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動物実験従事者におけるCompassion Fatigueの分類(ProQOLを用いた分類)

Compassion Fatigueに対処する上で、最も重要なのは自分が今どのような状態にあるかを認識することです。その認識を手助けする分類方法として、Professional Quality of Life (ProQOL)というものがあります。

ProQOLは、相手と自らの職務との関連で感じるQOLの事と定義されており、ネガティブ・ポジティブの両側面を含むものとして概念化されています。つまり、相手がいる仕事において、ポジティブな方向に振れればそれはCompassion Satisfaction(共感満足:CS)であるし、ネガティブな方向に振れればそれはCompassion Fatigue(共感疲労、思いやり疲労:CF)であるとしています。さらにCFを2つに分類することができ、一般的にその仕事を続けられないと思えばそれはバーンアウト(燃え尽き症候群)であるし、その仕事を続けたいと思えば二次的外傷性ストレスだとされています。このようなProQOLを模式図化したものが以下の図です。

ProQOLは現在第5版が発行されていますが、日本語訳されたものは第4版が最新のものになっています(https://proqol.org/uploads/ProQOLJapanese.pdf)。第4版では30項目の問いから構成されており、その問いに対して0~5の6段階(0=まったくない、1=めったにない、2=たまにある、3=ときどきある、4=よくある、5=とてもよくある)でどの頻度で当てはまるかを数値化していき、その合計点で判断するといったものです。では具体的に項目を見ていきましょう。なお、項目は私の方で実験動物従事者用(特に飼育管理の方向け)にアレンジがしてありますので、公式なものではないことを申し添えておきます。

続いて自己採点方法です。

CSの平均点は37点です。上位約25%の人が42点以上、また下位25%は33点以下の得点です。42点以上であれば現在の仕事によってかなりの職業的満足感が得られていると考えられますが、33点以下であれば現在の仕事に問題を抱えているか、もしくは仕事以外の活動から満足感を得ているなど、他に理由がある場合も有ります。

バーンアウトの平均点は22点です。上位25%の人が27点以上、また下位25%は18点以下の得点です。18点以下であれば自身の業務遂行能力に関して肯定的な気持ちを持っていることを反映していますが、27点以上であれば効果的に自分の役割を果たせないのは仕事のどういった部分であるかについて省みたくなるかもしれません。

二次的外傷性ストレスの平均値は13点です。上位25%の人が17点以上、また下位25%は8点以下の得点です。17点以上の場合、仕事のどういう部分が恐怖感を与えているのかについてじっくり考える時間を持つことも良いかもしれません。高得点が必ずしも問題があることを意味するわけではありませんが、今の仕事や職場環境についてどう感じているのかを考察してみる方が良いのではないかという事を示唆しています。

今回の平均値などの得点はあくまでProQOLの基準であり、動物実験従事者に対してチューニングされたものではありません。ちなみに私はどの項目も平均点付近でしたので、どれにも合致しないといったごく普通の感じでしょうか。こちらは日本人と外国人である場合も結果が異なるでしょうし、飼育管理業務が主体的なのか、実験作業が主体的なのかによっても異なるかもしれません。いずれにせよ、このProQOLの概念が広がり、多くの方が実施することで信頼性が高まっていくと考えられますので、是非みなさんも実践して頂ければと思います。

コラム

新型コロナウイルス感染症研究における3Rs(in WC11)

The 11th World Congress on Alternatives and Animal Use in the Life Sciences(第11回 国際代替法学会;WC11)は2020年8月にオランダのマーストリヒトで開催する予定だったのですが、コロナの影響で2021年8月に順延されました。

2020年のWC11の開催は無くなりましたが、代わりにタイトルのウェビナー(https://wc11maastricht.org/webinar/)が無料で開催されることになりました。非常に興味深い内容ですし、YouTubeにアーカイブされており日本語(自動翻訳)の字幕を出すことも可能ですので、興味のある方は是非ご覧ください。個人的には2日目のジョンズホプキンス大学CATT(動物実験代替法センター)の方の講演が新型コロナ研究をゴールドラッシュのように例えていて面白かったです。

しかし代替法はあくまで他の試験を代替するものであり、今回の新型コロナウイルスなど試験自体が確立していないもの(動物実験もゴールドスタンダードと言われるものが確立していないもの)に対しては難しいということが明らかになってしまいました。もちろんiPS細胞などin vitroの試験を用いて研究していくことは必要ですが、スピード感が求められている中では動物実験と同時並行で進めていかざるを得ないのが現状です。この中でも私たちのような管理者が出来ることは、非常にシビアな感染実験などに対し、人道的エンドポイントを積極的に適用するなどのRefinementの実践だと考えています。

