその問題がひとごとではなく「自分ごと」になるときです。共有したい事柄について、例えば身近な例を用いるなど、相手にとって共感が湧きやすい情報を示すことは、関心を高め、理解を促し得る手法です。