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JALAM学術集会委員会の記事一覧
新型コロナウイルス感染症研究における3Rs(in WC11)
The 11th World Congress on Alternatives and Animal Use in the Life Sciences(第11回 国際代替法学会;WC11)は2020年8月にオランダのマーストリヒトで開催する予定だったのですが、コロナの影響で2021年8月に順延されました。
2020年のWC11の開催は無くなりましたが、代わりにタイトルのウェビナー(https://wc11maastricht.org/webinar/)が無料で開催されることになりました。非常に興味深い内容ですし、YouTubeにアーカイブされており日本語(自動翻訳)の字幕を出すことも可能ですので、興味のある方は是非ご覧ください。個人的には2日目のジョンズホプキンス大学CATT(動物実験代替法センター)の方の講演が新型コロナ研究をゴールドラッシュのように例えていて面白かったです。
しかし代替法はあくまで他の試験を代替するものであり、今回の新型コロナウイルスなど試験自体が確立していないもの(動物実験もゴールドスタンダードと言われるものが確立していないもの)に対しては難しいということが明らかになってしまいました。もちろんiPS細胞などin vitroの試験を用いて研究していくことは必要ですが、スピード感が求められている中では動物実験と同時並行で進めていかざるを得ないのが現状です。この中でも私たちのような管理者が出来ることは、非常にシビアな感染実験などに対し、人道的エンドポイントを積極的に適用するなどのRefinementの実践だと考えています。
愛玩動物看護師の国家資格化に向けて
これまで獣医療に関する国家資格保有者は獣医師のみでしたが、このたび新たに動物看護師が「愛玩動物看護師」との名称で国家資格化されることが決定しました。この国家資格化には、獣医師法と現在の臨床現場における乖離が問題視されてきたことが背景にあります。
獣医師法は獣医師全般の職務・資格などに関して規定した法律ですが、臨床現場において獣医師以外の診療行為(採血、調剤、投薬、麻酔、レントゲン撮影など)を認めていません。しかし獣医師のみでこれら業務を対応するのは難しく、動物看護師によるこれら診療行為が黙認されている動物病院があることも以前から言われてきました。これらの声に対応すべく、医療現場における医師と看護師の関係のように、動物看護師が獣医師の指示の下で適切に診療の補助行為が行えるようにするため国家資格化されるとのことです。
では現在、環境省の愛玩動物看護師カリキュラム等検討会で審議されている、今後のスケジュールについて見ていきましょう。
国家資格化されるということで、大きく変わることとしては国家試験が新たに作られます。これまでも公的資格化を目指して認定試験が行われてきましたが、診療補助行為が新たに認められることから、そのカリキュラムや試験内容は大幅に異なってくることが予想されます。基本的には大学や養成所指定された専門学校でコアカリキュラムをこれから学ぶ受験資格がありますが、既卒の方などには講習会に参加したり実務経験を証明することにより受験資格を与えられるとなっています。
また、愛玩動物看護師は臨床現場だけでなく、様々な場面での活躍が期待されています。具体的には、動物愛護管理法(動愛法)の中の「動物取扱責任者」の要件を見直し、愛玩動物看護師を加えることで、ペットショップやブリーダー等の第一種動物取扱業者が事業所ごとに選任義務のある「動物取扱責任者」として新たに動物愛護看護師の資格保有者を選任できるようにするとのことです。つまりはペットを扱う現場においては愛玩動物看護師などがいることが望ましいということですね。
愛玩動物看護師には私たち実験動物分野での活躍も期待しています。私たちの分野では「実験動物技術者」という資格が非常に重宝されています。動物福祉に対する考えや高度な実験技術などから資格保有者に対しては一定のレベルが担保されているとのことからの信頼なのですが、ここに新たに愛玩動物看護師の方のペットの目線からの動物福祉であったり、採血・投薬技術などが加わることで特に中大動物の動物福祉が一層進むのではないかと考えています。
コラム 実験動物
創薬に関わる特殊な実験動物たち
そして個人的には前から気になっている疾患モデル動物に「カイコ」がいます。
