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教育の記事一覧

令和元年度版コア・カリキュラムが公開されています

少し前の話になりますが、6月22日に改訂版獣医学教育モデル・コア・カリキュラム(コアカリ)が全国大学獣医学関係代表者協議会で公開(https://www.jaeve.org/cur/release/)されました。

私たちが学生の時にはコアカリは存在せず、各大学の先生方が好きなように授業をしていました。そのためどうしても先生個人の意見に左右されやすい授業となり、これが卒業後に役に立つのかどうかも分からないし、何だったら国試に出るの?という感じでした。コアカリが出来た今ではそのあたりが大分改善されたと伺っています。

では実験動物学の講義と実習の改訂版コアカリを見ていきましょう。

実験動物学
(1)動物実験の意義、倫理と関連法規
(2)動物実験の立案と成績評価
(3)動物実験の基本的技術
(4)実験動物の遺伝育種
(5)実験動物の繁殖
(6)実験動物の飼育管理
(7)各実験動物の特性
(8)実験動物の微生物コントロール
(9)実験動物の感染症
(10)モデル動物学
(11)発生工学

実験動物学実習
(1)動物実験計画の立案と審査
(2)動物実験の基本的手技
(3)実験動物の遺伝学的品質
(4)実験動物の微生物学的品質
(5)発生工学の基礎技術

はっきり言ってこれらの内容が習得できれば、私たち実験動物管理獣医師の仕事はカバーできるほどに充実しています。というよりもすべてをカバーしている獣医師は少ないのではないでしょうか。私自身、発生工学は疎いのでもう少し勉強しなければ・・・と思っています。それはさておき、特に講義でも実習でも動物実験計画の立案・審査が真っ先に挙がっていることからその重要性が伺い知ることができます。そこで特に今回はこちらを深堀りしていきたいと思います。

実験動物学

(2)動物実験の立案と成績評価

一般目標

動物実験の立案及び動物実験計画書の作成のために必要な事項、動物実験成績の評価に必要な統計解析と外挿について理解する。

到達目標

1)実験目的に適した実験動物の選択について説明できる。

2)3Rの原則、動物の福祉の概念について説明できる。

3)動物実験計画書が必要な理由と主な記載項目を説明できる。

4)実験成績を適切に評価するための統計解析について説明できる。

5)動物実験から得られた成績の外挿について説明できる。

実験動物学実習

(1)動物実験計画の立案と審査

一般目標

動物実験計画書の作成または模擬審査を通して、動物実験計画書の作成と審査の概要を理解する。

到達目標

1)動物実験計画の立案に際して検討すべき事項を理解し、科学的でかつ実験動物の福祉に配慮した動物実験計画書を作成できる。

2)動物実験計画書の内容を理解し、その妥当性を判断できる。

実験動物学はどちらかというと基礎系としてみなされているため、大学の2~3年次に学ぶことが多いとは思いますが、その際にここまでの内容を理解しながら動物実験計画の立案・審査が出来るかはなかなか難しいかもしれません。というのも、立案するにしても審査するにしても実験の内容を理解していないと出来ないからです。私が学生の頃は実習などで実験をする際には与えられた課題をこなすだけで「何のために実施するのか」という目的意識が希薄だったように思えます。しかし実験はその目的こそがいちばん重要であり、その目的を達成するためにはどうするか?といった感じで組み立てていきます。ですのでこれから実験動物学実習で立案・審査を行う際には、目的に沿った実験が構築されているかを意識することが特に重要だと思います。

コラム

動物実験の情報発信(イギリス編)

物実験・実験動物の情報発信について、何回かに分けてお伝えしていきたいと思います。情報発信に関してはまずは先達である海外に倣えとのことで、初回はイギリス編です。なお、今回の内容はLABIO 21の記事「特集 イギリスの一般市民への動物実験に関する情報発信の状況 訪問調査研究の報告(1)市民へ動物実験の理解を促す活動団体”UAR”」をもとに構成しています。

