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ブタの麻酔医〜周術期管理に関する総論的なお話〜

○循環管理:麻酔下においては、外科処置中の出血や不感蒸泄などによる循環血液量の減少、不適切な麻酔深度による血圧、心拍出量の低下、モデル動物の病態に起因した循環不全や不整脈に対応するため、心電図、心拍数、血圧をモニターする必要があります。

 術中は循環血液量を維持(心拍出量、血圧の維持)するために基本的に輸液(10~15ml/kg/hr)を行います[1, 2]。ブタでは経験的に、輸液量が少ないと腹腔内臓器を展開する際に血行動態の変化が著しく、循環管理が難しくなることがあるため、輸液はしっかりと実施した方が良いと考えています。私は絶食処置を行ったブタでは脱水(循環血液量の減少)傾向があるように感じています。絶食にともなって飲水量が減少するのかもしれません。そのため、臓器移植など侵襲の大きい外科手術を行う際には、輸液開始1時間ほどは流量を多め(30~40ml/kg/hr)にすることをお勧めします。

 また、侵襲の大きい手術の際には必ず尿量をモニタリングする必要がありますが、雄ブタではそのペニスの形状から外尿道口からカテーテルを挿入することが困難なケースがほとんどです。この場合、我々は必要に応じて開腹し、膀胱にカテーテルを留置します。

○体温管理:術中は麻酔や開腹/開胸により体温が低下しやすい状況にあります。体温が著しく低下すると血圧低下や徐脈、不整脈などの循環不全や代謝性アシドーシスの進行が認められ、生命を脅かすことがある[1]ため、ブランケットや保温マット(図4)の利用により体温の保持に努めます。また、ブタでは揮発性吸入麻酔薬や筋弛緩薬などを用いた際に、悪性高熱(筋硬直、頻脈、異常な高熱)が認められることがあるので注意が必要です。

術後管理術後の低体温を防止するための保温の実施や手術領域によってはサードスペースへの細胞外液喪失による循環血液量の減少を補うため輸液の実施について、検討、準備しておく必要があります。また、感染防止の抗生剤の投与や鎮痛剤の投与についても実施します。なお、抗生剤、鎮痛剤の投与は術前から実施しておくことが推奨されます。

 以上、ブタの麻酔について、総論的な内容を経験も交え、ざっくりと紹介しました。先生方の参考になれば幸いです。

参考文献

1. Lais M. Malavasi. (2015). In “Veterinary Anesthesia and Analgesia, The fifth edition of Lumb and Jones” (Kurt A.Grimm ed). pp928-939, Wiley Blackwell, UK.Paul Flecknell. (2015).

2. Laboratory Animal Anaesthesia 4th edition. pp 77-108, 238-242, Academic press, UK.

3. Alison C. Smith and M. Michael Swindle. (2008). Anesthesia and Analgesia in Swine. In “Anesthesia and Analgesia in Laboratory Animals 2nd edition” (Richard E. Fish, ed). pp 414-436, Academic press, UK.

コラム

国内承認ワクチンの非臨床試験を垣間見る    〜ワクチン開発と動物実験〜

 日米EU医薬品規制調和国際会議(ICH)での合意に基づき、「医薬品の臨床試験のための非臨床試験の実施時期についてのガイドライン」が2010年に改正され、「医薬品の臨床試験及び製造販売承認申請のための非臨床安全性試験実施についてのガイダンス」がまとめられて現在に至っている (ICH-M3{R2})3)。この改正の主な目的は、承認審査資料の国際的なハーモナイゼーションを推進することにあり、「動物実験の3Rsの原則」に従うこと、および「早期探索的臨床試験のための非臨床試験」という概念を導入することなどにあり、これ以降、毒性試験や薬理試験など12の試験項目の安全性(Safety)についてICHガイドラインが各々整備されてきている (ICH-S1~S12)。

 臨床第Ⅰ相試験の初期に実施される「早期探索的臨床試験」に応じて、ヒト初回投与試験までに実施すべきマイクロドーズ試験や単回投与毒性などの非臨床試験が、げっ歯類および非げっ歯類を用いて実施される。すなわち「早期探索的臨床試験の開始時までに実施される非臨床試験は一部にすぎず、実施予定の臨床試験の時期や期間に応じて非臨床試験がデザインされる」のが一般的である。

