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マウスやラットの技術トレーニングで使用される代替法教材

2. 映像教材

 実際に、動画による視覚的イメージが、技術の習得に大きく貢献することが、アメリカの獣医学生を対象とした調査で明らかとなっています。犬の外科手術の際に、教員の講義内容(声)、シュミュレーターでの練習内容、自らまとめたノート、動画教材の視覚的イメージなどの学習内容うち、記憶をどこからリコールしたかを調査したところ、動画の視覚的イメージと回答した学生が圧倒的に多かったと報告されています(2)。

 映像教材はビデオカメラがあれば簡単に作成することが可能であり、各施設においてオリジナルの動画が作成・活用されています。また各種関連団体でマウスやラットの基本手技のDVDが販売されています。

 映像教材と上述のシミュレーターと組み合わせることによって学習効果はさらに高まります。

・ビデオジャーナル:JoVE

JoVE(Journal of Visualized Experiments)は動物実験技術に限らず様々な分野の実験技術をマニュアル付きで多数公開している査読審査式のビデオジャーナルです。各実験技術の動画が専門家の解説付きでまとめられており、新しく実験系を立ち上げる際などに役立ちます。

 JoVEに掲載されている実験動画の例:A Protocol for Housing Mice in an Enriched Environment

解剖シミュレーションアプリ:3D Rat Anatomy

 研究目的で解剖を行う際には、速やかかつ適切に臓器を採材することが要求されますが、そのためには各臓器の位置関係を理解しておく必要があります。3D Anatomyシリーズは3Dアプリの特性を利用することで、各臓器の立体的な位置関係を学習するのに有用な教材です。このシリーズでは犬や牛、鳥類をはじめとした様々な動物種のアプリがラインナップされていますが、小型齧歯類ではラットのアプリが販売されています。アプリはPC(WindowsおよびMacOS)、iPad、iPhone、Androidスマートフォンなど各種端末にダウンロードすることができます。3D Rat Anatomyは画面上の動物の各部位を拡大縮小、回転することができ、各器官の位置関係を容易に可視化することができます。また、骨、筋肉、内臓の透過度を調整したりすることで観察したい部位を強調することができます。なお3D Rat Anatomyは海外製品のため、器官名の表記がすべて英語となります。

biosphera HPにアプリのデモ動画が掲載されています。

[参考文献]

1. Corte GM, Humpenöder M, Pfützner M, Merle R, Wiegard M, Hohlbaum K, Richardson K, Thöne-Reineke C, Plendl J. Anatomical Evaluation of Rat and Mouse Simulators for Laboratory Animal Science Courses. Animals (Basel). 2021, 11(12):3432. 

2. Langebæk R, Tanggaard L, Berendt M. Veterinary Students’ Recollection Methods for Surgical Procedures: A Qualitative Study. J Vet Med Educ. 2016, 43(1):64-70.

コラム

情報発信のあり方を考える

 UARは他にも様々な活動を行っている。Webサイトには様々な情報や統計データ、国内外の実験動物を用いた研究に関するニュースが提供されている。様々な動物実験のプロトコールについて、目的や利点だけでなく苦痛についても紹介され、また、学生、ジャーナリスト、一般人向けに動物実験の情報を提供するウェブサイトanimalresearch. infoや、複数の動物施設のバーチャルツアーが体験できるlabanimaltour.orgも作成している。twitter等ソーシャルメディアも積極的に用い、多方面に情報提供を行っている(COVID-19のワクチンの開発過程における動物実験を行う意義について説明した図は、英国の多くのメディアでシェアされた)。

 特に印象的な試みは、11〜18歳を対象に、UARがアンバサダーを学校に派遣し、ワークショップにて学生と”対話”することである若年層ほど動物実験に抵抗を持っているので、将来を担う若者に正しい情報を隠すこと無く提供し、自発的に理解を深めてもらうことが目的である。人は一方的に事実を投げかけられても正しい判断を下すことができないため、学生との共通点や見解の一致点を探すことができる”対話”形式を用いている。年間1万人のペースで、すでに10万人以上の学生と対話を行ってきた。アンバサダーは動物実験の専門家(研究者、医療関係者、獣医師等)や動物飼育スタッフからなる167名のボランティアである。彼らは、効果的な対話法やプレゼン法の研修を受けた後に学校に派遣される。UARのHPには、学校向けコンテンツの一部が公開されている。学生アンケートの結果、アンバサダーのうち管理獣医師の話が最も信用できるとのことである。また、学生や先生方に動物実験施設見学の機会も設けている。

