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研究者が実践するサイエンスコミュニケーション(前編)

コラム

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サイエンスコミュニケーションにおいて、受け手からの反応はさまざまで、自分の発した言葉に対し批判的な意見が返ってくることもあり、伝え手にとっては気持ち良いものではないかもしれません。ですが、自分が投じた情報により、伝えられた側がそれを受け止め、考え、意見を持ったという点で双方向性のコミュニケーションとしては大成功です。一方、隙のない完璧な知見の提供は伝え手の満足度は高いかもしれませんが、受け手が“へーそうなんだ”や“自分には関係ないことだ”と完結してしまった場合、それは一方向性のコミュニケーションとなります。サイエンスコミュニケーションの目的は社会における課題解決であり、「分かりやすく」そして「正確に」伝えることは非常に重要な過程ですが、ゴールではありません。

 もう一つの原則は「中立的」であることです。通常、サイエンスコミュニケーターは、科学者や科学技術とそれについて専門的知識を持たない人(非専門家)や社会の間に立ち、相互の理解を深め、両者のコミュニケーションを円滑にする役割を果たします。例えば科学者側が非専門家には理解しづらい用語を用いている場合は、理解しやすい言葉に置き換えたり、一方、社会からの疑問や意見が漠然としすぎている場合は、例を用いるなど、課題を明確にすることで科学者側もその意図をつかみやすくなります。この際、両者の立場を理解しつつも、どちらか一方を支持することや、批判することなく、中立的な立場を取り、コミュニケーションのバランスを取ることが求められます。自身の研究について述べるとき、中立性を維持することは難しいかもしれませんが、「受け手がどう捉えるか、または捉え得るか」を意識することは、中立性に繋がります。

 ここまで、サイエンスコミュニケーションの背景や基本的な考え方をみてきました。後編では、実際にサイエンスコミュニケーションを実践するときのテクニックや課題について述べていきます。

参考文献

1. 文部科学省「サイエンスコミュニケーションとは?」(2022年8月2日閲覧)

2. 吉岡直人.地球科学におけるトランス・サイエンスの諸問題.公益財団法人深田地質研究所年報.2017.

3. 香田正人.ポスト・ノーマルサイエンスとグローバル感度解析.横幹 5 巻 1 号.2011; 37-40.

4. 荻野晴之.福島第一発電所事故後 9 か月間の放射線リスクコミュニケーションに関する省察.保健物理 47 巻 1 号.2012; 37-43.

5. 元村有希子.科学コミュニケーターのキャリア形成 ~英国の現状~.科学技術コミュニケーション 第4号.2008; 69-77.

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JALAM学術集会委員会

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研究者が実践するサイエンスコミュニケーション(後編)

 他の人の意見を聞く

 ピアレビューと言いますが、ある程度完成した作品を他の人に見せ、意見をもらう過程が非常に重要です。特に自分の研究に関連したことは、どの程度他の人が理解できるのか感覚が鈍っていたり、一般の認識とずれが生じていることがあります。通常、ピアとは「仲間や同僚」を意味しますが、必ずしも自分と立場の近い人を選ぶ必要はありません。逆にとても遠い立場の人にお願いする必要もなく、科学研究者であっても分野が異なれば「非専門家」であり、自分には見えない気付きをもたらしてくれるはずです。伝えたい層が明確であれば、その立場に近い人をピアとして選ぶのは情報の洗練に効果的です。

 現時点の日本では、科学者が積極的にサイエンスコミュニケーション活動に参画する機会はあまりないかもしれません。一方、外部競争的資金を利用する場合など、社会への情報発信を義務付けているものもあります。また近年、クラウドファンディングによる研究資金の調達も活発化しており、科学に対する社会の関心や理解を得ることは、社会課題を解決するという大義に加え、研究費の獲得に繋がります。研究の持続的発展という観点では、子どもを含めた市民の関心が高まることで、次世代の優秀な研究者が育つことも期待できます。実際に英国では、このような多角的な視点から、科学者の多くはサイエンスコミュニケーション活動に前向きな姿勢を示しています。

科学者とサイエンスコミュニケーション

 個人的な体感ですが、動物に関することは自然科学の中でも人々の関心が高く、その分、意見も多様化し、熱量も千差万別です。ただ、一般に大多数の人は動物のしあわせを願っていると私は考えています。動物実験/実験動物に関しては、世界中で常に議論がありますが、それに反対する人も科学者も、動物や人のしあわせといった、そう離れていない目標や信念を持っているのかもしれません。一方で、特定の意見こそなくても、私たちは日々、動物由来食品や製品、動物実験を経て開発された薬など、その恩恵を大いに享受して生きており、すべての人は動物に関する課題の利害関係者、ステークホルダーです。熱量の高い人だけでなく、すべてのステークホルダーがこの課題について考え、行動することが解決に必要であり、一科学者としては、サイエンスコミュニケーションを通じて多様な立場の人と情報を共有することがその一歩となると考えています。

 大震災やパンデミックなど、危機的状況が発生したときのサイエンスコミュニケーションは、特にリスクコミュニケーションと呼ばれます。東日本大震災および福島第一原子力発電所事故時には、耳なじみのない専門用語が汎用されることで社会は混乱し、その重要性が強く認識されました。その反省も踏まえ、SARS-CoV-2による新型コロナウイルス感染症パンデミックでは、専門家や各学会が積極的に社会と情報を共有する動きがみられました。一方で、何が「正しい」情報なのか専門家も私たちも模索する日々を過ごし、昨日まで正しかったことが、今日から間違った情報になることを実体験しました。情報の正確性を高めるのは、真摯な科学研究による知見の蓄積しかありません。一方で、その伝え方や受け手のリテラシー、または社会的な文脈により、科学的に正しいことが社会の「正解」になるとは限らないことを、私たち研究者は意識する必要がある時代だと感じます。再生医療や人工知能など技術が高度・複雑化する一方、社会における理解と倫理的な議論が追い付いていない課題も多く、サイエンスコミュニケーションの拡がりにより、議論が活発化することを期待しています。

参考文献

1. 加納圭,水町衣里,岩崎琢哉,磯部洋明,川人よし恵,前波晴彦.サイエンスカフェ参加者のセグメンテーションとターゲティング : 「科学・技術への関与」という観点から.科学技術コミュニケーション 第13号.2013; 3-16.

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