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実験動物としてのウサギ

自然科学研究機構
西島 和俊

皆さんが一度は接したことがあると思われるカイウサギ(英名:rabbit, 学名:Oryctolagus cuniculus)は、元はイベリア半島の地中海沿岸地域に生息していた野生のアナウサギが家畜化されたもので、全世界に広まり、食肉用、毛皮用、愛玩用、観賞用等の多くの品種が作られてきました。欧州等では、ウサギは現在でも食用として一般的に利用されていますが(高蛋白、低脂肪!)、日本においては一部の食肉文化が残る地域(秋田県大仙市周辺)を除いては、愛玩用としての需要が大部分を占めます。ちなみに、日本にも生息するノウサギ(英名:hare, 学名:Lepus brachyurus)はウサギ亜科のアナウサギとは別属の動物で、生態、身体的特徴や染色体数も異なり、両者は交配しないことが知られています。

カイウサギは、実験動物としても古くから利用されてきました。19世紀の後半に、近代細菌学の開祖と呼ばれるルイ・パスツールは、狂犬病に罹ったイヌの脳をすりつぶし、その乳剤をウサギの脳に接種して病原体(ウイルス:当時は“ウイルス”の存在が明らかにされていない)を継代【注1】しました。継代した病原体(弱毒狂犬病ウイルス)をウサギの脊髄に感染させ、その脊髄を乾燥させてすりつぶしたものを乳剤にして人の発症予防に使用しました。これが世界初の狂犬病ワクチンとなります。同じく近代細菌学の開祖とされるロベルト・コッホも1905年にノーベル生理医学賞の受賞業績である結核菌の研究でウサギを用いました。化学療法の創始者といわれるパウル・エールリッヒの下で研究を行った秦佐八郎は、ウサギの陰嚢で継代できる梅毒スピロヘータを用いて実験を重ね、ある砒素化合物(サルバルサン)をウサギの耳介静脈に注射すると陰嚢の潰瘍が改善し、梅毒スペロヘータが消えることを発見しました。サルバルサンは合成物質による世界最初の化学療法剤としてドイツのヘキスト社から市販されました。

このように、ウサギは感染症研究の発展に大きく寄与すると同時に、1890年にはウォルター・ヘップにより、哺乳動物における最初の胚移植の成功例がウサギで報告されるなど[1]、その扱いやすさから様々な動物実験に使用されてきました。近年は、小型で飼育・実験コストが低い、繁殖能が高い、世代交代が早い、微生物学的コントロールの技術が普及している、遺伝・育種学、発生工学技術【注2】が発展している等の理由により、多くの研究領域で小型げっ歯類(マウス、ラット)が実験モデルとして用いられています。実験動物としてのウサギには、マウスに比べると大型で飼育・実験コストが高い、発生工学技術の開発が遅れている、利用できる解析キット・抗体(ウサギを用いて特異抗体を作製することが多い)が少ない等の難点があります。しかし、手ごろな大きさであるため外科処置がしやすい、十分な生物サンプルが採取できる等の利点に加え、ゲノムが解読され、ゲノム編集技術の発達により遺伝子欠損個体が作出できるようになった、オミックス解析【注3】などの解析技術が進歩した等により、ウサギを用いた実験における難点が克服されつつあります。

現在、研究に用いられるウサギの品種としては、アルビノ【注4】の日本白色(JW:Japanese White)やニュージーランド白色(NZW:New Zealand White)、有色のダッチ(Dutch-belted)などが一般的です。JWは、日本でNZWにいくつかの品種を掛け合わせて作出されたと考えられており、国内では実験動物として一般的に使用されますが、世界的にはNZWが広く使用されています。ダッチは病気に強いといわれており、体重が1.5~2 ㎏程度の小型(JW、NZWは3~4 ㎏程度)であることや有色であることが利点となる場合に選択されます。また、大型の実験用アルビノウサギも開発されており、イヌなどに代わる実験モデル動物となることが期待されています[2]。

コラム

アジアの国々における実験動物獣医師と日本実験動物医学専門医協会(JCLAM)

花井幸次
島根大学 実験動物部門, JCLAM国際渉外委員会委員(IACLAM担当), IACLAM理事(前Secretary/Treasurer) 

