logo

当サイトではサービス向上のためにCookieを取得します。同意いただける場合は、「同意する」ボタンをクリックしてください。
詳細は、Cookieポリシーのページをご覧ください。

精子がオタマジャクシ状になる理由を求めて

コラム

1 2 3

酪農学園大学 獣医学群 獣医学類
嶋田 圭祐

1. はじめに:なぜ私たちは精子の「かたち」を知っているのか

生物学を専門的に学んでいない人であっても、「精子の絵を描いてみてください」と頼まれれば、多くの人が長い尾を持ったオタマジャクシのような姿を描くことができるでしょう。このコラムの読者であれば、なおさらそのイメージは鮮明であると推察されます。私たちがこれほどまでに精子の姿を認識している理由は、日本の教育水準による科学リテラシーの高さも一因ですが、それ以上に「精子が他の細胞とは一線を画す、極めて特徴的な形態をしている」という事実が最大の理由ではないかと考えられます。

精子はいわゆる「オタマジャクシ状」の形態を有しています。マウスの精子を例に見ると、その構造は大きく頭部と鞭毛(尾部)に分かれます(図1)。頭部には、次世代へと受け継がれるべき大切な遺伝情報が凝縮した「核」が収められています。また、核の前面にはアクロソーム(先体)と呼ばれる小胞が存在しており、受精の際には先体反応と呼ばれる開口分泌を起こすことで、精子は卵と融合する能力を獲得します。頭部からは、精子の推進力を生み出す「鞭毛」が伸びており、この中心には軸糸が存在します。鞭毛の中片部では、ミトコンドリアが軸糸の周囲にらせん状に配置され、ミトコンドリア鞘を形成しています。また、中片部と主部の境界にはアニュラスと呼ばれる構造が存在し、両領域を区画化しています。これらの構造を有する精子が、あたかも新幹線を彷彿とさせる「流線形」をしているのは、過酷な雌性生殖器内を進み、卵へと辿り着いて受精を果たすために、適した形態へと進化を遂げた結果であると考えられます(1)。

図1:マウス精子の模式図
マウス精子の構造を示す。(Miyata et al., 2024, Development of functional spermatozoa in mammalian spermiogenesis のFig. 2Aを改変)

2. 細胞としての異質さ

ここで改めて認識すべき点は、「精子も細胞の一つである」という事実です。精子は「減数分裂」を経て完成するため、染色体の数は通常の体細胞(ヒトの場合2n=46、マウスの場合2n=40)の半分である「半数体(ヒトの場合n=23、マウスの場合n=20)」となりますが、細胞としての本質的な定義からは外れません。

一般的に「細胞」と言えば、丸や四角の形状をしており、その中央付近に核が位置している姿をイメージされることでしょう。しかし、精子の姿はこうした一般的な細胞のそれとは全く異なります。細胞質は極限まで削ぎ落とされ、核は極度に濃縮し、さらには運動装置である鞭毛を備えています。私は、この不思議で精巧なかたちが、一体どのようなメカニズムによって生じているのかという点に興味を抱き、研究を続けています。

3. 精子形成のプロセス

精子は、最初からあの形をしているわけではありません。精巣内において、もともとは「精原細胞(spermatogonium)」と呼ばれる細胞が分化することでその歩みが始まります。分化が進み、減数分裂が開始されると「精母細胞(spermatocyte)」と呼ばれ、減数分裂が完了して半数体となった細胞は「精子細胞(spermatid)」と呼ばれます。この精子細胞が、劇的な形態変化を遂げることで、最終的に「精子(spermatozoon)」が完成します(2)。

マウスの精巣内における精子形成のタイムスケールを見ると、精原細胞から精子が完成するまでには約35日間という長い時間を要します。この過程は、精細管内での組織的な分化を経て進められます。例えば、マウスの精細管内での成長過程(図2)を見ると、細胞は規則正しく成長を進め(生殖細胞の分化については図2のキャプションを参考にしてください)、DNA複製を経て減数分裂を完了させます(図2,m2°m)。その後、16段階のステップ(Step 1-16)を経て精子細胞が成熟し、精細管の管腔へと放出されることで、ようやく精子が完成となります。ヒトを含めた春期発動を迎えた雄は、基本的に死ぬまでこの複雑かつ精密なプロセスを繰り返し、絶え間なく精子を供給し続けることになると言われています。