東大の名誉教授で、現在は帝京大学で研究されている先生が主体的に動いているプロジェクトなのですが、黄色ブドウ球菌などの細菌感染モデルや、カンジダなどの深在性真菌症のモデルも有しているとのことです。さらに薬物の静脈内投与、経口投与も可能(下図)とのことで、基本的な実験動物の要素は兼ね備えているように思いますが、あとは動物をいかにして安定供給できるかといったところでしょうか。試験を回していく上でこの部分はかなり重要ですので、本気でスクリーニング系として用いるのであれば飼育形態含め、色々と考えなければならない部分が多そうです。
現在、ヨーロッパの動物実験ではイヌの使用が減って、逆にブタの使用が増えているとのことです。様々な理由が挙げられていますが、ペットとして用いられるような動物を使用するのは可哀そうといった感情論によるものが大きいと感じています。今はまだ小型魚類や虫を実験動物として使用することに反対は少ないと思いますが、近い将来、これらの動物であっても使用することが難しくなってくるのかもしれませんね。
コラム 実験動物
疾患モデル作製における動物種の選択
このように病気ひとつをとっても、そもそも人間の病態を再現する動物種を選択しなければ意味がありません。そう言った意味では人間に近縁なサルを使用することが理にかなっているように思えますが、安全性が全く担保されていない初期の治療薬をいきなりサルに投与することは倫理上の問題がありますし、体重の関係から貴重な治療薬を大量に使用してしまうことになります。そのため、動物実験を始める際には通常、マウスやラットなどの小動物から始める必要がありますが、これらの動物が人間の病態を再現できるかといった問題があります。以前は突然変異などによって偶然症状を発症した動物を選択的に交配していき、自然に症状を発症する個体を選んでいく自然発症モデルや、例えば慢性腎臓病であれば片方の腎臓を摘出するなどして人為的に病態を作り出す実験的発症モデルが良く用いられてきましたが、近年では病気の標的タンパクなどが明らかになっている場合(SARS-CoV-2に対するACE2など)、その標的タンパクの遺伝子を欠損させた(ノックアウト)動物や、逆に人間の標的タンパクの遺伝子を挿入した(ノックイン)動物などの遺伝子組換え動物を作製することで直接、標的タンパクとの相互作用を見ることが出来るようになってきました。
実際、中国のグループが人間のACE2をマウスで発現させ、SARS-CoV-2がマウスに高率に感染させることに成功したとの報告(https://www.nature.com/articles/s41586-020-2312-y)が既になされています。このように疾患モデル動物としては今後は組換え動物が積極的に利用されていくものと考えられますが、組換え動物の作製には半年程度の時間を要しますし、何より標的タンパクが同定されていない場合は使用することが出来ません。このような理由からまだ一定程度、自然発症モデルや実験的発症モデルの使用は続いていくものだと考えられます。
(本コラムの引用文献は、クリエイティブコモンズライセンスの下に提供されています。) |
コラム 実験動物
動物実験の情報発信(イギリス編)
コミュニケーション
コミュニケーションは情報発信において非常に重要な役割を果たします。UARが設立された当初はテレビや新聞などマスメディアで動物実験擁護活動を展開していましたが、現在ではインターネットやソーシャルメディアでの発信に切り替わってきているようです。動物実験反対派の事実に異なる主張に対し、正しい情報を公開し、その意義を訴えるという姿勢を明確にしており、このことによりメンバーや組織が動物実験に改めて理解を深めることで、さらに自信をもって自らの立場を鮮明にアナウンスすることも出来るようになってきているとのことです。つまりは情報発信側のトレーニングにもなっているようですね。
また、情報開示に関する活動として、UARではweb上で動物実験施設のバーチャルツアーを開設(http://www.labanimaltour.org/)しています。
上の写真はオックスフォード大学の動物実験施設のバーチャルツアーです。公開している部屋は限られますが、色の付いている部屋はすべて見ることが出来ますし、Googleのストリートビューのように360度ぐるぐる回して見ることが出来ます。また驚くべきことに、このようにサルに電極を付けた非常にシビアな試験を公開しており、逆にオックスフォードの動物実験に対する透明性を高めるものになっています。
このようにUARの様々な活動を見てきましたが、イギリスでは長年これらの活動に取り組んできただけあって非常に洗練されたものとなっています。現在、日本でもUARの活動を見習って情報発信活動を始める動きが出てきていますが、それにはまず現在の閉鎖的な環境を打破し、胸襟を開いて、動物実験はそもそも何のために行っているのかという原点に立ち返って正しい情報発信を進めていく必要があると考えています。
人道的エンドポイント
