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文献紹介:英国で行われた実験動物のリホーミング実践に関する調査

過去の報告から、リホーミングには、1)不必要な殺処分による精神的ストレスを回避する(負の状態の回避)、2)リホーミングした動物の生活の質を向上させる(正の状態の促進)、という双方向のプロセスが存在することが知られていますが、一方では動物福祉を損ねることにもなりかねないために慎重に実施する必要があるかもしれません。また、動物種は犬、猫に限られたことではないでしょうし、飼育数に反してリホーミングの機会の少ないげっ歯類について関心をもつことも必要かもしれません。

寄稿:実験動物の印象革命<前編>の中でもご紹介いただきましたが、私も過去に、知人のつてで実験動物であったマウスやスナネズミを譲り受け飼育した経験があります。もしかしたら過去には国内でも多くの施設がリホーミングを考えていたのかもしれません。

当時よりも動物福祉の考えが進む現在では、動物福祉を損ねることが憂慮されているのかもしれませんが、改めて多くの動物がリホーミングの機会を持つことが検討され、実験動物が社会の目に触れ、より適正な動物実験が考えられてゆくとよいなと思います。

(本コラムの引用文献は、クリエイティブコモンズライセンスの下に提供されています。)

特集

文献紹介:リホームされた実験用ビーグルは、日常的な場面でどのような行動をとるのか?観察テストと新しい飼い主へのアンケート調査の結果

観察テストでは攻撃的な行動は見られませんでした。大多数の犬はリードをつけて行儀よく歩き、車やトラックが通りかかってもリラックスしていて、階段の上り下りも問題なくでき、犬たちはほとんどリラックスして望ましい行動をとっていました。これらの結果は、リホーミングされた実験犬の適応能力の高さを示すものであり、非常にポジティブな結果であったと著者らは考えています。

動物実験実施施設では実験動物福祉の考え方に基づき、それを実現するための管理をしています。少ない例ではありますが、寄稿:実験動物の印象革命<後編>でもご紹介いただき、こうした施設からリホーミングされた動物が、虐待を受けた動物のように人間に不信感をもっているということではなく、一般社会に上手く適応できるということであれば、動物実験実施者としての実験動物に対する気持ちは救われますし、嬉しくも感じるのではないでしょうか。

一方で、著者らは、ポジティブな結果については、研究施設の犬は刺激が少なかったことが理由でもあったのではないかとも考えています。全ての犬が良好な結果であったというものでもありませんでした。リホーミング実施の有無にかかわらず、動物実験実施者はより洗練した管理をしなければならないと、厳しく受け止める必要もあるのだと思います。

リホーミングを実施している施設は、実際のところ社会の期待よりも多くはないかもしれません。そうした施設がもっと多くなれば、実験動物の余生はより豊かになるでしょうし、安楽死を実施せざるを得ない場合の実施者の精神的負担も軽減されるでしょう。多くの実験動物が社会の目に触れることで、引き取られた実験動物を通じて一般社会が動物実験を知る機会も増えてゆくのではないでしょうか。そしてわが身を振り返るきっかけにもなるのではないでしょうか。

実験動物のリホーミングは、社会全体で適切な動物実験を考え遂行するために、鍵となる重要な手法かもしれません。

(本コラムの引用文献は、クリエイティブコモンズライセンスの下に提供されています。)

特集

実験動物のリホーミング

最近では、酪農学園大学から引き取られた実験犬「しょうゆ」の里親譲渡の話題もあり、こちらも「実験動物の里親制度」についてのコラムですでに紹介されていますが、国内でも少なからず実験動物を安楽死せずに余生を送らせるリホーミングの活動が行われています。リホーミングは動物の福祉を考えること、また実施者の心理的負担を軽減させるという点でとても有意義なことではありますが、同時に、実験動物が社会の目に触れ、動物実験に関心をもつきっかけとなるということは、社会的に適正な動物実験を考える上でもとても重要なことでもあるのではないでしょうか。

ここでは実験動物のエンドポイントとして安楽死に代わる選択肢としての可能性があるリホーミングについて、実際にリホーミングをされた方からの寄稿を交えて、文献を紹介します。多くの方が実験動物に関心を持ち、適正な動物実験を考えるきっかけとなればと思います。

文献紹介:リホームされた実験用ビーグルは、日常的な場面でどのような行動をとるのか?