図2:マウス精細管内における雄性生殖細胞の分化
マウスの精子形成過程を示す。図に示された有性生殖細胞は左から右に成長し,一番右の細胞は、その次に一段上の一番左の細胞へと成長する。縦に並んだ生殖細胞は、そのステージの精細管内に認められる生殖細胞を示す。例えば一番左のStage Iの精細管にはパキテン期(P)の精母細胞とStep 1及び13の精子細胞が認められる。同様にStage VIIIの精細管にはプレレプトテン期(Pl)及びパキテン期の精母細胞とStep 8及び16の精子細胞が認められる。
精原細胞(spermatogonium): 緑色の枠内。実際にはmIn前にはタイプAの精原細胞(AやAm)が存在し、他のStageでも認められる。
精母細胞(spermatocyte): 黄色の枠内、PI(プレレプトテン期)、L(レプトテン期)、Z(ザイゴテン期)、P(パキテン期)、D(ディプロテン期)からなる。
減数分裂は「m2°m」の段階で完了し、一番右上の精子細胞(16)は精子として管腔内へ放出され、やがて精巣上体へと移動する。
精子細胞(精細胞、spermatid): 水色の枠内(Step 1-16)、1から16の番号はそれぞれ精子細胞のStepを示す。Step 16の精子細胞は精子として精細管の管腔内に放出されて、精巣上体へ移動する。(Russell et al., 1990, Histological and histopathological evaluation of the testis のFig. 4-2を改変)

1 2 3

酪農学園大学獣医学群獣医学類 嶋田圭祐

関連記事

実験動物の微生物検査

実験動物は一般に販売されている動物と異なり、特定の病原体を有していないことが明らかになっているSPF(Specific Pathogen Free)動物が多く用いられています。これは病原体が動物に与える影響(ノイズ)を排除するためなのですが、では一般の動物はどの程度、病原体に汚染されているのでしょうか。2015年に日本国内のペットショップで販売されているマウスの病原体保有状況を調べた報告(Hayashimoto N et al. Exp Anim. 2015;64:155-160.)がありますが、そちらの報告によると神奈川県と東京都の5つのペットショップに由来する28匹のマウスを検査したところ、以下のような結果(検出率)が得られたとのことです。

上記論文から引用

このようにペットショップごとにその検出率は異なるものの、多くの動物が微生物汚染を受けていることが分かりました。なお、人獣共通感染症を引き起こす病原体は検出されませんでしたが、動物に影響を及ぼす病原体は複数のペットショップから検出されています。これらの病原体は一般に飼育されている状態では特に問題がないことも多いのですが、動物実験に用いる際には状況が変わってきます。冒頭でも述べましたが、実験動物は余計なノイズを排除する必要があります。「再現性」は動物実験において最も重要な一つの要素ですが、動物によって病原体を持っていたり持っていなかったりすると、動物の状態が安定せず、試験結果の信頼性に影響する場合があります。また、このことによって実験に用いる動物の数が多くなってしまうことは避けるべきです。

1 2

コラム

ARRIVEガイドライン2.0が公開されました

7月14日にNC3Rs(英国3Rセンター)にてARRIVEガイドライン2.0が公開(https://arriveguidelines.org/)されました。2010年に初めて公開されたARRIVEガイドラインは、動物実験計画において最低限記載すべき項目をまとめたものであり、Natureをはじめ多くの学術雑誌に支持されているガイドラインです。

そもそもこのガイドラインが作成された背景には、動物実験の再現性があまりにも低い(一説には70%以上の実験が再現できない)と言われてきたことがあります。その一因として実験方法の詳細が述べられていないとの指摘がありました。

英国の機関が、動物実験の記載がある271報(1999-2005)の論文を精査したところ、研究の仮説・目的を記載し、かつ動物の数と特徴が記載されていたのは271報のうち、わずか59%であったことを報告(https://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371/journal.pone.0007824)しています。

これらの事を受けてNC3Rsは記載すべき20の項目を定めて2010年にARRIVEガイドラインとして発表しました。多くの研究機関や出版社から支持されてきたものの、記載項目が多いことからも問題の根本的な解決には至りませんでした。そこで改訂版であるARRIVEガイドライン2.0が新たに公開されました。