コラム

愛玩動物看護師の国家資格化に向けて

これまで獣医療に関する国家資格保有者は獣医師のみでしたが、このたび新たに動物看護師が「愛玩動物看護師」との名称で国家資格化されることが決定しました。この国家資格化には、獣医師法と現在の臨床現場における乖離が問題視されてきたことが背景にあります。

獣医師法は獣医師全般の職務・資格などに関して規定した法律ですが、臨床現場において獣医師以外の診療行為(採血、調剤、投薬、麻酔、レントゲン撮影など)を認めていません。しかし獣医師のみでこれら業務を対応するのは難しく、動物看護師によるこれら診療行為が黙認されている動物病院があることも以前から言われてきました。これらの声に対応すべく、医療現場における医師と看護師の関係のように、動物看護師が獣医師の指示の下で適切に診療の補助行為が行えるようにするため国家資格化されるとのことです。

では現在、環境省の愛玩動物看護師カリキュラム等検討会で審議されている、今後のスケジュールについて見ていきましょう。

愛玩動物看護師カリキュラム等検討会資料から引用
http://www.env.go.jp/nature/dobutsu/aigo/2_data/kangoshi/01.html

国家資格化されるということで、大きく変わることとしては国家試験が新たに作られます。これまでも公的資格化を目指して認定試験が行われてきましたが、診療補助行為が新たに認められることから、そのカリキュラムや試験内容は大幅に異なってくることが予想されます。基本的には大学や養成所指定された専門学校でコアカリキュラムをこれから学ぶ受験資格がありますが、既卒の方などには講習会に参加したり実務経験を証明することにより受験資格を与えられるとなっています。

また、愛玩動物看護師は臨床現場だけでなく、様々な場面での活躍が期待されています。具体的には、動物愛護管理法(動愛法)の中の「動物取扱責任者」の要件を見直し、愛玩動物看護師を加えることで、ペットショップやブリーダー等の第一種動物取扱業者が事業所ごとに選任義務のある「動物取扱責任者」として新たに動物愛護看護師の資格保有者を選任できるようにするとのことです。つまりはペットを扱う現場においては愛玩動物看護師などがいることが望ましいということですね。

愛玩動物看護師には私たち実験動物分野での活躍も期待しています。私たちの分野では「実験動物技術者」という資格が非常に重宝されています。動物福祉に対する考えや高度な実験技術などから資格保有者に対しては一定のレベルが担保されているとのことからの信頼なのですが、ここに新たに愛玩動物看護師の方のペットの目線からの動物福祉であったり、採血・投薬技術などが加わることで特に中大動物の動物福祉が一層進むのではないかと考えています。

コラム

創薬に関わる特殊な実験動物たち

そして個人的には前から気になっている疾患モデル動物に「カイコ」がいます。

東大の名誉教授で、現在は帝京大学で研究されている先生が主体的に動いているプロジェクトなのですが、黄色ブドウ球菌などの細菌感染モデルや、カンジダなどの深在性真菌症のモデルも有しているとのことです。さらに薬物の静脈内投与、経口投与も可能(下図)とのことで、基本的な実験動物の要素は兼ね備えているように思いますが、あとは動物をいかにして安定供給できるかといったところでしょうか。試験を回していく上でこの部分はかなり重要ですので、本気でスクリーニング系として用いるのであれば飼育形態含め、色々と考えなければならない部分が多そうです。

ゲノム創薬研究所から引用
http://www.genome-pharm.jp/

現在、ヨーロッパの動物実験ではイヌの使用が減って、逆にブタの使用が増えているとのことです。様々な理由が挙げられていますが、ペットとして用いられるような動物を使用するのは可哀そうといった感情論によるものが大きいと感じています。今はまだ小型魚類や虫を実験動物として使用することに反対は少ないと思いますが、近い将来、これらの動物であっても使用することが難しくなってくるのかもしれませんね。

コラム

実験動物の環境エンリッチメント

色々とアイテムを紹介してきましたが、実験動物における環境エンリッチメントとして忘れてはならないのはペアまたはグループによる飼育です。実験動物は動物園で飼育されているような猛獣とは異なり、群れで行動している動物がほとんどです。そのため、実験に支障をきたさない範囲でペアまたはグループ飼育にする必要があります。国際基準に準拠している研究現場ではこれらの理由から基本的に単独飼育は認められず、単独飼育をする場合には動物実験申請をする際に科学的根拠が求められています。