イギリスは1800年代から動物虐待に関する法律が制定されるなどの歴史的背景から動物愛護に関する意識が非常に高い国です。そのような流れを受け、動物実験・実験動物に対しても非常に強い反対運動が巻き起こりました。SHAC(Stop Huntingdon Animal Cruelty)と呼ばれる団体がイギリスの大手CRO企業であるハンティンドン・ライフ・サイエンス社に対して放火や実験動物の連れ去りなど、非合法活動を行っていたことも記憶に新しいことかと思います。

イギリスでは1908年にResearch Defence Societyという団体が設立され、以前から研究を擁護してきました。また、2003年頃から市民に向けて研究への理解を推進するための活動を行っていたCoalition for Medical Progressという団体があったのですが、2008年にこれらの団体がまとまり、UAR(Understanding Animal Research;https://www.understandinganimalresearch.org.uk/)が設立されました。元々あった2つの団体はそれぞれ、動物実験に関する理解促進、情報発信活動を行ってきたのですが、名称からは分かりづらいという声が上がっていたことから、新しい団体には目的が分かりやすい名称となったとのことです。

UARの活動は大きく3つの活動に分かれており、ここからはそれぞれの活動を見ていきたいと思います。

教育

UAR HPから引用

主に日本の中学生・高校生にあたる生徒を対象に動物実験に対する正しい理解を深めるべく教育を行っています。主な内容はボランティアの研究者や動物実験技術者による学校訪問であり、年間300件ほど行っているとのことです。現在はイギリス全土で500名ほどのボランティア登録があり、ボランティアとして登録するためにはUARが初めに研修を行います。

さらに一部希望者に関しては実際の動物実験施設への見学ツアーも行っているとのことです。受け入れ側施設の準備などもあるかと思いますが、実際に見学した生徒たちの感想を聞くと、実際に訪問してみて動物の世話が行き届いていることや、スタッフの熱心さを知ることが出来て好評とのことです。このあたりは日本でも積極的に導入していければ良いですね。

ロビー活動

最近、日本でも徐々に見られるようになってきましたが、特定の候補や政党が安易に得票を狙って「動物実験の禁止」などを訴えることの無いよう、動物実験の禁止による医学・獣医学などの発展の阻害などを丁寧に説明して回る活動を行っています。UARは団体としてこれらの活動に熱心に取り組んできたこともあり、イギリスではUAR設立後2回の総選挙を経験していますが、選挙の際にこのような動物実験禁止をマニフェストに掲げるような候補者は出なかったとのことです。日本国内でこれらロビー活動を行っている団体はほとんど無く、日本人ももっとしたたかにこういった活動に取り組むべきだと個人的には考えています。

コミュニケーション

UAR HPから引用

コミュニケーションは情報発信において非常に重要な役割を果たします。UARが設立された当初はテレビや新聞などマスメディアで動物実験擁護活動を展開していましたが、現在ではインターネットやソーシャルメディアでの発信に切り替わってきているようです。動物実験反対派の事実に異なる主張に対し、正しい情報を公開し、その意義を訴えるという姿勢を明確にしており、このことによりメンバーや組織が動物実験に改めて理解を深めることで、さらに自信をもって自らの立場を鮮明にアナウンスすることも出来るようになってきているとのことです。つまりは情報発信側のトレーニングにもなっているようですね。

また、情報開示に関する活動として、UARではweb上で動物実験施設のバーチャルツアーを開設(http://www.labanimaltour.org/)しています。

上記HPから引用

上の写真はオックスフォード大学の動物実験施設のバーチャルツアーです。公開している部屋は限られますが、色の付いている部屋はすべて見ることが出来ますし、Googleのストリートビューのように360度ぐるぐる回して見ることが出来ます。また驚くべきことに、このようにサルに電極を付けた非常にシビアな試験を公開しており、逆にオックスフォードの動物実験に対する透明性を高めるものになっています。