ARRIVEガイドライン2.0の主な変更点は以下のとおりです。

記載すべき最低限の項目を10項目に絞った「ARRIVE Essential 10」とそれらを補完する「Recommended Set」に分類した

ARRIVE Essential 10は以下のとおりです。なお正式な日本語訳は日本実験動物学会等、公的機関によるアナウンスをお待ちください。
1. Study design(研究計画)
2. Sample size(サンプルサイズ)
3. Inclusion and exclusion criteria(包含基準と除外基準)
4. Randomisation(ランダム化)
5. Blinding(盲検化)
6. Outcome measures(実験の帰結)
7. Statistical methods(統計学的方法)
8. Experimental animals(実験動物の情報)
9. Experimental procedures(実験処置)
10. Results(結果)

前回のガイドラインが20項目であったことからも項目数を絞って記載しやすくなっていることが分かります。通常の動物実験審査においては3~5の項目を審査することは少ないのですが、今後はこのあたりも審査することが求められてくるかもしれません。

コラム

文献紹介:実験動物獣医師の生物医学研究におけるマウスの福祉に対する調査

A Survey of Laboratory Animal Veterinarians Regarding Mouse Welfare in Biomedical Research.
Marx, James O ; Jacobsen, Kenneth O ; Petervary, Nicolette A ; Casebolt, Donald B
JAALAS, Volume 60, Number 2, March 2021, pp. 139-145(7)
doi.org/10.30802/AALAS-JAALAS-20-000063

【概要】
研究用動物の福祉の質は、その動物から生み出される科学的成果の質に否応なく結びついている。マウスは生物医学研究において最もよく用いられる哺乳動物種であるが、将来の進歩を促すためにどのような要素を考慮すべきかについては、ほとんど情報がない。この問題を解決するために、米国実験動物獣医師会(ASLAP)の動物福祉委員会は、実験動物獣医師を対象に、マウスの福祉に関する意見を聞き、生物医学研究における動物福祉に大きく影響する5つの要因(飼育、臨床ケア、実験使用、規制監督、訓練)の役割を検討するための調査を行った。調査の結果、95%の獣医師がマウスの福祉について「許容できる」から「素晴らしい」と評価しましたが、改善すべき点も残されていた。これらの分野には以下が含まれる。

1)実験を行う研究者のトレーニング
2)実験操作によって痛みや苦痛を感じる可能性のあるマウスのモニタリングの頻度
3)痛みや苦痛を感じる可能性のあるマウスのモニタリングに機関の獣医師スタッフを含めること
4)マウスに提供される環境エンリッチメントの継続的な改善
5)研究室内および機関内の他の研究グループでの再発を防止するために、IACUC(動物実験委員会)がコンプライアンス違反の事例に完全に対処する能力があること
6)病気や怪我をしたマウスの検査、病気の診断、治療の処方を獣医師以外の人に頼っていること

アメリカの動物実験規制は自主管理を柱とする体制であり、日本の動物実験に関する法制度の基本的な枠組みもこの自主管理制度を参考にしているとされています。しかし、これらの法的根拠となる動物福祉法(Animal Welfare Act; AWA)の対象動物には動物実験で多く用いられるマウスやラットなどが含まれておらず、どのように動物福祉が担保されているか外からは分かりづらい問題がありました。そこでASLAPはマウスの福祉が実際にはどうなっているか、会員にアンケートを実施したのがこの論文の趣旨です。

今回の調査では、95%の獣医師がマウスの福祉全般を「許容できる」から「優れている」と評価した一方で、半数の獣医師が、ケアの水準向上を正当化する科学的データがないことが、研究用マウスの福祉向上の主な制約になっていると考えているとのことです。特に、環境エンリッチメントの評価にばらつきがあるのは、環境エンリッチメントの基準を裏付ける実験データがないことが原因と考えられています。

また、実験手順によって痛みや苦痛を感じる可能性のある動物の観察頻度にも懸念があることが報告されました。動物福祉に満足していると回答した獣医師の多くは、観察頻度を1日あたり3回以上に設定しているのに対し、動物福祉が不十分であると回答した獣医師の多くは、観察頻度が1日1回以下であると回答しています(下表)。満足度は必ずしもケアの回数に比例するわけではありませんが、獣医師の満足度が高い施設では相対的に観察頻度が高くなっているようです。このように、動物に対して単にケアするだけではなく、どれだけ手厚くケアができるかということも動物福祉の重要な要素になっています。

観察頻度に対する回答(上記論文から引用)

日本国内では比較的小規模施設の多くが、マウスやラットのみを飼育している施設であり、実験動物獣医師などの専門家を配置することが出来ずにいます。これらの施設にどうやって動物福祉の考え方を浸透させることができるか、関係者は知恵を絞って考える必要がありそうです。

コラム