 この分野の専門家ではない著者の私見ではあるが、「ほとんどの動物実験(試験)がヒト臨床に先だって実施されるもの」という、現実からやや乖離した先入観が社会の根底にあるように感じている。時に動物実験(試験)は「非臨床試験(前臨床試験)」などと記載されることもあり、研究者による社会に向けた正確な情報発信という点で誤解を生み易い表現には都度解説する必要があると自戒を込めて考えている。

【参考アドレス】

1. 独立行政法人医薬品医療機器総合機構(PMDA) 「医療用医薬品 情報検索」 

2. 一般社団法人日本医薬情報センター(JAPIC) 「医薬品情報データベース (iyakuSearch)」

3. 独立行政法人医薬品医療機器総合機構(PMDA) 「ICH 医薬品規制調和国際会議 ガイドライン 」

コラム

マウスやラットの技術トレーニングで使用される代替法教材

2. 映像教材

 実際に、動画による視覚的イメージが、技術の習得に大きく貢献することが、アメリカの獣医学生を対象とした調査で明らかとなっています。犬の外科手術の際に、教員の講義内容(声)、シュミュレーターでの練習内容、自らまとめたノート、動画教材の視覚的イメージなどの学習内容うち、記憶をどこからリコールしたかを調査したところ、動画の視覚的イメージと回答した学生が圧倒的に多かったと報告されています(2)。

 映像教材はビデオカメラがあれば簡単に作成することが可能であり、各施設においてオリジナルの動画が作成・活用されています。また各種関連団体でマウスやラットの基本手技のDVDが販売されています。

 映像教材と上述のシミュレーターと組み合わせることによって学習効果はさらに高まります。

・ビデオジャーナル:JoVE

JoVE(Journal of Visualized Experiments)は動物実験技術に限らず様々な分野の実験技術をマニュアル付きで多数公開している査読審査式のビデオジャーナルです。各実験技術の動画が専門家の解説付きでまとめられており、新しく実験系を立ち上げる際などに役立ちます。

 JoVEに掲載されている実験動画の例:A Protocol for Housing Mice in an Enriched Environment

解剖シミュレーションアプリ:3D Rat Anatomy

 研究目的で解剖を行う際には、速やかかつ適切に臓器を採材することが要求されますが、そのためには各臓器の位置関係を理解しておく必要があります。3D Anatomyシリーズは3Dアプリの特性を利用することで、各臓器の立体的な位置関係を学習するのに有用な教材です。このシリーズでは犬や牛、鳥類をはじめとした様々な動物種のアプリがラインナップされていますが、小型齧歯類ではラットのアプリが販売されています。アプリはPC(WindowsおよびMacOS)、iPad、iPhone、Androidスマートフォンなど各種端末にダウンロードすることができます。3D Rat Anatomyは画面上の動物の各部位を拡大縮小、回転することができ、各器官の位置関係を容易に可視化することができます。また、骨、筋肉、内臓の透過度を調整したりすることで観察したい部位を強調することができます。なお3D Rat Anatomyは海外製品のため、器官名の表記がすべて英語となります。

biosphera HPにアプリのデモ動画が掲載されています。

[参考文献]

1. Corte GM, Humpenöder M, Pfützner M, Merle R, Wiegard M, Hohlbaum K, Richardson K, Thöne-Reineke C, Plendl J. Anatomical Evaluation of Rat and Mouse Simulators for Laboratory Animal Science Courses. Animals (Basel). 2021, 11(12):3432. 

2. Langebæk R, Tanggaard L, Berendt M. Veterinary Students’ Recollection Methods for Surgical Procedures: A Qualitative Study. J Vet Med Educ. 2016, 43(1):64-70.