このようにUARの様々な活動を見てきましたが、イギリスでは長年これらの活動に取り組んできただけあって非常に洗練されたものとなっています。現在、日本でもUARの活動を見習って情報発信活動を始める動きが出てきていますが、それにはまず現在の閉鎖的な環境を打破し、胸襟を開いて、動物実験はそもそも何のために行っているのかという原点に立ち返って正しい情報発信を進めていく必要があると考えています。

コラム

がんも遺伝する:モード・スライの功績

 現在では、化学物質、活性酸素、ウイルス感染、生活習慣や加齢など、さまざまな原因により複数の遺伝子に異常が生じ、がんが生ずることがわかってきている。本コラムでは、実験動物学の黎明期である1900年代初頭の化学発がん説やウイルス発がん説が優勢な頃、マウスを用い、がん遺伝説を提唱したモード・スライ(Maud Slye)を紹介します。

独楽鼠(こまねずみ)

 リンネが名付けたマウスの学名「Mus musculus(ラテン語)」のmusは古代サンスクリット語の「泥棒」を意味するmushaに由来している。ディズニーが自室に迷い込んだマウスを餌付けし、このマウスを参考にキャラクターを考案したというのは架空の話のようだが、招かれざる客が、歓迎すべき客となり、飼い慣らし繁殖したものが現在の愛玩用マウス(ファンシーマウス)になったとの説が有力である。他の愛玩動物と同様、古代より愛好家たちは、興味深い毛色や行動パターンを持つ珍しいタイプを選んで交配・維持してきたようだ。1920年代には、英米でマウス愛好家組織が結成されたほどポピュラーな存在になった。このムーブメントは1927年のミッキーマウスの誕生にも影響を与えたかもしれない。

 1890年代の米国では、ワルツを踊るようにくるくる回る、ジャパニーズワルチングマウス(Japanese waltzing mouse :JWM)がペットとして人気を博した。心理学者のロバート・ヤーキーズは、このマウスの由来や習性を調べ本にまとめている [1]。このワルツを踊るマウスは、紀元前の中国の漢の時代の文献に登場している。日本では独楽鼠または舞鼠と言われていた。JWMは、中国から日本を経て欧州に到着し、その後、米国に上陸したと思われる。ヤーキーズが所有したJWMは、白地に黒の斑点や縞模様が入っていたことから、JF1マウス(パンダマウス)と同様、エンドセリン受容体B型遺伝子(Ednrb)の変異をもっていたのかもしれない [2]。JWMは、旋回運動を示すほか難聴でもあり、これらの症状は、遺伝性の内耳の構造異常に起因する。平衡感覚がおかしいので、体勢を維持するために旋回するのである。JWMは、すでに絶滅したようなので真の原因は定かではない。

近交系黎明期

 以前のコラム(https://jalam.ne.jp/column/220202-2/)でクラレンス・リトルと共に登場したアビー・ラスロップは、1900年、マサチューセッツ州グランビーでペット用の小動物の繁殖会社を起業する。彼女が所有したJWMのペアなど様々な種類の小動物は、ペットとして飼われる他に、全米の多くの研究者から注文が相次いだ。1900年に、メンデルの法則の再発見に関連する論文が発表され、多くの研究者が、同法則の動物への適用に関心を持ったのも一因である。ラスロップが収集・生産したマウスは、すでに毛色などを指標に近親交配を繰り返しており血縁係数が高いものであったようだ。1908年には早くも、ラスロップは、生活環境はほぼ同じであるにもかかわらず、JWMを含むマウスの家系によって、腫瘍の発生部位や発生率が異なることに気づく。1918年までに(この年、彼女は他界)、病理学者のローブと共に、数世代に渡る遺伝実験を行い、マウスの癌の遺伝に複数の因子が関与している可能性を示した [3]。アーネスト・ティザー(ティザー病で有名)も、1907年、マウス家系によって自然発生する腫瘍の発生率が異なることを報告している [4]。