 これらの試みによって、動物実験に関して英国民が入手できる情報は飛躍的に増え、事実を公表しても悪い影響や反発は起きていないこと、施設のHPで情報が豊富に入手できるため情報公開請求件数も減少し、動物実験に関するマスコミのネガティブな報道が大幅に減少したようだ。

 本稿ではUARの試みの一部を紹介しましたが、動物実験の社会的理解を得るための情報発信のあり方について、議論のきっかけになっていただければ幸いです。

コラム

研究者が実践するサイエンスコミュニケーション(後編)

 他の人の意見を聞く

 ピアレビューと言いますが、ある程度完成した作品を他の人に見せ、意見をもらう過程が非常に重要です。特に自分の研究に関連したことは、どの程度他の人が理解できるのか感覚が鈍っていたり、一般の認識とずれが生じていることがあります。通常、ピアとは「仲間や同僚」を意味しますが、必ずしも自分と立場の近い人を選ぶ必要はありません。逆にとても遠い立場の人にお願いする必要もなく、科学研究者であっても分野が異なれば「非専門家」であり、自分には見えない気付きをもたらしてくれるはずです。伝えたい層が明確であれば、その立場に近い人をピアとして選ぶのは情報の洗練に効果的です。

 現時点の日本では、科学者が積極的にサイエンスコミュニケーション活動に参画する機会はあまりないかもしれません。一方、外部競争的資金を利用する場合など、社会への情報発信を義務付けているものもあります。また近年、クラウドファンディングによる研究資金の調達も活発化しており、科学に対する社会の関心や理解を得ることは、社会課題を解決するという大義に加え、研究費の獲得に繋がります。研究の持続的発展という観点では、子どもを含めた市民の関心が高まることで、次世代の優秀な研究者が育つことも期待できます。実際に英国では、このような多角的な視点から、科学者の多くはサイエンスコミュニケーション活動に前向きな姿勢を示しています。

科学者とサイエンスコミュニケーション

 個人的な体感ですが、動物に関することは自然科学の中でも人々の関心が高く、その分、意見も多様化し、熱量も千差万別です。ただ、一般に大多数の人は動物のしあわせを願っていると私は考えています。動物実験/実験動物に関しては、世界中で常に議論がありますが、それに反対する人も科学者も、動物や人のしあわせといった、そう離れていない目標や信念を持っているのかもしれません。一方で、特定の意見こそなくても、私たちは日々、動物由来食品や製品、動物実験を経て開発された薬など、その恩恵を大いに享受して生きており、すべての人は動物に関する課題の利害関係者、ステークホルダーです。熱量の高い人だけでなく、すべてのステークホルダーがこの課題について考え、行動することが解決に必要であり、一科学者としては、サイエンスコミュニケーションを通じて多様な立場の人と情報を共有することがその一歩となると考えています。

 大震災やパンデミックなど、危機的状況が発生したときのサイエンスコミュニケーションは、特にリスクコミュニケーションと呼ばれます。東日本大震災および福島第一原子力発電所事故時には、耳なじみのない専門用語が汎用されることで社会は混乱し、その重要性が強く認識されました。その反省も踏まえ、SARS-CoV-2による新型コロナウイルス感染症パンデミックでは、専門家や各学会が積極的に社会と情報を共有する動きがみられました。一方で、何が「正しい」情報なのか専門家も私たちも模索する日々を過ごし、昨日まで正しかったことが、今日から間違った情報になることを実体験しました。情報の正確性を高めるのは、真摯な科学研究による知見の蓄積しかありません。一方で、その伝え方や受け手のリテラシー、または社会的な文脈により、科学的に正しいことが社会の「正解」になるとは限らないことを、私たち研究者は意識する必要がある時代だと感じます。再生医療や人工知能など技術が高度・複雑化する一方、社会における理解と倫理的な議論が追い付いていない課題も多く、サイエンスコミュニケーションの拡がりにより、議論が活発化することを期待しています。

参考文献

1. 加納圭,水町衣里,岩崎琢哉,磯部洋明,川人よし恵,前波晴彦.サイエンスカフェ参加者のセグメンテーションとターゲティング : 「科学・技術への関与」という観点から.科学技術コミュニケーション 第13号.2013; 3-16.

