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実験動物の記事一覧
実験動物の里親制度
みなさんは実験動物の里親制度をご存知でしょうか。実験動物は実験終了後には基本的に安楽死されるのですが、近年では実験終了後の動物の里親を探して家庭に戻す、いわゆる里親制度が出てきました。記憶に新しいところでは2018年に酪農学園大から譲渡された実験犬の「しょうゆ」ちゃんがいます。
ペットになった元実験犬「しょうゆ」 獣医大生が譲渡願い出る
https://www.jiji.com/jc/v4?id=201812shouyu0001
こちらの記事にも記載がありますが、製薬企業でも実験終了後の犬の里親を探す動きが出てきています。実験動物の輸入販売会社の方はこう述べています。
「体への負担が重い実験、解剖が必須となっている実験などは安楽死させる必要がありますが、必ずしも処分する必要のない実験もあります。健康面などで問題がなければ、家庭犬として幸せに暮らせます」
今までは実験終了後はすべて安楽死してきたのですが、この制度が出来たおかげで安楽死せず家庭に譲渡できる可能性が出てきました。しかしその一方、すべての個体を譲渡できるわけではなく、命の選別を行わなければならないとのことで実験従事者に精神的負担を課す可能性も出てきました。
それでは里親制度の導入が進んでいる米国の状況を見てみましょう。NIH(米国国立衛生研究所)の実験動物福祉局では2019年に里親制度に関するオンラインセミナー(https://olaw.nih.gov/education/educational-resources/webinar-2019-06-13.htm)が開かれました。この中でAVMA(米国獣医師会)の研究用犬猫の里親制度に関するポリシーが掲載されていますので抜粋して紹介します。
・里親制度には研究機関の選任獣医師(Attending Veterinarian; AV)がプログラムの開発と監督に関与していなければならない。
・必ず AV または被指名者の承認を必要とし、AV または被指名者は、里親制度の申請を拒否する裁量と権限を持たなければならない。
このように研究機関においては実験動物の健康と福祉を管轄する選任獣医師の承認が必須になっています。さらに演者が所属しているブラウン大学の譲渡動物の基準が説明されていますので併せて紹介します。
・譲渡される動物は健康で、行動に問題がないことが確認されていなければならない。
・FDAが承認した人用もしくは動物用医薬品、サプリメント、もしくは動物用医薬品の薬品グレード化合物以外の物質を投与されていないこと。
・感染性物質に曝露されていないこと。
・遺伝子組換え、もしくは免疫抑制動物ではないこと。
・職員もしくはその家族のペットとしてのみ許可され、販売されないこと。
・人用もしくは動物用の食料とされないこと。
・里親は将来に渡って獣医学的ケアが必要な場合は責任を持つこと。
大学と製薬企業では譲渡条件も異なるとは思いますが(製薬企業は承認前の化合物を投与しているため、この条件では譲渡できない)、基本的には各国の法律や規則、大学や企業の動物実験委員会での規程など厳格なルールのもとに動物を選定する必要があることが分かります。
先にも述べたように里親制度が出来たことで実験動物を譲渡することで救われる命がある一方、命の選別をしなければならない実験従事者がいるのも事実です。彼らの精神的負担を軽減するためにも譲渡動物選定における明快なルールの策定と、実験動物の里親制度の更なるブラッシュアップが求められています。
コラム実験動物
実験動物の環境エンリッチメント
環境エンリッチメントとは、読んで字のごとく動物の飼育環境を豊かにするものであり、それによって飼育動物の正常な行動の多様性を引き出し、異常行動を減らして、動物の福祉と健康を改善するための工夫を指すものです。環境の肯定的な利用を増やすことを目指して行われる環境エンリッチメントは、動物園や水族館などの展示動物の分野で特に進んでおり、近年では、有害駆除された動物屠体の有効利用を結び付けた大牟田市動物園などでの取り組みが有名です。