科学の進歩のために多くの国で動物実験が行われています。たとえ人間の生活をよりよくするという目的のためであっても、実験動物を命あるものと理解し、福祉的・倫理的、かつ、科学的にも適切に使用・飼養しなくてはならないことは、現在では疑いのないことです。そして、それを達成するために、実験動物の使用・飼養は、実験動物獣医師の責任の下に行われる必要があると世界的に考えられています(関連したコラム「JCLAMが果たす国際貢献」を参照してください)。こうした要求に応えるために日本では日本実験動物医学会(JALAM)と日本実験動物医学専門医協会(JCLAM)が協力して努力してきました。しかしながら、今なお日本では実験動物獣医師の重要性について、多くの人に十分に理解されていないように感じられます。
 2023年9月にAsian Federation of Laboratory Animal Science Associations (AFLAS:アジアの国々の実験動物学会の連合会)の学会が韓国の済州島で開催され、その中で韓国の実験動物医学専門医協会(KCLAM)が共催するシンポジウム「アジアの国々における実験動物獣医師の役割」が行われました。このセッションには、日本を含む11の国と地域から実験動物獣医師の代表者が集まり、各国の動物実験や実験動物の使用・飼養に関する法令や国の指針、それらに記載された実験動物獣医師の役割、実験動物獣医師の研修制度などについてラウンドテーブルとして議論が行われました。この貴重な機会に、私はJCLAMの代表者として参加させていただきました。これからの日本の実験動物に関する規制や管理のあり方、そしてJALAM/JCLAMの活動を検討するための資料として、更に動物実験に関心のある一般の方に世界の現状を知っていただく機会として、このセッションでの議論の内容を簡単に紹介いたします。(なお、このコラムは、2023年12月にJALAM/JCLAM ウェブセミナーで、会員限定で紹介した内容を一般の方向けに紹介するものです。)

1)参加国
 下表にラウンドテーブルに参加した団体とその所属する国と地域を示しました。11の国と地域の内、日本、韓国、インド、フィリピンの代表者は実験動物医学専門医協会からの参加でした。それらの協会はいずれも「実験動物医学専門医を通じて、世界中で実験動物獣医師の役割を広げ、それにより実験動物の福祉と健康を向上させる」ことを目的に活動を行っているIACLAM (The International Association of Colleges of Laboratory Animal Medicine)のメンバー協会です。台湾からも実験動物医学専門医協会(TCLAM)の代表者が参加しましたが、この団体は2023年に立ち上げられ、学会開催時には米国の実験動物医学専門医協会(ACLAM)のサポートを受けて活動準備中とのことで、まだ台湾には専門医制度は整備されていませんでした。インドネシアからは実験動物獣医師団体であるILAVA(Indonesian Laboratory Animal Veterinarians Association)の代表者が参加しました。この組織は、インドネシアの獣医学会の下部組織で、日本のJALAMに近い組織です。そのほかの参加国には、実験動物獣医師の団体はなく、各国の実験動物学会で獣医学的ケアに関する諸問題を取り扱っているとのことでした。以下、理解しやすくするために団体名の代わりに国や地域名を使用して説明します。
 今回参加した国や地域では、実験動物の適切な使用・飼養に関して、上記の台湾の他にも欧米の考え方・システムを取り入れている、あるいは参考にしているところが多いことが窺われました。IACLAMメンバー4か国と台湾以外の6か国の組織のうち、ACLAMの認定専門医が活動の中心にいるのは4か国(中国、シンガポール、インドネシア、タイ)で、そのうち3か国(中国、タイ、シンガポール)は米国実験動物学会(AALAS)のGlobal Affiliate Memberになっています。また、タイとマレーシアはAALAS研修制度を自国の実験動物獣医師の研修として利用しています。スリランカの活動の中心人物は欧州の実験動物学会(FELASA)の実験動物科学のスペシャリスト認定を受けているとのことでした。

2)各国の法令・指針における実験動物獣医師
 参加した団体のすべての国と地域で実験動物の適切な使用・飼養に関する法令あるいは国の指針が整備されていることが示されました。また、ほとんどの国と地域で法令又は国の指針として実験動物獣医師の関与や役割を定めており、定められていないのは日本とスリランカだけのようでした。タイやシンガポールでは、動物実験施設は必ず獣医師を設置しなくてはならないと法令で定めています。しかし、いずれの国あるいは地域も実験動物獣医師の人数が十分というわけではないので、獣医師の存在が法令により必須と規定されたタイやシンガポールのほかは、条件によって必ずしも実験動物獣医師が存在しなくとも動物実験は行えるようです。例えば、動物実験施設の規模や扱う動物種によって扱いを変えるような事例も紹介されました。
 シンガポールには獣医師の養成を行う大学がなく、海外からの獣医師に頼った運用ですが、動物実験施設は登録制で実験動物獣医師が必須であるため、パートタイムでいくつもの施設を受け持つ方もいるようです。