コラム

研究者が実践するサイエンスコミュニケーション(前編)

サイエンスコミュニケーションにおいて、受け手からの反応はさまざまで、自分の発した言葉に対し批判的な意見が返ってくることもあり、伝え手にとっては気持ち良いものではないかもしれません。ですが、自分が投じた情報により、伝えられた側がそれを受け止め、考え、意見を持ったという点で双方向性のコミュニケーションとしては大成功です。一方、隙のない完璧な知見の提供は伝え手の満足度は高いかもしれませんが、受け手が“へーそうなんだ”や“自分には関係ないことだ”と完結してしまった場合、それは一方向性のコミュニケーションとなります。サイエンスコミュニケーションの目的は社会における課題解決であり、「分かりやすく」そして「正確に」伝えることは非常に重要な過程ですが、ゴールではありません。

 もう一つの原則は「中立的」であることです。通常、サイエンスコミュニケーターは、科学者や科学技術とそれについて専門的知識を持たない人(非専門家)や社会の間に立ち、相互の理解を深め、両者のコミュニケーションを円滑にする役割を果たします。例えば科学者側が非専門家には理解しづらい用語を用いている場合は、理解しやすい言葉に置き換えたり、一方、社会からの疑問や意見が漠然としすぎている場合は、例を用いるなど、課題を明確にすることで科学者側もその意図をつかみやすくなります。この際、両者の立場を理解しつつも、どちらか一方を支持することや、批判することなく、中立的な立場を取り、コミュニケーションのバランスを取ることが求められます。自身の研究について述べるとき、中立性を維持することは難しいかもしれませんが、「受け手がどう捉えるか、または捉え得るか」を意識することは、中立性に繋がります。

 ここまで、サイエンスコミュニケーションの背景や基本的な考え方をみてきました。後編では、実際にサイエンスコミュニケーションを実践するときのテクニックや課題について述べていきます。

参考文献

1. 文部科学省「サイエンスコミュニケーションとは?」(2022年8月2日閲覧)

2. 吉岡直人.地球科学におけるトランス・サイエンスの諸問題.公益財団法人深田地質研究所年報.2017.

3. 香田正人.ポスト・ノーマルサイエンスとグローバル感度解析.横幹 5 巻 1 号.2011; 37-40.

4. 荻野晴之.福島第一発電所事故後 9 か月間の放射線リスクコミュニケーションに関する省察.保健物理 47 巻 1 号.2012; 37-43.

5. 元村有希子.科学コミュニケーターのキャリア形成 ~英国の現状~.科学技術コミュニケーション 第4号.2008; 69-77.

コラム

運動器を制御する非線維性コラーゲン分子の役割  〜遺伝子改変マウスモデル研究からわかったこと〜

4. 今後の課題

 今回紹介したVI及びXII型コラーゲンは、結合組織と筋肉の両方の働きと密接に関わる分子であることが分かってきましたが、結合組織での機能が明らかになる一方、筋肉での機能解明には至っていません。筋疾患を始め未だ解明されていない病態には複雑な背景が存在しているでしょう。これら背景には、各臓器でのローカル制御だけでなく、臓器間クロストーク制御など全身性の制御機構が関与していると考えられており、組織あるいは細胞特異的、時期特異的など、さまざまな条件で遺伝子発現を制御する実験動物モデルを作出することで、複雑な病態の解明につながると期待されます。

参考文献

1.       Cescon M, Gattazzo F, Chen P, Bonaldo P. Collagen VI at a glance. J Cell Sci. 2015;128:3525–31. 

2.       Bonaldo P, Braghetta P, Zanetti M, Piccolo S, Volpin D, Bressan GM. Collagen VI deficiency induces early onset myopathy in the mouse: An animal model for Bethlem myopathy. Hum Mol Genet. 1998;7(13):2135–40. 

3.       Castagnaro S, Gambarotto L, Cescon M, Bonaldo P. Autophagy in the mesh of collagen VI. Matrix Biol. 2021;100–101:162–72. 

4.       Merlini L, Bernardi P. Review article. Neurotherapeutics. 2008;5(4):613–8. 

5.       Izu Y, Ansorge HL, Zhang G, Soslowsky LJ, Bonaldo P, Chu M-L, et al. Dysfunctional tendon collagen fibrillogenesis in collagen VI null mice. Matrix Biol. 2011;30(1):53–61. 

6.       Antoniel M, Traina F, Merlini L, Andrenacci D, Tigani D, Santi S, et al. Tendon Extracellular Matrix Remodeling and Collagen VI Mutations. Cells. 2020;9(2):409. 

7.       Izu Y, Ezura Y, Mizoguchi F, Kawamata A, Nakamoto T, Nakashima K, et al. Type VI collagen deficiency induces osteopenia with distortion of osteoblastic cell morphology. Tissue Cell. 2012;44(1):1–6. 