エンリッチメント大賞HPから引用
http://www.zoo-net.org/enrichment/award/2019/
医薬品開発における実験動物への環境エンリッチメントの導入も、展示動物ほどではありませんが、進んできています。と言うのも研究において再現性の低下に繋がるノイズは避けなければなりませんが、その一方で動物福祉や動物本来の行動発現の観点から必要不可欠だからです。また、ストレスが大きい環境ではそれだけ個体差が出やすくなるとも考えられています。そのため、環境エンリッチメントを実験動物に導入するイメージとしては、実験動物の生活環境を高い満足度で維持して実験に対する感度を良くし、バラつきを抑える感じでしょうか。では現在どのようなものが具体的に導入されているかを見てみましょう。
まずは基本中の基本でもある巣材です。通常、マウスやラットなどのげっ歯類の飼育には紙や木製チップで出来た床敷と呼ばれるものを敷きますが、それに加えて最近では立体的な巣作りが出来るように縮れた紙のようなものを入れる場合が多くなってきています。この紙はほぐすことで非常にボリュームを増すことが出来ますが、げっ歯類は本来、地中に巣穴を掘って生活しているため、何かと接触することで安心感が得られると考えられているからです。ちなみにこんな専用のもの、予算の関係で入れられないよという場合は、ケージの中にティッシュを1枚入れてあげるのだけでも効果的です。彼らはそれを器用に引き裂いて巣材代わりに使用します。これら巣材はコストパフォーマンスに優れており、闘争の軽減や離乳の成功率などに寄与すると考えられています。

http://www.ssponline.com/index.htm
続いてはシェルターです。目的は先ほどの巣材とほぼ同様です。先ほどの写真にも一部紙製の使い捨てシェルターがありましたが、こちらのカラフルなものは滅菌・洗浄して何度も使うことが可能なものです。基本的には巣の代わりになるものですが、プラケージで飼育している際に避けては通れない漏水事故の際の逃げ場所としても活用できます。また、右下のトンネルは使い捨てですが、マウスを直接、手でハンドリングするのではなく、このようなものを用いることでマウスのストレスが軽減されるとの報告(https://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371/journal.pone.0066401)もあります。

https://www.bio-serv.com/
続いて、かじり具です。左上の木のブロックはげっ歯類が、その他はウサギやイヌで使用することが多いものです。右のコングはペットでも使用されているものですので、なじみ深いのではないでしょうか。これらはかじることでストレス発散になると考えられています。なおコングはチョココルネのチョコ無しみたいな形(中が空洞)をしていますので、中にペースト状の餌を塗り込むことによって食事自体を飽きさせず、時間をかけて食事させるという方法もあります(実験動物のイヌの場合にはこのような使い方はほとんどされません)。ちなみに木のブロックに限らず木の製品は良くあるのですが、有害物質が含まれていないという実験動物に必要な分析証明を取る場合には値段が跳ね上がります。小さいものでもだいたい1個100円以上しますので、これだったら100円のカマボコを買ってその板をあげた方が良いな・・・とも思ったりもしました(笑)

色々とアイテムを紹介してきましたが、実験動物における環境エンリッチメントとして忘れてはならないのはペアまたはグループによる飼育です。実験動物は動物園で飼育されているような猛獣とは異なり、群れで行動している動物がほとんどです。そのため、実験に支障をきたさない範囲でペアまたはグループ飼育にする必要があります。国際基準に準拠している研究現場ではこれらの理由から基本的に単独飼育は認められず、単独飼育をする場合には動物実験申請をする際に科学的根拠が求められています。

