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教育委員会の記事一覧

マウスの系統間、亜系統間にみられる遺伝子型、表現型の違い〜 C57BL/6JとC57BL/6Nとの比較を中心に

 マウスは世界で最も多く用いられている実験動物です。実験用マウスには数多くの系統が樹立されており、なかでも20代以上兄妹交配を繰り返して作出された「近交系」と総称される系統は、個体間の遺伝的背景が均一であるため、実験成績にばらつきがないと予想されるので優れた実験動物であると考えられます。近交系マウスのうち最も多用される系統の一つがC57BL/6です。C57BL/6系統は樹立後の早い段階で異なる2施設で維持されはじめ、現在では2つの亜系統グループを形成しています。それぞれの亜系統グループの間では外見上の区別はつきませんが、詳しく比較すると遺伝子型や表現型に違いが見られるため、「似て非なる」「独立した」系統であるとも言えます。今回はいくつかの事例を引用しつつ、C57BL/6由来の亜系統に関してご紹介したいと思います。

 C57BL/6は、C. C. リトルがA. E. ラスロップから1921年に入手したマウスから樹立したC57BL系統に由来します[1]。C57BL/6系統は、1948年にアメリカのジャクソン研究所に導入され維持されてきましたが、1951年にはアメリカNIHに導入され、それぞれC57BL/6J, C57BL/6Nとして系統樹立されました。その後様々な施設に導入されて育成・維持された結果、現在ではC57BL/6JおよびC57BL/6Nからそれぞれ数多くの亜系統が派生しました(図1)。C57BL/6Jはマウス全ゲノム配列の決定に最初に用いられた系統であり、C57BL/6Nとともに一般的な動物実験のみならずトランスジェニック動物やノックアウト動物を作製する際にも頻繁に用いられています。

 種々の施設で独立して維持されているC57BL/6亜系統の間では、年月とともにゲノム配列の多型が蓄積されていると予想されます。岡山理科大学の目加田和之先生らは、イルミナ社のマウスSNPジェノタイピングアレイを用いたり、マウスゲノムの一塩基多型(SNP)データベースを比較することによってC57BL/6Jグループの亜系統とC57BL/6Nグループの亜系統の間に存在するSNPを検索し、さらに一部はゲノムシーケンスを行いSNPの存在を明らかにしました [2, 3]。その結果、C57BL/6J(ジャクソン研究所で維持されてきたC57BL/6J系統)とC57BL/6NJ(ジャクソン研究所で維持されてきたC57BL/6N系統)の間に存在するSNPのうち、277箇所を同定しました。その中には翻訳されるタンパク質のアミノ酸置換を伴う10箇所のSNPが含まれていました。さらに、これらのSNPはC57BL/6J亜系統の間においても、さらにはC57BL/6N亜系統間においてもそれぞれ保存の程度に差が見られ、亜系統の分岐の年代等によってSNPの蓄積度に違いがあることが明らかになったとのことです。

 C57BL/6JとC57BL/6Nの間にはタンパク質のアミノ酸置換を伴うSNPが存在しますが、それ以外にも一部の遺伝子において欠失の有無に差がみられます。例えば、ミトコンドリア内膜に存在し、抗酸化反応に関与する酵素タンパク質NADトランスヒドロゲナーゼタンパク質をコードするNnt遺伝子は、C57BL/6Jグループの亜系統ではexon 7-11が欠失しており、遺伝子機能が喪失しています [4]。 

 C57BL/6JとC57BL/6Nとの間にある遺伝子上の差違は、結果として表現型にも違いとして現れることは十分に予想されます。そして実際、数多くの表現型の差違がこれまでに報告されています。中には、表現型の違いが実験成績の解釈にまで影響を及ぼした例もあります。例えば、一般的に広く普及している解熱鎮静薬であるアセトアミノフェンは、過剰摂取により肝障害が起こることがあります。アメリカNIHのある研究グループが、MAPキナーゼカスケードに属するc-Jun N-terminal kinase 2 (JNK2)のノックアウトマウスを用いて、アセトアミノフェン誘導性肝障害に対するJNK2の役割について解析していました。彼らはジャクソン研究所からJNK2ノックアウトマウスを「C57BL/6Jを用いて作製された」マウスとして入手しました。そして、JNK2ノックアウトマウスは野生型マウス(C57BL/6J)よりも肝障害の程度が高かったことから、JNK2は肝障害に対して保護的な作用をもたらすと考えました [5]。ところが、他の研究グループからJNK2ノックアウトマウスは野生型マウスよりも肝障害の程度が低くなることが報告されました [6]。そこで、使用したJNK2ノックアウトマウスのNnt遺伝子を調べてみると、C57BL/6J系統に見られる欠失が存在しなかったそうです。さらに、C57BL/6J、C57BL/6N、および彼らが使用したJNK2ノックアウトマウスをそれぞれアセトアミノフェンを投与すると、下記の順序で肝障害の程度に有意差がみられたそうです。

           C57BL/6J < JNK2ノックアウトマウス < C57BL/6N

 すなわち、彼らが用いたJNK2ノックアウトマウスはC57BL/6JではなくC57BL/6Nを背景に持ち、コントロール系統としてC57BL/6Jを使用していたために、JNK2ノックアウトマウスはアセトアミノフェン誘導性肝障害がコントロールマウスより増悪していたように見えていたのです。従って、はじめは「JNK2はアセトアミノフェン誘導性肝障害に対して保護的な作用をもたらす」という結論を得たものの、実際のところは「JNK2は肝障害に対して増悪的な作用をもたらす」という結論が正しく、これは他の研究グループと一致したということです [7]。

 以上、C57BL/6JとC57BL/6Nの遺伝子型・表現型の違いについて簡単にご紹介致しました。C57BL/6JとC57BL/6Nはともに多くの亜系統があり、それぞれのグループの間に遺伝子型、表現型の違いが見られることがあります。C57BL/6JとC57BL/6Nは非常に多くの動物実験に使用されており、遺伝子改変動物の作製にも頻繁に利用されています。由来も同一で系統名もほとんど同じマウスですので、2つの系統を混同してしまうことが起こり得るかと思います。コントロール(野生型)マウスとして異なる亜系統のマウスを使用してしまい、そのことが結果として研究の結論にまで影響を及ぼす可能性があることなどは、頭の片隅に置いておいても良いのではないかと思います。また、過去の研究報告と自らの実験成績を比較・検討する際にも、用いた実験動物の系統については十分注意する必要があるでしょう。本webサイトのコラムに動物研究の報告のための指針である「ARRIVEガイドライン」に関する記事が掲載されております。ARRIVEガイドラインでは、実験動物の種・系統・亜系統・性別・年齢・体重などの情報を研究報告に記載することが推奨されております(項目8:実験動物)。用いた実験動物の詳細を明示しておくことは、研究データの有益性や利用性を向上させ、世界中の多くの研究者にとって多大な利益につながることが期待されることでしょう。

 (本コラムの引用文献、図は、クリエイティブコモンズライセンスの下に提供されています。)

参考文献

[1] Russell ES. Genetic origins and some research used of C57BL/6, DBA/2, and B6D2F1 mice. in: Gibson DC, Adelman RC, Finch C. editors. Development of the rodent as a model system of aging. Bethesda: DHEW Publ No. (NIH) 79–161; 1978. pp. 37–44.

[2] Mekada K and Yoshiki A. Substrains matter in phenotyping of C57BL/6 mice. Exp Anim. 2021. 70:145-160. doi: 10.1538/expanim.20-0158.

[3] Mekada K, Hirose M, Murakami A, Yoshiki A. Development of SNP markers for C57BL/6N-derived mouse inbred strains. Exp Anim. 2015. 64: 91–100. doi: 10.1538/expanim.14-0061.

[4] Huang TT, Naeemuddin M, Elchuri S, Yamaguchi M, Kozy HM, Carlson EJ, Epstein CJ. Genetic modifiers of the phenotype of mice deficient in mitochondrial superoxide dismutase. Hum. Mol. Genet. 2006. 15: 1187–1194. doi: 10.1093/hmg/ddl034.