通常、動物実験では終了時の目標を定め、その目標に到達した時点で実験を終了し安楽死処置を施します。その目標到達時点を実験のエンドポイントと呼びますが、感染症やがんなど、非常にシビアな実験では死がエンドポイントと設定されている場合が数多くあります。しかし最近では動物福祉の観点から、死をエンドポイントとするのではなく、死に繋がる兆候、もしくはこれ以上は得られる成果よりも動物の苦痛度が高いと判断される兆候が見られた時点をエンドポイントと定め、その時点で安楽死処置することで動物に不要な苦痛を与えないようにするといった考えが広がってきました。この安楽死処置するタイミングの事を人道的エンドポイント(Humane Endpoint)と呼びます。
人道的エンドポイントを少し具体的に見ていきましょう。感染症の実験は非常にシビアなものであり、一般的には生死で判断する場合が多く、縦軸に生存率、横軸に感染後の経過日数をプロットした生存曲線を描く場合があります。
矢印の時点に注目して頂きたいのですが、このあたりから生存率が急に下がる(=死亡個体が多くなる)ことが分かります。この後の死亡に繋がる何らかの所見がこの時点、もしくはもう少し前の時点で得られれば「その所見を得た〇日後に死亡する」といったデータが得られるのです。
その所見には以下のようなものが例として挙げられます。
● 摂餌量の低下
● 体重減少
● 体温の低下
● 外貌所見(見た目の変化)
中でも外貌所見は動物の状態を非常に鋭敏に捉えることが出来ます。2010年、Nature Methodsに非常に興味深い論文が掲載されました。マウスの表情によって苦痛度を推測するといった論文です。
Langford, D., Bailey, A., Chanda, M. et al. Coding of facial expressions of pain in the laboratory mouse. Nat Methods 7, 447–449 (2010). https://doi.org/10.1038/nmeth.1455
このマウスの表情はグリマススケール(しかめっ面の尺度)として知られ、現在ではマウスに限らず多くの動物で作成されています。このように動物の苦痛度を可視化し、スコア化することで各々の感覚に頼っていたものを標準化することが出来るようになってきました。これらを用いることで動物の不要な苦痛を削減すると共に実験を早期に終了することが出来、研究のスピードが増したとも言われています。
このように現在の研究現場では研究者、飼育管理担当者、管理獣医師などが協力して動物の苦痛を除去し、研究の進捗を早める努力が続けられています。
コラム 動物実験
実験動物のケージサイズ
と言うのも、実験動物の分野では動物福祉を念頭に入れながら飼育することはもちろんですが、多くの科学者たちが協力し、科学的根拠に基づいてケージサイズを決定してきた背景があります。現在、米国をはじめ世界中の多くの国で採用されているイヌのILAR (Institute for Laboratory Animal Research)の基準(ILAR Guide)、そしてまだ採り入れている国は少ないものの動物福祉に先進的なEUの基準(ETS 123)は以下のとおりです。
ILAR Guideは多くの改訂を経て、2011年に発行された第8版が最新のものになっています。この第8版を発行する際にはケージのサイズが大きく変更されましたが、研究者とブリーダーなどの業界団体との交渉が盛んになされた結果、こちらで落ち着いたと伺っています。その理由としてEUのように動物福祉を推進することはもっともですが、それによって実験動物が飼育できなくなり、結果的に研究の進捗が妨げられる事態は避けなければならないからです。そう言った意味で、ILARの基準は動物行動学などの科学的根拠と動物福祉の折り合いがついた結果だと考えられているため、多くの国で採用されているのだと私自身は考えています。
こういった科学的根拠なしに、かつ、業界との落としどころを見つけることなく様々な基準を決定すると、表に出てこない部分での飼育が広がる恐れがあり、結果として不幸な動物が増えてしまうのではないかと懸念しています。環境省の基準案は検討会に環境大臣が出席するほどの力の入れようですので、覆ることは恐らくないとみています。今回、このように舵を切ってしまったわけですから経過措置の期間やケージや施設の改作に関する補助など様々なサポートに関して今後議論して頂きたいと思います。
翻って我々の業界もILARサイズに収まっていればそこで飼い続けても良いのかといった問題はあるため、今回の環境省の基準案にある分離型の考えにある、定期的な運動は必要でしょうし、ゆくゆくはEUの基準での飼育が求められるものだと考えています。しかしそれには飼養数の減少が必要ですし、そのためにはイヌでの実験に代わる代替法の開発が急務であると考えています。
コラム 動物実験