がんも遺伝する:モード・スライの功績
近交系黎明期
以前のコラムでクラレンス・リトルと共に登場したアビー・ラスロップは、1900年、マサチューセッツ州グランビーでペット用の小動物の繁殖会社を起業する。彼女が所有したJWMのペアなど様々な種類の小動物は、ペットとして飼われる他に、全米の多くの研究者から注文が相次いだ。1900年に、メンデルの法則の再発見に関連する論文が発表され、多くの研究者が、同法則の動物への適用に関心を持ったのも一因である。ラスロップが収集・生産したマウスは、すでに毛色などを指標に近親交配を繰り返しており血縁係数が高いものであったようだ。1908年には早くも、ラスロップは、生活環境はほぼ同じであるにもかかわらず、JWMを含むマウスの家系によって、腫瘍の発生部位や発生率が異なることに気づく。1918年までに(この年、彼女は他界)、病理学者のローブと共に、数世代に渡る遺伝実験を行い、マウスの癌の遺伝に複数の因子が関与している可能性を示した [6]。アーネスト・ティザー(ティザー病で有名)も、1907年、マウス家系によって自然発生する腫瘍の発生率が異なることを報告している [7]。
前コラムの繰り返しになるが、リトルとティザーは、JWMに生じた肉腫の雑種への移植は成功するが、逆方向の移植は拒絶されるという発見をした [8]。この観察からリトルは、がんの研究を進めるためには、遺伝的に非常に近い近交系(純系)動物を作らねばならないと考え、1919年にDBAという純系のマウスを作出した。この発見は、1936年の主要組織適合性複合体およびH-2抗原の発見へと発展していくが、近交系動物が医学・生物学の進歩に及ぼした貢献は計り知れない。
新しい概念の発見が、同時に複数の研究者によってなされることがある。最近では、免疫チェックポイント阻害薬の抗PD-1/ PD-L1抗体、抗CTLA-4抗体であろうか(本庶佑とジェームズ・アリソンが2018年ノーベル生理学医学賞)。ラスロップ、リトル、ティザー達と同時代に、ひっそりと純系マウスを育て研究している人がいた。
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ARRIVEガイドライン2.0が公開されました
7月14日にNC3Rs(英国3Rセンター)にてARRIVEガイドライン2.0が公開(https://arriveguidelines.org/)されました。2010年に初めて公開されたARRIVEガイドラインは、動物実験計画において最低限記載すべき項目をまとめたものであり、Natureをはじめ多くの学術雑誌に支持されているガイドラインです。
そもそもこのガイドラインが作成された背景には、動物実験の再現性があまりにも低い(一説には70%以上の実験が再現できない)と言われてきたことがあります。その一因として実験方法の詳細が述べられていないとの指摘がありました。
英国の機関が、動物実験の記載がある271報(1999-2005)の論文を精査したところ、研究の仮説・目的を記載し、かつ動物の数と特徴が記載されていたのは271報のうち、わずか59%であったことを報告(https://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371/journal.pone.0007824)しています。
これらの事を受けてNC3Rsは記載すべき20の項目を定めて2010年にARRIVEガイドラインとして発表しました。多くの研究機関や出版社から支持されてきたものの、記載項目が多いことからも問題の根本的な解決には至りませんでした。そこで改訂版であるARRIVEガイドライン2.0が新たに公開されました。
ARRIVEガイドライン2.0の主な変更点は以下のとおりです。
記載すべき最低限の項目を10項目に絞った「ARRIVE Essential 10」とそれらを補完する「Recommended Set」に分類した
ARRIVE Essential 10は以下のとおりです。なお正式な日本語訳は日本実験動物学会等、公的機関によるアナウンスをお待ちください。
1. Study design(研究計画)
2. Sample size(サンプルサイズ)
3. Inclusion and exclusion criteria(包含基準と除外基準)
4. Randomisation(ランダム化)
5. Blinding(盲検化)
6. Outcome measures(実験の帰結)
7. Statistical methods(統計学的方法)
8. Experimental animals(実験動物の情報)
9. Experimental procedures(実験処置)
10. Results(結果)
前回のガイドラインが20項目であったことからも項目数を絞って記載しやすくなっていることが分かります。通常の動物実験審査においては3~5の項目を審査することは少ないのですが、今後はこのあたりも審査することが求められてくるかもしれません。