製薬企業から引き取られた実験犬の、その後に関するドイツでの調査です。

文献紹介:英国で行われた実験動物のリホーミング実践に関する調査

実験動物のリホーミングに関する英国での実態調査です。

文献紹介:フィンランドにおける実験用ビーグルの最初のリホーミング:社会化訓練からフォローアップまでの完全なプロセス

フィンランドで行われた実験用ビーグルの最初のリホーミングと社会化プログラムの紹介です。

特集

文献紹介:フェンタニル-ミダゾラム-メデトミジンを用いたマウスの麻酔:拮抗剤と周術期ケアの重要性

Injection anaesthesia with fentanyl–midazolam–medetomidine in adult female mice: importance of antagonization and perioperative care. 

Thea Fleischmann, Paulin Jirkof, Julia Henke, Margarete Arras and Nikola Cesarovic Laboratory Animals 2016, Vol. 50(4) 264–274  DOI: 10.1177/0023677216631458 

【コメント】
 国内では、一般的にメデトミジン-ミダゾラム-ブトルファノールの3剤が使用されていますが(Kawai S. et al, Exp. Anim, 2011)、ブトルファノールをより鎮痛効果が強いフェンタニルに変更したメデトミジン(0.5mg/kg)-ミダゾラム(5mg/kg)-フェンタニル(0.05mg/kg)の3剤によるバランス麻酔薬です。フェンタニルを使用するときは、麻薬研究者の免許が必要です。鎮痛効果が強いフェンタニルに変更することで、より侵襲度が高い手術も可能になると期待しましたが、足の引き込み反射、尾部および後脚第一趾骨の刺激による体動を完全に抑えることができなかったので、侵襲度の低い手術のみの適用になりそうです。著者らも侵襲的な治療や苦痛を伴う介入に使用する場合は、投与量を調整する必要があると結論づけています。

 拮抗薬のナロキソン-フルマゼニル-アチパメゾールを腹腔内に投与すると、数分以内に麻酔から回復しました。現在、三種混合麻酔薬は、メデトミジンの拮抗薬のみが使用されていますが、覚醒後の鎮静時間が長く、低体温になりやすいので、ミダゾラムの拮抗薬であるフルマゼニルも併用することで、覚醒後の鎮静がより短くなるかもしれません。また、著者らは、実際に手術に使う場合は、術後の痛みを取るため、(i)フェンタニルの拮抗剤であるナロキソンを除く、(ii) 術後の痛みを数時間緩和するためにブプレノルフィンを投与することを提案しています。

コラム

文献紹介:実験動物獣医師の生物医学研究におけるマウスの福祉に対する調査

A Survey of Laboratory Animal Veterinarians Regarding Mouse Welfare in Biomedical Research.
Marx, James O ; Jacobsen, Kenneth O ; Petervary, Nicolette A ; Casebolt, Donald B
JAALAS, Volume 60, Number 2, March 2021, pp. 139-145(7)
doi.org/10.30802/AALAS-JAALAS-20-000063

【概要】
研究用動物の福祉の質は、その動物から生み出される科学的成果の質に否応なく結びついている。マウスは生物医学研究において最もよく用いられる哺乳動物種であるが、将来の進歩を促すためにどのような要素を考慮すべきかについては、ほとんど情報がない。この問題を解決するために、米国実験動物獣医師会(ASLAP)の動物福祉委員会は、実験動物獣医師を対象に、マウスの福祉に関する意見を聞き、生物医学研究における動物福祉に大きく影響する5つの要因(飼育、臨床ケア、実験使用、規制監督、訓練)の役割を検討するための調査を行った。調査の結果、95%の獣医師がマウスの福祉について「許容できる」から「素晴らしい」と評価しましたが、改善すべき点も残されていた。これらの分野には以下が含まれる。

