シンガポールにおける動物研究施設の運用
【シンガポールの法令】
次に動物研究施設に関するシンガポールの法令を紹介します。シンガポールにはANIMALS AND BIRDS ACTを上位とし、その下に動物研究施設のルールを規定しているANIMALS AND BIRDS (CARE AND USE OF ANIMALS FOR SCIENTIFIC PURPOSES) RULESがあります。これらについて、具体的な運用を定めたGuidelines on the Care and Use of Animals for Scientific Purposes (通称NACLAR Guidelines) があり、動物研究施設運用者にとって “バイブル” のような存在となっています。
NACLAR Guidelinesは、アカデミア・研究機関・AVS・獣医師・コミュニティからの代表者等で組織されたNational Advisory Committee for Laboratory Animal Research (NACLAR) が策定したガイドラインで、オーストラリア・カナダ・ニュージーランド・アメリカ等の考え方や規則を参考に、シンガポールでの運用に落とし込んだ100ページを超える大作です。元々2004年に1st editionとして発行し、2022年に2nd editionとして大幅なリニューアルがなされました。現在のガイドラインは表1に示すセクションで構成されており、リニューアルの際に要求度を強い順にmust⇒should⇒may の3段階で定義し直されたことで、私自身はとても分かりやすくなったと感じております。
セクション | 内容 |
Introduction | 背景や定義など基本的な情報が記載されている。 |
Guiding Principles | 3Rに準拠して、研究用動物の人道的かつ責任あるケア及び使用を推進するための全体的な指針について記載されている。飼育環境や研究用動物の扱い方などはこのセクションに含まれている。 |
IACUC | IACUCの運営面について記載されている。 |
Training | 研究用動物の使用者及び施設関係者に対して必要なトレーニングについて記載されている。 |
Occupational Health and Safety | 2022年の改訂から加えられたセクションで、animal care and useにおける従事者の安全衛生に関する基本的な情報及びリスクアセスメントに関して記載されている。 |
表1. NACLAR Guidelinesのセクション
以降IACUC・Training・Occupational Health and Safetyの各セクションについて少し詳しく取り上げます。Guiding Principlesについてはボリュームが大きく要約が難しいので、興味がある方は該当する項目を参照いただけますと幸いです。
【NACLAR Guidelines: IACUC】
シンガポールでは、全ての動物研究施設に対してIACUCの設置義務があります。IACUCは施設で行われるanimal care and useについてあらゆる側面から評価・監督する役割を担うと規定されています。表2に示す各カテゴリーから最低1名ずつ、かつ最低5名以上で組織する必要があります。
カテゴリー | 要件 | 社内/社外 |
a | 動物研究施設における管理獣医師(パートタイム契約でも可) | 社内 |
b | 動物実験に十分の経験のある科学者 | 社内/社外 |
c | 現在、研究施設と利害関係がなく、動物実験にも従事していない者 | 社外 |
d | 科学分野を主たる業務としていない者 | 社内/社外 |
表2. IACUCの構成員
IACUCの主な活動を表3にまとめます。
主な活動 | 説明 |
研究プロトコールの審査・承認 | 研究プロトコールが人道的及び科学的であるか、3Rの観点から問題ないか等を審査し、必要があれば修正や取り下げを勧告する。 |
研究プロトコールの承認後モニタリング | 承認されたプロトコールからの逸脱や予期せぬ事象等が起こっていないか等をチェックする。研究者は少なくとも年に1度、進捗レポートをIACUCに提出することが義務付けられている。 |
Incidentやnon-complianceに対する対応措置の検討 | 施設全体について、事故(ヒヤリハット含む)や法規制・社内SOPからの逸脱等がないかをチェックする。もしそれらが見つかれば是正措置を検討し、施設の管理者に対応するよう報告する。 |
Animal care and use programのreview (Annual program review) | 少なくとも年に1度、動物施設の管理体制やIACUCの運用等についてreviewを行い、施設の管理者に報告する。是正措置が必要な場合は併せて報告する。動物施設の巡視と3-7カ月の間隔をあけて実施する。 |
動物施設の巡視 | 少なくとも年に1度、動物施設の巡視を行い、施設の管理者に報告する。是正措置が必要な場合は併せて報告する。巡視は管理獣医師を含めIACUC委員3名以上で行う必要がある。Annual program reviewと3-7カ月の間隔をあけて実施する。 |
表3. IACUCの主な活動
AVSによる査察の際には、活動記録や社内のStandard Operating Procedures (SOP) をもとにかなり細かい内容までチェックが入るほか、「一部の委員だけでなく、ちゃんと委員全体で議論してコンセンサスを取っているか」という点まで確認され、シンガポールがIACUCの活動の透明性や正当性の維持向上にとても注意を払っていることを感じました。