私観・日本実験動物医学会史(第1回)
最初の訪問大学であるミシガン大学には1 週間程滞在した。医学部実験動物医学ユニット・動物実験施設長は Daniel H Ringler 教授であり、彼は 1979-‘80 に ACLAM 会長を勤めている。ここの施設は 1950 年代に設置された。ここでは Ringler 教授から ACLAM について、あらゆることを伺うことを目的とした。Ringler 教授は病理学者であり、様々な病理標本をもち、所属する数名の ACLAM レジデント(ACLAM Diplomate になる受験のための3年間研修コースの研修医)の教育にあたっていた。スタッフには ACLAM Diplomate のみならず数名の ACVP Diplomate (ACVP: American College of Veterinary Pathologist 獣医病理専門医)が在籍して、業務に加えレジデントの教育にあたっている。レジデントは基礎研究や実験動物の臨床を学んでいる。ミシガン大学での エピソードであるが、女性の ACLAM レジデントのイヌの回診についていったときに、イヌの機嫌が悪く同行した男性の技術職員の腕を突然がぶりと咬みついた。ところがその職員は微動だにせず、腕を咬ませたままにし、その後、口をこじ開けて離したことがあった。思わず腕を引くと 腕の肉がえぐれ大変な事故になっていたが、それにしてもその技術職員の肝の座った対応に感心したものである。Ringler 教授からは ACLAM について、その成り立ち、仕組みを伺い、レジデントの研修現場、テキストなどを見たり、多くのスタッフと話し、多くの事を学んだ。また、多くの ACLAM の資料もいただき、これが日本実験動物医学会認定獣医師 (後の実験動物医学専門医) 制度設立に大いに役に立った。
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シンガポールにおける動物研究施設の運用
【NACLAR Guidelines: Training】
本セクションでは、実験従事者、ケアテーカー、獣医、IACUCメンバーなど役割に応じて、必須もしくは推奨されるトレーニングが細かく定められております。細かい部分は機会がありましたらガイドライン自体を見ていただきたいのですが、ここでは特に重要度の高いResponsible Care and Use of Laboratory Animals Course (通称RCULAC) とSALAS Basic IACUC Trainingについて取り上げます。
RCULACはNParks/AVSが認定した施設から提供されるトレーニングで、多くの役割に対して必須という位置づけになっています。動物実験に関する法律・倫理・手技等の基礎を学ぶ研修で、座学パートと実際に動物を使用する手技パートで構成されており、手技パートは動物種ごとにコースが分かれています。座学パートは試験をパスすることで、手技パートは実習を完了することで受講証が発行され、それぞれの役割に従事できるようになります。座学パートはかなり細かい部分までNACLAR Guidelinesを理解する必要があったため、英語というハンデも加わり、試験に合格するか、とても緊張したのを覚えています。
2022年の改訂から座学は5年ごとrefresher courseの受講を、手技は2年以上のブランクがあれば再受講を推奨する、という文言が加わり、認定施設からもrefresherに合わせたトレーニングの提供が開始されました。
SALAS Basic IACUC Trainingは、NParks/AVSが認定したSALASという機関から提供されるトレーニングプログラムです。ガイドラインでは半数以上のIACUC委員が、IACUCに関する正式なトレーニングを受講することを義務付けており、SALAS Basic IACUC Trainingはガイドライン中にも紹介されている、シンガポールで最もメジャーなトレーニングという位置づけです。IACUCの運営に特化した内容で、前半に法規制・研究倫理・動物施設運用を学ぶ座学パートを受講したのち、後半では5-6人のグループに分かれた模擬IACUC委員会を行うという二部構成となっています。模擬IACUC委員会では、AVSの方や有識者が議長となり、事前に用意された研究計画書をもとに議論を実施します。
実際に私が参加した際は、議長から「研究目的と実験方法が合致していると思う?」「3Rsがちゃんと考えられている?」「使用匹数の計算は適切?」といった点について矢継ぎ早に意見を求められた他、「あなたなら実験従事者に対してどのような確認をする?そしてその意図は?」といった形の問いかけもあり、「IACUCとして重要なポイントは何か」を学ぶだけでなく、「自分で考える力」の育成も重視しているのだと感じました(その分、トレーニングはタフでしたが・・・)。また議長より、「科学者だけでなく、一般の人々も理解・納得できるか、という視点を忘れないように」というアドバイスもいただきました。
【NACLAR Guidelines: Occupational Health and Safety】
従事者の安全を守るために、Occupational Health and Safetyについて、改訂前のガイドラインでも触れられておりましたが、2022年の改訂より1つのセクションとして独立しました。本セクションでは、全ての動物研究施設においてoccupational health and safety program (OHSP) の確立・維持を義務付けており、OHSPについての具体的な項目と考慮すべき点が定められています。OHSPの例として、以下が挙げられています。 危険源の特定とリスクアセスメントの実施と、特定したリスクの低減策の実施事故発生時の報告ルートの確立緊急時の対応プランの確立従事者の健康チェックと予防措置の実施施設や設備の設計及びモニタリングを通した安全策の実施
いずれの項目も、動物研究施設に限らず、職場の安全性を確保するために当たり前のことですが、明文化することで抜け漏れなく対応することが容易になりました。またガイドラインは動物施設の関係者だけではなく、安全衛生や研究倫理等に関わる様々な部門と協働することを求めており、より効果的なOHSPの確立を意識した内容となっています。
【さいごに】
以上、簡単にシンガポールの動物研究施設の運用について紹介させていただきましたが、いかがでしたでしょうか? 当然日本と共通するところもありますが、少し違った部分もあったかと思います。本コラムが、動物福祉や動物研究施設の運用を考えるうえで、少しでも参考になりましたら幸いです。
<参考>
Animals and Birds Act 1965 (2020 Revised edition), https://sso.agc.gov.sg/Act/ABA1965 (Accessed: 27 October 2023).
Animals and Birds (Care and Use of Animals for Scientific Purposes) Rules (2007 Revised Edition), https://sso.agc.gov.sg/SL/ABA1965-R10 (Accessed: 27 October 2023).
Guidelines on the Care and Use of Animals for Scientific Purposes Second Edition 2022, https://www.nparks.gov.sg/-/media/naclar-guidelines-(second-edition)_v2.ashx (Accessed: 27 October 2023).