https://www.nc3rs.org.uk/3rs-resources/housing-and-husbandry
環境エンリッチメントは何でもかんでも導入すれば良いものではなく、マウスに対するビー玉など、導入することでかえって不安を増大させるものもあります。そのため、飼育環境が改善することが報告されているものを導入するか、もしくは改善が認められることを自らの目で確認する必要があります。これらの取り組みをエンリッチメントプログラムなどと呼びますが、動物実験施設では定期的にこれら環境エンリッチメント導入の是非を検証することが求められています。
疾患モデル作製における動物種の選択
動物実験を始める際に動物種を選択することは非常に重要です。最終的に人間での応用を考えた場合、人間に近い動物が求められます。例えば臓器や皮膚であれば人間に近い構造を有していることから、臓器移植の研究や皮膚での薬効薬理試験、安全性試験にブタが用いられますし、ウサギの脂質代謝は人間に近いことが知られているため、コレステロールの研究に用いられてきた歴史があります。一方、病気の治療には病気の動物を使用することが基本ですが、そんなに病気の動物が世の中にいるわけではありませんし、ましてや動物であっても動物病院に来る患者さんを使用するわけにはいきませんので、病気を模した動物を作る必要があります。それが疾患モデル動物の作製です。
現在、世界中で猛威を振るっている新型コロナウイルス感染症ですが、こちらの原因ウイルスであるSARS-CoV-2はどの動物にも感染するわけではありません。ウイルスは元々、宿主特異性が高い(≒感染する動物が限定される)と言われており、その原因はウイルスが動物の細胞に侵入する際の受け手となるレセプターの構造や細胞でのレセプターの発現度合いが動物種によって異なることが挙げられます。SARS-CoV-2はACE2(アンギオテンシン変換酵素2)といったレセプターに結合して細胞に侵入しますが、ACE2の構造が動物種によって異なり、特にゴールデンハムスターが人間に近いことが報告(https://www.nature.com/articles/s41586-020-2342-5)されています。

このように病気ひとつをとっても、そもそも人間の病態を再現する動物種を選択しなければ意味がありません。そう言った意味では人間に近縁なサルを使用することが理にかなっているように思えますが、安全性が全く担保されていない初期の治療薬をいきなりサルに投与することは倫理上の問題がありますし、体重の関係から貴重な治療薬を大量に使用してしまうことになります。そのため、動物実験を始める際には通常、マウスやラットなどの小動物から始める必要がありますが、これらの動物が人間の病態を再現できるかといった問題があります。以前は突然変異などによって偶然症状を発症した動物を選択的に交配していき、自然に症状を発症する個体を選んでいく自然発症モデルや、例えば慢性腎臓病であれば片方の腎臓を摘出するなどして人為的に病態を作り出す実験的発症モデルが良く用いられてきましたが、近年では病気の標的タンパクなどが明らかになっている場合(SARS-CoV-2に対するACE2など)、その標的タンパクの遺伝子を欠損させた(ノックアウト)動物や、逆に人間の標的タンパクの遺伝子を挿入した(ノックイン)動物などの遺伝子組換え動物を作製することで直接、標的タンパクとの相互作用を見ることが出来るようになってきました。
実際、中国のグループが人間のACE2をマウスで発現させ、SARS-CoV-2がマウスに高率に感染させることに成功したとの報告(https://www.nature.com/articles/s41586-020-2312-y)が既になされています。このように疾患モデル動物としては今後は組換え動物が積極的に利用されていくものと考えられますが、組換え動物の作製には半年程度の時間を要しますし、何より標的タンパクが同定されていない場合は使用することが出来ません。このような理由からまだ一定程度、自然発症モデルや実験的発症モデルの使用は続いていくものだと考えられます。
(本コラムの引用文献は、クリエイティブコモンズライセンスの下に提供されています。) |
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創薬に関わる特殊な実験動物たち
製薬会社で使用する実験動物というとマウスやラットなどのげっ歯類や、ウサギ、モルモット、イヌ、サル(カニクイザル、アカゲザル)などが一般的ですがそれ以外の動物が使用されることもあります。マイクロミニブタやマーモセットはさほど一般的でないにしろ哺乳類ですので、今回は哺乳類以外の実験動物に焦点を当てていきたいと思います。
まずはトップ画像にもあるゼブラフィッシュ。こちらはインド原産の体長5cmほどの小魚です。観賞魚としても飼われていますが、研究用としても飼育される、れっきとした実験動物でもあります。ゼブラフィッシュは催奇形性、心毒性、神経毒性などの毒性試験にも使用されるほか、糖尿病などの代謝系の試験やパーキンソン病などの中枢系の薬理試験でも使用されるようになってきました。ゼブラフィッシュの使用は特にヨーロッパで顕著であり、発生学的に上位の哺乳類からゼブラフィッシュなど下位の魚類などに落とし込む、一種の代替法のような扱いで発展を遂げています。最近ではゲノム編集技術の進歩もあり、組換えゼブラフィッシュが容易に作れるようになってきたこともその一助を担っているようです。
なお、ゼブラフィッシュも獣医が管理すべき実験動物ですので、麻酔法や安楽死法などが定められています。具体的には、麻酔には塩酸ベンゾカイン、安楽死には急冷、MS-222などを使用します。これ以外にも水質基準としての水温、pH、導電率、NO2、NO3、残留塩素などが定められており、陸生動物との違いにクラクラしますが、実験動物として飼育する限りは一定の質を保つ必要がありますので慣れないことですが情報を取りこぼさないようになんとか食らいついています。でも魚って獣医よりも普段から家で飼っている人の方がよっぽど詳しかったりするんですよね・・・