 前コラムの繰り返しになるが、リトルとティザーは、JWMに生じた肉腫の雑種への移植は成功するが、逆方向の移植は拒絶されるという発見をした [5]。この観察からリトルは、がんの研究を進めるためには、遺伝的に非常に近い近交系(純系)動物を作らねばならないと考え、1919年にDBAという純系のマウスを作出した。この発見は、1936年の主要組織適合性複合体およびH-2抗原の発見へと発展していくが、近交系動物が医学・生物学の進歩に及ぼした貢献は計り知れない。

 新しい概念の発見が、同時に複数の研究者によってなされることがある。最近では、免疫チェックポイント阻害薬の抗PD-1/ PD-L1抗体、抗CTLA-4抗体であろうか(本庶佑とジェームズ・アリソンが2018年ノーベル生理学医学賞)。ラスロップ、リトル、ティザー達と同時代に、ひっそりと純系マウスを育て研究している人がいた。

モード・スライ [6, 7, 8, 9]

 スライは、1869年、ミネソタ州ミネアポリスで生まれた。シカゴ大に入学後、裕福ではなかったこと、また、当時、女性向けの奨学金はほとんどなかったことから、学費と食費を稼ぐためのアルバイトと勉学の多忙な大学生活を送る。その結果、体調を崩し、シカゴ大学を中退する。1899年、編入したブラウン大学で学士号を取得した。その後、師範学校の心理学の教職につき、遺伝学や精神医学に触れることになる。1908年、教師の仕事を辞め、シカゴ大学の動物学教授のもとで助手を務めることになった。病気の遺伝に興味を持っていた彼女は、6匹のJWMを使って研究を始め、JWMが、がん好発系でもあったことから、旋回運動の遺伝様式ではなく、がんの遺伝様式を調べることにした。がんを発症するマウスと、がんにならないマウスを交配させ、その子孫がどうなるかを観察した。彼女は、シカゴ大学構内の家に、数多くのマウスと暮すことになる。1911年にシカゴ大学の正規職員になるまでは、自費でマウスや餌、床敷を購入し、1日18時間、一人で多くのマウスの世話と観察を行った。マウスのために食事をしないことも度々あった。晩年の講演で述べているが、ケージを滅菌するなど衛生状態に非常に気を使っていたため、常時、数千匹のマウスを収容する実験室では、30年間、感染症の発生は無かった。飼育の状態や食事などの環境因子を極力同一にし、表現型のばらつきが生じないようにした。すべてのマウスの背後には、彼女が書き続けた100世代以上の先祖からの遺伝記録、臨床記録、剖検記録、組織学的記録が存在する。そのため、すべてのマウスの背景情報がわかり、どんな病気にかかりやすいか、何歳まで生きるか、どのような原因で死ぬかも予想できたようだ。彼女は、30年以上の研究生活で15万匹のマウスを交配・飼育して、マウスの表現型を詳細に観察し、そのうち3万匹に様々ながんが発生したことを記録している。1914年までに、5000匹にも及ぶ質量共に膨大な遺伝実験と剖検によって遺伝性腫瘍の存在を確認し、さらにがん抵抗性は優性形質、がん感受性は劣性形質であるとの説や、がん発生には特定の部位に継続的な刺激が必要であると提唱した。この結果をアメリカ癌学会や論文で発表し、脚光を浴びることになる。彼女の説は、上述のリトルから、がんにおける遺伝が果たす役割を単純化しすぎており、実際に起こっていることは、単一遺伝子のメンデル遺伝で説明されることよりも複雑であるという批判を受けた。しかし彼女の説は、今では当たり前となった遺伝性がんの概念を初めて発見したという点で極めて重要だったと筆者は思う。その後、彼女は研究を進めるうちに、がんの発生は遺伝の関与だけでは説明できないことを認識するようになる。後年、彼女は、がんの発生には、「遺伝的な感受性」と「がんになりやすい組織への長期的な刺激」という2つの条件が必要であると考えた。現在、遺伝性がんは、がん全体の10%程度であり、環境要因がどのように遺伝子を変化させ最終的にがんを引き起こすか、という研究が盛んに行われている。スライの研究はその端緒となった。1922年には助教授に、1926年に准教授に昇進した。1936年、欧州で開催された国際がん対策会議に出席のために、彼女はマウスを助手に任せ、26年ぶりに休暇を取った。それ以前には、カリフォルニアで病気療養中の母親を訪ねる際には、トレーラーを借りてマウス達を連れて行った。彼女は、1914年に米国医学協会から、1922年に米国放射線学会から金メダルを授与された。1923年にノーベル賞の候補にもなったが、受賞には至らなかった。また、1915年にシカゴ大学からリケッツ賞を、1937年にブラウン大学から名誉博士号を授与された。1944年にシカゴ大学を定年退職した後、余生をデータ解析に費やし、1954年に心臓発作で亡くなった。