[5] Bourdi M, Korrapati MC, Chakraborty M, Yee SB, Pohl LR. Protective role of c-Jun N-terminal kinase 2 in acetaminophen-induced liver injury. Biochem Biophys Res Commun. 2008. 374(1):6-10. doi: 10.1016/j.bbrc.2008.06.065.

[6] Nakagawa H, Maeda S, Hikiba Y, Ohmae T, Shibata W, Yanai A, Sakamoto K, Ogura K, Noguchi T, Karin M, Ichijo H, Omata M. Deletion of apoptosis signal-regulating kinase 1 attenuates acetaminophen-induced liver injury by inhibiting c-Jun N-terminal kinase activation. Gastroenterology. 2008. 135(4):1311-21. doi: 10.1053/j.gastro.2008.07.006.

[7] Bourdi M, Davies JS, Pohl LR. Mispairing C57BL/6 substrains of genetically engineered mice and wild-type controls can lead to confounding results as it did in studies of JNK2 in acetaminophen and concanavalin A liver injury. Chem Res Toxicol. 2011. 24(6):794-6. doi: 10.1021/tx200143x.

コラム

マウスバイオリソースの源流 ~ラスロップ、リトルそしてジャクソン研究所

 本ホームページに「マウスの系統間、亜系統間にみられる遺伝子型、表現型の違い〜C57BL/6JとC57BL/6Nとの比較を中心に」というコラムが登載されています。その中に、「C57BL/6は、C. C. リトルがA. E. ラスロップから1921年に入手したマウスから樹立したC57BL系統に由来します。C57BL/6系統は、1948年にアメリカのジャクソン研究所に導入され維持されてきました」という記載があります。リトルとジャクソン研究所については、実験動物に関わっている方や実験動物学の講義を受講した経験のある方なら一度は耳にしたことがあると思いますが、ラスロップについてはあまり馴染みの無い読者がいるかも知れません。今回は、ラスロップとリトル、リトルとジャクソン研究所の関係についてお話させていただきます。

1. ネズミ愛好家、ラスロップ

“Abbie Lathrop, the “Mouse Woman of Granby”: Rodent Fancier and Accidental Genetics Pioneer”

 これは、C57BL/6Jの元となった「マウス#57」をリトルに提供したラスロップ(Abbie E. C. Lathrop:1868-1918)の生涯と業績を短くまとめた論文のタイトルです[1]。タイトルが示すように、彼女は米国マサチューセッツ州クランビー(生まれはイリノイ州)に生活の拠点を置いていたマウス・ラットの愛好家でした。また、当時としては珍しく動物繁殖業者として研究者にも動物の販売を行っていました。ラスロップは、マウス・ラットの他にもモルモット、ウサギ、フェレットなども飼育していました。そのうちモルモットは、米国政府の要請を受けて第1次世界大戦の戦場での有毒ガス検出に使用されていたそうです。もちろん、最初からこれら小動物の繁殖事業で成功したのでは無く、最初は家禽事業から始めたのですが上手くいかなかったようです。お父さんは教師だったようで(幼少期についての詳細は不明だそうです)、その影響もあって、小さい頃から勉学に優れ、生まれ故郷イリノイ州の教育資格も持っていました。この勤勉な性格が注意深い近親交配によるマウスの繁殖記録とその保存を生むことになり、後のリトルによる近交系の樹立に繋がることになります(その結果、“図らずも” 実験動物学の歴史にその名を残すことになるわけです)。

 ラスロップが繁殖したマウスは、C57BL/6Jの他、C3H/He、CBA、DBA/1, DBA/2など現在の主要な近交系マウスのもとにもなっています。そのため、論文や本に掲載されている近交系マウスの系統樹をみると、C57BL、DBA、C3Hなどの最上流に“Lathropのマウス”という記載を見ることが出来ます [2. 3]。ラスロップの凄いところは、単なるネズミ愛好家・動物繁殖業に留まること無く、その類い希な観察力を研究にまで昇華させたところだと思います。ラスロップは、飼育しているいくつかの動物が異常な皮膚病変を発症していることに気づき、大学の病理学者と共に研究を進めて科学論文を出すまでに至っています。その具体例については論文[1]を参照して頂きたいと思いますが、日々の弛まない動物観察が新しい発見に繋がるのだと彼女の生涯を知ることで改めて思いました。

 なお、参考文献[3]にはラスロップのイラストが掲載されています。もし、学校や大学の図書館、あるいは会社の資料室で蔵書を見つけたら閲覧してみて下さい。

2. リトルとジャクソン研究所の誕生

 次に、実験動物学を学んだ経験がある方なら誰でも一度はその名前を聞いたことのあるリトルとジャクソン研究所の誕生についてです。

 リトル(Clarence Cook Little;1888-1971)は、米国マサチューセッツ州のブルックリン生まれでハーバード大学に学んでいます。そこで出会った高名な動物学・遺伝学者のキャッスル(William Ernest Castle 1867 -1962) に師事し、キャッスルの指示によりマウスの毛色の遺伝に関する研究を始めました。この研究を進めるために、キャッスルは近親交配によって形質が安定している動物をラスロップから提供を受けていました。リトルは、このマウスをもとにして科学的目的のためにより厳密な近親交配を行いました。そして、薄い茶色の野生色では無い毛色のマウス(Dilute, Brown and non-Agouti)が世界最初の近交系として樹立されました(これがDBAです)。リトルはその後、遺伝と癌に関する研究に進むことになり遺伝的要因とマウスの癌の発生率に興味を持つようになりました。リトルは、ラスロップから「マウス#57」の提供を受けて新しい近交系マウスを確立させました。それが、本コラム執筆の切っ掛けとなったマウスで、“the most popular laboratory mouse”として紹介されることが多いC57BL/6(ニックネーム:Black 6)です[3]。DBAやC57BL/6の系統樹立についての詳細は参考文献[3]および他の専門書に譲ることにして、リトル個人についてもう少しだけお話しさせていただきます。

 その後リトルは、1922年に何と33歳の若さでメイン大学(University of Maine:米国メイン州の州立大学)の学長に就任しました。リトルは学長になっても研究を続け、同州の観光地であるバーハーバー(Bar harbor)にマウスの実験室を作り、夏休みにはここで研究を行いました。1925年からはミシガン大学(University of Michigan:米国ミシガン州の州立大学)の学長に就任しましたが、バーハーバーでの研究に専念するために1929年にミシガンを去りました。リトルが大学を離れてバーハーバーで研究に専念出来るための資金援助を行った一人が、ミシガン州デトロイトの自動車メーカー・ハドソンモーターカンパニー(Hudson Motor Company)の当時の責任者であったジャクソン(Roscoe B. Jackson)だったそうです(ジャクソン研究所のホームページより)。米国では、大学の建物、研究所や病院などを設立する際にその資金提供者の名前を組織名や建物名に冠することが良くありますが、リトルも資金援助者であるジャクソンに敬意を示してバーハーバーの研究所にJackson Memorial Laboratory(ジャクソン記念研究所)という名前を付けました。これが、教科書などで説明されている「リトルは1929年にマウスの研究開発と系統保存を行うジャクソン研究所を設立した」の起源となるのです。

 リトルの研究業績についてもう少しだけ触れたいと思います。前述したように、リトルの腫瘍に関する研究はジャクソン記念研究所の設立以前から始まっています。リトルは、F1、F2とマウスの世代が進むにつれて移植した腫瘍の生着率が低くなることに気が付きました。そして、同種異個体からの移植組織の生着性を決定しているは遺伝子であると主張しました(これが、後の主要組織適合遺伝子複合体の発見に結びつきます)。これらの研究は1914年から1916年にかけて行われ、その後、非悪性組織の移植に関する研究論文も発表しています[4]。リトル自身による移植に関する研究は1924年(36歳)の時点で終わりますが、リトルの腫瘍および移植に関する研究が大きな背景となり、実験動物の遺伝的均一性の重要性が生まれ、それがジャクソン研究所の設立につながり、その後の多様な“近交系”実験動物の系統開発・維持に繋がるわけです。