1)実験を行う研究者のトレーニング
2)実験操作によって痛みや苦痛を感じる可能性のあるマウスのモニタリングの頻度
3)痛みや苦痛を感じる可能性のあるマウスのモニタリングに機関の獣医師スタッフを含めること
4)マウスに提供される環境エンリッチメントの継続的な改善
5)研究室内および機関内の他の研究グループでの再発を防止するために、IACUC(動物実験委員会)がコンプライアンス違反の事例に完全に対処する能力があること
6)病気や怪我をしたマウスの検査、病気の診断、治療の処方を獣医師以外の人に頼っていること

アメリカの動物実験規制は自主管理を柱とする体制であり、日本の動物実験に関する法制度の基本的な枠組みもこの自主管理制度を参考にしているとされています。しかし、これらの法的根拠となる動物福祉法(Animal Welfare Act; AWA)の対象動物には動物実験で多く用いられるマウスやラットなどが含まれておらず、どのように動物福祉が担保されているか外からは分かりづらい問題がありました。そこでASLAPはマウスの福祉が実際にはどうなっているか、会員にアンケートを実施したのがこの論文の趣旨です。

今回の調査では、95%の獣医師がマウスの福祉全般を「許容できる」から「優れている」と評価した一方で、半数の獣医師が、ケアの水準向上を正当化する科学的データがないことが、研究用マウスの福祉向上の主な制約になっていると考えているとのことです。特に、環境エンリッチメントの評価にばらつきがあるのは、環境エンリッチメントの基準を裏付ける実験データがないことが原因と考えられています。

また、実験手順によって痛みや苦痛を感じる可能性のある動物の観察頻度にも懸念があることが報告されました。動物福祉に満足していると回答した獣医師の多くは、観察頻度を1日あたり3回以上に設定しているのに対し、動物福祉が不十分であると回答した獣医師の多くは、観察頻度が1日1回以下であると回答しています(下表)。満足度は必ずしもケアの回数に比例するわけではありませんが、獣医師の満足度が高い施設では相対的に観察頻度が高くなっているようです。このように、動物に対して単にケアするだけではなく、どれだけ手厚くケアができるかということも動物福祉の重要な要素になっています。

観察頻度に対する回答(上記論文から引用)

日本国内では比較的小規模施設の多くが、マウスやラットのみを飼育している施設であり、実験動物獣医師などの専門家を配置することが出来ずにいます。これらの施設にどうやって動物福祉の考え方を浸透させることができるか、関係者は知恵を絞って考える必要がありそうです。

コラム

実験動物の微生物検査

このような考えから、試験に用いる動物は病原体の影響をできるだけ排除したSPF動物を用いることが一般的です。しかし、施設に入ってきた際には確かに病原体がいないかもしれませんが、人や動物の出入りが多い施設において、試験期間が長い動物実験などでは試験の最後まで病原体がいないとは限りません。これを担保するのが「微生物モニタリング」という手法です。

微生物モニタリングは定期的(通常3か月に1回)に飼育されている動物や施設の微生物調査を行うものですが、従来は「おとり動物」を用いた方法(下図)が主体でした。

おとり動物の「おとり」は漢字で書くと囮となり、英語だとSentinel(センチネル)とも言います。まさに言葉のとおりで、他の動物の感染をいち早く察知し、被害を拡大させないための動物です。かつて使われていた、炭鉱におけるカナリアのような存在とも言えますね(カナリアは有毒ガスに敏感なため、炭鉱で発生する可能性のある有毒ガスから身の危険を知らせてくれたそうです)。

また、おとり動物は検査の際に採血・解剖され、人の目ですみずみまで検査することで検査項目以外の病原体が思いがけず発見されるなど正確性が担保されているのですが、病原体の培養に時間がかかったり、最近導入が進んできた個別換気システム(IVC)を用いたラックやケージなどでは検出率が低い問題がありました。

そこで最近用いられ始めているのがPCRを用いた手法です。動物を解剖するのではなく、実際に試験に用いた動物を拭った綿棒や、糞からDNAを抽出して病原体を検出する方法なのですが、最近ではそれらに加え、部屋やケージのホコリから病原体を検出することが可能になってきました。おとり動物を使用しない、動物福祉にかなった方法で今後導入が進んでいくことと思われますが、PCRの特性上、検査項目以外のものは検出することが出来ないので、おとり動物を用いた方法とは一長一短の間柄になっています。

(本コラムの引用文献は、クリエイティブコモンズライセンスの下に提供されています。)

コラム