コラム

情報発信のあり方を考える

 UARは他にも様々な活動を行っている。Webサイトには様々な情報や統計データ、国内外の実験動物を用いた研究に関するニュースが提供されている。様々な動物実験のプロトコールについて、目的や利点だけでなく苦痛についても紹介され、また、学生、ジャーナリスト、一般人向けに動物実験の情報を提供するウェブサイトanimalresearch. infoや、複数の動物施設のバーチャルツアーが体験できるlabanimaltour.orgも作成している。twitter等ソーシャルメディアも積極的に用い、多方面に情報提供を行っている(COVID-19のワクチンの開発過程における動物実験を行う意義について説明した図は、英国の多くのメディアでシェアされた)。

 特に印象的な試みは、11〜18歳を対象に、UARがアンバサダーを学校に派遣し、ワークショップにて学生と”対話”することである若年層ほど動物実験に抵抗を持っているので、将来を担う若者に正しい情報を隠すこと無く提供し、自発的に理解を深めてもらうことが目的である。人は一方的に事実を投げかけられても正しい判断を下すことができないため、学生との共通点や見解の一致点を探すことができる”対話”形式を用いている。年間1万人のペースで、すでに10万人以上の学生と対話を行ってきた。アンバサダーは動物実験の専門家(研究者、医療関係者、獣医師等)や動物飼育スタッフからなる167名のボランティアである。彼らは、効果的な対話法やプレゼン法の研修を受けた後に学校に派遣される。UARのHPには、学校向けコンテンツの一部が公開されている。学生アンケートの結果、アンバサダーのうち管理獣医師の話が最も信用できるとのことである。また、学生や先生方に動物実験施設見学の機会も設けている。

 これらの試みによって、動物実験に関して英国民が入手できる情報は飛躍的に増え、事実を公表しても悪い影響や反発は起きていないこと、施設のHPで情報が豊富に入手できるため情報公開請求件数も減少し、動物実験に関するマスコミのネガティブな報道が大幅に減少したようだ。

 本稿ではUARの試みの一部を紹介しましたが、動物実験の社会的理解を得るための情報発信のあり方について、議論のきっかけになっていただければ幸いです。

コラム

JALAM会員からの寄稿

今野 兼次郎

コンノ ケンジロウ

国立循環器病研究センター研究所

寄稿文

温故知新、前島賞」

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安居院 高志

アグイ タカシ

北海道大学名誉教授

YouTubeチャンネルの紹介

前JALAM会長の安居院高志先生(北大名誉教授)が、YouTubeチャンネルを開設されました。本チャンネルでは、自然散策や山菜類の魅力を発信されております。

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特集

研究者が実践するサイエンスコミュニケーション(後編)

 他の人の意見を聞く

 ピアレビューと言いますが、ある程度完成した作品を他の人に見せ、意見をもらう過程が非常に重要です。特に自分の研究に関連したことは、どの程度他の人が理解できるのか感覚が鈍っていたり、一般の認識とずれが生じていることがあります。通常、ピアとは「仲間や同僚」を意味しますが、必ずしも自分と立場の近い人を選ぶ必要はありません。逆にとても遠い立場の人にお願いする必要もなく、科学研究者であっても分野が異なれば「非専門家」であり、自分には見えない気付きをもたらしてくれるはずです。伝えたい層が明確であれば、その立場に近い人をピアとして選ぶのは情報の洗練に効果的です。

 現時点の日本では、科学者が積極的にサイエンスコミュニケーション活動に参画する機会はあまりないかもしれません。一方、外部競争的資金を利用する場合など、社会への情報発信を義務付けているものもあります。また近年、クラウドファンディングによる研究資金の調達も活発化しており、科学に対する社会の関心や理解を得ることは、社会課題を解決するという大義に加え、研究費の獲得に繋がります。研究の持続的発展という観点では、子どもを含めた市民の関心が高まることで、次世代の優秀な研究者が育つことも期待できます。実際に英国では、このような多角的な視点から、科学者の多くはサイエンスコミュニケーション活動に前向きな姿勢を示しています。