3.  現在のジャクソン研究所とホームページ

 ジャクソン研究所(以下、JAX)のホームページ(https://www.jax.org/)には「2019年に設立90周年を迎えた」旨の記述が見られます。これは、1929年のリトルによる「ジャクソン記念研究所」設立からの年数と一致します。ホームページによると、設立当初8人だった従業員は現在では約3,000人を擁しているとのことです。現在のJAXは、リトルが最初に研究室を作ったバーハーバーのマウス研究所(ヒトの病気の遺伝的な原因を研究している)の他、同じくメイン州のエルズワース(Ellsworth)にマウスの生産所、オーガスタ(Augusta)にガン研究所、カリフォルニア州サクラメント(Sacramento)にマウスの生産所と幹細胞などの提供サービス行う研究所、コネチカット州ファーミントン(Farmington)にゲノム研究所があります。また、日本(旧・日本チャールス・リバー)や中国(上海と北京)には子会社を持ち、実験動物の生産や微生物モニタリングサービスなど実験動物に関連したサービスを提供しています。このように、リトルがマウスの研究所としてスタートさせたジャクソン記念研究所は、現在ではC57BL/6Jを初め12,000以上の実験動物の系統を維持・生産するまでに成長しています(JAXのホームページより)。しかし、大きな組織となった現在でも米国JAXはあくまで非営利のバイオメディカルの研究機関であり、マウスの供給(バイオリソース)およびマウスを通じてのヒトのゲノミクス研究のデータリソースとしての立ち位置を保っています。米国JAXは世界初のバイオリソースセンターのモデルになったわけで、まさに「ラスロップ〜リトル〜ジャクソン研究所」という流れは、「マウスバイオリソースの源流」と言えるでしょう。

 以下は余談です。今回のコラム執筆にあたりJAXのホームページの教育コンテンツにもアクセスしてみました。EDUCATION & LEARNINGのONLINE LEARNINGに進むと実験動物に関する教育コンテンツを見ることが出来ます(https://www.jax.org/education-and-learning)。対象者の幅はとても広く、高校生や学部学生を対象とした基礎的なものから、大学院生やポスドク、医療関係者向けの教育コンテンツまで用意されています。例えば、「Online MicroLessons & MiniCourses」という初級のオンライン講習では、「マウスが持つどのような特性が人間の生命科学や病気を理解するための研究モデルになっているのか」等について10分ほどのビデオ講義で解説され、講義の終了後にはクイズ画面で講義内容の理解を確認することが出来ます。その他、近交系やハイブリッドマウスの系統、命名法などについての講義もあります。興味を持たれた方は、先ずは無料の初級教育コンテンツを閲覧してみるのは如何でしょうか。

4.最後に

 今回のコラムは、学術面からは外れた話題でしたが楽しんで頂けたでしょうか? C57BL/6Jの元となったマウスを育てたラスロップの生涯を読んで、私は江戸時代の珍玩鼠育草(ちんがんそだてぐさ)の存在を思い出しました[5]。この書物は、1787年(天明7年)に京都で発行された愛玩ネズミの飼育書です。その中には、森脇和郎先生らのグループが系統樹立させたJF1/Ms(JF: Japanese fancy)と非常に良く似た白黒ブチ模様(いわゆるパンダ柄)のネズミの挿絵が見られます。実は、JF1/Msはデンマークの蚤の市で売られていたパンダ柄のペットマウスを日本に持ち帰り、国立遺伝研で近交系として樹立させたものです。さらに面白い事実があります。C57BL/6など世界的に使用されている代表的な近交系マウスとJF1/Msの遺伝子を比べると、類似度の高い配列があちこちに散在していることが判ったのです[6]。すなわち、江戸時代に日本で育てられた愛玩用マウスがヨーロッパに渡り、そこでヨーロッパ産の愛玩用マウスと交雑され、さらに米国でリトルらの手によって実験動物化されるのに寄与し(ゲノム中のSNPの10%程度)、それが現在世界で使用されている主要な近交系マウスになったのです。

 ラスロップと珍玩鼠育草は国も年代も異なりますが、ネズミに魅せられた“アマチュア”の優れた洞察力が生み出した偉業という共通点を感じます。彼らが育てたネズミたちが、生命科学研究に欠かせない実験動物として世界中で利用されていることに時空を超えた感動を覚えると同時に、動物実験には動物への深い愛情としっかりとした観察力が大切なのだと改めて感じました。

参考文献

[1] Steensma DP, Kyle RA, Shampo MA. Abbie Lathrop, the “Mouse Woman of Granby”: Rodent Fancier and Accidental Genetics Pioneer. Mayo Clin Proc. 2010. 85: e83. DOI: 10.4065/mcp.2010.0647

[2] Hugenholtz F and de Vos WM. Mouse models for human intestinal microbiota research: a critical evaluation. Cell. Mol. Life Sci. 2018. 75: 149–160. DOI: 10.1007/s00018-017-2693-8

[3] Morse HC III. Origins of inbred mice. Academic Press, Bethesda. 1978.

[4] Auchincloss Jr H. and Winn HJ. Clarence Cook Little (1888–1971): The Genetic Basis of Transplant Immunology. Am J Transplant.2003. 4: 155–159. https://doi.org/10.1046/j.1600-6143.2003.00324.x

[5] 米川博通、森脇和郎. 実験用マウスの過去と未来.蛋白質核酸酵素1986. 31: 1151-1170.

[6] Takada T, Ebata T, Noguchi H, Keane TM, Adams DJ, Narita T, Shin-I T, Fujisawa H, Toyoda A, Abe K, Obata Y, Sakaki Y, Moriwaki K, Fujiyama A, Kohara Y and Shiroishi T. The ancestor of extant Japanese fancy mice contributed to the mosaic genomes of classical inbred strains. Genome Res. 2013. 23: 1329-1338. DOI: 10.1101/gr.156497.113

コラム

遺伝性疾患の研究における実験動物の役割と課題〜筋ジストロフィーモデル動物を例に〜

 病気の仕組みを知ることや治療法の開発において、実験動物を用いた研究は不可欠です。1989年に胚性幹(ES)細胞を用いて作製されたノックアウトマウスを皮切りに、現在までに多くのモデル動物が人々の健康・福祉への貢献を目的に作製されてきました。特に、2013年春に誕生したゲノム編集技術CRISPR/Cas9法は、遺伝子レベルで制御された多くの疾患モデル動物の創出を可能にしてきました。さらに現在では、モデル動物の作製に用いられてきた様々な遺伝子工学技術が、遺伝性疾患の次世代治療法として応用が期待されています。今回は、筋ジストロフィーという遺伝性筋疾患を例に、モデル動物の病態研究と治療法開発への貢献、また今後の課題についてご紹介したいと思います。

1. 遺伝子変異の解析とモデル動物の作製

 筋ジストロフィーは、40種類以上の遺伝子のいずれかに変異が生じて発症する遺伝性筋疾患の総称です(1)。原因遺伝子によって違いはありますが、進行性の筋力低下と骨格筋の組織変性を主徴とする致死的な疾患です。患者数が最も多いデュシェンヌ型筋ジストロフィー(DMD)は、筋細胞膜の構造維持に不可欠な蛋白質をコードするジストロフィン(DMD)遺伝子の変異が原因で発症するX連鎖劣性遺伝疾患です(2)。DMD遺伝子は78個のエクソンから構成される全長2.4 Mbの巨大な遺伝子です。このような巨大な遺伝子上に多様な変異が様々な箇所に生じるため、診断や治療法の開発が困難となっています。

 DMD遺伝子の変異の型は、コドンの読み枠がずれる「アウト・オブ・フレーム型」と読み枠が維持される「イン・フレーム型」に大別されます。前者のアウト・オブ・フレーム型変異ではジストロフィン蛋白質が産生されないため重症のDMDとなりますが、後者のイン・フレーム型変異では短いジストロフィンが産生されるため、多くは軽症のベッカー型筋ジストロフィー(BMD)と診断されます。これらの型はさらに欠失や重複、点変異など様々な変異によって生じるだけでなく、現在では変異パターンに応じて予後が異なることが明らかとなりつつあります(3)。変異の種類に応じた病態を理解するためには、患者と同様な変異を持つ遺伝子改変動物が必要です。しかし、欠失だけでも500種類以上が報告されている変異に対して、それぞれのモデル動物を作製することは現実的ではありません。そこで活躍するのが、遺伝子変異の種類や頻度、症状などの様々な情報がまとめられているデータベースです。DMDを含む遺伝性筋疾患の分野においてもいくつかの国家規模または国際的規模のデータベースを利用することできます(3)。このような情報を利用することで、発生頻度の高い変異や重症度を調べることができます。すなわち、無数にある変異の中から「どのような変異を持つモデル動物を作製すべきか」の指針となる情報が得られる場合があります(図1)。

図1 遺伝性疾患の国際的open database(LOVD: https://www.lovd.nl/)を用いて解析されたDMD遺伝子の欠失変異の頻度と重症度スペクトラム。赤は重症のDMD、青は軽症のBMDを示す。Ex, エクソン(数字は欠失したエクソンの番号); IN, イン・フレーム変異(短縮型ジストロフィンの産生が可能な変異)。記載のない項目は全てジストロフィンを産生できないアウト・オブ・フレーム変異を示す。Echigoya Y, et al. J Pers Med. 2018, licensed under CC BY 4.0.