8.       Zou Y, Zwolanek D, Izu Y, Gandhy S, Schreiber G, Brockmann K, et al. Recessive and dominant mutations in COL12A1 cause a novel EDS/myopathy overlap syndrome in humans and mice. Hum Mol Genet. 2014;23(9):2339–52. 

9.       Hicks D, Farsani GT, Laval S, Collins J, Sarkozy A, Martoni E, et al. Mutations in the collagen XII gene define a new form of extracellular matrix-related myopathy. Hum Mol Genet. 2014;23(9):2353-2363. 

10.     Malfait F, Francomano C, Byers P, Belmont J, Berglund B, Black J, et al. The 2017 International Classification of the Ehlers–Danlos Syndromes. Am J Med Genet Part C. 2017;26:8–26. 

11.     Izu Y, Sun M, Zwolanek D, Veit G, Williams V, Cha B, et al. Type XII collagen regulates osteoblast polarity and communication during bone formation. J Cell Biol. 2011;193(6):1115–30. 

12.     Izu Y, Adams SM, Connizzo BK, Beason DP, Soslowsky LJ, Koch M, et al. Collagen XII mediated cellular and extracellular mechanisms regulate establishment of tendon structure and function. Matrix Biol. 2021;95:52–67. 

13.     Izu Y, Ezura Y, Koch M, Birk DE, Noda M. Collagens VI and XII form complexes mediating osteoblast interactions during osteogenesis. Cell Tissue Res. 2016;364(3):677–9. 

14.     Wehner D, Tsarouchas TM, Michael A, Haase C, Weidinger G, Reimer MM, et al. Wnt signaling controls pro-regenerative Collagen XII in functional spinal cord regeneration in zebrafish. Nat Commun. 2017;8(1):126. 

コラム

がんも遺伝する:モード・スライの功績

 彼女の楽しみは詩を書くことだった。1934年と1936年の2冊の詩集を出版し、約700編の詩を発表した。一部の詩は彼女の科学への献身的な取り組みを物語っている。

I pace the world because I am storm-driven, By this compelling of creation.

「私が世界を歩むのは、この創造の説得力によって駆り立てられているからである」

The robin does not wait to ask you like his song, He sings because he must.

「コマドリは自分の歌が好きかどうかを聞くために待つのではなく、必要だから歌うのだ」

 スライの時代には、解析手法がなかったこともあり、がんの遺伝様式の観察に留まり、がんの原因や発症メカニズムを見出すことはできなかった。がんの発生機序は、がん遺伝子SRC(1976年)やRASの発見(1982年)、がん抑制遺伝子RBの発見(1986年)をきっかけに解明されていくのは周知の通りである。また、多数の遺伝子が作用し、さらに環境要因が加わって起こる病気のことを多因子疾患というが、がんの多くは、正に多因子疾患である。多因子疾患の原因遺伝子の同定が可能になるには、2000年代まで待たなければならなかった。

 本コラムでは、あまり語られることはありませんが、重要な発見し、且つ心に残る研究者を取り上げました。彼女の根気よく真実に迫る執念や持続性を、是非、見習いたいものです。また、古のマウス研究者達の努力と功績に感謝しつつ、この分野の発展に微力ながら貢献したいと思いながら、筆を置かせて頂きます。

参考文献

[1] Robert Yerkes, The Dancing Mouse: A Study in Animal Behavior. 1907.

[2] https://www.jax.org/strain/000275

[3] Wilson SM et al, Mutations in Cdh23 cause nonsyndromic hearing loss in waltzer mice. Genomics. 74(2):228-233. 2001.

[4] Di Palma F et al, Mutations in Cdh23, encoding a new type of cadherin, cause stereocilia disorganization in waltzer, the mouse model for Usher syndrome type 1D. Nat Genet. 27(1):103-107. 2001.

[5] Bolz H et al, Mutation of CDH23, encoding a new member of the cadherin gene family, causes Usher syndrome type 1D. Nat Genet. 27(1):108-112. 2001.

[6] Abbie Lathrop & Leo Loeb, Further investigations on the origin of tumors in mice. V: The tumor rate in hybrid strains. Journal of Experimental Medicine. 28(4): 475-500. 1918.

[7] Ernest Tyzzer. A study of heredity in relation to the development of tumors in mice. The Journal of Medical Research. 17(2):199-211. 1907.