https://www.oist.jp/news-center/photos/zebrafish-lab
そして個人的には前から気になっている疾患モデル動物に「カイコ」がいます。

東大の名誉教授で、現在は帝京大学で研究されている先生が主体的に動いているプロジェクトなのですが、黄色ブドウ球菌などの細菌感染モデルや、カンジダなどの深在性真菌症のモデルも有しているとのことです。さらに薬物の静脈内投与、経口投与も可能(下図)とのことで、基本的な実験動物の要素は兼ね備えているように思いますが、あとは動物をいかにして安定供給できるかといったところでしょうか。試験を回していく上でこの部分はかなり重要ですので、本気でスクリーニング系として用いるのであれば飼育形態含め、色々と考えなければならない部分が多そうです。

http://www.genome-pharm.jp/
現在、ヨーロッパの動物実験ではイヌの使用が減って、逆にブタの使用が増えているとのことです。様々な理由が挙げられていますが、ペットとして用いられるような動物を使用するのは可哀そうといった感情論によるものが大きいと感じています。今はまだ小型魚類や虫を実験動物として使用することに反対は少ないと思いますが、近い将来、これらの動物であっても使用することが難しくなってくるのかもしれませんね。
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愛玩動物看護師の国家資格化に向けて
これまで獣医療に関する国家資格保有者は獣医師のみでしたが、このたび新たに動物看護師が「愛玩動物看護師」との名称で国家資格化されることが決定しました。この国家資格化には、獣医師法と現在の臨床現場における乖離が問題視されてきたことが背景にあります。
獣医師法は獣医師全般の職務・資格などに関して規定した法律ですが、臨床現場において獣医師以外の診療行為(採血、調剤、投薬、麻酔、レントゲン撮影など)を認めていません。しかし獣医師のみでこれら業務を対応するのは難しく、動物看護師によるこれら診療行為が黙認されている動物病院があることも以前から言われてきました。これらの声に対応すべく、医療現場における医師と看護師の関係のように、動物看護師が獣医師の指示の下で適切に診療の補助行為が行えるようにするため国家資格化されるとのことです。
では現在、環境省の愛玩動物看護師カリキュラム等検討会で審議されている、今後のスケジュールについて見ていきましょう。