2. DMDモデル動物と治療法開発への応用

  DMDの研究分野では、マウスのみならずラットやウサギ、イヌ、ブタなど様々な動物種でジストロフィン欠損モデル動物の開発が進められています(4-8) 初期のDMDモデル動物は突然変異個体として発見され、その内のいくつかは現在でも系統として維持されています(9)。1984年にモデル動物として最初に公表されたのがDmd遺伝子エクソン23に点突然変異を持つmdxマウスです(10)。mdxマウスは、ジストロフィン欠損によって生じる骨格筋病態(ジストロフィノパチー)の解明だけでなく、治療法開発においても多大な貢献をしてきました(11, 12)。しかし、本マウスのDmd変異は患者DMD遺伝子では稀なナンセンス変異であることや、病気の進行が緩徐であることが課題でした。これらの課題を克服すべく、1997年に本邦において、患者で高頻度に見られる変異を模したDmdエクソン52欠失変異マウス(mdx52マウス)がジーンターゲッティング法により開発されました(13)。本mdx52マウスの大きな特徴の一つとして、エクソン・スキッピング療法*の開発に活用できることが挙げられます(*mRNA前駆体に配列特異的に結合するアンチセンス人工核酸[ASO]を用いて、標的エクソンの除去と遺伝子の読み枠の修正、機能的なタンパク質の発現回復を誘導する技術)。すなわち、mdx52マウスは、欠失変異を持つ患者の約19%を治療対象とできるエクソン51、または約14%を対象とするエクソン53・スキッピング療法の開発コンセプトを実証できるモデルとして活躍してきました(図2)。

図2 エクソン52欠失ジストロフィンmRNA(ピンク)に対するアンチセンス人工核酸(ASO)を用いたエクソン51・スキッピング療法の概念図。 エクソン52を欠くとエクソン53が正しいコドン(3つ組塩基)を形成できない(上図)。ASOによりエクソン51が除去されるとエクソン50と53の末端の塩基が新たなコドンを作り、以降の塩基配列は正常なアミノ酸の読み枠となり、短いジストロフィンの発現が可能となる(下図)。

 mdx52マウスの登場により、ASOによるエクソン51・スキッピングは生体においても短縮型ジストロフィンの発現を誘導し、治療学的な有効性を示すことが2010年に国立精神・神経医療研究センター神経研究所の武田伸一先生、青木吉嗣先生らによって報告されました(14)。このような疾患モデル動物における治療コンセプトの実証や、患者細胞におけるヒトDMD遺伝子に対するスキッピング効果を根拠として臨床試験が進められ、2016年に世界初のエクソン51・スキッピングASOが核酸医薬品としてアメリカ食品医薬品局(FDA)によって迅速承認されました(15)。現在(2022年3月26日時点)までに4種類のDMDに対する核酸医薬品が承認されています。その内の一つは日本新薬株式会社と国立精神・神経医療研究センターの共同開発による核酸医薬品です。筋ジストロフィー治療研究はモデル動物の開発と共に、日本がリードする分野の一つであると考えられます。

3. 遺伝子ヒト化マウス

 モデル動物を用いた遺伝性疾患の研究において最も大きな障害は、当然のことですが「動物はヒトではない」ということです。動物はヒトと同じ遺伝子配列を持っていません。すなわち、ゲノム編集やエクソン・スキッピングなどのヒト遺伝子特有の「塩基配列」を標的とする治療法の開発には、種特有の遺伝子しか持たない疾患モデル動物は使用できないことになります。したがって、上述したモデル動物での治療実験は全て「コンセプト」の実証であり、他の医薬品のようにヒト患者に投与するための製剤を動物で試験することができない、という大きな課題があります。このような課題を克服する手段として、ヒト遺伝子を持つトランスジェニックマウス(遺伝子ヒト化マウス)が近年注目されています(16)。

 DMD研究分野では、ヒトの全長DMD遺伝子を持つマウス(hDMDマウス)が2004年にオランダのライデン大学のグループによって報告されてます(17)。このhDMDマウスは全身にヒトDMD mRNAを発現するため、ヒトDMD遺伝子を標的とするASOが生体内でエクソン・スキッピングを誘導可能かを評価できるモデルとして登場しました。しかし、このhDMDマウスには二つの問題点があります。一つ目は、ヒトDMD遺伝子を標的とするASOがマウスDmd遺伝子と交差反応し、適切な評価が妨げられる可能性です。この問題に対しては、hDMDマウスとDmd遺伝子全体が除去されたトランスジェニックマウス(Dmd-nullマウス)の交配により作製されたhDMD/Dmd-nullマウスが一つの解決案として報告されています(18)。二つ目の問題として、導入されたhDMD遺伝子は正常な遺伝子であるため、変異DMD遺伝子に対する有効性を評価できないことが挙げられます。本問題の解決案として、ゲノム編集技術を用いてヒトDMD遺伝子に患者と類似の欠失変異が導入されたhDMDdelマウスが報告されています(19)。このhDMDdelマウスはmdxマウスとの交配により、マウス由来のジストロフィンを発現しないhDMDdel/mdxマウスとして治療研究に利用されています。このようにいくつかのhDMDマウスの種類が報告されていますが、変異hDMD遺伝子が直接的な原因となり骨格筋病態を再現するモデルはまだ確立されていません。ヒト変異DMD遺伝子を標的とする治療薬の生体における有効性をより適切に評価するためには、例えばhDMDdel/Dmd-nullマウスのような、上記の問題を克服できるモデル動物の開発が今後必要になると考えられます。

4. おわりに

 今回は筋ジストロフィーにおけるモデル動物の開発の流れと核酸医薬品開発への貢献を中心に概説させていただきました。ゲノム編集やエクソン・スキッピングのように、今後も難治性疾患の克服に応用可能な革新的な遺伝子工学技術は様々開発されることと思います。新たな技術が治療コンセプトとして妥当であるか、安全な医薬品として実用化の可能性はあるかについては、適切なモデル動物と綿密な動物実験が今後ますます重要になることと思います。特に、遺伝性疾患におけるモデル動物と医薬品の開発では、動物とヒトで原因となる遺伝子は共通でもその配列や制御機構が異なるといった根本的な課題が提示されています。この観点からも実験動物学が遺伝性疾患の研究に貢献できることは、非常に多いと考えられます。

引用文献

1.  Mercuri E, Bönnemann CG, & Muntoni F (2019) Muscular dystrophies. Lancet 394(10213):2025-2038.

2. Duan D, Goemans N, Takeda S, Mercuri E, & Aartsma-Rus A (2021) Duchenne muscular dystrophy. Nature reviews. Disease primers 7(1):13.

3. Echigoya Y, Lim KRQ, Nakamura A, & Yokota T (2018) Multiple Exon Skipping in the Duchenne Muscular Dystrophy Hot Spots: Prospects and Challenges. J Pers Med 8(4):41.

4.  van Putten M, et al. (2020) Mouse models for muscular dystrophies: an overview. Disease models & mechanisms 13(2).

5. Teramoto N, et al. (2020) Pathological evaluation of rats carrying in-frame mutations in the dystrophin gene: a new model of Becker muscular dystrophy. Disease models & mechanisms 13(9).

