遺伝性疾患の研究における実験動物の役割と課題〜筋ジストロフィーモデル動物を例に〜
3. 遺伝子ヒト化マウス
モデル動物を用いた遺伝性疾患の研究において最も大きな障害は、当然のことですが「動物はヒトではない」ということです。動物はヒトと同じ遺伝子配列を持っていません。すなわち、ゲノム編集やエクソン・スキッピングなどのヒト遺伝子特有の「塩基配列」を標的とする治療法の開発には、種特有の遺伝子しか持たない疾患モデル動物は使用できないことになります。したがって、上述したモデル動物での治療実験は全て「コンセプト」の実証であり、他の医薬品のようにヒト患者に投与するための製剤を動物で試験することができない、という大きな課題があります。このような課題を克服する手段として、ヒト遺伝子を持つトランスジェニックマウス(遺伝子ヒト化マウス)が近年注目されています(16)。
DMD研究分野では、ヒトの全長DMD遺伝子を持つマウス(hDMDマウス)が2004年にオランダのライデン大学のグループによって報告されてます(17)。このhDMDマウスは全身にヒトDMD mRNAを発現するため、ヒトDMD遺伝子を標的とするASOが生体内でエクソン・スキッピングを誘導可能かを評価できるモデルとして登場しました。しかし、このhDMDマウスには二つの問題点があります。一つ目は、ヒトDMD遺伝子を標的とするASOがマウスDmd遺伝子と交差反応し、適切な評価が妨げられる可能性です。この問題に対しては、hDMDマウスとDmd遺伝子全体が除去されたトランスジェニックマウス(Dmd-nullマウス)の交配により作製されたhDMD/Dmd-nullマウスが一つの解決案として報告されています(18)。二つ目の問題として、導入されたhDMD遺伝子は正常な遺伝子であるため、変異DMD遺伝子に対する有効性を評価できないことが挙げられます。本問題の解決案として、ゲノム編集技術を用いてヒトDMD遺伝子に患者と類似の欠失変異が導入されたhDMDdelマウスが報告されています(19)。このhDMDdelマウスはmdxマウスとの交配により、マウス由来のジストロフィンを発現しないhDMDdel/mdxマウスとして治療研究に利用されています。このようにいくつかのhDMDマウスの種類が報告されていますが、変異hDMD遺伝子が直接的な原因となり骨格筋病態を再現するモデルはまだ確立されていません。ヒト変異DMD遺伝子を標的とする治療薬の生体における有効性をより適切に評価するためには、例えばhDMDdel/Dmd-nullマウスのような、上記の問題を克服できるモデル動物の開発が今後必要になると考えられます。
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動物福祉の評価ツールのご紹介-1
〜AVMA主催の“学生動物福祉状況の評価コンテスト”〜
さて、イリノイ大のニュースによると、このコンテストの目的は、「農業、研究、伴侶など、人間のために使用される動物に影響を与える福祉問題の理解と認識を高めるための教育ツールを経験することであり、倫理的推論に対する理解の上に、科学的理論とデータに基づいた動物福祉の客観的評価を促し、批判的思考を促進し、コミュニケーション能力を向上させる」ことです。参加対象は、3・4年学部生、獣医学部生、院生(1チーム3-5人)であり、動物看護師やAVMA会員の獣医師も少数に限り参加できます(ただし、コンテストの対象外)。参加者はいくつかのシナリオに沿って出題される動物とその福祉状況を分析して、その中から優れたシナリオを選び出し、発表するというものです。
ニュースでは、“動物福祉のさまざまな事象をそのときどきの断片として客観的かつ定量的に評価することも可能ですが、福祉問題は連続したものであり、どのあたりで許容できるか、どのあたりが好ましいか、または許容できないかの判断は、多くの場合、倫理に基づく選択に帰着するものです。コンテストでは、問題解決へ学際的にアプローチするため、科学に基づく知識を倫理的価値観と統合することを学生に教えています”という風に審査の方法について説明しています。私たちが学生の動物福祉評価を審査するのであれば、北米でどのような基準やチェック方法に従って動物福祉が評価されているのかの具体例を知りたいところです。
今回はこのくらいにさせていただいて、次は、動物福祉評価のツールについて整理していきたいと思います。
参考文献
1) Beaver B. V. and Bayne K, Chapter 4 – Animal Welfare Assessment Considerations, Laboratory Animal Welfare, 29-38 (2014)
2) Animal welfare judging team provides unique experiential learning for students. (cited 2022. Oct.28)
3) AVMA Animal Welfare Assessment Contest. (cited 2022. Dec. 05)
動物福祉の評価ツールのご紹介-2
〜福祉を評価するツールを紹介するサイト1:USDAのNational Agricultural Library〜
“Literature on Welfare Assessment and Indicators” 動物福祉の評価と指標に関する文献へのリンク集
福祉評価と福祉指標に関する文献を検索できるよう、産業動物用にPubAg、そして実験動物用にPubMedへのリンクが検索式とともに配置されています。検索式や検索文字列作成の詳細についても触れていて、丁寧です。
“Grimace Scale”
Grimace Scaleは「実験動物の飼養及び保管並びに苦痛の軽減に関する基準の解説」(平成29年10月)に記載があり、実験動物種ではいまや標準的な福祉指標になっていますが、典型的な実験動物種以外の動物について詳しく調べようとすると案外骨が折れるので、このページを知っていると便利です。Grimace Scaleは、顔の様々な部位や体の姿勢を評価することで、動物の痛みを評価するために用いられるスコアリングシステムです。このパートでは典型的な実験動物種や家畜以外の情報にもリンクが貼られています。
“その他の Web リソース”
最後のパートでは、マカクや動物園動物の福祉アセスメントにも対応できるようリンクが貼られています。
今回はこのくらいにして、次回は、英国NC3Rsの“Welfare Assessment”を扱いたいと思います。
なお、米国USDAの”Animal Welfare Assessments“を閲覧される際には、ぜひ一度は、National Agricultural LibraryのトップサイトのTopicsメニューを開いて”Animal Health and Welfare”のページにも寄ってみて下さい。いろいろな情報があることにお気づきになることと思います。
動物福祉の評価ツールのご紹介-3 福祉を評価するツールを紹介するサイト2: NC3Rsの Welfare Assessment
3.適切な記録の保管方法とそのレビュー
方法は、電子的でも紙ベースでもよいのですが、記録することは効果的な日々の福祉状況の確認とプロジェクトのレビューのために不可欠です。記録方法のポイントは、「福祉上の問題の観察の内容の把握が容易にでき」、「プロジェクトのレビューを作るのに必要な情報を提供し」、「実際の重症度を容易に評価・報告できる」ことです。
また、「適切な間隔で福祉評価記録を点検」し、「進行中の研究において苦痛が効果的に予測されているか」、「最も適切な指標が関係者全員によって一貫して使用されているか」、「苦痛が適切に認識され対処されているか」を確認することも肝心なところです。
研究機関では福祉評価の手順・手法を定期的に把握することが大切です。これにより、問題点がないかどうか、手順・手法が効果的に使われているかどうか、新しい技術や方法(外科的処置後の痛みを評価するためのグリマススケール3)の使用など)を考慮しているかどうかを確認できるはずです。