NC3Rs HPから引用
https://www.nc3rs.org.uk/3rs-resources/housing-and-husbandry

環境エンリッチメントは何でもかんでも導入すれば良いものではなく、マウスに対するビー玉など、導入することでかえって不安を増大させるものもあります。そのため、飼育環境が改善することが報告されているものを導入するか、もしくは改善が認められることを自らの目で確認する必要があります。これらの取り組みをエンリッチメントプログラムなどと呼びますが、動物実験施設では定期的にこれら環境エンリッチメント導入の是非を検証することが求められています。

コラム

動物実験審査における委員の適格性

国内の各省から出されている動物実験等の実施に関する基本指針(基本指針)では、大学や企業に動物実験をする際には動物実験委員会の設置を求めています。動物実験委員会の主な役割は動物実験計画が基本指針や大学・社内独自の機関内規程に適合しているかの審査を行う事です。また、審査を行うという事は審査委員も必要になりますが、基本指針では構成要素が以下のように定められています。

3番の「その他学識経験」は解釈がそれぞれですので、生物系ではない化学系の研究者が担当したり、動物実験施設の施設管理者、または事務系の職員などが担当したりします。一方で、難しいのが1番の「動物実験」と2番の「実験動物」の違いです。

動物実験はあくまで「実験」が主体のものですので、生物系の研究者が担当することが多く、実験動物は「動物」に詳しい動物管理の担当者や獣医師が担当することが多いと思いますが、獣医であっても研究がメインであれば1番の動物実験に入ることもあったりで、まちまちです。ともかく申請された動物実験に対して多角的な目線で判断することが重要になってきます。

また、動物実験の申請の際には実験をしたことが無い人でもそれを読めば実験をすることが出来るように、出来るだけ詳しく、ですが分かりやすい文章で作成する必要があります。そう言った意味では「その他学識経験」をお持ちの方は動物実験に関わったことが無い方がむしろ望ましいとされています。

国内の審査ではこの3つの役割を満たす方がいれば問題無い(特に人数の規定などは無い)のですが、欧米などで多く取り入れられている国際基準ですとさらに「一般の方」の目線が必要になってきます。既に国内でもその取り組みは始まっていますが、流石に全く関係ない方にいきなり動物実験の審査をしてと言っても難しいでしょうから、その施設が関わっている宗教関係者(動物慰霊祭の際にお世話になることが多い)や顧問弁護士などが引き受けて下さる場合が多いと伺っています。

私たちは常々、研究者と審査する委員とが慣れ合ってしまうとツーカーで物事が進んでしまい、実験の本質を見失ってしまうのではないかという懸念があります。そのためにも実験目的には研究の目的だけでなく、その研究がされることによって社会にどう役に立てるのか、社会的意義を問うことも求められています。実験を行う研究者こそ、その実験の本質的な意味を理解し、それによって貴重な動物の命を使っているんだという事を再認識できるような審査を日ごろから心がけています。

コラム

文献紹介:実験用ラットにおける穴掘り、昇り降り、背伸びの重要性

The importance of burrowing, climbing and standing upright for laboratory rats
I. Joanna Makowska and Daniel M. Weary
Royal Society Open Science, June 2016, Vol. 3, Issue 6
https://doi.org/10.1098/rsos.160136

【概要】
標準的な実験用ケージはラット(Rattus norvegicus)が野生で行う多くの行動を妨げていますが、これがラットの福祉にどのような影響を与えるかについてはほとんど知られていません。本研究の目的は、(i)半自然的な環境で飼育された生後3ヶ月、8ヶ月、13ヶ月の実験室用ラットを対象に、穴を掘ったり、登ったり、直立したりする傾向を記録し、(ii)半自然的な環境で飼育されたラットと標準的な環境で飼育されたラットの横方向へのストレッチの頻度を比較することにあります。また、ラットの穴掘りの傾向は加齢とともに一定しており(1日約30回、合計20~30分)、穴掘りがラットにとって重要であることが示唆された。昇り降りは3ヶ月時の76回から13ヶ月時の7回に減少したが、これは身体能力が低下しているためであろう。背伸びは1日あたり178回から73回に減少したが、高齢ラットでも頻繁に発現し続けた。標準飼育ラットは半自然環境での飼育ラットよりもはるかに頻繁にストレッチを行っていた(13ヶ月時点で1日53回対6回)が、おそらく直立姿勢でのストレッチができないことの代償として、また標準的な飼育に関連した運動能力の低下によって引き起こされる硬直を緩和するためであろう。これらの知見は、標準的な実験室のケージは、ラットの福祉を損なう可能性が高い重要な自然な行動を妨害することを示唆している。