6.  Sui T, et al. (2018) A novel rabbit model of Duchenne muscular dystrophy generated by CRISPR/Cas9. Disease models & mechanisms 11(6).

7. Amoasii L, et al. (2018) Gene editing restores dystrophin expression in a canine model of Duchenne muscular dystrophy. Science (New York, N.Y.) 362(6410):86-91.

8.  Echigoya Y, et al. (2021) A Dystrophin Exon-52 Deleted Miniature Pig Model of Duchenne Muscular Dystrophy and Evaluation of Exon Skipping. International journal of molecular sciences 22(23).

9. Yu X, Bao B, Echigoya Y, & Yokota T (2015) Dystrophin-deficient large animal models: translational research and exon skipping. American journal of translational research 7(8):1314-1331.

10. Bulfield G, Siller WG, Wight PA, & Moore KJ (1984) X chromosome-linked muscular dystrophy (mdx) in the mouse. Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America 81(4):1189-1192.

11. Lu QL, et al. (2003) Functional amounts of dystrophin produced by skipping the mutated exon in the mdx dystrophic mouse. Nature medicine9(8):1009-1014.

12. Echigoya Y, et al. (2013) Mutation types and aging differently affect revertant fiber expansion in dystrophic mdx and mdx52 mice. PloS one8(7):e69194.

13. Araki E, et al. (1997) Targeted disruption of exon 52 in the mouse dystrophin gene induced muscle degeneration similar to that observed in Duchenne muscular dystrophy. Biochemical and biophysical research communications 238(2):492-497.

14. Aoki Y, et al. (2010) In-frame dystrophin following exon 51-skipping improves muscle pathology and function in the exon 52-deficient mdx mouse. Molecular therapy : the journal of the American Society of Gene Therapy 18(11):1995-2005.

15. Takeda S, Clemens PR, & Hoffman EP (2021) Exon-Skipping in Duchenne Muscular Dystrophy. J Neuromuscul Dis.

16. Zhu F, Nair RR, Fisher EMC, & Cunningham TJ (2019) Humanising the mouse genome piece by piece. Nature communications 10(1):1845.

17. Bremmer-Bout M, et al. (2004) Targeted exon skipping in transgenic hDMD mice: A model for direct preclinical screening of human-specific antisense oligonucleotides. Molecular therapy : the journal of the American Society of Gene Therapy 10(2):232-240.

18. Echigoya Y, et al. (2017) Quantitative Antisense Screening and Optimization for Exon 51 Skipping in Duchenne Muscular Dystrophy. Molecular therapy : the journal of the American Society of Gene Therapy 25(11):2561-2572.

19. Aartsma-Rus A & van Putten M (2019) The use of genetically humanized animal models for personalized medicine approaches. Disease models & mechanisms 13(2).

コラム

運動器を制御する非線維性コラーゲン分子の役割  〜遺伝子改変マウスモデル研究からわかったこと〜

岡山理科大学獣医学部 伊豆弥生(JALAM教育委員会)

 コラーゲンは、哺乳動物を構成するタンパク質の中で最も多く含まれる(全タンパク質の約30%)細胞外マトリクス構成成分であり、3本のa鎖からなる3重らせん構造(コラーゲン構造)を特徴とした分子群を表します。コラーゲン分子は、現在までに28種類が発見され、順番にI型、II型とローマ数字で番号が付けられています。コラーゲン分子は、自身が重合し線維を形成する線維性コラーゲンと、線維形成をしない非線維性コラーゲンの2つに大別されます。「コラーゲン」としてよく知られているのは、I型やII型であり、これらは線維性タイプに分類され、組織の構造基盤を構築します。一方、非線維性タイプは、ビーズ状や膜貫通型など様々な構造をもち、線維性タイプが作る線維の太さや長さなどの調節に関与する他、細胞の増殖や分化など、生理活性分子として機能することも知られています。私はこれまで、非線維性コラーゲンのうち、VIとXII型コラーゲンに着目して研究を行ってきましたので、本コラムでは、これらコラーゲン分子による運動器制御機構について、動物モデルの研究結果とともに紹介したいと思います。

1. 結合組織と筋肉を制御するVI型コラーゲン

 VI型コラーゲンは、a1、a2、a3鎖のヘテロトリマーを形成し、細胞外ではビーズ状あるいはマイクロフィブリル構造として認められる分子です。VI型コラーゲンは、N末端とC末端に球状のドメインを持ち、この部分でI、II、IV、XIV型コラーゲンやインテグリン、NG2プロテオグリカンなど様々な細胞外マトリクス分子と相互作用することで、細胞や組織の安定性に寄与していると考えられています(1)。ヒトのVI型コラーゲン遺伝子(COL6A1COL6A2COL6A3)変異は、重症型のウルリッヒ病(厚生労働省指定難病29)と軽症型のベスレムミオパチー(同指定難病31)の原因として知られ、日本ではそれぞれ約300人、100人の罹患者がいると報告されています。本疾患は、生後初期から遠位関節の過伸展、近位関節の拘縮、ならびに筋肉量と筋力の低下を主徴としています。すなわち、筋肉だけでなく、結合組織も機能障害を受けることを特徴とする疾患です。

 Bonaldoらは、1998年にヒトCOL6A1遺伝子のマウスオルソログであるCol6a1遺伝子を欠損させたマウスを作出し、VI型コラーゲンが欠失すること、ベスレムミオパチーの病態モデルとなることを発表しました(2)。彼らはまた、VI型コラーゲン欠失は、持続的なアポトーシスや酸化ストレスの増加、オートファジーの減少を引き起こすことを明らかにし、これが筋再生を障害していると結論づけています(3)。この結果をサポートするように、Merliniらは、VI型コラーゲンの下流のシグナル分子をターゲットとした処置により、病態モデルマウスと罹患者で治療効果を報告しており(4)、VI型コラーゲンが調節する細胞内制御機構が筋病態の発症に重要であることが明らかになってきました。

 一方、我々のグループは、Col6a1遺伝子欠損マウスの腱と骨の研究から、VI型コラーゲンの細胞外マトリクスとしての重要性を明らかにしました。腱は、I型コラーゲン細線維を最小単位とし、これが線維、線維束と集合した構造体であり、各ユニットは、それぞれエピテノン、エンドテノン、ペリテノンと呼ばれる結合組織の膜で覆われ、伸縮時に独立して動くことで、腱の柔軟性を維持しています。一方、I型コラーゲンを産生する腱細胞は、発生・成長過程において、腱の長軸方向に沿って縦列し、細胞体同士で結合することで、縦に連なる細胞群として認められ、同時に、横方向へと細胞突起を伸ばし、近隣の細胞と結合します。腱細胞で産生・重合されたI型コラーゲン細線維は、腱の長軸方向に沿って分泌され、横方向に伸張した腱細胞突起で取り囲まれることで、線維ユニットが形成されます。VI型コラーゲンは、上述した腱の結合組織膜に局在しており、Col6a1遺伝子欠損マウスでは、腱細胞は変形し、突起形成が抑制されることが電子顕微鏡学的解析により明らかになりました。また、細胞外では、I型コラーゲン細線維の配向性の乱れや細線維の密度が増加するとともに、腱の力学特性が低下しました。このため、細胞外のVI型コラーゲンは腱細胞の形状を維持することで、I型コラーゲンの分泌や配向性の制御、その結果として生じる力学的特性の獲得に寄与すると考えられました(5)。実際、このような細胞の変形は、COL6遺伝子変異患者から得られた腱細胞や(6)、Col6a1欠損マウスの骨芽細胞でも確認されています(7)。以上のように、我々は、細胞外VI型コラーゲンが細胞と細胞外環境の維持において重要な役割を担うことを明らかにしました。これらの知見から、細胞外のVI型コラーゲンが欠失することで、細胞形状を維持することが難しくなり、アポトーシスなど細胞内制御が破綻し、筋肉や腱の機能障害を引き起こすと推測されます。