科学者とサイエンスコミュニケーション

 個人的な体感ですが、動物に関することは自然科学の中でも人々の関心が高く、その分、意見も多様化し、熱量も千差万別です。ただ、一般に大多数の人は動物のしあわせを願っていると私は考えています。動物実験/実験動物に関しては、世界中で常に議論がありますが、それに反対する人も科学者も、動物や人のしあわせといった、そう離れていない目標や信念を持っているのかもしれません。一方で、特定の意見こそなくても、私たちは日々、動物由来食品や製品、動物実験を経て開発された薬など、その恩恵を大いに享受して生きており、すべての人は動物に関する課題の利害関係者、ステークホルダーです。熱量の高い人だけでなく、すべてのステークホルダーがこの課題について考え、行動することが解決に必要であり、一科学者としては、サイエンスコミュニケーションを通じて多様な立場の人と情報を共有することがその一歩となると考えています。

 大震災やパンデミックなど、危機的状況が発生したときのサイエンスコミュニケーションは、特にリスクコミュニケーションと呼ばれます。東日本大震災および福島第一原子力発電所事故時には、耳なじみのない専門用語が汎用されることで社会は混乱し、その重要性が強く認識されました。その反省も踏まえ、SARS-CoV-2による新型コロナウイルス感染症パンデミックでは、専門家や各学会が積極的に社会と情報を共有する動きがみられました。一方で、何が「正しい」情報なのか専門家も私たちも模索する日々を過ごし、昨日まで正しかったことが、今日から間違った情報になることを実体験しました。情報の正確性を高めるのは、真摯な科学研究による知見の蓄積しかありません。一方で、その伝え方や受け手のリテラシー、または社会的な文脈により、科学的に正しいことが社会の「正解」になるとは限らないことを、私たち研究者は意識する必要がある時代だと感じます。再生医療や人工知能など技術が高度・複雑化する一方、社会における理解と倫理的な議論が追い付いていない課題も多く、サイエンスコミュニケーションの拡がりにより、議論が活発化することを期待しています。

参考文献

1. 加納圭,水町衣里,岩崎琢哉,磯部洋明,川人よし恵,前波晴彦.サイエンスカフェ参加者のセグメンテーションとターゲティング : 「科学・技術への関与」という観点から.科学技術コミュニケーション 第13号.2013; 3-16.

コラム

研究者が実践するサイエンスコミュニケーション(前編)

サイエンスコミュニケーションにおいて、受け手からの反応はさまざまで、自分の発した言葉に対し批判的な意見が返ってくることもあり、伝え手にとっては気持ち良いものではないかもしれません。ですが、自分が投じた情報により、伝えられた側がそれを受け止め、考え、意見を持ったという点で双方向性のコミュニケーションとしては大成功です。一方、隙のない完璧な知見の提供は伝え手の満足度は高いかもしれませんが、受け手が“へーそうなんだ”や“自分には関係ないことだ”と完結してしまった場合、それは一方向性のコミュニケーションとなります。サイエンスコミュニケーションの目的は社会における課題解決であり、「分かりやすく」そして「正確に」伝えることは非常に重要な過程ですが、ゴールではありません。

 もう一つの原則は「中立的」であることです。通常、サイエンスコミュニケーターは、科学者や科学技術とそれについて専門的知識を持たない人(非専門家)や社会の間に立ち、相互の理解を深め、両者のコミュニケーションを円滑にする役割を果たします。例えば科学者側が非専門家には理解しづらい用語を用いている場合は、理解しやすい言葉に置き換えたり、一方、社会からの疑問や意見が漠然としすぎている場合は、例を用いるなど、課題を明確にすることで科学者側もその意図をつかみやすくなります。この際、両者の立場を理解しつつも、どちらか一方を支持することや、批判することなく、中立的な立場を取り、コミュニケーションのバランスを取ることが求められます。自身の研究について述べるとき、中立性を維持することは難しいかもしれませんが、「受け手がどう捉えるか、または捉え得るか」を意識することは、中立性に繋がります。

 ここまで、サイエンスコミュニケーションの背景や基本的な考え方をみてきました。後編では、実際にサイエンスコミュニケーションを実践するときのテクニックや課題について述べていきます。

参考文献

1. 文部科学省「サイエンスコミュニケーションとは?」(2022年8月2日閲覧)

2. 吉岡直人.地球科学におけるトランス・サイエンスの諸問題.公益財団法人深田地質研究所年報.2017.