3)日本(JCLAM)の指導力への期待
 JCLAMは、IACLAMの設立メンバーで韓国(KCLAM)とともに実験動物医学専門医の組織として長年活動しており経験が豊富です。また、IACLAMメンバーの中でも米国(ACLAM)に次いで実験動物医学専門医の資格を有する実験動物獣医師が多くいます(2023年12月現在;欧州全体よりも多い)。また、日本では世界の中でもトップクラスと言えるほど動物実験が多く実施されています(Addict Biol. 2021; 26(6): e12991)。こうした背景からと思われますが、今回、日本の動物実験に関する現状やJCLAMの紹介を行った後、多くの質問や期待を示すコメントがあり、アジアの国々で実験動物獣医師が一層活躍できる環境づくりに、日本やJCLAMが期待されていると感じました。特に、実験動物獣医師の技能レベルの向上・研修制度は各国の課題となっており、KCLAMやJCLAMを中心として今回参加した団体が協力して相互に向上できる仕組みが得られればとの意見もありました。
 国際的には、国際獣疫事務局(WOAH; World Organization for Animal Health)の Terrestrial Code, Chapter 7.8や米国ILAR guide (第8版)など主要な指針や規則として、「動物実験施設における実験動物の福祉・健康に関して責任を有するのは獣医師である」とされています。上述のとおり、今回のほとんどの参加国でこの要求に準拠した法令や指針が作成されていました。一方、日本は多くの国と異なり、法令や国の指針として動物実験施設に獣医師が必要とは明記されておらず、その代わりに「実験動物に関して優れた識見を有する者」を動物実験委員会の委員とすること、および実験動物管理者を設置することが必要とされています。今回のセッションでは、この日本の仕組みにも関心が寄せられました。獣医師の数が十分でない中で、動物実験施設で必要とされる獣医学的ケアを満たす方法としてよい一例として受け止めてもらえたようです。
 動物実験の成果を一定のレベルで達成するためには、世界的に認められた基準で実験動物を飼養し、適切な方法で動物実験を実施する必要があります。しかしその一方で、動物実験の管理についても各国の文化・歴史的背景を考慮した独自性を尊重することは重要で、全てを米国のスタイルに統一させる必要はないと思われます。こうした考えからも日本の仕組みに共感を得たのかもしれません。
 とは言え、今の日本の法令や指針では、先に述べたような国際的な獣医師への期待・要求に応えられていません。今後日本が国際社会の中で「適切な動物実験を実施している」と認め続けてもらうために、そしてアジアや世界のリーダーとして日本型システムを示し続けていくためにも、日本の法令や国の指針の中に実験動物獣医師の定義と役割について明記するとともに、現在の仕組みを昇華させていく必要があると考えられました。そしてJALAMやJCLAMはその仕組みにふさわしい高いレベルの実験動物獣医師を育成し、行政とも協力して日本型システムの完成度を高めていく原動力になるべきと考えます。

コラム

日本実験動物医学専門医協会(JCLAM)が果たす国際貢献

花井幸次
島根大学 実験動物部門, JCLAM国際渉外委員会委員(IACLAM担当), IACLAM理事(前Secretary/Treasurer) 

科学の発展のために動物実験は必要不可欠であり、実際、世界中の国々で毎年多くの動物実験が実施されています。動物実験の実施にあたっては実験動物を倫理的に、かつ科学的に適切に使用しなければならないことは疑いがありません。その大原則が、よく知られた3Rs の原則(Replacement, Reduction, and Refinement)です。3Rsの原則に従って動物実験が適切に実施されたことを保証するためには、実験動物の健康状態を正しく評価する技能を有する獣医師の役割が欠かせません。動物の健康や福祉的扱いを司る国際的な政府間機関である国際獣疫事務局/The World Organization for Animal Health (WOAH;日本は1930年より加盟)の動物実験に係る規定 (Terrestrial Code, Chapter 7.8. Use of animals in research and education) においても、『科学的に適切な動物実験の実施には実験動物の福祉的取り扱いが必要であり、そのためには技能を有する獣医師が必須のメンバーである』ことが記載されています。今回のコラムでは、優れた技能を有する実験動物医学専門医を地球規模で育成し、動物実験を実験動物の健康の側面から支えることを目指す団体(IACLAM)と、そのIACLAMの活躍にJCLAMが果たしてきた国際貢献活動について紹介いたします。