2. 結合組織と筋肉を制御する新たな分子―XII型コラーゲン

 我々とHicksらのグループは、2014年に、VI型コラーゲン遺伝子疾患と類似した臨床症状を持つヒトの患者からXII型コラーゲン遺伝子(COL12A1変異を同定しました(8)(9)。現在では、本疾患はエーラス・ダンロス症候群(厚生労働省指定難病168)のミオパチー型(mEDS)として分類されています(10)。mEDSは、遺伝子が同定されたことで、2014年以降、世界中で患者数が増加している疾患です。XII型コラーゲンは、3重らせん構造からなるコラーゲン領域が非コラーゲン領域により分断された構造を特徴するFACIT(Fibril Associated Collagens with Interrupted Triple Helices)に分類されるコラーゲン分子で、VI型コラーゲンとは全く異なる構造をとります。XII型コラーゲンは、2つのコラーゲン領域と3つの非コラーゲン領域で構成され、大きいNC3領域を持つことから、この部位で様々な分子と相互作用すると考えられています。我々は、2011年にマウスのXII型コラーゲン遺伝子(Col12a1)欠損マウスを作出し、ヒトmEDSの病態モデル動物となることを報告しました。現在までに、Col12a1欠損マウスは、体が小さく、筋肉、腱、骨が脆弱化することがわかっています(11)(8)(12)。我々は、XII型コラーゲンの機能を解明するため、Col12a1欠損マウスから単離した初代培養の腱細胞と骨芽細胞を用いた免疫細胞染色により、XII型コラーゲンの局在を解析しました。その結果、XII型コラーゲンは細胞が隣接する細胞と結合する際、細胞間を物理的に結合するコラーゲンブリッジを形成することを見出しました(図1(13)(12))。また、ギャップ結合を通過する色素を用いた細胞間コミュニケーション機能解析では、XII型コラーゲンが欠損すると、骨芽細胞間での色素交流が認められないことから、XII型コラーゲンが細胞間コミュニケーションに必要不可欠な分子であると考えられました。これらの知見から、mEDS病態でみられる結合組織の脆弱化は、細胞間コミュニケーション障害に起因すると我々は考えています。

3. VI・XII型コラーゲンの相互作用

 上述したように、VI型コラーゲン遺伝子疾患とmEDSは類似した病態をとることから、原因となるVI型とXII型コラーゲンの共通した機能の存在が推測されます。我々は、XII型コラーゲン解析で見られたコラーゲンブリッジ形成について、VI型コラーゲンの関与を解析したところ、興味深いことに、VI型コラーゲンもまた細胞間を物理的に結合するコラーゲンブリッジを形成することを見出しました。また、Col12a1欠損マウス由来細胞では、VI型コラーゲンによるコラーゲンブリッジ形成は抑制され、Col6a1欠損マウス由来細胞でも同様な結果を得ることができ、これら分子がともに細胞間の物理的結合を担うことを明らかにしました(13)。加えて、Wehnerらは、ゼブラフィッシュの脊髄損傷モデルを用いた実験から、組織再生時に伸長する神経細胞は隣接する細胞とXII型コラーゲンを介して結合することを報告しており(14)、コラーゲンブリッジが組織形成だけでなく、組織再生においても重要な役割を担うと考えることができます。以上の知見から、VIおよびXII型コラーゲンによる細胞間の物理的結合が、細胞形状維持と細胞間コミュニケーションの構築に必須であり、これにより組織・臓器の機能性維持に寄与するものと我々は考えています(図1)。

4. 今後の課題

 今回紹介したVI及びXII型コラーゲンは、結合組織と筋肉の両方の働きと密接に関わる分子であることが分かってきましたが、結合組織での機能が明らかになる一方、筋肉での機能解明には至っていません。筋疾患を始め未だ解明されていない病態には複雑な背景が存在しているでしょう。これら背景には、各臓器でのローカル制御だけでなく、臓器間クロストーク制御など全身性の制御機構が関与していると考えられており、組織あるいは細胞特異的、時期特異的など、さまざまな条件で遺伝子発現を制御する実験動物モデルを作出することで、複雑な病態の解明につながると期待されます。

参考文献

1.       Cescon M, Gattazzo F, Chen P, Bonaldo P. Collagen VI at a glance. J Cell Sci. 2015;128:3525–31. 

2.       Bonaldo P, Braghetta P, Zanetti M, Piccolo S, Volpin D, Bressan GM. Collagen VI deficiency induces early onset myopathy in the mouse: An animal model for Bethlem myopathy. Hum Mol Genet. 1998;7(13):2135–40. 

3.       Castagnaro S, Gambarotto L, Cescon M, Bonaldo P. Autophagy in the mesh of collagen VI. Matrix Biol. 2021;100–101:162–72. 

4.       Merlini L, Bernardi P. Review article. Neurotherapeutics. 2008;5(4):613–8. 

5.       Izu Y, Ansorge HL, Zhang G, Soslowsky LJ, Bonaldo P, Chu M-L, et al. Dysfunctional tendon collagen fibrillogenesis in collagen VI null mice. Matrix Biol. 2011;30(1):53–61. 

6.       Antoniel M, Traina F, Merlini L, Andrenacci D, Tigani D, Santi S, et al. Tendon Extracellular Matrix Remodeling and Collagen VI Mutations. Cells. 2020;9(2):409. 

7.       Izu Y, Ezura Y, Mizoguchi F, Kawamata A, Nakamoto T, Nakashima K, et al. Type VI collagen deficiency induces osteopenia with distortion of osteoblastic cell morphology. Tissue Cell. 2012;44(1):1–6. 

8.       Zou Y, Zwolanek D, Izu Y, Gandhy S, Schreiber G, Brockmann K, et al. Recessive and dominant mutations in COL12A1 cause a novel EDS/myopathy overlap syndrome in humans and mice. Hum Mol Genet. 2014;23(9):2339–52. 

9.       Hicks D, Farsani GT, Laval S, Collins J, Sarkozy A, Martoni E, et al. Mutations in the collagen XII gene define a new form of extracellular matrix-related myopathy. Hum Mol Genet. 2014;23(9):2353-2363. 

10.     Malfait F, Francomano C, Byers P, Belmont J, Berglund B, Black J, et al. The 2017 International Classification of the Ehlers–Danlos Syndromes. Am J Med Genet Part C. 2017;26:8–26. 

11.     Izu Y, Sun M, Zwolanek D, Veit G, Williams V, Cha B, et al. Type XII collagen regulates osteoblast polarity and communication during bone formation. J Cell Biol. 2011;193(6):1115–30. 

12.     Izu Y, Adams SM, Connizzo BK, Beason DP, Soslowsky LJ, Koch M, et al. Collagen XII mediated cellular and extracellular mechanisms regulate establishment of tendon structure and function. Matrix Biol. 2021;95:52–67. 

13.     Izu Y, Ezura Y, Koch M, Birk DE, Noda M. Collagens VI and XII form complexes mediating osteoblast interactions during osteogenesis. Cell Tissue Res. 2016;364(3):677–9. 

14.     Wehner D, Tsarouchas TM, Michael A, Haase C, Weidinger G, Reimer MM, et al. Wnt signaling controls pro-regenerative Collagen XII in functional spinal cord regeneration in zebrafish. Nat Commun. 2017;8(1):126. 

