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教育委員会の記事一覧

マウスバイオリソースの源流 ~ラスロップ、リトルそしてジャクソン研究所

1. ネズミ愛好家、ラスロップ

“Abbie Lathrop, the “Mouse Woman of Granby”: Rodent Fancier and Accidental Genetics Pioneer”

 これは、C57BL/6Jの元となった「マウス#57」をリトルに提供したラスロップ(Abbie E. C. Lathrop:1868-1918)の生涯と業績を短くまとめた論文のタイトルです[1]。タイトルが示すように、彼女は米国マサチューセッツ州クランビー(生まれはイリノイ州)に生活の拠点を置いていたマウス・ラットの愛好家でした。また、当時としては珍しく動物繁殖業者として研究者にも動物の販売を行っていました。ラスロップは、マウス・ラットの他にもモルモット、ウサギ、フェレットなども飼育していました。そのうちモルモットは、米国政府の要請を受けて第1次世界大戦の戦場での有毒ガス検出に使用されていたそうです。もちろん、最初からこれら小動物の繁殖事業で成功したのでは無く、最初は家禽事業から始めたのですが上手くいかなかったようです。お父さんは教師だったようで(幼少期についての詳細は不明だそうです)、その影響もあって、小さい頃から勉学に優れ、生まれ故郷イリノイ州の教育資格も持っていました。この勤勉な性格が注意深い近親交配によるマウスの繁殖記録とその保存を生むことになり、後のリトルによる近交系の樹立に繋がることになります(その結果、“図らずも” 実験動物学の歴史にその名を残すことになるわけです)。

 ラスロップが繁殖したマウスは、C57BL/6Jの他、C3H/He、CBA、DBA/1, DBA/2など現在の主要な近交系マウスのもとにもなっています。そのため、論文や本に掲載されている近交系マウスの系統樹をみると、C57BL、DBA、C3Hなどの最上流に“Lathropのマウス”という記載を見ることが出来ます [2. 3]。ラスロップの凄いところは、単なるネズミ愛好家・動物繁殖業に留まること無く、その類い希な観察力を研究にまで昇華させたところだと思います。ラスロップは、飼育しているいくつかの動物が異常な皮膚病変を発症していることに気づき、大学の病理学者と共に研究を進めて科学論文を出すまでに至っています。その具体例については論文[1]を参照して頂きたいと思いますが、日々の弛まない動物観察が新しい発見に繋がるのだと彼女の生涯を知ることで改めて思いました。

 なお、参考文献[3]にはラスロップのイラストが掲載されています。もし、学校や大学の図書館、あるいは会社の資料室で蔵書を見つけたら閲覧してみて下さい。

コラム

マウスの系統間、亜系統間にみられる遺伝子型、表現型の違い〜 C57BL/6JとC57BL/6Nとの比較を中心に

 C57BL/6は、C. C. リトルがA. E. ラスロップから1921年に入手したマウスから樹立したC57BL系統に由来します[1]。C57BL/6系統は、1948年にアメリカのジャクソン研究所に導入され維持されてきましたが、1951年にはアメリカNIHに導入され、それぞれC57BL/6J, C57BL/6Nとして系統樹立されました。その後様々な施設に導入されて育成・維持された結果、現在ではC57BL/6JおよびC57BL/6Nからそれぞれ数多くの亜系統が派生しました(図1)。C57BL/6Jはマウス全ゲノム配列の決定に最初に用いられた系統であり、C57BL/6Nとともに一般的な動物実験のみならずトランスジェニック動物やノックアウト動物を作製する際にも頻繁に用いられています。

 種々の施設で独立して維持されているC57BL/6亜系統の間では、年月とともにゲノム配列の多型が蓄積されていると予想されます。岡山理科大学の目加田和之先生らは、イルミナ社のマウスSNPジェノタイピングアレイを用いたり、マウスゲノムの一塩基多型(SNP)データベースを比較することによってC57BL/6Jグループの亜系統とC57BL/6Nグループの亜系統の間に存在するSNPを検索し、さらに一部はゲノムシーケンスを行いSNPの存在を明らかにしました [2, 3]。その結果、C57BL/6J(ジャクソン研究所で維持されてきたC57BL/6J系統)とC57BL/6NJ(ジャクソン研究所で維持されてきたC57BL/6N系統)の間に存在するSNPのうち、277箇所を同定しました。その中には翻訳されるタンパク質のアミノ酸置換を伴う10箇所のSNPが含まれていました。さらに、これらのSNPはC57BL/6J亜系統の間においても、さらにはC57BL/6N亜系統間においてもそれぞれ保存の程度に差が見られ、亜系統の分岐の年代等によってSNPの蓄積度に違いがあることが明らかになったとのことです。

コラム