国内承認ワクチンの非臨床試験を垣間見る 〜ワクチン開発と動物実験〜
核酸ワクチンなどの新規剤型ワクチンが国内で承認され、薬事承認の過程を含む「いわゆる教科書」が書き換えられつつある。その影響か、マスコミ等で臨床試験や承認申請のスケジュールについて採り上げられることはあるいっぽうで、非臨床試験(動物実験)の経過を耳にすることはほとんどない。非臨床試験への社会的な関心度が低いとみなされているのかどうかはともかく、「非臨床試験の内容についても情報発信されている」ことを、ワクチンを例に紹介したい。
独立行政法人医薬品医療機器総合機構(PMDA)は、医療用医薬品情報を公表している 1)。この情報検索サイトで「ワクチン」の「審査報告書等」について文書検索すると、84件のワクチンが表示された (2022年8月末)。内訳は、インフルエンザ関連が28件、新型コロナ関連、麻しん関連、風しん関連が各7件、肺炎球菌が5件、百日せき関連、ジフテリア関連、破傷風関連、ポリオ関連、パピローマが各4件、ヘモフィルスb型と日本脳炎が各3件、水痘、おたふくかぜ、狂犬病、A型肝炎、B型肝炎、ロタウイルスが各2件、黄熱、結核、痘そう、帯状疱疹、髄膜炎菌が各1件とある (混合ワクチンは複数件にカウント)。同様に、一般社団法人日本医薬情報センター(JAPIC)では、1998年以降の医療用医薬品「日本の新薬」について検索可能である2)。
PMDAのサイトでは「審査報告書」に加え「申請資料概要」も公表されていることが多く (一部内容に未公表あり)、製造販売業者が提出した資料の概要、すなわち、開発の経緯や、承認申請までに実施した非臨床試験及び臨床試験の内容を垣間見ることができる。非臨床試験の内容については日付や実施機関などを除いて「審査報告書」内で開示されており、試験の目的のほか、げっ歯類や霊長類の使用についても具体的に記載されている。あるワクチンの非臨床試験結果には、「若齢及び高齢のマウス、ラット、ハムスター及びNHP(non-human primate、この場合はアカゲザル)において、高レベルの結合抗体及び中和抗体を誘導し、(以下略)」とある。また、「効力を裏付ける試験 (免疫原性試験、攻撃試験)」、「安全性薬理試験 (反復投与毒性試験、生殖発生毒性試験)」や「薬物動態試験 (生体内分布評価試験)」が行われたことのほか、このワクチンが臨床で6か月以上継続使用されないことから「がん原性試験」を実施していないことが記されている。
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実験動物の微生物検査
実験動物は一般に販売されている動物と異なり、特定の病原体を有していないことが明らかになっているSPF(Specific Pathogen Free)動物が多く用いられています。これは病原体が動物に与える影響(ノイズ)を排除するためなのですが、では一般の動物はどの程度、病原体に汚染されているのでしょうか。2015年に日本国内のペットショップで販売されているマウスの病原体保有状況を調べた報告(Hayashimoto N et al. Exp Anim. 2015;64:155-160.)がありますが、そちらの報告によると神奈川県と東京都の5つのペットショップに由来する28匹のマウスを検査したところ、以下のような結果(検出率)が得られたとのことです。
このようにペットショップごとにその検出率は異なるものの、多くの動物が微生物汚染を受けていることが分かりました。なお、人獣共通感染症を引き起こす病原体は検出されませんでしたが、動物に影響を及ぼす病原体は複数のペットショップから検出されています。これらの病原体は一般に飼育されている状態では特に問題がないことも多いのですが、動物実験に用いる際には状況が変わってきます。冒頭でも述べましたが、実験動物は余計なノイズを排除する必要があります。「再現性」は動物実験において最も重要な一つの要素ですが、動物によって病原体を持っていたり持っていなかったりすると、動物の状態が安定せず、試験結果の信頼性に影響する場合があります。また、このことによって実験に用いる動物の数が多くなってしまうことは避けるべきです。
ARRIVEガイドライン2.0が公開されました
7月14日にNC3Rs(英国3Rセンター)にてARRIVEガイドライン2.0が公開(https://arriveguidelines.org/)されました。2010年に初めて公開されたARRIVEガイドラインは、動物実験計画において最低限記載すべき項目をまとめたものであり、Natureをはじめ多くの学術雑誌に支持されているガイドラインです。
そもそもこのガイドラインが作成された背景には、動物実験の再現性があまりにも低い(一説には70%以上の実験が再現できない)と言われてきたことがあります。その一因として実験方法の詳細が述べられていないとの指摘がありました。
英国の機関が、動物実験の記載がある271報(1999-2005)の論文を精査したところ、研究の仮説・目的を記載し、かつ動物の数と特徴が記載されていたのは271報のうち、わずか59%であったことを報告(https://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371/journal.pone.0007824)しています。
これらの事を受けてNC3Rsは記載すべき20の項目を定めて2010年にARRIVEガイドラインとして発表しました。多くの研究機関や出版社から支持されてきたものの、記載項目が多いことからも問題の根本的な解決には至りませんでした。そこで改訂版であるARRIVEガイドライン2.0が新たに公開されました。
ARRIVEガイドライン2.0の主な変更点は以下のとおりです。
記載すべき最低限の項目を10項目に絞った「ARRIVE Essential 10」とそれらを補完する「Recommended Set」に分類した
ARRIVE Essential 10は以下のとおりです。なお正式な日本語訳は日本実験動物学会等、公的機関によるアナウンスをお待ちください。
1. Study design(研究計画)
2. Sample size(サンプルサイズ)
3. Inclusion and exclusion criteria(包含基準と除外基準)
4. Randomisation(ランダム化)
5. Blinding(盲検化)
6. Outcome measures(実験の帰結)
7. Statistical methods(統計学的方法)
8. Experimental animals(実験動物の情報)
9. Experimental procedures(実験処置)
10. Results(結果)
前回のガイドラインが20項目であったことからも項目数を絞って記載しやすくなっていることが分かります。通常の動物実験審査においては3~5の項目を審査することは少ないのですが、今後はこのあたりも審査することが求められてくるかもしれません。