[8] Clarence Little & Ernest Tyzzer. Further experimental studies on the inheritance of susceptibility to a transplantable tumor, carcinoma (J.W.A.) of the Japanese waltzing mouse.  The Journal of Medical Research. 33(3): 393-453. 1916.

[9] Maud Slye, The incidence and inheritability of spontaneous cancer in mice.  The Journal of Medical Research 32: 159–172. 1915.

[10] https://mag.uchicago.edu/science-medicine/storm-driven

[11] https://www.lib.uchicago.edu/ead/rlg/ICU.SPCL.SLYEM.pdf  Guide to the Maud Slye Papers 1910s-1930s, University of Chicago Library.

[12] Maud Slye, Proceedings. The genetics of cancer in mice. Forty-first annual meeting of the United States livestock sanitary association. 241-257. 1937

コラム

米国獣医学会(AVMA)動物の安楽死指針2020年版出版記念 -紹介動画-

 日本実験動物医学専門医協会は、AVMAと翻訳契約を取り交わし、「米国獣医学会 動物の安楽死指針(安楽死ガイドライン):2020年」版の翻訳本(翻訳者代表 黒澤努、鈴木真)を出版しました。本ガイドラインは、国際的に容認される具体的な安楽死法を示しており、主に獣医師を対象に記載されています。専門的ではありますが、最新の情報を網羅しており、獣医師以外の動物にかかわる方々の指針としても重要な文献です。(原文はこちら

 2013年度版から改訂された2020年版では、第3章にS1コンパニオンアニマル、S2実験動物、S3家畜、S4馬、S5鳥類、S6魚類と水生無脊椎動物、S7野生動物と7つの動物に区分されて記載されています。

 日本実験動物医学会および日本実験動物医学専門医協会は、本指針が広く周知されることで、わが国の動物福祉がより向上することを期待します。また、実験動物ならびにその他の動物の人道的な取り扱いを広めるための啓蒙活動を継続していきます。

米国獣医学会(AVMA)動物の安楽死指針(安楽死ガイドライン)2020年版の紹介

https://vimeo.com/719001280

炭酸ガスを用いた安楽死

https://vimeo.com/710990217

Compassion Fatigue(共感疲労)

https://vimeo.com/710990398
https://vimeo.com/720976209

Compassion Fatigueについて、さらに知りたい方はこちらもご覧ください。

安楽死にまつわる諸問題 part2

動物実験従事者におけるCompassion Fatigueの分類(ProQOLを用いた分類)

特集

遺伝性疾患の研究における実験動物の役割と課題〜筋ジストロフィーモデル動物を例に〜

3. 遺伝子ヒト化マウス

 モデル動物を用いた遺伝性疾患の研究において最も大きな障害は、当然のことですが「動物はヒトではない」ということです。動物はヒトと同じ遺伝子配列を持っていません。すなわち、ゲノム編集やエクソン・スキッピングなどのヒト遺伝子特有の「塩基配列」を標的とする治療法の開発には、種特有の遺伝子しか持たない疾患モデル動物は使用できないことになります。したがって、上述したモデル動物での治療実験は全て「コンセプト」の実証であり、他の医薬品のようにヒト患者に投与するための製剤を動物で試験することができない、という大きな課題があります。このような課題を克服する手段として、ヒト遺伝子を持つトランスジェニックマウス(遺伝子ヒト化マウス)が近年注目されています(16)。

 DMD研究分野では、ヒトの全長DMD遺伝子を持つマウス(hDMDマウス)が2004年にオランダのライデン大学のグループによって報告されてます(17)。このhDMDマウスは全身にヒトDMD mRNAを発現するため、ヒトDMD遺伝子を標的とするASOが生体内でエクソン・スキッピングを誘導可能かを評価できるモデルとして登場しました。しかし、このhDMDマウスには二つの問題点があります。一つ目は、ヒトDMD遺伝子を標的とするASOがマウスDmd遺伝子と交差反応し、適切な評価が妨げられる可能性です。この問題に対しては、hDMDマウスとDmd遺伝子全体が除去されたトランスジェニックマウス(Dmd-nullマウス)の交配により作製されたhDMD/Dmd-nullマウスが一つの解決案として報告されています(18)。二つ目の問題として、導入されたhDMD遺伝子は正常な遺伝子であるため、変異DMD遺伝子に対する有効性を評価できないことが挙げられます。本問題の解決案として、ゲノム編集技術を用いてヒトDMD遺伝子に患者と類似の欠失変異が導入されたhDMDdelマウスが報告されています(19)。このhDMDdelマウスはmdxマウスとの交配により、マウス由来のジストロフィンを発現しないhDMDdel/mdxマウスとして治療研究に利用されています。このようにいくつかのhDMDマウスの種類が報告されていますが、変異hDMD遺伝子が直接的な原因となり骨格筋病態を再現するモデルはまだ確立されていません。ヒト変異DMD遺伝子を標的とする治療薬の生体における有効性をより適切に評価するためには、例えばhDMDdel/Dmd-nullマウスのような、上記の問題を克服できるモデル動物の開発が今後必要になると考えられます。