コラム

マウスやラットの技術トレーニングで使用される代替法教材

 シミュレーター(模型)や映像教材は、様々な教育現場における技術トレーニングに活用されています。特に医療分野や獣医療分野では様々な臨床技術に関する教材が開発されており、医師や獣医師の育成に使用されてきました。マウスやラットなどの小型齧歯類を対象とした教材についても、近年国内の複数のメーカーで開発が進められており、各施設の教育現場で浸透してきています。これらの代替法教材は初学者が技術を習得する際に、技術のイメージや手順を覚える際の助けになります。生体を使ったトレーニングを行う前にシミュレーターや映像教材を用いて事前学習を行うことにより、効率良く技術を習得することができます。さらに動物実験技術の教育現場で代替法教材を導入することは、実験動物福祉(3Rs: Replacement, Reduction, Refinement)に配慮した教育の実施に貢献します。このコラムでは2022年時点で、国内で入手可能な小型齧歯類の技術トレーニング用代替法教材を紹介します。

1. シミュレーター(模型)

マウスシミュレーター: Mimicky® Mouse

 Mimicky® Mouseはマウスの質感やサイズ、重量などを精巧に再現したシミュレーターです。初心者を対象としたシミュレーターであり、動物の抑え方や投与の手順などを確認する際に使用されます。尾の部分には模擬血管が埋め込まれており、尾静脈投与の練習が可能です。尾は本体と取り外しできるようになっており、尾の部分だけ別途購入し付け替えて使用することができます。マウス個体のシミュレーターは世界的に珍しく、その再現性の高さから海外からの評価も高いようです。Mimicky® Mouseの使用例についてはここから動画で確認できます。

また、同社よりサルの静脈採血・投与のシミュレーター(Mimicky® Vessel)も販売されています。

マウスの尾静脈投与・採血のシミュレーター:マウス尾静脈シミュレーター

 尾静脈からの投与・採血に特化したシミュレーターで、尾の部分のみの形で日本クレア株式会社から販売されており、ここから使用方法の動画を視聴できます。シリコン製の尾の内部に尾静脈のチューブが2本埋め込まれており、マウスの尾静脈が精巧に再現されています。保定器に接続し、インクなどの模擬血液をチューブ内に充填後、採血・投与のトレーニングを行います。実際に生体で投与・採血を行う時と比べて難易度はやや低く設定されており、初心者が手順を覚える上で調度よい難易度になっています。また材質の特性から耐久性が高く、繰り返し使用することができます。

ラットシミュレーター:NATSUME RAT

 ラットの基本手技を訓練するための初心者用シミュレーターの一つです。訓練可能な技術は保定、経口投与、尾静脈内投与・採血、気管挿管です。NATSUME RATは比較的古くから使用されてきた国産シミュレーターですが、近年リニューアルが行われ、材質が改良されました。ラットシミュレーターについては国内外で複数のものが存在します。実物のラットと各ラットシミュレーターの形態的な比較を調査した論文で、NATSUME RATは他のシミュレーターと比較し、頭部の形状や血管の位置、尾の構造をはじめとした各部位において形態の再現度が高かったと報告されています(1)。

株式会社夏目製作所 HP

2. 映像教材

 実際に、動画による視覚的イメージが、技術の習得に大きく貢献することが、アメリカの獣医学生を対象とした調査で明らかとなっています。犬の外科手術の際に、教員の講義内容(声)、シュミュレーターでの練習内容、自らまとめたノート、動画教材の視覚的イメージなどの学習内容うち、記憶をどこからリコールしたかを調査したところ、動画の視覚的イメージと回答した学生が圧倒的に多かったと報告されています(2)。

 映像教材はビデオカメラがあれば簡単に作成することが可能であり、各施設においてオリジナルの動画が作成・活用されています。また各種関連団体でマウスやラットの基本手技のDVDが販売されています。

 映像教材と上述のシミュレーターと組み合わせることによって学習効果はさらに高まります。

・ビデオジャーナル:JoVE

JoVE(Journal of Visualized Experiments)は動物実験技術に限らず様々な分野の実験技術をマニュアル付きで多数公開している査読審査式のビデオジャーナルです。各実験技術の動画が専門家の解説付きでまとめられており、新しく実験系を立ち上げる際などに役立ちます。

 JoVEに掲載されている実験動画の例:A Protocol for Housing Mice in an Enriched Environment

解剖シミュレーションアプリ:3D Rat Anatomy

 研究目的で解剖を行う際には、速やかかつ適切に臓器を採材することが要求されますが、そのためには各臓器の位置関係を理解しておく必要があります。3D Anatomyシリーズは3Dアプリの特性を利用することで、各臓器の立体的な位置関係を学習するのに有用な教材です。このシリーズでは犬や牛、鳥類をはじめとした様々な動物種のアプリがラインナップされていますが、小型齧歯類ではラットのアプリが販売されています。アプリはPC(WindowsおよびMacOS)、iPad、iPhone、Androidスマートフォンなど各種端末にダウンロードすることができます。3D Rat Anatomyは画面上の動物の各部位を拡大縮小、回転することができ、各器官の位置関係を容易に可視化することができます。また、骨、筋肉、内臓の透過度を調整したりすることで観察したい部位を強調することができます。なお3D Rat Anatomyは海外製品のため、器官名の表記がすべて英語となります。

biosphera HPにアプリのデモ動画が掲載されています。

[参考文献]

1. Corte GM, Humpenöder M, Pfützner M, Merle R, Wiegard M, Hohlbaum K, Richardson K, Thöne-Reineke C, Plendl J. Anatomical Evaluation of Rat and Mouse Simulators for Laboratory Animal Science Courses. Animals (Basel). 2021, 11(12):3432. 

2. Langebæk R, Tanggaard L, Berendt M. Veterinary Students’ Recollection Methods for Surgical Procedures: A Qualitative Study. J Vet Med Educ. 2016, 43(1):64-70.

コラム

国内承認ワクチンの非臨床試験を垣間見る    〜ワクチン開発と動物実験〜

 核酸ワクチンなどの新規剤型ワクチンが国内で承認され、薬事承認の過程を含む「いわゆる教科書」が書き換えられつつある。その影響か、マスコミ等で臨床試験や承認申請のスケジュールについて採り上げられることはあるいっぽうで、非臨床試験(動物実験)の経過を耳にすることはほとんどない。非臨床試験への社会的な関心度が低いとみなされているのかどうかはともかく、「非臨床試験の内容についても情報発信されている」ことを、ワクチンを例に紹介したい。

 独立行政法人医薬品医療機器総合機構(PMDA)は、医療用医薬品情報を公表している 1)。この情報検索サイトで「ワクチン」の「審査報告書等」について文書検索すると、84件のワクチンが表示された (2022年8月末)。内訳は、インフルエンザ関連が28件、新型コロナ関連、麻しん関連、風しん関連が各7件、肺炎球菌が5件、百日せき関連、ジフテリア関連、破傷風関連、ポリオ関連、パピローマが各4件、ヘモフィルスb型と日本脳炎が各3件、水痘、おたふくかぜ、狂犬病、A型肝炎、B型肝炎、ロタウイルスが各2件、黄熱、結核、痘そう、帯状疱疹、髄膜炎菌が各1件とある (混合ワクチンは複数件にカウント)。同様に、一般社団法人日本医薬情報センター(JAPIC)では、1998年以降の医療用医薬品「日本の新薬」について検索可能である2)

 PMDAのサイトでは「審査報告書」に加え「申請資料概要」も公表されていることが多く (一部内容に未公表あり)、製造販売業者が提出した資料の概要、すなわち、開発の経緯や、承認申請までに実施した非臨床試験及び臨床試験の内容を垣間見ることができる。非臨床試験の内容については日付や実施機関などを除いて「審査報告書」内で開示されており、試験の目的のほか、げっ歯類や霊長類の使用についても具体的に記載されている。あるワクチンの非臨床試験結果には、「若齢及び高齢のマウス、ラット、ハムスター及びNHP(non-human primate、この場合はアカゲザル)において、高レベルの結合抗体及び中和抗体を誘導し、(以下略)」とある。また、「効力を裏付ける試験 (免疫原性試験、攻撃試験)」、「安全性薬理試験 (反復投与毒性試験、生殖発生毒性試験)」や「薬物動態試験 (生体内分布評価試験)」が行われたことのほか、このワクチンが臨床で6か月以上継続使用されないことから「がん原性試験」を実施していないことが記されている。

 日米EU医薬品規制調和国際会議(ICH)での合意に基づき、「医薬品の臨床試験のための非臨床試験の実施時期についてのガイドライン」が2010年に改正され、「医薬品の臨床試験及び製造販売承認申請のための非臨床安全性試験実施についてのガイダンス」がまとめられて現在に至っている (ICH-M3{R2})3)。この改正の主な目的は、承認審査資料の国際的なハーモナイゼーションを推進することにあり、「動物実験の3Rsの原則」に従うこと、および「早期探索的臨床試験のための非臨床試験」という概念を導入することなどにあり、これ以降、毒性試験や薬理試験など12の試験項目の安全性(Safety)についてICHガイドラインが各々整備されてきている (ICH-S1~S12)。

