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完全長マウスゲノムの完成

コラム

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克服された問題
これまでマウスのゲノムに塩基配列の未決定領域が残っていた理由は、ゲノムの複数箇所に存在している塩基配列の類似性の高い領域が解読を妨げていたからです[図A:染色体におけるテロメア・セントロメア・リボソームDNAの模式図]。テロメアは各染色体の両末端に存在する繰り返し配列(TTAGGG)で、テロメア結合タンパク質とともに染色体末端の保護を担っています。セントロメアは染色体の短腕と長腕が交差する部分にある反復配列からなる領域で、ヒトではほとんどの染色体のほぼ中央にある一方、マウスでは短腕のテロメアに近い位置にあります。リボソームDNAはリボソームを構成するRNAを生み出す領域であり、ほぼ同じ塩基配列からなる数千塩基対を1つの構成単位として、一部の染色体に複数単位あります(ヒトでは約45,000塩基対のユニットが13、14、15、21、22番染色体の短腕に存在;マウスでは約38,000〜約53,000塩基対のユニットが12、15、16、18、19番染色体に存在)。塩基配列の類似性が高いこれらの領域は技術的に再構成しづらく、また、従来の技術ではこれらの領域の全長を一度に解読できなかったため、ゲノムの塩基配列を解読するとき、これらの長さや染色体上の位置を正確に決められませんでした[図B:ゲノム解読の工程]。

背景にある技術革新
ヒトやマウスの完全長ゲノムを解読できた背景には、大別して2つの技術革新があります9
 代表的な技術革新の1つ目は、第3世代シークエンサー(長鎖型シークエンサー)です[図C:ジデオキシ法・次世代シークエンサー(短鎖型シークエンサー)・長鎖型シークエンサーの比較]。キャピラリー電気泳動を使ったジデオキシ法(サンガー法)よりも高効率・高生産性に塩基配列を解読できる次世代シークエンサーは、A・T・G・Cを判別する正確性には長けていました。しかし、次世代シークエンサーがひとつづきに解読できる塩基配列の長さは、最大で300塩基対ほどでした(Illumina社やMGI社等の短鎖型シークエンサー)。このため、ゲノムに多数存在する数十〜数百塩基対の繰り返し配列や数万塩基対におよぶ類似性の高い配列は、次世代シークエンサーを使っても解読できませんでした。しかし2018年に、約10万〜約90万塩基対という非常に長いDNAをひとつづきに解読できるウルトラ ロングリード技術がOxford Nanopore Technologies(ONT)社から発表10されました。さらに翌2019年には、平均1万4千塩基対のDNAを99.8%の精度で解読できるhigh-fidelity(HiFi)技術が、PacBio社から発表11されました。これらの長鎖型シークエンサーの開発が転機となり、従来の短鎖型シークエンサーに起因するゲノムの塩基配列の解 読における問題は解決されました。

 もう1つの代表的な技術革新はHi-C12です[図D]。もともとHi-Cは、ゲノムの高次構造(クロマチン相互作用)を網羅的かつ高効率に検索できる技術として、2009年に発表されました。しかし2013年から、同一DNA分子の遠距離間の相互作用を調べられるHi-Cの特長が、ゲノムの塩基配列の再構築にも活用され始めました13–15。今ではHi-Cは、同じ染色体上にある塩基配列を選んで並び順も決める有効な手法として、標準的になっています。


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大阪大学大学院医学系研究科 廣瀬直毅

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米国事情:ミシガン大学

 まず、1990 年(平成 2 年)10 月 14 日から約 2 週間にわたって日本実験動物学会から派遣される形で、米国の実験動物の実情を視察する機会が与えられた。派遣の目的の一つは当時の実中研野村達次所長が中心になって NIH で開催されていた U.S.-Japan Program of Cooperation in R & D in Science and Technology の会合に参加し、当時私が動物実験施設の教員技術職員とともに行なっていたラット受精卵の凍結保存に関する研究を発表することであった。会場ではNIH(米国保健衛生研究所)の動物実験管理を行なっている多くの獣医師の方々と会い、アメリカの ACLAM (American college of Laboratory Animal Medicine:米国実験動物医学協会)組織を具体的に知ることができた。そしてこの組織について詳しく知りたいと思った。