3. 香田正人.ポスト・ノーマルサイエンスとグローバル感度解析.横幹 5 巻 1 号.2011; 37-40.

4. 荻野晴之.福島第一発電所事故後 9 か月間の放射線リスクコミュニケーションに関する省察.保健物理 47 巻 1 号.2012; 37-43.

5. 元村有希子.科学コミュニケーターのキャリア形成 ~英国の現状~.科学技術コミュニケーション 第4号.2008; 69-77.

コラム

運動器を制御する非線維性コラーゲン分子の役割  〜遺伝子改変マウスモデル研究からわかったこと〜

2. 結合組織と筋肉を制御する新たな分子―XII型コラーゲン

 我々とHicksらのグループは、2014年に、VI型コラーゲン遺伝子疾患と類似した臨床症状を持つヒトの患者からXII型コラーゲン遺伝子(COL12A1変異を同定しました(8)(9)。現在では、本疾患はエーラス・ダンロス症候群(厚生労働省指定難病168)のミオパチー型(mEDS)として分類されています(10)。mEDSは、遺伝子が同定されたことで、2014年以降、世界中で患者数が増加している疾患です。XII型コラーゲンは、3重らせん構造からなるコラーゲン領域が非コラーゲン領域により分断された構造を特徴するFACIT(Fibril Associated Collagens with Interrupted Triple Helices)に分類されるコラーゲン分子で、VI型コラーゲンとは全く異なる構造をとります。XII型コラーゲンは、2つのコラーゲン領域と3つの非コラーゲン領域で構成され、大きいNC3領域を持つことから、この部位で様々な分子と相互作用すると考えられています。我々は、2011年にマウスのXII型コラーゲン遺伝子(Col12a1)欠損マウスを作出し、ヒトmEDSの病態モデル動物となることを報告しました。現在までに、Col12a1欠損マウスは、体が小さく、筋肉、腱、骨が脆弱化することがわかっています(11)(8)(12)。我々は、XII型コラーゲンの機能を解明するため、Col12a1欠損マウスから単離した初代培養の腱細胞と骨芽細胞を用いた免疫細胞染色により、XII型コラーゲンの局在を解析しました。その結果、XII型コラーゲンは細胞が隣接する細胞と結合する際、細胞間を物理的に結合するコラーゲンブリッジを形成することを見出しました(図1(13)(12))。また、ギャップ結合を通過する色素を用いた細胞間コミュニケーション機能解析では、XII型コラーゲンが欠損すると、骨芽細胞間での色素交流が認められないことから、XII型コラーゲンが細胞間コミュニケーションに必要不可欠な分子であると考えられました。これらの知見から、mEDS病態でみられる結合組織の脆弱化は、細胞間コミュニケーション障害に起因すると我々は考えています。

3. VI・XII型コラーゲンの相互作用

 上述したように、VI型コラーゲン遺伝子疾患とmEDSは類似した病態をとることから、原因となるVI型とXII型コラーゲンの共通した機能の存在が推測されます。我々は、XII型コラーゲン解析で見られたコラーゲンブリッジ形成について、VI型コラーゲンの関与を解析したところ、興味深いことに、VI型コラーゲンもまた細胞間を物理的に結合するコラーゲンブリッジを形成することを見出しました。また、Col12a1欠損マウス由来細胞では、VI型コラーゲンによるコラーゲンブリッジ形成は抑制され、Col6a1欠損マウス由来細胞でも同様な結果を得ることができ、これら分子がともに細胞間の物理的結合を担うことを明らかにしました(13)。加えて、Wehnerらは、ゼブラフィッシュの脊髄損傷モデルを用いた実験から、組織再生時に伸長する神経細胞は隣接する細胞とXII型コラーゲンを介して結合することを報告しており(14)、コラーゲンブリッジが組織形成だけでなく、組織再生においても重要な役割を担うと考えることができます。以上の知見から、VIおよびXII型コラーゲンによる細胞間の物理的結合が、細胞形状維持と細胞間コミュニケーションの構築に必須であり、これにより組織・臓器の機能性維持に寄与するものと我々は考えています(図1)。