 彼女の楽しみは詩を書くことだった。1934年と1936年の2冊の詩集を出版し、約700編の詩を発表した。一部の詩は彼女の科学への献身的な取り組みを物語っている。

I pace the world because I am storm-driven, By this compelling of creation.

「私が世界を歩むのは、この創造の説得力によって駆り立てられているからである」

The robin does not wait to ask you like his song, He sings because he must.

「コマドリは自分の歌が好きかどうかを聞くために待つのではなく、必要だから歌うのだ」

 スライの時代には、解析手法がなかったこともあり、がんの遺伝様式の観察に留まり、がんの原因や発症メカニズムを見出すことはできなかった。がんの発生機序は、がん遺伝子SRC(1976年)やRASの発見(1982年)、がん抑制遺伝子RBの発見(1986年)をきっかけに解明されていくのは周知の通りである。また、多数の遺伝子が作用し、さらに環境要因が加わって起こる病気のことを多因子疾患というが、がんの多くは正に多因子疾患である。多因子疾患の原因遺伝子の同定が可能になるには、2000年代まで待たなければならなかった。

 本コラムでは、あまり語られることはありませんが、重要な発見し、かつ心に残る研究者を取り上げました。彼女の根気よく真実に迫る執念や持続性を是非見習いたいものです。また、古のマウス研究者達の努力と功績に感謝しつつ、この分野の発展に微力ながら貢献したいと思いながら、筆を置かせて頂きます。

参考文献

[1] Robert Yerkes, The Dancing Mouse: A Study in Animal Behavior. 1907.

[2] Ruihua DANG et al, Anatomic modifications in the enteric nervous system of JF1 mice with the 

classic piebald mutation. The Journal of Veterinary Medical Science 74(3): 391-394. 2012.

[3] Abbie Lathrop & Leo Loeb, Further investigations on the origin of tumors in mice : v. the tumor

 rate in hybrid strains. Journal of Experimental Medicine. 28(4): 475-500. 1918.

[4] Ernest Tyzzer. A study of heredity in relation to the development of tumors in mice.

The Journal of Medical Research. 17(2):199-211. 1907.

[5] Clarence Little & Ernest Tyzzer. Further experimental studies on the inheritance of susceptibility 

to a transplantable tumor, carcinoma (J.W.A.) of the Japanese waltzing mouse. 

The Journal of Medical Research. 33(3): 393-453. 1916.

[6] Maud Slye, The incidence and inheritability of spontaneous cancer in mice. 

The Journal of Medical Research 32: 159–172. 1915.

[7] https://mag.uchicago.edu/science-medicine/storm-driven

[8] https://www.lib.uchicago.edu/ead/rlg/ICU.SPCL.SLYEM.pdf 

Guide to the Maud Slye Papers 1910s-1930s, University of Chicago Library.

[9] Maud Slye, Proceedings. The genetics of cancer in mice. Forty-first annual meeting of the United States livestock sanitary association. 241-257. 1937

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