 幸いにも翌年の平成 3 年(1991)10 月 5 日から 11 月 4 日までの1ヶ月間にわたり国立大学動物実験施設協議会より文部省短期在外研究員旅費で再度アメリカを訪問する機会を得た。この時の訪米目的は「米国における動物実験及び実験動物の現状についての調査研究」というものであり、具体的には「臓器移植関連動物実験、ヒト遺伝子導入トランスジェニック、受精卵凍結保存 の現状調査」に加え、「動物実験施設管理に携わる獣医師の業務及び実験動物専門獣医師の養成制度について調査」するとし、訪問先はミシンガン大学、エール大学、ピッツバーグ大学、バージニア州立大学、国立保健衛生研究所(NIH)およびジャクソン研究所であった。そしていくつか の大学は駆け足訪問ではなく、私一人で 1 週間単位で滞在し、ジックリと米国の各種状況を調査する事を目的とした。帰国後の国動協への報告要旨をもとにその内容を記載する。

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私観・日本実験動物医学会史(第2回)

本会の前身「実験動物医学研究会」の発足

 1993 年(平成 5 年)3 月 31 日開催された実験動物懇話会総会で、当日付けで「実験動物懇話会」 を解消し、翌 4 月 1 日付けで「実験動物医学研究会」を発足させることが決められた。同時に会則も制定し、学会として本格的な体制を整えた。これは日本獣医学会に対して実験動物分科会の設立を求めたことと、同学会へ本会を所属研究団体として認可申請するため、研究団体としてのしっかりとした組織を構築する必要がある事が直接のきっかけである。これが現在の日本実験動物医学会の創立となり、本年 2013 年(平成 25 年)4 月で創立 20 周年となる。手元に前島懇話会 幹事長が作成したと思われる「実験動物医学研究会設立趣旨」なる文章があるが、内容を抜粋要約すると「設立の第一の目的は、獣医学領域で行なわれている研究情報の効率的な収集と流布である。獣医学領域で公表されている研究には実験動物に関するものは解剖学や生理学,薬理学、 病理学、微生物学、臨床学等の領域に分かれて報告されており、実験動物に関係している者には 必ずしも有効な情報となっていない。研究会を設立することにより実験動物医学を中心とした情報の会員間伝達を促進する。第二に、獣医学学生や実験動物専門家に対する教育の質の向上を図る。獣医科大学間の実験動物学教育内容の相違や大学院や卒後教育が不完全である。本研究会で 実験動物医学に重点を置く実験動物に関する教育の充実を目指す。」となっている。

 1994 年(平成 6 年)2 月には JALAM ニュースレター「実験動物医学」を発刊し、年 2 回発行 する機関誌とした。これによると 1994 年(平成 6 年)2 月 7 日付けの日本獣医学会実験動物分科会会員数(実験動物医学研究会会員数)は 237 名と記されている。最新(平成 24 年 3 月)のデー タでも会員数は 265 名とほぼ同じであり、発足当初から実験動物学に興味のある獣医学会会員は直ちに実験動物医学研究会に参加してくれたことになり、その期待の大きさが読み取れる。1994 年(平成 6 年)3 月 31 日には実験動物医学研究会としての第一回総会開催し、同時に第一回教育セミナーを開催した。教育セミナーは教科書的な基本内容とトッピクス的なものについての講演 会を企画することとし、第一回目は講義として有川二郎先生の「実験動物の疾病,人獣共通伝染病—腎症候性出血熱を中心としてー」であり、トッピックスとして松沼尚史先生の「毒性試験における種差」および野々山孝先生の「自然発生病変に及ぼす飼料の影響」であった。

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日本実験動物医学会への名称変更と認定制度検討委員会の発足 

 研究会は、その体制が確立し活動が軌道に乗ったため 1996 年(平成 8 年)4 月 2 日に総会にて 本会名称を「日本実験動物医学会」と変更した。日本獣医学会理事会で承認されたのは平成 8 年 12 月 6 日である。この 4 月の総会ではいよいよ実験動物医学会の認定制度を具体的に検討するた めに認定制度検討委員会を発足させた。委員長は私が指名され、委員は 8 名で委員会を発足させ た。ここに認定制度の基礎を共に考えていただいた委員のお名前を掲載して、敬意を表したい。 安居院高志、板垣慎一、黒澤努、二宮博義、降矢強、宮嶌宏彰、毛利資郎、八神健一(敬称略)。

 認定制度検討委員会では委員間での議論を通して、認定制度の骨格を考えることはもとより、 総会やシンポジウムを通して、認定制度の必要性について会員間での議論を活発に行なった。ニュースレターNo. 9(1998 年 1 月)に 1997 年 7 月から 10 月の認定制度検討委員会内での議論が報告されている。抜粋して紹介してみる。