コラム

がんも遺伝する:モード・スライの功績

モード・スライ [9, 10, 11, 12]

 スライは、1869年、ミネソタ州ミネアポリスで生まれた。シカゴ大に入学後、裕福ではなかったこと、また、当時、女性向けの奨学金はほとんどなかったことから、学費と食費を稼ぐためのアルバイトと勉学の多忙な大学生活を送る。その結果、体調を崩し、シカゴ大学を中退する。1899年、編入したブラウン大学で学士号を取得した。その後、師範学校の心理学の教職につき、遺伝学や精神医学に触れることになる。1908年、教師の仕事を辞め、シカゴ大学の動物学教授のもとで助手を務めることになった。病気の遺伝に興味を持っていた彼女は、6匹のJWMを使って研究を始め、JWMが、がん好発系でもあったことから、旋回運動の遺伝様式ではなく、がんの遺伝様式を調べることにした。がんを発症するマウスと、がんにならないマウスを交配させ、その子孫がどうなるかを観察した。彼女は、シカゴ大学構内の家に、数多くのマウスと暮すことになる。1911年にシカゴ大学の正規職員になるまでは、自費でマウスや餌、床敷を購入し、1日18時間、一人で多くのマウスの世話と観察を行った。マウスのために食事をしないことも度々あった。晩年の講演で述べているが、ケージを滅菌するなど衛生状態に非常に気を使っていたため、常時、数千匹のマウスを収容する実験室では、30年間、感染症の発生は無かった。飼育の状態や食事などの環境因子を極力同一にし、表現型のばらつきが生じないようにした。すべてのマウスの背後には、彼女が書き続けた100世代以上の先祖からの遺伝記録、臨床記録、剖検記録、組織学的記録が存在する。そのため、すべてのマウスの背景情報がわかり、どんな病気にかかりやすいか、何歳まで生きるか、どのような原因で死ぬかも予想できたようだ。彼女は、30年以上の研究生活で15万匹のマウスを交配・飼育して、マウスの表現型を詳細に観察し、そのうち3万匹に様々ながんが発生したことを記録している。1914年までに、5000匹にも及ぶ質量共に膨大な遺伝実験と剖検によって遺伝性腫瘍の存在を確認し、さらにがん抵抗性は優性形質、がん感受性は劣性形質であるとの説や、がん発生には特定の部位に継続的な刺激が必要であると提唱した。この結果をアメリカ癌学会や論文で発表し、脚光を浴びることになる。彼女の説は、上述のリトルから、がんにおける遺伝が果たす役割を単純化しすぎており、実際に起こっていることは、単一遺伝子のメンデル遺伝で説明されることよりも複雑であるという批判を受けた。しかし、筆者は、彼女の説は、今では当たり前となった遺伝性がんの概念を初めて発見したという点で極めて重要だったと思う。その後、彼女は研究を進めるうちに、がんの発生は遺伝の関与だけでは説明できないことを認識するようになる。後年、彼女は、がんの発生には、「遺伝的な感受性」と「がんになりやすい組織への長期的な刺激」という2つの条件が必要であると考えた。現在、遺伝性がんは、がん全体の10%程度であり、環境要因がどのように遺伝子を変化させ最終的にがんを引き起こすか、という研究が盛んに行われている。スライの研究はその端緒となった。1922年には助教授に、1926年に准教授に昇進した。1936年、欧州で開催された国際がん対策会議に出席のために、彼女はマウスを助手に任せ、26年ぶりに休暇を取った。それ以前には、カリフォルニアで病気療養中の母親を訪ねる際には、トレーラーを借りてマウス達を連れて行った。彼女は、1914年に米国医学協会から、1922年に米国放射線学会から金メダルを授与された。1923年にノーベル賞の候補にもなったが、受賞には至らなかった。また、1915年にシカゴ大学からリケッツ賞を、1937年にブラウン大学から名誉博士号を授与された。1944年にシカゴ大学を定年退職した後、余生をデータ解析に費やし、1954年に心臓発作で亡くなった。

コラム