食品の検査に用いられる動物実験の推移(微生物編)
茨城大学農学部 鈴木 穂高
【はじめに】
私達が普段口にする食品には様々な規格や基準が定められており、その安全性が守られています。『食品衛生検査指針』という本には、食品の安全を守るために必要となる、食品保健行政に関わる公定試験法とそれに準じる標準試験法がまとめられています。いわば食品衛生試験法のバイブルともいえる本です。公定試験法とは、食品衛生法や厚生労働省の通知などで定められた検査法のことです。成分規格のある食品は公定試験法に従って試験を行わなければなりません。公定法とも言われます。
『食品衛生検査指針Ⅰ(検査法別)』は昭和48(1973)年、『食品衛生検査指針Ⅱ(食品別)』は昭和53(1978)年に厚生省監修で発刊されており、その後は約10数年ごとに改訂されています。平成元~3(1989~1991)年の第一次改訂からは、微生物編、理化学編等に分けて発刊されており、改訂を重ねるごとに総ページ数は増しています。
今、私の手元には『食品衛生検査指針 微生物編 1990』1)(1990年発刊)、『食品衛生検査指針 微生物編 2004』2)(2004年発刊)、そして最新版の『食品衛生検査指針 微生物編 改訂第2版 2018』3)(2018年発刊)という3冊の『食品衛生検査指針 微生物編』があります*注。食品の微生物検査法は、培養によるもの(細菌や真菌など)、顕微鏡観察によるもの(寄生虫など)、遺伝子検査によるもの(ウイルスなど)が大部分を占めていますが、一部に実験動物を用いた検査法も存在します。本稿では、これら3冊の『食品衛生検査指針 微生物編』に掲載されている動物実験に着目し、その実験内容と改訂に伴う推移についてご紹介したいと思います。
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実験動物の微生物検査
実験動物は一般に販売されている動物と異なり、特定の病原体を有していないことが明らかになっているSPF(Specific Pathogen Free)動物が多く用いられています。これは病原体が動物に与える影響(ノイズ)を排除するためなのですが、では一般の動物はどの程度、病原体に汚染されているのでしょうか。2015年に日本国内のペットショップで販売されているマウスの病原体保有状況を調べた報告(Hayashimoto N et al. Exp Anim. 2015;64:155-160.)がありますが、そちらの報告によると神奈川県と東京都の5つのペットショップに由来する28匹のマウスを検査したところ、以下のような結果(検出率)が得られたとのことです。
このようにペットショップごとにその検出率は異なるものの、多くの動物が微生物汚染を受けていることが分かりました。なお、人獣共通感染症を引き起こす病原体は検出されませんでしたが、動物に影響を及ぼす病原体は複数のペットショップから検出されています。これらの病原体は一般に飼育されている状態では特に問題がないことも多いのですが、動物実験に用いる際には状況が変わってきます。冒頭でも述べましたが、実験動物は余計なノイズを排除する必要があります。「再現性」は動物実験において最も重要な一つの要素ですが、動物によって病原体を持っていたり持っていなかったりすると、動物の状態が安定せず、試験結果の信頼性に影響する場合があります。また、このことによって実験に用いる動物の数が多くなってしまうことは避けるべきです。
ARRIVEガイドライン2.0が公開されました
7月14日にNC3Rs(英国3Rセンター)にてARRIVEガイドライン2.0が公開(https://arriveguidelines.org/)されました。2010年に初めて公開されたARRIVEガイドラインは、動物実験計画において最低限記載すべき項目をまとめたものであり、Natureをはじめ多くの学術雑誌に支持されているガイドラインです。
そもそもこのガイドラインが作成された背景には、動物実験の再現性があまりにも低い(一説には70%以上の実験が再現できない)と言われてきたことがあります。その一因として実験方法の詳細が述べられていないとの指摘がありました。
英国の機関が、動物実験の記載がある271報(1999-2005)の論文を精査したところ、研究の仮説・目的を記載し、かつ動物の数と特徴が記載されていたのは271報のうち、わずか59%であったことを報告(https://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371/journal.pone.0007824)しています。
これらの事を受けてNC3Rsは記載すべき20の項目を定めて2010年にARRIVEガイドラインとして発表しました。多くの研究機関や出版社から支持されてきたものの、記載項目が多いことからも問題の根本的な解決には至りませんでした。そこで改訂版であるARRIVEガイドライン2.0が新たに公開されました。
ARRIVEガイドライン2.0の主な変更点は以下のとおりです。
記載すべき最低限の項目を10項目に絞った「ARRIVE Essential 10」とそれらを補完する「Recommended Set」に分類した
ARRIVE Essential 10は以下のとおりです。なお正式な日本語訳は日本実験動物学会等、公的機関によるアナウンスをお待ちください。
1. Study design(研究計画)
2. Sample size(サンプルサイズ)
3. Inclusion and exclusion criteria(包含基準と除外基準)
4. Randomisation(ランダム化)
5. Blinding(盲検化)
6. Outcome measures(実験の帰結)
7. Statistical methods(統計学的方法)
8. Experimental animals(実験動物の情報)
9. Experimental procedures(実験処置)
10. Results(結果)
前回のガイドラインが20項目であったことからも項目数を絞って記載しやすくなっていることが分かります。通常の動物実験審査においては3~5の項目を審査することは少ないのですが、今後はこのあたりも審査することが求められてくるかもしれません。