http://www.env.go.jp/nature/dobutsu/aigo/2_data/kangoshi/01.html
国家資格化されるということで、大きく変わることとしては国家試験が新たに作られます。これまでも公的資格化を目指して認定試験が行われてきましたが、診療補助行為が新たに認められることから、そのカリキュラムや試験内容は大幅に異なってくることが予想されます。基本的には大学や養成所指定された専門学校でコアカリキュラムをこれから学ぶ受験資格がありますが、既卒の方などには講習会に参加したり実務経験を証明することにより受験資格を与えられるとなっています。
また、愛玩動物看護師は臨床現場だけでなく、様々な場面での活躍が期待されています。具体的には、動物愛護管理法(動愛法)の中の「動物取扱責任者」の要件を見直し、愛玩動物看護師を加えることで、ペットショップやブリーダー等の第一種動物取扱業者が事業所ごとに選任義務のある「動物取扱責任者」として新たに動物愛護看護師の資格保有者を選任できるようにするとのことです。つまりはペットを扱う現場においては愛玩動物看護師などがいることが望ましいということですね。
愛玩動物看護師には私たち実験動物分野での活躍も期待しています。私たちの分野では「実験動物技術者」という資格が非常に重宝されています。動物福祉に対する考えや高度な実験技術などから資格保有者に対しては一定のレベルが担保されているとのことからの信頼なのですが、ここに新たに愛玩動物看護師の方のペットの目線からの動物福祉であったり、採血・投薬技術などが加わることで特に中大動物の動物福祉が一層進むのではないかと考えています。

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実験動物の微生物検査
実験動物は一般に販売されている動物と異なり、特定の病原体を有していないことが明らかになっているSPF(Specific Pathogen Free)動物が多く用いられています。これは病原体が動物に与える影響(ノイズ)を排除するためなのですが、では一般の動物はどの程度、病原体に汚染されているのでしょうか。2015年に日本国内のペットショップで販売されているマウスの病原体保有状況を調べた報告(Hayashimoto N et al. Exp Anim. 2015;64:155-160.)がありますが、そちらの報告によると神奈川県と東京都の5つのペットショップに由来する28匹のマウスを検査したところ、以下のような結果(検出率)が得られたとのことです。

このようにペットショップごとにその検出率は異なるものの、多くの動物が微生物汚染を受けていることが分かりました。なお、人獣共通感染症を引き起こす病原体は検出されませんでしたが、動物に影響を及ぼす病原体は複数のペットショップから検出されています。これらの病原体は一般に飼育されている状態では特に問題がないことも多いのですが、動物実験に用いる際には状況が変わってきます。冒頭でも述べましたが、実験動物は余計なノイズを排除する必要があります。「再現性」は動物実験において最も重要な一つの要素ですが、動物によって病原体を持っていたり持っていなかったりすると、動物の状態が安定せず、試験結果の信頼性に影響する場合があります。また、このことによって実験に用いる動物の数が多くなってしまうことは避けるべきです。
このような考えから、試験に用いる動物は病原体の影響をできるだけ排除したSPF動物を用いることが一般的です。しかし、施設に入ってきた際には確かに病原体がいないかもしれませんが、人や動物の出入りが多い施設において、試験期間が長い動物実験などでは試験の最後まで病原体がいないとは限りません。これを担保するのが「微生物モニタリング」という手法です。
微生物モニタリングは定期的(通常3か月に1回)に飼育されている動物や施設の微生物調査を行うものですが、従来は「おとり動物」を用いた方法(下図)が主体でした。