「認定制度の会員へのメリットは何か、認定された獣医師の目標や理想像を示すべきである。 ただ、目に見えるメリットが現れるのは 20年先でよいが、その時になって認定された獣医師がその任に相応しくなっていれば、この制度が脚光をあびる。「獣医師」資格をこの認定の前提とすることでよい、しかし認定委員等は獣医師ではない実験動物学講座教授であっても良い。獣医師会との連携が必要である。ウェットハンドの研修会が必要である。制度案をまとめるにあたり、 この制度の意義や目的を明確にした前文を作り、それによりこの制度のイメージが誰にでもわかるようにすることが必要。」

 この議論では、とくに制度設立のメリットを早急に追うことは難しく、10 年後、20 年後の後輩 にメリットが享受できるよう、現在の会員ががんばるという少々悲壮感にも似た意見も見られ、 委員は全員うなずいた。この議論から既に16 年経っており、昨今はようやく少しはメリットが現れていると思うが、専門医は社会の期待に添う実力はついているか、専門医の不断の努力ととも に、専門医協会の制度的な対応も課題となっているように思う。

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私観・日本実験動物医学会史(第4回)

今後の課題

 本会も昨年 20 周年を迎え、ようやく軌道に乗って来た感がある。ここで、学会としての今後の課題を一つあげる。我が国では動物実験に関する法律や各種規定、指針には獣医師の必要性や役割が全く記載されていないことがある。動物愛護管理法、実験動物に関する基準、文科省を始め 各省庁の動物実験に関する基本指針のどこにも「獣医師」はもとより「獣医学的管理」という言 葉すら見つけることができない。このようなことは世界の主要な国々ではあり得ない。国際医学団体協議会(CIOMS)が 1985 年に制定し、昨年 2013 年に改正された「医学生物学領域の動物実験に関する国際原則」、世界動物保健機構(OIE)が決定した実験動物福祉条項、そして米国国内の指針ながら国際的に使用されている National Research Council の「実験動物の管理と使用に関する指針(第 8 版)」にはすべて、獣医師の役割や獣医学的管理の重要性が謳われている。近年は アジアの国々にも動物実験に関する法規が整備されて来たが、これらの国々の法規にも獣医師の役割が記載されている。グローバル化を叫ぶ我が国のこうした状況は異常としか言いようがない し、もう一つのガラパゴス化であり、その被害は実験動物が被っている。

 実験動物といえども動物であり、第 3 の家畜という言い方もある。この動物の健康管理はも より、研究者の行う実験における苦痛の軽減や術前術後の健康管理に獣医師が関わるのは当然で あり、動物の福祉を求める国民が強く望んでいることである。もちろんこれまでも我々獣医師は 実験動物の飼育や動物実験の現場はもとより、施設の管理や研究者への教育、さらには動物愛護 管理法や各種指針の制定や改正の節目節目に国や学術会議等が設置した委員会等に多くの獣医師が関わって来たし、大きな役割を果たして来た。しかし、上記で示した「異常な状況」が続いており、現在までも改善できないことは、我が国では獣医師の立場が弱いとか、社会の理解がない などのせいばかりではなく、実験動物界に足場を置いてきた私を含めた獣医師の力や努力も圧倒的に足りなかったと言わざるを得ない。

 我が国のこれからの動物実験を含む研究倫理や動物福祉の観念の高まり認識し、また何よりも 実験動物の立場に立った適正な動物実験のあり方を考えるとき、我が国の法規や指針等の公のル ールで獣医師の役割を明確にすることは喫緊の課題である。社会や各種学会、さらには 5 年毎に行われる動物愛護管理法見直しの議論においても本学会の会員の皆さん、また研究機関や教育機 関で重要な立場を占めるようになっている実験動物医学専門医の皆さんの大いなる努力に期待し たい。

 4 回にわたって「私観・日本実験動物医学会史」として、本学会の歩みを振り返ってみた。こ の日本実験動物医学会の設立に至る過程やその後の活動、そして実験動物医学専門医(認定獣医師)制度の設立とその後の発展過程は、私が 1985 年(昭和 60 年)にこの世界に足を踏み入れて 以来の私の活動の軌跡そのものだったように思う。この間、多くの諸先輩、同僚、そして現在第 一線で活躍されている後輩の皆さんと活動を共にできて、大変楽しかったし、充実した活動ができた。この場をお借りしてお礼を述べて、筆を置く。

2014 年 2 月節分

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JALAM会員の寄稿