IACLAM について

 この団体は正式名をThe International Association of Colleges of Laboratory Animal Medicineと言い、頭文字をとってIACLAMと呼んでいます。4つの国・地域の実験動物医学専門医協会、すなわちACLAM(米国の実験動物医学専門医協会)、ECLAM(欧州の実験動物医学専門医協会)、KCLAM(韓国の実験動物医学専門医協会)とJCLAMをメンバーとして2006年に活動を開始しました。各協会から代表者を出してIACLAMの理事会を組織し、実験動物の福祉にIACLAMとして貢献できる事項を協議して実行してきました。これまでにインドとフィリピン(フィリピンは2024年4月現在アソシエートメンバー)を加え現在は6つの国・地域で活動を行っています。またIACLAMは世界獣医師会(The World Veterinary Association;WVA)のメンバー協会であり、世界の獣医学および動物を用いた産業の発展にも貢献してきました。

IACLAMの活動目標に向けた取り組み

 科学的な研究成果を世界で共有するためには、実験に関する科学的な質の保証が必要です。動物実験においては全実験期間にわたる実験動物の品質の保持もその一つになります。実験動物の品質の保持とは、実験動物が身体的に健康であるとともに精神的な苦痛も実験条件として許容される範囲内である必要があります。すなわち、飼育条件としての「5つの自由」と動物実験における「3Rsの原則」が遵守される必要があります。そして、『訓練された実験動物獣医師がそれらを監視し、保証する役割を担う』ことが世界で求められています。

ところが、それぞれの国には文化的・政治的背景があり、実験動物の身体的・精神的健康に関する考え方が異なることも大いにあり、それ故に獣医師に求められる内容・水準もところ変われば異なってしまいます。しかし、実験動物の扱いが変われば科学的な質は保証されず研究成果を世界で共有することが難しくなります。そこで世界的な指標が必要になります。IACLAMでは、実験動物の健康と福祉的扱いを世界的指標に照らして保証するために、指導的役割を担う実験動物医学専門医が有すべき知識・技能・考え方を指標として明確にし、それらを有する実験動物医学専門医を世界の国々で育成することを目標としています。それらをビジョンとミッションとし(表1)、その実現に向けて中長期的な活動計画を設定しました。

(表1 IACLAMのミッション)

 前述のように、国や地域によって文化的・政治的な背景が異なりますが、IACLAMはそれを否定してはいません。IACLAMは画一的に先進国のやり方を押し付けたり、直接個々の獣医師を指導したりするのではなく、国・地域毎に設立された実験動物医学専門医協会をサポートし、その国・地域の協会が『その国の実情に合わせてIACLAM基準の専門医を認定するシステムを構築する』という方式を採用しています。すなわち、具体的な運営方法は、一定の決まり事/枠組みを守り、IACLAMの定める専門医の基準に達するようにさえすれば、それぞれの協会がある程度の自由度をもって定めることができます。最初は米国、欧州、韓国、そして日本の4つの国・地域で始まったIACLAMですが、上記の考え方でインドの専門医協会が仲間に加わり、現在アソシエートメンバー(仮入会)のフィリピンの協会が新しい仲間(=正会員・フルメンバー)となるべくシステムの構築を進めています。このほかにも数か国の関係団体から実験動物医学専門医協会を設立しIACLAMのメンバーに加わりたいとの希望を聞いています。将来は多くの国の協会が、それぞれ工夫を凝らして国際指標に合致した実験動物医学専門医を輩出するようになることが期待されます。

 また、これまでは各協会に任せていましたが、現メンバー協会の会員の知識のアップデートや技能の向上も、これからのIACLAMの重要な課題と捉えています。実験動物医学専門医は国際的な水準の知識・技能を要求されるので、IACLAMのメンバー協会の会員が必要な情報にアクセスしやすいよう、各協会から持ち寄った有用な研修や学会の情報、先進国の法令改正やガイドラインの改定の情報などを共有できるようにしました。更に、初めての試みとしてIACLAMが主催する実験動物医学に関する研究会を2025年に欧州で開催することとし、準備を開始したところです。