 臨床第Ⅰ相試験の初期に実施される「早期探索的臨床試験」に応じて、ヒト初回投与試験までに実施すべきマイクロドーズ試験や単回投与毒性などの非臨床試験が、げっ歯類および非げっ歯類を用いて実施される。すなわち「早期探索的臨床試験の開始時までに実施される非臨床試験は一部にすぎず、実施予定の臨床試験の時期や期間に応じて非臨床試験がデザインされる」のが一般的である。

 この分野の専門家ではない著者の私見ではあるが、「ほとんどの動物実験(試験)がヒト臨床に先だって実施されるもの」という、現実からやや乖離した先入観が社会の根底にあるように感じている。時に動物実験(試験)は「非臨床試験(前臨床試験)」などと記載されることもあり、研究者による社会に向けた正確な情報発信という点で誤解を生み易い表現には都度解説する必要があると自戒を込めて考えている。

【参考アドレス】

1. 独立行政法人医薬品医療機器総合機構(PMDA) 「医療用医薬品 情報検索」 

2. 一般社団法人日本医薬情報センター(JAPIC) 「医薬品情報データベース (iyakuSearch)」

3. 独立行政法人医薬品医療機器総合機構(PMDA) 「ICH 医薬品規制調和国際会議 ガイドライン 」

コラム

コットンラット〜全身に病気を併存する不思議な実験動物〜

中村鉄平 獣医師、博士(獣医学)、北海道大学大学院獣医学研究院実験動物学教室 准教授

 皆さまの多くは実験動物と聞くとマウスやラットが頭に浮かぶのではないかと拝察いたします。実際には実験動物は多岐にわたり、私たちは目的に最も適う特性を持つ動物種を選択いたします。実験動物の特性に関する説明は成書に譲りますが、実験動物の新規特性は次々に明らかとなっています。近年では、ハダカデバネズミが老化やがんに抵抗性を持つこと(1)やハムスターがSARS-CoV-2に感受性が高いこと(2)はご記憶にある方もいらっしゃるのではないでしょうか。このコラムでは、ユニークな特性を持つコットンラットという実験動物について紹介させていただきます。

 コットンラット(英名cotton rat, 学名Sigmodon hispidus)は南北アメリカ大陸に分布するキヌゲネズミ科に属する齧歯類で、ラットの名がついていますがハムスターと近縁です。成体のコットンラットは頭胴長125-200mm、尾長75-166mm、体重70-310gとマウスとラットの中間の大きさです。雑食で、草の生い茂った草原や沼地を好んで生息します(3)。コットンラットの実験動物としての歴史は古く、1930年代にポリオウイルス感染によりヒトに類似する神経麻痺症状を発症することが見出されました。その他にも、コロナウイルスを含む様々なヒトの呼吸器感染症ウイルスへの感受性を持つことが知られ、SARS(4)やCOVID-19(5)研究にも使われています。我が国には1951年に輸入され、主に東大伝染病研究所で維持され、その後多くの研究機関に分与されたようです(6)。現在の日本国内においては、北海道立衛生研究所(HIS/Hiphなど)および宮崎大学(HIS/Mzなど)で近交系コットンラットが維持されています。私たちは北海道立衛生研究所および宮崎大学との共同研究により、近交系コットンラットが頭(水頭症)から尾(皮膚の脆弱性による自切)に至るまで全身に様々な病気を持つことを見出し、その表現型を解析してきました。以下にコットンラットで私たちが新規に見出した「併存症」、「希少疾患」モデル動物としての特性について記載いたします。

1)併存症モデル-慢性腎臓病を例に-

 私たちは、雌のHIS/Hiphが加齢性に腎臓の尿細管間質病変を主徴とする慢性腎臓病を呈すること、赤血球産生を促進するホルモンであるエリスロポエチン量が腎臓内で有意に低下し、腎性貧血に至ることを発見しました(7)。別途、雌のHIS/Hiphでは加齢性に骨盤結合が開離し、子宮頸部が肥厚することも見出しました(8)。興味深いことに、骨盤結合が開離した個体は高頻度に子宮蓄膿症を発症し、子宮蓄膿症は慢性腎臓病を増悪させました。骨盤結合開離と慢性腎臓病は卵巣摘出により抑制され、腎臓の病変部ではエストロゲン受容体が発現しました。まとめると、一見無関係と思われる骨盤結合の開離と慢性腎臓病を同時に発症すると、前者は後者の病態を間接的に増悪させ、両者の発症には性ホルモンが関与することが明らかとなりました。

以上のように、コットンラットは複数疾患を併存した際の相互作用やそれらを結びつける因子を解明できる「併存症モデル」となると考えます。

2)希少疾患モデル-下咽頭梨状窩瘻を例に-

 私たちは偶然、HIS/HiphおよびHIS/Mz系コットンラットにおいて、咽頭の梨状陥凹(ヒトだと魚の骨が引っかかりやすい部位)から甲状腺に向かって伸びる管状構造を発見しました(9)。管状構造の詳細は系統間で異なり、HIS/Hiphでは管状構造が甲状腺内部に終わり化膿性甲状腺炎を発症したのに対し、HIS/Mzでは管状構造は甲状腺の外側を走行し炎症反応はみられませんでした。これら管状構造は、ヒトの下咽頭梨状窩瘻(PSF)という稀な先天性疾患に酷似することがわかりました(10)。ここからは発生の話になります。哺乳類では胎児期の梨状陥凹から①胸腺と上皮小体、そして②甲状腺C細胞が発生し甲状腺周囲から胸腔へ移動します。これらは管状構造を形成しますが、移動後消失すべき管状構造が遺残した疾患がPSFであり、頸部膿瘍や化膿性甲状腺炎に至ります。コットンラットをさらに調べると、HIS/HiphはPSFにカルシトニン陽性のC細胞を含むので②に由来し、HIS/MzのPSFにはC細胞が存在しないので①に由来すると示唆されました。

 私が知る限りコットンラットは唯一のPSFモデル動物で、希少疾患であるヒトPSFの由来推定に極めて有用と考えられます。

 結語として、コットンラットはヒト病原体への感受性だけではなく、多臓器に多様な疾患を併存するユニークな特性を持つことが明らかとなりました。今後はコットンラットを利用し、個々の疾患の成因、疾患間の相互作用や根幹を成す因子の解明につながることを期待いたします。

[引用文献]

1. Oka K, Fujioka S, Kawamura Y, et al. Resistance to chemical carcinogenesis induction via a dampened inflammatory response in naked mole-rats. Commun Biol. 2022; 5: 287.

2. Sia SF, Yan LM, Chin AWH, et al. Pathogenesis and transmission of SARS-CoV-2 in golden hamsters. Nature. 2020; 583: 834-838.

3. Curlee JF, Cooper DM. Cotton Rat. In: The Laboratory Rabbit, Guinea Pig, Hamster, and Other Rodents. Cambridge: Academic Press; 2012. pp. 1105-1113.

4. Watts DM, Peters CJ, Newman P, et al. Evaluation of cotton rats as a model for severe acute respiratory syndrome. Vector Borne Zoonotic Dis. 2008; 8: 339-344.

5. Espeseth AS, Yuan M, Citron M, et al. Preclinical immunogenicity and efficacy of a candidate COVID-19 vaccine based on a vesicular stomatitis virus-SARS-CoV-2 chimera. EBioMedicine. 2022; 82: 104203.

6. 今道友則、高橋和明、信永利馬 実験動物の飼育管理と手技 東京ソフトサイエンス社; 1979. pp. 323.  

7. Ichii O, Nakamura T, Irie T, et al. Female cotton rats (Sigmodon hispidus) develop chronic anemia with renal inflammation and cystic changes. Histochem Cell Biol. 2016; 146: 351-362.

8. Ichii O, Nakamura T, Irie T, et al. Close pathological correlations between chronic kidney disease and reproductive organ-associated abnormalities in female cotton rats. Exp Biol Med (Maywood). 2018; 243: 418-427.

9. Nakamura T, Ichii O, Irie T, et al. Cotton rats (Sigmodon hispidus) possess pharyngeal pouch remnants originating from different primordia. Histol Histopathol. 2018; 33: 555-565.

10. Sheng Q, Lv Z, Xu W, Liu J. Differences in the diagnosis and management of pyriform sinus fistula between newborns and children. Sci Rep. 2019; 9: 18497.

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