コラム

マウスバイオリソースの源流 ~ラスロップ、リトルそしてジャクソン研究所

 その後リトルは、1922年に何と33歳の若さでメイン大学(University of Maine:米国メイン州の州立大学)の学長に就任しました。リトルは学長になっても研究を続け、同州の観光地であるバーハーバー(Bar harbor)にマウスの実験室を作り、夏休みにはここで研究を行いました。1925年からはミシガン大学(University of Michigan:米国ミシガン州の州立大学)の学長に就任しましたが、バーハーバーでの研究に専念するために1929年にミシガンを去りました。リトルが大学を離れてバーハーバーで研究に専念出来るための資金援助を行った一人が、ミシガン州デトロイトの自動車メーカー・ハドソンモーターカンパニー(Hudson Motor Company)の当時の責任者であったジャクソン(Roscoe B. Jackson)だったそうです(ジャクソン研究所のホームページより)。米国では、大学の建物、研究所や病院などを設立する際にその資金提供者の名前を組織名や建物名に冠することが良くありますが、リトルも資金援助者であるジャクソンに敬意を示してバーハーバーの研究所にJackson Memorial Laboratory(ジャクソン記念研究所)という名前を付けました。これが、教科書などで説明されている「リトルは1929年にマウスの研究開発と系統保存を行うジャクソン研究所を設立した」の起源となるのです。

 リトルの研究業績についてもう少しだけ触れたいと思います。前述したように、リトルの腫瘍に関する研究はジャクソン記念研究所の設立以前から始まっています。リトルは、F1、F2とマウスの世代が進むにつれて移植した腫瘍の生着率が低くなることに気が付きました。そして、同種異個体からの移植組織の生着性を決定しているは遺伝子であると主張しました(これが、後の主要組織適合遺伝子複合体の発見に結びつきます)。これらの研究は1914年から1916年にかけて行われ、その後、非悪性組織の移植に関する研究論文も発表しています[4]。リトル自身による移植に関する研究は1924年(36歳)の時点で終わりますが、リトルの腫瘍および移植に関する研究が大きな背景となり、実験動物の遺伝的均一性の重要性が生まれ、それがジャクソン研究所の設立につながり、その後の多様な“近交系”実験動物の系統開発・維持に繋がるわけです。

コラム

文献紹介:フィンランドにおける実験用ビーグルの最初のリホーミング:社会化訓練からフォローアップまでの完全なプロセス

リホーミングは実験動物の余生を考える素晴らしい方法ではありますし、著者らもリホーミングを推奨してはいますが、この文献では課題として憂慮されるプロセスも赤裸々に示されており、安易に進めることがまた新たな問題を生じさせてしまう可能性も示唆されます。リホーミングにおいては各動物種に最適な方法を慎重に選択することが必要でしょう。ある意味リホーミングではなくとも、残された1頭のように、実験施設や研究者自身が最初の飼養者としての責任を持ち、アニマルサンクチュアリのように実験施設や自宅での終生飼育を考えるといったことも実験動物の余生を考える選択肢の一つとなるようにも思います。

また 大変興味深いことに、今回リホーミングの対象となった認知研究について、著者らはビーグルを用いて実施していた実験法を家庭犬に用いることで、その後実験用ビーグルの必要性がなくなったと報告していました。動物実験とは通常実験動物を用いて行われるものではありますが、実験法を確立した後の実験には実験動物が必要なくなったということです。こうした動物実験の代替の可能性もあるのかもしれません。

もちろん研究対象は目的に拠るものですが、実際に動物用医薬品の開発でも医薬品の開発でも、ボランティアによる治験や臨床試験が行われます。動物実験とは実験動物を用いて実験をするという側面だけではなく、動物のことを研究して理解を深めてゆくことでもあります。動物の余生についても研究を重ね、多様な選択肢の中で考えを巡らせてみることは、改めて社会として適切な動物実験を実施するとは何かということを考える材料にもなるかもしれません。

コラム