 このほか、IACLAMの認知度を高める活動を進めています。適切な動物実験の実施には、研究者のパートナーとして実験動物獣医師(日本のガイドラインでは実験動物管理者が相当)の役割は重要であることは疑いがありません。しかし、その重要な実験動物獣医師の指導役であるべき実験動物医学専門医の能力を保証することの必要性、およびそれを行う国際的に唯一の団体であるIACLAMについて、世界的にはまだ十分に認知/理解されていないと考えているのです。これまでに実験動物関連の組織にIACLAMの活動を紹介するニュースレターを配信し、またいくつかの国際学会でIACLAMに関する発表を行ってきました。論文投稿も行いました(表2)。これからも機会を得て学会等を通じて情報発信を行うことにしていますので、このコラムを読まれている方も、どこかで目にされるかもしれません。

(表2 IACLAMの活動に関する論文の例)

IACLAMの活動におけるJCLAMの貢献

 最初に記載したように、JCLAMはIACLAMの設立メンバー協会であり、ここまでに記載したIACLAMの活動を支えてきました。JCLAMの代表者がIACLAMの役員や各種委員会の委員・委員長を歴任して重要な役割を担いましたし、現在進行中の中期計画でも立案や実行に多くの力を注いできました。上述以外の活動として具体的な例を挙げると、インドの実験動物医学専門医協会(ICLAM)の設立に際して、インドの実験動物学会で他の専門医協会と並んでJCLAMからも実験動物医学専門医協会設立の意義やその方法について紹介を行いました。また、2023年に台湾で開催されたWVAの総会では、JCLAMが担当してIACLAMの活動をポスター発表しました。WVAの学術集会には今のところ実験動物関係者の参加は多くありませんが、発展途上国を含め多くの国から産業動物関係を中心に多数の獣医師が参加します。そのため、世界中の動物実験実施機関に実験動物福祉の考えを理解してもらうための布石として非常に重要な機会です。

 逆にIACLAMの活動方針に呼応してJCLAMが活動を改善した事例もあります。例えば、実験動物医学専門医が有するべき知識・技能をIACLAMメンバー協会で共有するため、役割概要説明文書(RDD; Role Delineation Document)をまとめ、JCLAMのwebsiteに掲示しました。このRDDはIACLAMの各協会のwebsiteに掲示されたものと相互リンクしています。また、実験動物医学専門医がより専門的で高度な知識や技術を習得する研修を行うためのレジデントプログラムを設置し運用を開始しました。そのほかにも他の協会の事例を参考にした改善例がいくつもあります。今後もIACLAMで定める方針や他協会の情報を参考に、JCLAMの活動も微調整していく必要があると考えています。

最後に

動物実験を行うあらゆる国で実験動物医学専門医の重要性を知ってもらい、関連法令・ガイドラインに実験動物医学専門医や実験動物獣医師の役割を明記してもらうことにより、実験動物の福祉を多いに進展させることが可能になると考えています。また、実験動物の福祉に関心を持っていても実験動物医学専門医というものを知らない方もいるかもしれません。そういう方に情報を届けることで、将来、実験動物医学専門医を目指してくださるかもしれません。IACLAMの活動は実験動物の福祉を通じて科学の発展に寄与するものとして、世界の人々に理解していただけることを期待しています。

これまでに記載した通り、JCLAMはIACLAMの設立時から実験動物医学専門医の役割を通して国際的にも動物福祉に力を注いできました。その甲斐もあって日本の動物実験における実験動物福祉の水準は世界からも注目されています。JCLAMが協会として活動を推進していく姿を、またその会員一人ひとりが今後も一層大きな力を発揮していくところを、読者の皆様には期待の目をもって見届けてほしいと願います。

コラム

実験動物と伴侶動物の二刀流獣医師

とちぎ うさぎ・ことり・ちびっこ動物の病院 早稲田大研究推進部 獨協医科大薬理学講座 寺田節

はじめに

獣医師として活躍できる場は多く、小動物臨床、大動物臨床、公務員、研究職などの選択肢を挙げることができる。その選択肢の中には実験動物の管理に携わる獣医師もある。さらに深く掘り下げると、その獣医師のなかには実験動物医学専門医の資格を有し、より専門的な見地から携わっている獣医師もいる。実験動物医学専門医の資格の有無に関わらず実験動物の管理に携わる獣医師は不足しがちなのが現状である。個人的な意見として、獣医師を目指して大学に入学する学生の多くは、「動物の命を救う」という目標を胸に勉学に励んでおり、動物実験はその志と相反するものであると認識している学生が多いと思われる。そのため、動物実験に携わる獣医師の道に進む学生が少ないのではないかと推察する。私自身もそんな学生のひとりであったが、実験動物学教室の門をくぐることになるのである。