要約だけ見ると、へーそうなんだで終わってしまう内容ですが、半自然的な環境を作り出すためのケージ(下図)が凄すぎです…

上記論文から引用

背伸びが出来るような非常に広いスペース、昇り降りのためのハシゴの設置、そして穴掘りのためにオートクレーブで滅菌した実際の土を使用する徹底ぶり。写真にもあるようにトンネル状のエンリッチメントを入れていても穴掘り行動は続いたとのことです。そのため、本能的に重要な行動であることが示唆されるのですが、いかんせん動物実験施設で土を準備するのはハードルが高いので、これを代用するにはWool wood(下図)などを使用するなどの工夫をすべきと述べられています。

Amazon.co.ukから引用

また、半自然的な環境では直立方向の背伸びが加齢に関わらず一定であったのに対し、標準的な環境では代償的にストレッチをする回数が多かったことから、直立方向の背伸びが動物福祉には重要であることが示唆されました。このことからラットの飼育には現在使用されているような標準的なケージでは高さが足りず、いわゆるダブルデッカーと呼ばれる2階建て構造(下図)が望ましいことを裏付ける結果にもなりそうです。

NC3Rs HPから引用
https://nc3rs.org.uk/crackit/double-decker-rodent-telemetry

ラットを飼育していると横方向へ体を伸ばすしぐさをよく見かけるのですが、あれは縦方向への背伸びが出来ないゆえの代償的な行動だったのですね。そう言われると5つの自由にもある、動物の正常な行動の発現にはヨーロッパでの導入が進んでいるダブルデッカーの導入を真剣に考えなければならないかもしれませんね。

また、今回の3つの行動では穴掘りも重要だということが示唆されましたが、上述のように土を準備するのはハードルも高いですし、ひとつのケージだとケージの下方向への展開が必要で、ケージサイズが非常に大きなものになってしまうため現実的ではありません。そうやって考えると複数のケージを連結できるようにして、なおかつ同一のケージをただ連結するのではなく、ここは寝る場所、ここはエサを食べる場所、ここは穴掘りが出来る場所みたいな感じでケージ内でも出来ることを分けた方が良いのかもしれません。でもそのような運用方法で飼育することになったら飼育管理は今よりずっと大変になりそうですね・・・

(本コラムの引用文献、図は、クリエイティブコモンズライセンスの下に提供されています。)

コラム

疾患モデル作製における動物種の選択

このように病気ひとつをとっても、そもそも人間の病態を再現する動物種を選択しなければ意味がありません。そう言った意味では人間に近縁なサルを使用することが理にかなっているように思えますが、安全性が全く担保されていない初期の治療薬をいきなりサルに投与することは倫理上の問題がありますし、体重の関係から貴重な治療薬を大量に使用してしまうことになります。そのため、動物実験を始める際には通常、マウスやラットなどの小動物から始める必要がありますが、これらの動物が人間の病態を再現できるかといった問題があります。以前は突然変異などによって偶然症状を発症した動物を選択的に交配していき、自然に症状を発症する個体を選んでいく自然発症モデルや、例えば慢性腎臓病であれば片方の腎臓を摘出するなどして人為的に病態を作り出す実験的発症モデルが良く用いられてきましたが、近年では病気の標的タンパクなどが明らかになっている場合(SARS-CoV-2に対するACE2など)、その標的タンパクの遺伝子を欠損させた(ノックアウト)動物や、逆に人間の標的タンパクの遺伝子を挿入した(ノックイン)動物などの遺伝子組換え動物を作製することで直接、標的タンパクとの相互作用を見ることが出来るようになってきました。

実際、中国のグループが人間のACE2をマウスで発現させ、SARS-CoV-2がマウスに高率に感染させることに成功したとの報告(https://www.nature.com/articles/s41586-020-2312-y)が既になされています。このように疾患モデル動物としては今後は組換え動物が積極的に利用されていくものと考えられますが、組換え動物の作製には半年程度の時間を要しますし、何より標的タンパクが同定されていない場合は使用することが出来ません。このような理由からまだ一定程度、自然発症モデルや実験的発症モデルの使用は続いていくものだと考えられます。