おとり動物の「おとり」は漢字で書くと囮となり、英語だとSentinel(センチネル)とも言います。まさに言葉のとおりで、他の動物の感染をいち早く察知し、被害を拡大させないための動物です。かつて使われていた、炭鉱におけるカナリアのような存在とも言えますね(カナリアは有毒ガスに敏感なため、炭鉱で発生する可能性のある有毒ガスから身の危険を知らせてくれたそうです)。
また、おとり動物は検査の際に採血・解剖され、人の目ですみずみまで検査することで検査項目以外の病原体が思いがけず発見されるなど正確性が担保されているのですが、病原体の培養に時間がかかったり、最近導入が進んできた個別換気システム(IVC)を用いたラックやケージなどでは検出率が低い問題がありました。
そこで最近用いられ始めているのがPCRを用いた手法です。動物を解剖するのではなく、実際に試験に用いた動物を拭った綿棒や、糞からDNAを抽出して病原体を検出する方法なのですが、最近ではそれらに加え、部屋やケージのホコリから病原体を検出することが可能になってきました。おとり動物を使用しない、動物福祉にかなった方法で今後導入が進んでいくことと思われますが、PCRの特性上、検査項目以外のものは検出することが出来ないので、おとり動物を用いた方法とは一長一短の間柄になっています。
(本コラムの引用文献は、クリエイティブコモンズライセンスの下に提供されています。)
実験動物のリホーミング
実験動物の飼養及び保管並びに苦痛の軽減に関する基準では、第4章実験等の実施上の配慮の項において、「実験に供する期間をできるだけ短くする等実験終了の時期に配慮すること」と記されています。そして、実験動物の飼養及び保管並びに苦痛の軽減に関する基準の解説によると、実験計画の立案においては、「実験や術後観察の終了の時期(人道的エンドポイント)等について、具体的な計画を立案する必要がある。(p. 114)」と解説されています。また、人道的エンドポイントとは、「実験動物を激しい苦痛から解放するために実験を終了あるいは途中で中止する時期(すなわち安楽死処置を施す時期)を意味する。(p. 142)」と解説されています。こうしたことから、動物実験の終了とは、主として安楽死処置を施すこととも捉えられます。
一方で、安楽死処置については、上述の通り実験動物を激しい苦痛から解放するための措置である反面、「安全性に加え、安楽死処置実施者が感じる精神的不安、不快感、あるいは苦痛に配慮し、科学的研究の目的を損なわない限り、心理的負担の少ない安全な方法を選択すべきである。(p. 159)」とも解説されており、実施者にとっては精神的不安、不快感、あるいは苦痛といった心理的負担を伴う措置であるということも理解されています。
このような安楽死における実施者の心理的負担に関しては、「安楽死にまつわる諸問題」についてのコラムですでに紹介されていますが、動物実験が遂行される中で、必ずしも動物は苦痛を被って実験を終えるものでもありません。こうした動物に対してはどのようにエンドポイントを考えたらよいでしょうか。これらの動物にも安楽死処置を施すのでしょうか。その心理的負担は苦痛から解放するための安楽死処置の場合よりも大きいものになるかもしれません。他に選択肢はないのでしょうか。
最近では、酪農学園大学から引き取られた実験犬「しょうゆ」の里親譲渡の話題もあり、こちらも「実験動物の里親制度」についてのコラムですでに紹介されていますが、国内でも少なからず実験動物を安楽死せずに余生を送らせるリホーミングの活動が行われています。リホーミングは動物の福祉を考えること、また実施者の心理的負担を軽減させるという点でとても有意義なことではありますが、同時に、実験動物が社会の目に触れ、動物実験に関心をもつきっかけとなるということは、社会的に適正な動物実験を考える上でもとても重要なことでもあるのではないでしょうか。
ここでは実験動物のエンドポイントとして安楽死に代わる選択肢としての可能性があるリホーミングについて、実際にリホーミングをされた方からの寄稿を交えて、文献を紹介します。多くの方が実験動物に関心を持ち、適正な動物実験を考えるきっかけとなればと思います。
文献紹介:リホームされた実験用ビーグルは、日常的な場面でどのような行動をとるのか?
製薬企業から引き取られた実験犬の、その後に関するドイツでの調査です。
文献紹介:英国で行われた実験動物のリホーミング実践に関する調査
実験動物のリホーミングに関する英国での実態調査です。
文献紹介:フィンランドにおける実験用ビーグルの最初のリホーミング:社会化訓練からフォローアップまでの完全なプロセス
フィンランドで行われた実験用ビーグルの最初のリホーミングと社会化プログラムの紹介です。
【Webinar】マウスの環境エンリッチメントと老齢モデルコロニーの維持(EPトレーディング株式会社提供)
実験動物の特殊飼料やエンリッチメント、水分・栄養補給用ジェルなどを取り扱っているEPトレーディング株式会社(https://www.eptrading.co.jp/index.html)に、JALAMのために日本語字幕付きWebinar動画をご提供いただきました。

AALAS(米国実験動物学会)2020で行った、ジャクソンラボラトリー Dr.Schile による「環境エンリッチメントと繁殖」、「老齢モデルコロニー の維持」の解説ビデオ(51分)
https://www.eptrading.co.jp/service/ssp/video.html