なぜ二刀流獣医師になったのか

将来、競走馬の獣医師になりたいと大学に入学したのだが、研究室配属の際に、学生のうちにしかできない勉強をしたいと思い、当時「動物行動学」を研究していた実験動物学教室の斎藤徹先生に師事したのがはじめの一歩であった。斎藤徹先生は㈶残留農薬研究所毒性部室長の経歴を持つ実験動物学の専門家であり、厳しい指導の下実験動物学及び研究の基礎を学ぶこととなるのである。さらに私の運命を決定づけたのが、私が大学院生の時に斎藤徹先生が大学附属病院にて特殊動物診療科を立ち上げたことであった。これは今で言うエキゾチックペット(犬猫及び野生動物以外の動物)の診療科であり、私はそこの立ち上げメンバーに選ばれたのである。卒業後、医科大学実験動物センターの教員及びセンター長の傍ら、外勤制度を利用してエキゾチックペットの臨床獣医師の非常勤を12年間経験した後、動物病院を開業し実験動物医学専門医と小動物臨床獣医師の二足の草鞋を履き活動することとなる。現代で言う二刀流である。

二刀流の根底は動物への苦痛軽減

 実際、動物実験では実験に用いられる動物の多くは最終的に安楽死処置される。したがって初心で抱いていた「動物の命を救う」という考えに反するのではとジレンマに陥る。しかしながら、医学・獣医学研究において動物実験は必要である。そこには獣医師が不可欠であり、特に実験動物医学専門医の存在が重要となる。二刀流で活躍する中で、見えてくる境地がある。実際には私自身、動物実験も臨床も動物に対しての考え方は根底では同じであると理解している。この理解があるからこそ、二刀流が成り立ち、そんな私だからこそできるアプローチで動物実験及び臨床と活躍の場を広げているのだと考えている。

 基本的に動物実験は法律、ガイドライン、規程等に則り実施されている。その中でも獣医学的ケアは重要な位置づけとなっており、実験動物医学専門医の活躍の場となっている。動物実験に携わる研究者たちは、必ずしも実験動物に精通しているわけでもなく、ましてや獣医学的ケアが全ての実験動物に行き届くとは限らない。動物実験の一部では苦痛度の高い研究も行われるため、これら実験動物において苦痛の緩和に配慮することが求められる。臨床においては伴侶動物たちには飼い主がいて、多くの愛情を注いでもらいながら暮らしている。そんな伴侶動物では飼い主の意識が高く、病気や傷害からの苦痛を取り除くことを求められ、獣医師として積極的に苦痛軽減を行うこととなる。苦痛軽減の方法は多岐にわたり鎮痛薬等の種類も多い。これら知識は実験動物における苦痛軽減にも活かされている。もちろん動物実験において人道的エンドポイントが存在し、鎮痛薬等を使用しても軽減できない苦痛を呈している実験動物には安楽死処置が行われる。一方で我が国の伴侶動物医療において、この「安楽死」は一般的に受け入れられているとは限らない。しかしながら、私は各国、各学会等の動物実験のガイドライン等を参照し、飼い主に安楽死の重要性を説明することもある。これは実験動物医学専門医である知識が活かされているが、根拠なく飼い主に安楽死を勧めることは望ましいとは思えず、伴侶動物の苦痛軽減を最大限に考慮して説明している。

 私が考える二刀流獣医師の考えの根底は動物の苦痛軽減を最大限に追求することと考える。それは治療することはもちろんのこと、治療困難な動物においても積極的に苦痛軽減を行い、動物の福祉を守ることに集約される。