(本コラムの引用文献は、クリエイティブコモンズライセンスの下に提供されています。)

コラム

動物実験の情報発信(イギリス編)

コミュニケーション

UAR HPから引用

コミュニケーションは情報発信において非常に重要な役割を果たします。UARが設立された当初はテレビや新聞などマスメディアで動物実験擁護活動を展開していましたが、現在ではインターネットやソーシャルメディアでの発信に切り替わってきているようです。動物実験反対派の事実に異なる主張に対し、正しい情報を公開し、その意義を訴えるという姿勢を明確にしており、このことによりメンバーや組織が動物実験に改めて理解を深めることで、さらに自信をもって自らの立場を鮮明にアナウンスすることも出来るようになってきているとのことです。つまりは情報発信側のトレーニングにもなっているようですね。

また、情報開示に関する活動として、UARではweb上で動物実験施設のバーチャルツアーを開設(http://www.labanimaltour.org/)しています。

上記HPから引用

上の写真はオックスフォード大学の動物実験施設のバーチャルツアーです。公開している部屋は限られますが、色の付いている部屋はすべて見ることが出来ますし、Googleのストリートビューのように360度ぐるぐる回して見ることが出来ます。また驚くべきことに、このようにサルに電極を付けた非常にシビアな試験を公開しており、逆にオックスフォードの動物実験に対する透明性を高めるものになっています。

このようにUARの様々な活動を見てきましたが、イギリスでは長年これらの活動に取り組んできただけあって非常に洗練されたものとなっています。現在、日本でもUARの活動を見習って情報発信活動を始める動きが出てきていますが、それにはまず現在の閉鎖的な環境を打破し、胸襟を開いて、動物実験はそもそも何のために行っているのかという原点に立ち返って正しい情報発信を進めていく必要があると考えています。

コラム

人道的エンドポイント

通常、動物実験では終了時の目標を定め、その目標に到達した時点で実験を終了し安楽死処置を施します。その目標到達時点を実験のエンドポイントと呼びますが、感染症やがんなど、非常にシビアな実験では死がエンドポイントと設定されている場合が数多くあります。しかし最近では動物福祉の観点から、死をエンドポイントとするのではなく、死に繋がる兆候、もしくはこれ以上は得られる成果よりも動物の苦痛度が高いと判断される兆候が見られた時点をエンドポイントと定め、その時点で安楽死処置することで動物に不要な苦痛を与えないようにするといった考えが広がってきました。この安楽死処置するタイミングの事を人道的エンドポイント(Humane Endpoint)と呼びます。

人道的エンドポイントを少し具体的に見ていきましょう。感染症の実験は非常にシビアなものであり、一般的には生死で判断する場合が多く、縦軸に生存率、横軸に感染後の経過日数をプロットした生存曲線を描く場合があります。

矢印の時点に注目して頂きたいのですが、このあたりから生存率が急に下がる(=死亡個体が多くなる)ことが分かります。この後の死亡に繋がる何らかの所見がこの時点、もしくはもう少し前の時点で得られれば「その所見を得た〇日後に死亡する」といったデータが得られるのです。

その所見には以下のようなものが例として挙げられます。
 ● 摂餌量の低下
 ● 体重減少
 ● 体温の低下
 ● 外貌所見(見た目の変化)

中でも外貌所見は動物の状態を非常に鋭敏に捉えることが出来ます。2010年、Nature Methodsに非常に興味深い論文が掲載されました。マウスの表情によって苦痛度を推測するといった論文です。

Langford, D., Bailey, A., Chanda, M. et al. Coding of facial expressions of pain in the laboratory mouse. Nat Methods 7, 447–449 (2010). https://doi.org/10.1038/nmeth.1455

上記論文から一部改変して引用

このマウスの表情はグリマススケール(しかめっ面の尺度)として知られ、現在ではマウスに限らず多くの動物で作成されています。このように動物の苦痛度を可視化し、スコア化することで各々の感覚に頼っていたものを標準化することが出来るようになってきました。これらを用いることで動物の不要な苦痛を削減すると共に実験を早期に終了することが出来、研究のスピードが増したとも言われています。

このように現在の研究現場では研究者、飼育管理担当者、管理獣医師などが協力して動物の苦痛を除去し、研究の進捗を早める努力が続けられています。

コラム