二刀流の利点

 現在は、臨床獣医師に主軸を置き、特にエキゾチックアニマルを専門で診察を行っている。動物実験に携わる期間が長かったことから、マウス、ラット、ハムスター、ウサギと小さい動物の扱いは慣れていて、また手術も実施することができる。実験動物医学専門医からの視点では当然のことであるが、臨床獣医師からの視点では、げっ歯類等の小型動物に麻酔を施し手術をすることの難易度は並大抵ではない。多くの臨床獣医師は、これら動物の扱い方、麻酔方法及び手術が不慣れもしくは不可能なことから敬遠する傾向が強い。そのため現在では近隣の動物病院より症例を紹介していただく機会が多く、近隣のエキゾチックアニマル、飼い主及び動物病院に貢献できていると自負している。また、動物実験は医科大学で経験を積んでいたため、医師の友人が多くでき、その医師たちから医学のスキルを学ぶ機会を得ることが、今の臨床獣医師としての糧となっている。当然、診療で困ったときも相談できるため、重宝しているのも事実である。

 実験動物医学専門医としては、企業等の管理獣医師及び大学関連の動物実験委員等の役職をいただいている。そこでは動物実験が適切に実施されているか、動物福祉・倫理が遵守されているか目を光らせている。臨床獣医師の肩書もあるせいか、麻酔方法、鎮痛剤等の苦痛軽減方法及び治療等の問い合わせでは説得力のある様々な方法を提案することができる。また、疾病に対して早期に診断することも可能である。近年の実験動物は非常に清浄度の高い環境で飼育繁殖されているため、感染性の疾病を見る機会が少ない。一方で、小動物臨床の現場では感染症を含む様々な疾病と遭遇する。そのため小動物臨床での経験が動物実験で活かされるのは疾病の診断治療によるところが大きいと思う。

おわりに 二刀流獣医師ならではのアプローチで相反すると思われる分野でも、お互いの経験を活用し、それぞれのスキルを高めることは可能であり、逆にそれぞれの分野での信頼を得られる機会でもあると考える。この二刀流獣医師は何も私だけができることではなく、多くの獣医師でも活躍は可能であり機会を得ることができると考える。ひとつの分野に縛られることなく、多くの機会、経験を得て、スキルを高め、多種の分野で活躍できる獣医師が今後誕生することを切に願う。

コラム

シンガポールにおける動物研究施設の運用

Chugai Pharmabody Research Pte. Ltd. 山本 駿

【はじめに】

シンガポールにあるChugai Pharmabody Research Pte. Ltd.の山本と申します。私が駐在を始めた2020年3月から長きにわたり、新型コロナウイルスに関する行動制限があったのですが、今はそれらもなくなり、シンガポールライフを楽しんでいます。

さて今回は、シンガポールにおける動物研究施設の運営について取り上げたいと思います。私は元々有機合成化学を専門としており、動物実験に従事したことがなかったのですが、現職の業務の一環として、弊社のInstitutional Animal Care & Use Committee (IACUC) 事務局を務めることになりました。最初は初めてのことで戸惑いが大きかったのですが、前任者から数カ月間の引継ぎ期間を設けてもらい、弊社が契約している管理獣医師からのサポートや、シンガポールにおける事務局に必須のトレーニングの受講を通じて、必要な情報を迅速にキャッチアップすることができました。

現在弊社は、管理獣医師、社内の研究者3名、社内の非研究者2名、社外委員1名に加えて、事務局の私を含む8名体制でIACUCを運用しています。今回はシンガポールにおけるIACUC運営を通じて私が知ったこと、経験したことなどをごく簡単にご紹介させていただきます。

【動物研究施設管理の概要】

シンガポールにおける動物研究施設はライセンス制で運営されており、Ministry of National Development (MND、日本語では“国家開発省”と訳されます) のサブ機関であるNational Parks Board (NParks) 内にあるAnimal & Veterinary Service (AVS) という組織が、動物研究施設を管理しています。AVSは動物の健康と福祉を総合的に管理しており、その一環として動物研究施設の管理も行っております。

AVSは動物研究施設の運用に関するガイドラインの作成・ライセンスの付与・年次の査察・必要なトレーニングの提供等を行っており、動物研究施設はガイドラインに基づいた施設運用、研究用動物の管理、AVSへの必要な情報やレポート(Annual ReportやIncident Report)の提出、および年次査察の受け入れが義務付けられています。(図1)

図1. シンガポールの動物研究施設管理の概要

【ライセンス】

ライセンスについてもう少し詳しく説明します。新たに動物研究施設の運用をスタートするには、AVSからの査察を受ける必要があり、その査察をパスすると、ライセンスが発行されます。ライセンスの期限は1年で、更新前に再度AVSからの査察をパスすることでライセンスが更新されます。

AVSの査察は、書類査察と実際の施設の査察の2部構成となっており、それぞれガイドラインに沿った運用ができているか細かくチェックされます。私が初めて査察対応をしたときは、「どんな厳しい指摘がされるのだろうか?」「ライセンスが剥奪されたらどうしよう?」「そもそも英語のやり取りがちゃんとできるんだろうか?」と準備段階から胃がキリキリする思いでした。しかしながら、査察自体は細部にわたって行われるのですが、査察員の対応がとても丁寧で、一方的な指摘ではなくこちらの意図を確認してくれたり、 “どうすればもっと良くなるか” を一緒にディスカッションしたりすることもでき、安堵したことを思い出します。

なおAVSの査察は原則毎年受ける必要がありますが、国際的な第三者認証機関であるAssociation for Assessment and Accreditation of Laboratory Animal Care International (AAALACi) 認証を受けた施設では、AAALACiのsite visitがある年に限り、site visitをAVSの査察に置き換えることができる、という運用もされています。

コラム

蚊のぬれに着目した新しい蚊対策

花王株式会社 難波 綾

【はじめに】

 みなさんは、「最も多くの人のいのちを奪う生き物」は何だと思いますか?答えは「蚊」です。あの小さな体でどうやって?と思われるかもしれません。実は蚊は、人にとって危険な病気を媒介します。一番多くの人のいのちを奪うのは、マラリアです。2021年にはおよそ62万人が亡くなり、このうち48万人ほどがアフリカに住む5歳以下の子供でした。一番多くの人が感染するのは、デング熱です。デング熱は年間3.9億人が感染すると推定されています。

 蚊が媒介する病気の多くには、ワクチンや特効薬がありません。たとえ薬があったとしても、病院が遠かったり診断に時間がかかったり、すぐには手に入らないこともあります。そのため病気を防ぐ上で最も大事なことは、「蚊に刺されないこと」です。人が蚊に刺されないために、これまで多くの取り組みがなされてきました。たとえば東南アジアの行政は殺虫剤を噴霧したり、蚊の幼虫であるボウフラを駆除したりする取り組みを行っています(蚊の幼虫は、鉢やタイヤなどにたまった水の中にいます)。一方で、噴霧に用いられる殺虫成分に抵抗性を示す、つまりこれまでと同じ濃度の殺虫成分では死ななくなってしまった蚊が増えてきています。そのため、より多様な蚊に刺されないための方法の提案が必要だと、私たちは考えました。

 私たちの会社では、食品から洗剤、石鹸、化学品など、多様な製品を取り扱っています。多様な製品を取り扱っているということは、多様なバックグラウンドを持つ研究者がいるということです。ちなみに、今この文章を書いている私は分子生物学が専門です。さまざまな角度から蚊、そして蚊刺されを考えたことで、これまでとは少し視点の違う技術が生まれてきました。このコラムでは、私たちの技術を2つご紹介したいと思います。

コラム

老化研究と実験動物

北里大学獣医学部実験動物学研究室 宍戸晧也

1.はじめに

昨今、アンチエイジングの分野の注目度が高まっており、様々な分野で商品開発や研究がされています。多くの方が、一度は「年老いたくない!」と思ったことがあると思います。人類は古来より不老不死の追求や、死からの蘇りを切望してきました。秦の始皇帝が不死の薬として丹薬を飲んだり、来世の復活を願うエジプト王のミイラとして残したことが広く知られています。現代でも、未来の蘇生技術やクローン技術に期待して、遺体を冷凍保存するビジネスが複数存在します(1)。

我が国を含む先進国では医療(特に感染症分野)が発達したことで、平均寿命が飛躍的に延びました。一方、寿命の延伸によって、今度は新たにがんと生活習慣病、フレイル、ロコモティブシンドローム、認知症、骨疾患などが問題となってきました。2050年には65歳以上の高齢者が6人に1人を占めると推定されており、急速な高齢化が世界的に進むことが危惧されます。生活の質や健康の向上がないまま寿命を延ばすことには、問題があることは明らかです。

この将来直面する問題に先駆けて、わが国では老化の遅延による健康寿命の延長や老化制御、疾患予防、克服を目的としてAMEDでは老化研究の領域に対して支援を行っています。老化研究は国の研究支援機構にとどまらず、Googleは2013年に15億ドルをかけてCalicoというベンチャー子会社を立ち上げるなど、老化とその治療は今や世界的に大きなニーズとなっております。本コラムでは老化研究と実験動物の老化モデルについてご紹介します。

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